徒然なるままに


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1999年11月24日(水) 4ヶ月健診

 4ヶ月健診に行って来た。63人の赤ちゃんが受診していた。その赤ちゃんを2人の医者で診ていく。
 ところが、もう1人の医者が時間になっても来ない!どうしたんだ。仕方がないので、1人で診察をしていった。ゆっくり診察していたら、保健婦さんに「もう少し早くしてください」と言われ、ほとんど立ちっぱなしで、汗だらだらで診察しました。
 診察の途中に待合室をみると、めちゃくちゃたくさんお母さんと赤ちゃんがいるではないか。死にそう。
 40分遅れてその先生がきて、1人で63人見るという最悪の事態は免れた。最後に先天性股関節脱臼みたいな子を大きな病院に紹介して終了となった。38人ぐらいはみたのでは…。結局、予定より40分遅れて終わった。疲れた。
 そんな4ヶ月健診だったが、一つ感じたことがある。4ヶ月健診のポイントは首のすわり。4ヶ月で首はすわるのが普通だが、来る赤ちゃんはもうすぐ4ヶ月という赤ちゃんもくるのだ。それでは首はすわっていないのが当然。意味なし。4ヶ月過ぎた赤ちゃんを対象にした健診にしてもらいたいものだ。 


1999年11月19日(金) 困難に負けない

 最近入院が続いて疲れ気味。でもじ〜んときて、疲れがとれる時が…。
 赤ちゃんがお腹の中で状態が悪くなり、帝王切開に。その後私の病院に送られた。呼吸状態が良くなかったため、生まれた産科で呼吸器をつけられていた。お母さんのお腹の中でうんちをいっぱい飲み込んでしまったのだ。さらに感染症のおまけつき。本当にきつそうに呼吸をしていた。これからは合併症に要注意。私も3日の泊まりを覚悟。
 お父さん、遅れて到着。とっても心配そう。初めてのお子さんだそうだ。自分の子をみて「お〜い、がんばれ〜。がんばれ〜。」と言っている。このお父さんならこの子はがんばっていけるだろう、そう思った。このお父さん、休みをとって毎日来院。自分の子を見ては「かわいい。」と言い、「がんばれ〜、がんばれ〜。」と声をかけている。
 予想より早く良くなり、呼吸器をはずすことができた。お父さん大喜び。看護婦さんがとった赤ちゃんの写真をきれいに枠をつけて飾っているそうだ。
 名前も決まった。画数などからいくつかにしぼったが、最後は「困難に負けない」という名前を選んだ。
 今はミルクをがんがん飲んでいる。あの頃の心配が嘘のよう。明日お父さん、お母さんそろって面会予定。二人の表情を見るのが楽しみ。

 今さっき病院から私の所に電話がかかった。「ミルクをほしがってしょうがないんですけど…。」


1999年11月18日(木) 誤飲

 『人気アニメ「ポケットモンスター」関連商品のボールを7歳児がのどに詰まらせて死亡したとして、米ニューヨーク州に住む両親が12日、1億ドル(約105億円)の賠償を製造販売元に求める訴訟を連邦地裁に起こした。米国で大流行中のポケモン商品をめぐっては、子供が大金を投じて収集するのをやめさせるための訴訟などが起こされているが、これまで死者が出たとする訴えはなかった。
 問題とされたのは、ポケモン・パワー・バウンサーという商品名のゴムボール。会見した両親によると、男児は今年1月、中に埋め込まれているキャラクターを取り出そうとボールをかんでいるうち窒息死したという。ボールの直径は4センチ余りで、「4歳以上の子供には安全」という表示がされていた。
 両親は「商品の危険性を十分に警告しなかった」として製造元のハスブロと小売チェーン店のトイザラスを訴えた。』(11/13朝日新聞)
 でも一番気をつけなければならなかったのは親だと思う。ただ、メーカーは裁判に負けるだろうなあ


1999年11月13日(土) NICU同窓会

 私の病院のNICU(新生児集中治療室)出身の赤ちゃんのうち、出生体重が1500g以下の赤ちゃんの同窓会が先日行われた。
 私が診た患者さんはいなかったが、ちょっと顔を出してみた。
 「あれ?この子達、本当に1500g以下でうまれたの?」これが私の感想である。みんな普通の子供とかわらない。
 その風景は、同窓会というよりは‘幼稚園大騒ぎ!’という感じ。医者の話をお母さんが一生懸命聞いていると、「お母さん、お母さん」といってお母さんの足に抱きついたり、服を引っ張ったりして注意を引こうとする。突然大泣きをするし、部屋を走り回ったりする。ジュースをもらってはすぐこぼし、またジュースをねだる。ビデオのボタンに興味をもち、止めたりすすめたりして遊んでいる。バケツを引きずりながらうろちょろしている。
 なんか安心した。
 ただ、みんな‘普通の子供’と同じではなく、障害をもっている子供もいた。そういう子のお母さんの明るさ、強さにも感動を覚えた同窓会であった。


1999年11月9日(火) 仁志田先生と

 仁志田先生と2ショットでプリクラをとってしまったっっっっっっっ!
 仁志田先生は思ったより若くやさしそうな人だった。私が持っている著書2冊にサインをしてもらった。
 仁志田先生は9日に「乳幼児突発死症候群(SIDS:シズ)」の講演のために福岡にやって来られた。その際、ちょっと我が病院に寄ってくれるということで、講義とその後に仁志田先生を囲む会を開くこととなった。
 一次会が終わって、移動しているときに他の先生に「プリクラとってもらえば?」と言われ、思わず頼んだら快諾!!プリクラをとってしまった。しかもはがきサイズ1枚のプリクラだった。みんなそれを見て爆笑!!
 いい想い出になった。大切にしよう。たぶん新生児界の権威とこんなプリクラをとった人はこの世にいないのではないか。


1999年11月6日(土) あなたに生きる

 日本の新生児医療は世界最高水準。その日本新生児医療を引っ張っているのが東京女子医大の仁志田先生。新生児医療をしている人でその名を知らない人はいないといっていい。今回その先生の著書『新生児学入門』から詩を抜粋しようと思います。

『新生児(あなた)に生きる』

わたしは あなたへ 一生(いのち)を ささげることにしました

  あなたは まだ 生まれて間もないのに
  いぶかしげな眼差しで わたしを みつめていましたね

    わたしは あなたの瞳の奥に
    長い間 さがし求めていた 無垢の世界を 見たのです

      あなたは わたしに 思い出させてくれたのです
      わたしが かつて あなたであったことを
      そして 無垢の心を 持っていたことを

        わたしは 大声で 叫びたい気持ちなのです
        あなたに生きることが わたしの天職である 幸せを 


1999年11月1日(月) お別れですね

 今日でお別れですね。
 君と最初に会ったのは新生児科に移って2日目の夜9時。私にとって新生児科で2人めの患者さんでした。生まれて1日も経っていない君の顔はむくみがち。手足をピクピクさせている。けいれんだ。原因は何?今からすべきことは?本当に困ったよ。
 その日の夜中に何とか原因が分かったけど、とっても危険な状況だったのだよ。わかってないよね。急いで小さな体にチューブを入れて、血の中の悪いものをとってあげなくてはいけなかったんだ。夜中4時に、お腹をチックンしてごめんね。いたかったでしょ。眠たかったよね。でも君のために2日間私は眠れなかったんだから、許して。
 その後も一進一退の状態が続いたけど、お母さんやお父さんがいつも面会に来てくれたから、がんばれたね。お母さんやお父さんには君の命が危ないことを話していたから、お母さんやお父さん、そして君にとって1日1日がとっても大切だったんだよ。そのことを思うと私も1週間ず〜と病院泊まりでもがんばれたんだ。
 覚えてる?君がいつも大きな声で泣くから、おんぶひもで君をおんぶして仕事をいたことを。忘れたとは言わせないぞ。証拠写真もあるんだから。
 何とか大きな山を越えられたけど、これからまだまだ山があるね。
 原因はわかったけど、その病気の名前がわかっていないんだ。いくつか病気が挙がっているけど、ほとんどが治療法がないんだ。移植治療や遺伝子治療が発達しないと治らないんだ。それまでがんばれる?
 けいれんがちょこちょこおこるよね。このままだと体の発達が遅れそうで心配なんだ。奇跡を起こせる?
 応援するよ。
 そんな君ともお別れですね。あの危険な時期を乗り越えられた時点で私の仕事はおわりなんだ。君の病気があまりに難しいから、専門の先生にお任せするのが一番だから。
 向こうの先生と仲良くね。でもあまりに仲良くなっちゃうと、嫉妬するなあ。
 あまり大きな声で泣いて、お母さんを困らせるなよ。お父さんに君の育児に関わっていくよう、しっかり言っておいたからね。
 元気でね。大きく成長した君の姿を楽しみにしているよ。


1999年10月31日(日) 親を調べる

 遺伝子で子の親がその人であるかわかるようになった。
 先日、ある子と若い母親が入院となった。病気自体は大したことがなかったのだが、家庭に問題あり。実は父親と思われる男性が自分の子ではない、と言っているのだ。そのことを調べるために遺伝子検査の予定が入っていて、その日が入院中に来たのだ。
 検査には第3者が立ち会う。結局その子の主治医が立会人になった。
 遺伝子検査はあの宝酒造がしている。両親(と思われる人)、そしてその子本人が自分の名前が書かれた紙を胸の前に持ち、それぞれ写真に写る。まるで犯罪者のように。その日はそれだけだったが、後日採血をし、遺伝子をチェックする。今回、物心がついていない子だったが、これがもう少し大きな子だったら、どんな気持ちになるだろう。
 若い親がとても多く、若い親がすべてそうとは限らないが、その親自体が親になりきれておらず、こどもである。真剣に考えて子供をつくっているのだろうか。できてからでは遅いのだ。
 こどもは親を選べない。


1999年10月30日(土) 抜糸

 医学で「ばっし」といえば、糸で傷口を縫ったあと、その糸を抜く「抜糸」であるが、歯学では違う。「ばっし」には「抜糸」と「抜歯」があるのだ。口の中の傷を縫ってもらって、「抜糸するのですか?」などとたずねてしまうと歯医者さんはどっちかわからないのだ。
 実際、歯医者さんは「抜糸」を「いとぬき」とよび、「抜歯」を「はぬき」とよんでいるそうだ。
 まあ、こんなことをおもしろく思うのは、医療関係者ぐらいかな?


1999年10月28日(木) 優勝

 今日、ダイエーホークスが優勝した。
 野球は大好きだが、とある球団のファンなのであまり関心がない。(とある球団のファンであるが、典型的なファンではない。)
 地元でしかも福岡ドームに近いため周りは大騒ぎ。仕事で疲れて帰る頃、試合が終わって周りの人は大にぎわい、なんてペナントレース中ではしょっちゅうだった。周りが盛り上がると、なぜか引いてしまう。
 は〜っ、今日は病院泊まりか…。


1999年10月24日(日) 勉強意味なし

 国家試験を受けて合格の発表があるまでに1ヶ月ある。その間は、とっても暇。海外旅行をする人などいろいろであるが、私はホームページを作ったり、本を読んだり、勉強していた。
 勉強??
 勉強といっても医学ではない。こどもがどういうテレビが好きか、どういうものがはやっているかを勉強した。ポケモンやおじゃる丸など、たくさんテレビをチェックし、話ができるようになった。もともとゲームは好きだったので、ゲームの話もgood。
 思ったより、私の子供向けトークは通用しなかったが、ある程度大きな子や私に慣れてきた子には受けがよかった。勉強は無駄ではなかったのだ。よかった、勉強して。
 ところが、新生児科に移ると、このトークが通用しない!(当たり前だ。)こつこつ勉強したのに…。意味がなくなってしまった。
 残念。仕方がない。とっても受けのいい“抱っこ”でもするか。(抱っこ大好きな私でした。)

  

1999年10月23日(土) アンモニア

 ある日、器械(簡易測定器)が壊れていないかの確認のために、自分が試しにアンモニア値を測ることになった(正常値は70以下)。
 早速、指に針をさして、血液を採取し測定。
 173!この器械、壊れてぞ。
 しかし、なんか怪しいので他の先生がしてみると、50台。器械は壊れていなかった。私の体が壊れている??
 「あの頃は忙しくて、結構体が疲れていたし…」と思い、余裕ができた2週間後に再びアンモニアを測ってみると…。
 123!!
 ちょっと、大丈夫??アンモニアといえば、中枢神経(簡単に言えば脳)を攻撃する、毒性の強い物質。やばい。本で調べれば調べるほど気になってくる。悪循環。
 アンモニアを測るのが怖い。とっても体が元気なときにしよう。でも、そんなときに高かったら…。なんか心までやられそう。



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