英国探検隊(第59回)
ヨークシャとふたりのケイト(中編)

「すごく遠いところにいってきたのよ、キャサリン。人間の時と場所の向こうの、妖精の塚の下へいってきたの。・・・」

(K・M・ブリッグズ『魔女とふたりのケイト』より)

『妖精事典』や『妖精 Who's Who』で、バーゲストの項を開いてみると、 グラシントンで黒妖犬を見たという老人の話がでている。 それも、現代なら、さながらUFOの目撃談 といった迫真のインタビューである。
一般にバーゲストは犬の姿をしていて、有名人が亡くなるときに現れるため、死の前兆とみなされるらしい。 先の老人によれば、その巨大な獣は、お皿ほどの大きな燃える目を持っていて、 目の玉は、外側から、赤、青、白の輪になっていたのだそうだ。

グラシントンのフランクランド家のお屋敷に暮らすことになったケイトも、 セブン・ウィッスラーと呼ばれる妖犬の噂を耳にする。 どうやら、フランクランド家を襲う数々の不幸な出来事は、 この妖犬や悪い妖精たちによって引き起こされているらしい。
相次ぐ家族の死。 そして、大学を卒業して戻って来たウィルも、セブン・ウィッスラーに取り憑かれてしまう。 彼は満月の夜ごとに妖犬の鳴き声に誘われて、 いずこへともなく姿を消す。翌朝帰ってきたときには、正体なく、ヘナヘナと魂を抜かれたようになっているのだ。

意を決したケイトは、次の満月の夜、ウィルについて馬の背にまたがった。 ケイトとウィルをのせた馬は荒野へ向かい、妖精の丘のほら穴へたどり着く。 機転をきかせてウィルの後から洞窟に入り込んだケイトは、そこでウィルに取り憑いた魔法の正体を目にする。それからキャサリンを助けるためのヒントも手に入れることになる。

セブン・ウィッスラーの呼び声を深夜まで待つわけにもいかない 私たちは、車に乗って、夕暮れせまるムーアの洞窟、”小仔のほら穴”へ向かった。
ワルフェ川をわたって、スレッシュフィールドからスカーソンズ・レーンを西へ進むと、 人影の絶えた道は車の対向ができないくらい狭まる。 スカーソンズの集落を過ぎると荒野の道、マルハム・ムーア・レーンへ。

マルハム・ムーア・レーン
グラシントン方面を望む

両手は荒涼とした岩山と緑の野、ヒューヒューと鳴く風に物寂しさを覚える。

左右を石垣でさえぎられた細い道の先に、少しだけ緑におおわれた路肩を発見、車を停めた。
延々と続く石垣に手をかけて、南側に広がるスレッシュフィールド・ムーアを覗き込んでみた。

スレッシュフィールド・ムーア

数百メートル下ったところに、黒いトタン葺きの作業小屋、その横にトラクターや農機具が置かれている。 ここがギデオンの親戚が住んでいるというハイツ農場のようだ。
さらに横に目を転じると、ごつごつと切り立った岩棚が垂直にそびえている。 そして、岩山の中腹付近に、大きな真黒い穴が二つあいていた。 左の大きな洞窟が、”小仔のほら穴”だろうか。

岩と草だけの荒野
中央に二つ、洞穴が見える

地図を見ると、フットパスを示す赤い点線が、ほら穴の脇を通ってハイツ農場を横切っている。 車で登って来た道を歩いて下り、フットパスとの交差点あたりまで行ってみた。

石垣が途切れたところに据え付けてあったのは、農場へ入る鉄の門。 赤錆びた扉を押したり引いたりしてみるものの、二つの南京錠で閉ざされた扉はびくとも動かない。 けれどもさっきより農場に近付いたので、黒々と口を開けた洞窟がはっきりと見えた。
暗闇へ続く半円形の入り口を開くには、本当は合い言葉を唱えないといけないはず。 すでに、饗宴の準備ができているのだろうか。 洞窟の方向に耳をすましてみたけれど、 まだまだ明るいせいか、ほら穴の奥で何かが始まる気配は感じられない。

しばらく、寂寞とした光景の中にたたずんでいると、ますます風が冷たく感じられてきた。 そろそろ、夕暮れも迫って来たし、 温かい夕食とエイルが恋しくなってきた。今夜は B&Bの奥さんお薦めのパブで名物のジャンボ・ヨークシャー・プディングを食べる予定。
”小仔のほら穴”を遠くから眺めただけだけれど、ひとまず妖精の丘を後にすることにした。

車へ戻ると、二人連れの中年の夫婦が、ムーアの道を延々と歩いて登ってきた。 すれ違い際、いつものようにニコッと笑って挨拶をする。 イギリスではよくあることだけれど、 不思議に思うのは、このお二人、今頃いったいどこから歩いて来たのだろう? で、どこまで歩いていくのだろうか?

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スカーソンズの集落に入る前に道を間違えて、採石場らしきところに迷い込んでしまった。 Uターンしようと思い、ゲートをくぐると、茶色いかたまりが足の踏み場もないくらいうずくまって、ひなたぼっこをしているではないか。

スカーソンズの家並み

そして、あっという間に四方八方に飛び跳ねて逃げってしまった。 うさぎの子を散らす、いや、蜘蛛の子を散らすと言うのはこのこと。 あんなにたくさんの野うさぎを見たのは、後にも先にももはじめてだった。

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パブ「Foresters Arms」とジャンボ・ヨークシャ・プディング

<参考にした本>
K・M・ブリッグズ(石井美樹子 訳)『魔女とふたりのケイト』岩波書店
K・M・ブリッグズ(井村君江 訳)『妖精 Who's Who』筑摩書房
K・M・ブリッグズ(平野敬一・井村君江・三宅忠明・吉田新一 共訳)『妖精事典』冨山房


(続く)