| 2004年10月11日(月) ぼくときみ |
♪ぼくときみ はじめてあった こんにちは こんにちは♪ ♪ぼくときみはちがうから きみをすきになるのかな♪
NHK『お母さんといっしょ』に流れていた“ぼくときみ”という歌。この曲を聴くと、必ず思い出すことがある。
彼は筋肉の働きが悪くて動けず、呼吸も上手にできないような病気をもって生まれた。現在の医療では全く治る見込みがない。生まれてすぐうちの病院に運ばれ入院し、人工呼吸管理をされながら生きていた。ある日、主治医の転勤によって、私が主治医になることに。最初の頃は「こいつは誰?お母さん助けて!」といった感じで、私を見ると泣いていたが、慣れてくると私が来ても泣かなくなった。
私が朝彼の部屋に行くと、だいたい同じ時間のため、『お母さんといっしょ』の音楽がよくかかっていて、その一つが“ぼくときみ”。とってもいい曲で、好きだった。
そして、今聴くと彼のことを思い出す…。
彼は『お母さんといっしょ』の音楽が好きで、私が来てもテレビで音楽がかかっていると無視されていた。わざとテレビの前に行くと、彼は泣き出した。でもすぐ泣きやんでいたよね。
アンパンマンやハム太郎が好きで、私がちょっと時間があった時は一緒に見ていた。でも私が気になって、テレビを見ているか、私を見ているか分からなかったよ。
動かせない彼の腕を私の無精ひげに持ち上げて、すりすりしたら、痛くて大泣き。しまいには、手を握るだけで泣いていた。賢い…。
彼にお母さんが買ってきたおもちゃで私が遊んでいると、「ぼくのおもちゃだよ〜〜〜う」って、嫌そうな顔をしていたね。
そんな彼とお別れをしないといけない日が近づいてきた。私の異動のためである。私が学会で数日病院に来れなくなると、よく呼吸状態が悪くなっていたので、異動のことは本人には言わなかったものの、その雰囲気で気付いたのか、異動2週前ぐらいから呼吸状態が悪くなってきた。そして…異動前日に彼は私とお別れすることになった。
音楽はその人その人の思い出を詰め込むことができるから、一つの曲は無数の曲になっている。
私にとって“ぼくときみ”は特別な曲。そして…♪ぼくときみはちがうから きみをすきになるのかな♪
| 2003年6月15日(日) 付け髪 |
ナースステーションにいた私の所に、「先生、つけてあげる!」といって女の子が付け髪を持ってきた。
私の髪にそれをつけたので、冗談でこう言ってあげた。「あら〜〜っ、何をするの〜〜ん?」
大笑いしながら「気持ち悪〜〜〜い」って言われたので、鏡を見ながら「あ〜〜ら、あなたたちより私の方が美人じゃな〜〜い?」と言い返してあげたら、その子達、喜んじゃって喜んじゃって…。
それ以来、私のことを女の子だからって“旗手ちゃん、旗手ちゃん”と“ちゃん”付けされてちゃったわ。でもこのキャラクター、周りに変な目されながらもみんなのリアクションがいいから、ちょっと気に入っちゃったわ。
| 2003年4月13日(日) びょういん |
私は3歳の女の子です。私はとっても元気!
今日はお姉ちゃんがお熱がでたみたい。だから一緒に病院に行きます。
病院に行ってお姉ちゃんの名前が呼ばれました。ママとお姉ちゃんが2人で部屋に入っていったけど、気になったし退屈しちゃったからのぞいちゃった。ママの膝に乗ったお姉ちゃんと、その前に白い服をきて眼鏡をかけた人がいた。なんか難しい話をしていたよ。
部屋から出てきたお姉ちゃんは半分泣いていた。ママは「注射がんばってね。」ってお姉ちゃんに言っていた。注射って何?楽しい?
お姉ちゃんが別の部屋に入ってベットに寝かされました。注射かな?思わず『ちゅーちゃして!ちゅーちゃして!』って言っちゃった!ママから「何もわかっていないのね。」って言われました。注射って何なの?結局外に出されちゃった。気になるよ〜〜う。お姉ちゃんの泣き声が聞こえるよ〜〜う。
そのあとはママとお姉ちゃんと廊下にいたんだけど、何を待ってるんだろう?お姉ちゃんはなんか元気なかった。一緒に遊んでくれなかった…。退屈…。周りにいるママさん達に自慢の英語を披露しちゃおうかなあ。それ、『ワン、チュー、チュリー、フォー!』あれ?みんな笑ってる?間違ったかなあ?あっ、さっきの白い服着たおじちゃんも笑ってる。
なんか“びょういん”っておかしな感じ。でも楽しかった。
| 2002年12月9日(月) ありがとう、JAS |
学会、出張、患者搬送などで最近飛行機に乗る機会多かった。
以前はほとんど全日空(ANA)を選んでいたのだが、ある連絡が私の所に来てからは、日本エアシステム(JAS)ばかりに乗るようにしてい
る。
“がんの子供を守る会”がJASチャリティマイルの対象団体になり、2002年9月〜2003年末までの期間で小児がん患者が検査、入院等でJASを利用する場合に、いくつかの条件を満たせば、往復のJAS航空券が無料で交付されることになったのだ。
素晴らしい!
長期治療が必要な患者さんの家族の負担はかなり大きいのに加え、骨髄移植など大きな治療が必要な患者さんは、それが可能な大きな施設に行かなくてはならない。またその後治癒しても通院が必要であり、さらに家族の負担が大きくなる。
家庭、家族の協力あっての小児医療であるが、行政を含め周りからのバックアップが必要不可欠でもある。ぜひそういう優しい企業が増えて欲しい。
ありがとう、JAS。これからもよろしく。
| 2002年9月14日(土) 遠くて近い存在に |
おじいちゃん、おばあちゃんは遠くて近い存在であって欲しいと考える。祖父母の存在については以前にも2回似たようなことを書いているのであるが、本当によく感じることである。
1歳半検診でやせていた赤ちゃんがいた。診察してお母さんと話をしていたら、食事を食べないことが原因だとわかった。その食事を食べない原因は…。
同居する祖父母(父方)が勝手にお菓子を食べさせているのである。何回もその祖父母には言ったみたいだが、その時は「わかった」という返事をしておきながら、子どもがかわいくて欲しがったらあげているということだった。そのため食事を食べなくなっているということだった。(その後はお母さんの愚痴が続いたのだが…。)
そんな祖父母の話を聞くとうんざりする。祖父母って育児に責任がないから、自分の気持ちで孫たちに接している。それがどういう状況につながっていくかを考えていない。
一方で、入院した方がいいけど家庭の事情で入院治療ができない時がある。ちっちゃな赤ちゃんがいたり、手がかかるお兄ちゃんがいたり、ママが仕事を休めない状況があったり…。そういう時に他の子どもをあずけたり、入院した子の付き添いをしてくれる祖父母は大きな存在である。
育児にはある程度距離を置いた“遠い存在”で、そして育児を含め親が困ったとき、壁にぶつかったときには“近い存在”であって欲しい。
| 2002年8月11日(日) くるっ、くるっ |
診察室に入ってそこにいる白衣の医者をみて、また聴診器が自分の体に近づいたりすると、泣き出すこどもが多い。それは当たり前の話ではあるが、実はもう一つほとんどのこどもがする行動がある。
診察が終わって「バイバイ」と言うと、何とか落ち着いた様子になり、お母さんと一緒に帰ろうとするその時に…。
“くるっ、くるっ、くるっ、くるっ、…”
診察室のイスが回ることに気付いて、今まであんなに嫌がっていた診察室を離れなくなるのである。
「帰るよ!!」なんてママに言われても一生懸命、“くるっ、くるっ、くるっ、くるっ、…”。帰るときもそのイスが気になってしょうがない感じ。
あれだけ嫌がっていたのに、よっぽど“くるっ、くるっ”回るイスが気になるんだね。
| 2002年6月30日(日) 愛情ビーム |
『お久しぶりです。下関での先生の忙しさにとどめをさした双子の母です。南国でもお忙しい毎日のようですね。
小児科の看護婦さんと先生の思い出話をしていて「先生って本当に良い先生ですよね。」って言ってたらホームページのことをこっそり教えてくれました。拝見してもっと先生のファンになりました。(おばさんファンはいらないか・・・)
明日退院します。お兄ちゃんが約3200グラム、弟くんが約2500グラムになりました。
出産前から色々と不安がいっぱいでした。ギリギリまで頑張ったけれど32週で帝切になって、それでもOP室で2人の産声が聞こえたときはとても嬉しかったです。けれどお兄ちゃんの方が呼吸器をつけていたのと弟くんのあまりの小さいのを目の当たりにした時は悲しかった。一喜一憂しながら、いまは2人とも元気になって”ぷよぷよ”しています!
今回は「産んだ」とと言うより本当に皆さんに「産ませてもらった」という気持ちです。出産前に私が35週までは頑張りたいと言ったとき、産科の先生が
「小児科の先生の移動が決まっとるけ〜その前に出して落ち着かせとったほうがいいんやない?」
と言われました。その時私は先生と面識もなかったし???といった感じでしたが
実際先生とお会いしてみて、そしてこのホームページを拝見してその言葉の真の意味がよくわかりました。
本当に先生がいらっしゃる間に出産できてよかったです。ありがとうございました。二人とも、先生好みのおめめパッチリのぷよぷよちゃんですよ。抱っこしたい?
明日からいっぱい抱っこして愛情ビームを注ぎ込みます。
それではまた。お体に気をつけてください。』
退院おめでとうございます。2人は2か月になったのですね。おめめパッチリのぷよぷよ赤ちゃん?!抱っこしたい!
クベースの外から“病気治れビーム”と私の“愛情ビーム(別名 早く抱っこさせてビーム)”を放っていたのですが、病気治れビームは効果があったかな?私の愛情ビームは2週間では効果なしです。最も効果があったのは、お母さんの面会時の“早く治って家に連れて帰るぞビーム”だったのでしょう。そして私の愛情ビームがいつも効果がないのは、お母さんの愛情ビームがとっても強力で、赤ちゃんにとって心地いいからです。それが限られた面会時間でも、効果は絶大です。
これからは直接愛情ビームをあげることができますね。一気に家に二人赤ちゃんが増えますね。上のお子さんに変化は出ていませんか?大変だと思いますが、がんばってください。
| 2002年5月19日(日) 親子心中 |
『残る子どもを不憫に思い、親子心中をする。』
自分が死にたいと思い、そう考えたと母親が言った。母親が普段飲んでいた抗不安薬を子どもに飲ませた。母親自身、自殺未遂は同じ方法で何度かしていたが、その方法では死ぬことはできないことはわかっていた。しかし、生きることへの不安、自信喪失から自殺しようとした。そして、子どもにも…。
しかし、その女性は確かに母親であった。薬を飲ませた後、急に様子が変わる我が子を見て、自分自身ふらふらになっていながらも救急車を呼んだ。救急処置をしてその子は無事に元気になっていった。
母親は悲鳴をあげていた。親子心中をしたその日、今の自分の状態では育児ができないと思い、児童相談所に駆け込んでいたのだ。その場では一旦帰宅させられていたものの、児童相談所も子どもを引き受ける準備をしていた。夜中であったが児童相談所に連絡を取り、その子は元気になった後、施設に入ることになった。
『残る子どもを不憫に思い、親子心中をする。』
追い込まれた精神状態になった時、そう思うことはわかる。でもどうだろう。残された子どもの気持ちは?人生を親により絶たれることは?難しい…、難しすぎる…。ただ今回、結果的にそれを止めたのは“母親としての心”であった。