| 2000年5月12日(金) 待ってろ、赤ちゃん! |
次に勤めることになっている大学病院の新生児集中治療室に行って来た。
入ってみると、赤ちゃん達が「オッギャー(待ってたよ)!」「ンギャー(ウエルカム)!」と一斉に私に声をかけ始めた。というのはうそであるが、「抱っこして〜」という声は聞こえたような気がした。
待ってろ、赤ちゃん!今すぐ抱っこしてやる!
いつものくせ(?)で抱っこしようとしたが、慣れていない場所でいきなり抱っこするのはちょっと気がひけたので、“抱っこしたい病”を抑えながら、部屋を回った。
現在の主治医から状況を聞き、大体の状況を把握することができたが、質・数ともに大変であることに気付いた。やはり大学病院だ。一筋ならではいかない患者さんが多い。でも、なんかうれしかった。厳しい患者を任される。期待されている?やる気が出てきた!
まかせろ!
待ってろ、赤ちゃん!かならずsurvival intact(後遺症なき生存)を実現してあげる!
| 2000年5月7日(日) 捨て駒 |
昨年度からスーパーローテーションという制度が始まった。専門以外でもしっかりとした医療が行えるように、という厚生省の方針で、専門以外の科をローテーションする制度である。
しかし、どうだろう。3カ月程度で子どもが見られるようになるのか?何年かかっても子どもは難しいのに…。
さて、私は神経内科(大人)に行くように言われた。なんと強制!
小児科医が大人の神経内科に行って、何か得られるものがあるだろうか?小児科には小児神経という分野が存在している。小児外科、産科、麻酔科、救急部などなら何か得られるような気がするが、なぜ神経内科か?小児科にも神経科はあるのに、わざわざ行って意味があるのか?
実は、ある科が小児科に研修に行かせると、人員が足りず、小児科はその埋め合わせとして人を送るのである。つまり数合わせだ。私はその数合わせの犠牲者となってしまった。そう、捨て駒です。
若い医者を育てる意味で新たに導入されたスーパーローテーション。とても理想的ではあるが、現実は全くの時間の無駄になる可能性がある(全くというのは言い過ぎではあるが)。
この制度を導入したお偉い方、現実がわかっていない。先輩医者としては失格だね。
捨て駒か…。
| 2000年4月22日(土) 美穂ちゃんが描いた! |
「美穂ちゃんが描いた!」確かにそう彼は答えた。
原因不明のけいれん、意識障害で入院していた彼。入院後どんどんひどくなるが、一通りの検査をしても、治療の糸口がつかめず困っていた。けいれんを起こしては呼吸停止という危険な状態だった。
昨日、再び同じ検査をして、やっと糸口がつかめた。さっそく本格的治療開始。頭のむくみ、けいれんを押さえる薬を投与、高カロリー輸液開始など病気を治しやすい環境を作って上げる。あとは彼の持っている回復力を期待するだけ。
なんと本格的治療開始後1日で意識障害が…。
「この絵は誰が描いたのかなあ?」「美穂ちゃんが描いた!」
「がんばったね。」と声をかけ、私は足早にその病室を出た。涙が出てきたから。
そしてお母さんと2人にしてあげたかったから。
| 2000年3月30日(木) 私の感想 |
私も下のHPを載せるかどうか真剣に迷いました。
自殺をするとき、大体の人はちょっとした意志表示をします。何を隠そう、私も自殺することを真剣に考えたことがあります。何か辛いことがあったとき、何かちょっとした形を残そうとする人が多いのです。誰かに助けを求めているのです。意見を求めているのです。その意志表示をどうやって読みとっていくかは医者の仕事の中でも重要であり、また自分の子がいじめなどで苦しんでいるのを
うまく見抜いていくのが親の役目のひとつでは、と考えています。
なぜあんなサイトを作ったのか?を考えてみました。そのお母さんの何かのメッセージではないか、考えてみました。誰かに意見を求めているのでは?ところが実際、掲示板は苦情ばかり、ニュースではたたかれ、お詫びを文章を載せようとしたら、プロバイダーに閉鎖されてしまいました。結局、何らかの意志はうまく伝わらないまま、封じられた状態にされました。このHPは正直言って手段、内容は不適切な面も多い(ほとんど)ですが、
もしその意志表示を一方的につぶしたら、 その親を追いつめる形になるのでは、と思ったのです。(かといってそれを今更みなさんにみてもらうのは変ですが…。)
虐待する親は加害者であり、被害者であるのです。その親に対して、他の病気の患者さんと同様に優しく対応していく必要があるのです。一方的にせめてはいけない、と感じたのです。そのことを言いたくて…。
不適切だとはわかっていたのですが、ちょっと考えて欲しかったのであえてHPを載せました。目的は達成できたので、リンクは解除します。不愉快な思いをした人も多いと思います。ここでお詫びします。
| 2000年3月25日(土) ありさの虐待日記 |
小学館文庫『ありさの「虐待日記」』という本を偶然見つけ、タイトルにびっくりして思わず買ってしまいました。
“ありさの虐待日記”というホームページを知っていますか?
ありさというお母さんが自分の子供雄介君をどのような虐待したかを書いたホームページです。昨年10月頃ニュースになって閉鎖されたそうです。しかし、現在そのコピーがネット上に存在するということで、ちょっと探してみました。
ありました。
そのホームページの感想は敢えて書きませんが、いろいろ考えるべき点が多く、みなさんにここで紹介します。
見る前にちょっと。本当の話かどうかは微妙…。頭をクールにして見て下さいね。
それでは、ここをクリック。(中止しました)
| 2000年3月17日(金) 「泣く」ということ |
医者という仕事。子供の病気・死や親の悲しみなど泣きたくなる場面に出会う機会が多い職業である。
そういう場面で医者は泣いてもいいのであろうか?それとも泣くのを押さえるべきであろうか?
泣いたとき、親の中には「この医者、泣いているけど、私たちの方が悲しいのに…。なんで泣くの。」と思う親もいる。一方で泣かないと「私たちの子供の死は悲しくないの?」とも思われる。
「泣く」ということ。一つの感情表現であるが、医者という職業上、“一つの感情表現”ではすまされないのが難しい。
| 2000年3月14日(火) 足を食べるな |
健診で私の目の前に驚くべき光景が…。
赤ちゃんが自分の足を食べている!
以前見たことはあったし、体が柔らかい赤ちゃんであれば考えられることで、大したことはなかったのだが、不覚にもちょっとびっくりしてしまった。また足を食べている赤ちゃんの表情がまたいいのだ。一生懸命食べている!
おいしいかもしれないけど、もっとおいしいものがあるから、足を食べるのはやめようね。
| 2000年3月10日(金) 本代 |
医学書は高い!一冊1万円以上することもざら。医学雑誌は毎月2500円ぐらい。
たとえば、『インフルエンザを斬る』で使った本の合計金額は3万5千円!
なんでこの本がこんなに高いの?なんて思うことがよくある。そう思っても、やはり必要なので買わなければならない。買うときにはいつも勇気と財布をふりしぼっている。
ただ、今医者初期の段階で本を買い、勉強することはとても重要で、これからの財産になる。今買わずに勉強しないと、だめ医者になってしまう。あ〜あ、仕方がないか…。
| 2000年3月4日(土) なぜその絵を? |
雨の中、バスを待っていた。私の前にバスが止まったが、突然、そのバスに乗っていた若い兄ちゃんが曇った窓に絵を描きだした。『ドラえもん』の絵だった。なぜその絵を?でもその後バスに乗って、窓を見ているうちに私もなぜか『ドラえもん』を描きたくなった。
そういえば、子供にも「なぜその絵を?」というのがある。
『うんち』である。しかも巻いているやつ(通称 巻グソ)。さらに高くなるとさらに喜ぶ。オプションとして湯気がある。先日、ある患者さんから「先生、絵を描いて」といわれたので、その子の手に赤ペンでうんち3段・湯気付きを描いた。すると大喜び!!
「先生、ありがとう。お母さんに見せてくる!」
えっっっっ。そっ、それだけはやめて。
| 2000年3月1日(水) “エレ” |
ある日、ある赤ちゃんを抱っこしにNICU(新生児集中治療室)に行った。その赤ちゃんは私の首をチュッチュした赤ちゃん(『チュッチュ(1/3)』参照)。しかしその赤ちゃんがいない。看護婦さんに聞くと「今日退院したよ。先生呼んだのに来なかったでしょ。」
「なに?!」しまった。その日は事務の人に頼まれて検診に行っていた。そういう日に限って…。
「先生、かわいかったよ。ピンクの“エレ”の服が似合っていたよ。」
“エレ”。世の中では“elle(エル)”という。私がNICUを去る時に、その子に退院前祝いでピンクの服を買ってあげた。けちな私であるが奮発!その前祝いのことを看護婦さんと話していたとき、ブランドなど興味のない私は「ピンクの“エレ”の服を買ってあげた」と言ってしまった。大爆笑されてしまった。それ以来、その服のことを“エレ”の服と言うようになった。
その“エレ”を着た姿が写真におさまっていたが、かわいかった。その写真、取って帰ろうと思った。
今度、病院に来るときは会いに来てくれるかなあ?“エレ”の服着て…。
| 2000年2月24日(木) がんばれ、お母さん |
『嫁と姑(10月3日)』『病院は天国?(10月21日)』でも書いたが、祖父母、特に父方の祖父母がからんでくると、患者さんのお母さんも医者も大変。たぶんその子が病気にならなくても、普段からお母さんはその人間関係で大変ではないかと思う。
祖父母が気に入らないことを母親に直接言えば、お互いの関係が悪くなるし、夫経由だと「お父さんやお母さんから言われてのではないか」と母親は思い、祖父母とお母さんの関係だけでなく、夫婦間の中もギクシャクしてくる。
子供のことが心配だから何か口を出したくなるのだとは思うのだが、子供を育てるのは祖父母ではなく、お父さん、お母さんなのにねえ。祖父母は「まだまだ子供。父親・母親にはなれていない。」なんて思うのかもしれないが、自分も昔はそうではなかったのか?と言いたくなる。それに祖父母とお母さんの育った環境が違うから、子供に対する考え、育て方も同じではない。
そのことで日々苦労しているお母さんへ。“がんばれ、お母さん。”
| 2000年2月19日(金) 集団感染 |
先日、集団感染を経験した。その可能性のある病気にかかった患者さんは何度も経験していたが、幸運にも集団感染はなかった。家族感染までだった。
集団感染の可能性のある病気にかかったことが判明すると、まずその子に関係のある人を全員調べる。もしその中に感染した人がいれば、さらにその人に関係のある人も調べられる。親が食料品関係の仕事をしていれば、仕事にも影響が出てくる(「仕事をするな」とは言われない)。病気にかかったことも大変なのだが、その後はさらに大変なのである。
集団感染がわかると、最初に病気が見つかった子や家族は悪者にされがち。実際、以前O-157の時もある家族がひどい目にあっていた。これは間違いである。最初に見つかった人は最初に症状がでただけであり、その子がまき散らしたとは言えないのである。そのことで子供や家族が肩身の狭い思いをし、転校などをしたりするのはかわいそう。最初に見つかった人を犯人扱いしてはいけないこと、このことをしっかり覚えていて欲しい。また、いつ自分がそういう立場になるかわからないし。
そんな思いをしなくてすむように、集団感染を予防するには…。
一に手洗い、二に手洗い。
子供が幼稚園で病気をもらったりするのは仕方がない。それ以上広げないことである。きちんと手洗いを指導しましょう。そして家族の人も手洗いを。