| 1999年12月31日(金) この一年を振り返って |
今日で1999年も終わりである。今年を振り返る。
無事卒業。国家試験も合格し、小児科医になった。
わからないことばっかり。周りの先生、看護婦さんに助けられて、ゆっくりではあるが一つ一つ身につけていったと思う。40℃の熱を出しながら、16人の患者の主治医になっていたこともあった。新生児科に移り、重症患者の主治医になることになった。技術、知識だけでなく、「いのち」について考えさせられることが多かった。他には、思った以上に子供は医者を嫌っていた。
この7ヶ月半、病院に行かなかった日は正式にもらった休み8日だけだった。土日も必ず顔を出したし、夜中に呼ばれたり、当直でない日の午前4時に入院依頼を受けたこともあった。時間があれば勉強しないといけないし…。若いときにがんばらないと、ダメ医者になるし…。覚悟はしていたが、家庭をもったときどうなるのかが心配になった。まあ、まだまだ先のことになるが…。
最後に、4月15日にこのホームページを開設した。たくさんの人に見てもらい、支えてもらった。励みになった。
みなさん、ありがとうございました。来年もよろしくおねがいします。
| 12月30日(木) 生き生きしている |
買い物帰り、時間があったのでおもちゃ屋(トイザラス)に入った。
子供が売り物の大きな人形を振り回している。楽しそう。してみたい。ポケモンのおもちゃに指さして親にねだっている。一方で、「これはお年玉をもらって買いなさい」と言っている親もいる。高かったのだろうか?走りまわっている子供もいれば、よちよち歩きながら小さな隙間に入り込もうとしている子供もいる。お母さん、目を離さないで。
みんな生き生きしている。
なんか元気になった。子供には不思議な力がある、そう思った。
店を出ようとしたその時、あるものが目に入ってきた。“ポケットピカチュウ!カラー”であった。存在自体は知っていたのだが、実際見て、欲しくなってしまった。考えに考えた末、買ってしまった。僕も生き生き。
あっ、ピカチュウがお風呂に入っているぞ!
| 12月24日(金) 寂しい |
夜、入院患者の依頼があった。もうすぐ救急車で来る。自然と緊張感が漂う。
患者が入院し、スタッフが集まり、状態を把握する。その時、背後から何か感じるものがあった。気になる。振り向いてみた。
ユリちゃんがわらってる〜〜。
NICUも夜になるとスタッフが減り、まばらになる。ユリちゃん(仮名)はとっても寂しがりやで、その時たぶん寂しかったのだろう。ところが入院患者がユリちゃんのとなりに入り、医者・看護婦が集まってきたので、騒がしくなった。みんながきてうれしかったのであろう。満面の笑みであった。
ちょっとリラックスして、入院処置を行うことができた。ありがとう、ユリちゃん。後で遊んであげるね。
| 1999年12月23日(木) 本当に心配 |
抱っこが好きとはいえ、時間に限りがあるので、自分の患者さんしか抱っこしていない。
ところが、自分が主治医ではないある赤ちゃんをどうしても抱っこしたくなった。ちらっと見て一目惚れ!かわいいんだ。ぽちゃっとした顔つき。クリッとした目。大泣きしてはミルクを一生懸命飲む姿。
思わず抱っこしちゃた!看護婦さんから「青田買い?」「丸い顔が似てるから?」なんて言われたりした。
でもその子の親(特に父親)があまり面会に来ない。忙しいとはいえ…。一人目の赤ちゃんで、あんなにかわいいのに…。心配である。お父さん、お母さんがいないと、あの子は生きていけないのに、わかっているのだろうか。病気だからこそしっかり見てあげないといけないのに。その病気も一生引きずる病気ではなく、手術すれば治るのに。本当に子供が欲しかったのか疑ってしまう。
手術を3回して治るのだが、そこまで親が見てあげられるだろうか。頼むよ、お父さん、お母さん。本当に心配。
| 1999年12月16日(木) 一泣きして… |
朝、ある産婦人科から入院依頼。話を聞くと、状態がかなり悪い。
「早く送って。急いで。」
救急車の中で心拍が低下。病院に着いた時は心肺停止状態。急いで挿管、心臓マッサージ。さらに心臓を動かす薬を気管に注入。まだ止まったまま。お母さんとつながっていたへその血管に管を入れ、そこから点滴を行う。採血したらひどいデーター。
………
30分、スタッフ総動員で蘇生を行った。帰ってこなかった。生まれた時点で状態が悪かった。
でも、生きようとしていた。彼女は生きようとしていた。生まれたとき彼女は一泣きした。精一杯お母さんにあいさつをした。
「お母さん、生まれたよ。これからよろしくね。」
しかし、それが本当に精一杯だった。彼女は一泣きして…。
| 1999年12月12日(日) 新インフルエンザ治療薬 |
朝日新聞より抜粋。
『厚生省の中央薬事審議会常任部会は10日、A型とB型のインフルエンザに効くとされる治療薬「リレンザ」(成分名・ザナミビル)を医師の処方が必要な医療用医薬品として条件付きで承認することを決めた。国内の臨床試験では有効性を立証するデータが得られず、外国の臨床試験データをもとに判断した。同審議会では承認に対して、一部反対の意見もあったが、インフルエンザの流行シーズンに入ることから、インフルエンザ対策を優先させる形で、承認を決めた。
厚生省は年内にも承認する構えで、輸入・販売元のグラクソ・ウエルカム社(東京都渋谷区)は、早ければ1月中旬にも発売したいとしている。同社は医療保険の適用を申請する意向だが、国内で有効性が実証されていないことなどから、厚生省は慎重な姿勢を示している。
「リレンザ」は白い粉末を1日2回吸引する形の薬。発症から48時間以内に吸引すると、インフルエンザウイルスの増殖を抑えるとされている。スウェーデンやオーストラリアでの臨床試験では、成人が服用すると発熱などの症状が消えるまでの期間が短くなる結果が出たが、日本での臨床試験では有効性は実証されなかった。子どもやお年寄りに対しては外国でもまだ、有効性は確認されていない。
同審議会は昨冬にインフルエンザで高齢者を中心に1300人を超える死亡者を出したことなどからインフルエンザ対策が必要として、(1)承認後に有効性を実証する(2)3年で再評価する(3)有効性は十分に実証されていないことを周知徹底させる――ことなどを条件に承認を決めた。(朝日新聞12月11日)』
これが有効であれば、かなりいい薬。アマンタジンよりもいい(『インフルエンザを斬る』を参照)。
| 1999年12月8日(水) おむつ |
赤ちゃんが泣いているので、ちょっとオムツ確認。うんちしてる。
「看護婦さ〜ん、この子うんちしてるよ。」「先生、おむつかえてて。」「いいよ。」
こんな会話がしょっちゅうある。ちょっと待てよ。なんか変だ。他の先生では全然そんな会話はきかれない。
そのことをベテラン看護婦さんに言うと、「先生のキャラクターのせいよ。頼みやすいし。」と言われた。キャラクターか…。得をしているようなしていないような。
まあ、自分のこどもができる前からオムツ替えやお風呂いれがうまいのもいいかな。
| 1999年12月5日(日) 横漏れ |
赤ちゃんがギャーギャー泣いていたので、抱っこしてあげたら、泣きやんだ。
かわいいやつ、なんて思っていたら、「ブーッ」という音。うんちだな。また「ブーッ」という音。もう、うんちばっかりして。あとでオムツをかえてあげよう。
ちょっと気になったので、おしりの方を見ると、うんちがしみ出ている!横漏れだ!!さらに私のズボンにしみついているではないか!!!まだ黄疸で黄色いその顔を見るとポケーッとしている。わかってる?きみは主治医にうんちをつけたんだぞ。
これで赤ちゃんにうんちとしっこをかけられた。がんばれひよっこ小児科医!
| 1999年12月1日(水) 2000年問題 |
もうすぐ2000年。2000年問題がいろいろ騒がれているが、病院管理や医療器具も例外ではない。
まず、病院内の患者情報のネットワークの対策は6月くらいからされて、なんとか大丈夫みたい。私は信じていないが…。医療器具もチェックされているみたい。これもあまり信じていないが…。
となるとどうするべきか。
我が病院では課長クラスは31日から1日にかけて全員当直!!まあ、それがいいと思う。特にICU、NICUはモニターなど精密機械が多く、重要な位置を占めているので、くるってしまうと患者の命が危険である。
ちなみに、私は冬休み最終日。ゆっくりと2000年を自分のアパートで向かえることになる。(元旦には更新したいな。)
| 1999年11月27日(土) 赤ちゃんの名前 |
育児の本を読みにいったら、育児コーナーには予想外に「赤ちゃんの名前」の本がたくさんならんでいた。
「名前ぐらい自分で考えろよ。」そう思っていたが、本を読んでみるとおもしろい。子供がいないくせに「買っちゃおう」と思ったくらいだ。売れるよ、これ。
名前に関して一つ言いたいことがある。自分の子の名前は両親がつけてあげてほしい。私の名前は爺ちゃんが坊さんに頼んでつけた名前で、爺ちゃんと漢字の画数が同じになるようにされたそうだ。しかし、実際は1画違う!名前自体は聞くことのある名前だが、漢字をみるといかにも坊さんである。
両親につけてもらいたかったなあ、名前。
| 1999年11月25日(木) おかゆ |
下痢症状で入院した子供にはお腹の安静のためにおかゆを食べてもらう。でも、結構おかゆが嫌いな子供は多い。
「先生。うちの子、おかゆがきらいで食べないんですよ。どうにかなりませんか。」
そういうとき、私は「じゃあ普通のご飯にしましょう。」とあっさりと答えてしまう。上の先生や看護婦さんから注意をうける。いつものパターン。
私もおかゆが嫌いなのだ。3歳の時、手術で入院し、お腹の安静が必要だったのにもかかわらず、母親が主治医に頼んでおかゆをやめてもらった(正確に言うと、おかゆの汁をのぞいてもらった)。私自身そのことを実は覚えているのだ。私の家族が医者家系だったせいかもしれないが、その主治医は無理をきいてくれた。常識的には無茶である。
私は注意されても、相変わらず頼まれれば普通のご飯に変える。もちろん状態がひどい時は変えないが、なんとか大丈夫かなあ、というくらいなら変える(他の医者なら変えないくらいの状態だが)。これはある意味、医者としては不合格である。でも、手術後におかゆをご飯にかえてもらって、きちんと傷も治っているんだ。おかゆがきらいな仲間として、できる限りで何とかしてあげたいのだ。
まだ医者1年目だから、できるのかも…。