英国探検隊(第40回)
ギャロウェイ最初の旅 (前編)

ごちそうの相手は本がしてくれました−とてもいい本でしたよ、この地方で起きた殺人事件の話でね。クロフツ氏なる人物が書いた『マギル卿最後の旅』。読んでみてください。

ドロシー・L・セイヤーズ(『五匹の赤い鰊』より)

実家の押し入れで長らく眠っていたなつかしい十数册の本を見つけた。
『少年少女世界推理文学全集』。小学校の頃、夢中で読んだ記憶がよみがえる。さっそく自宅に引き取って、久しぶりにページをあけてみると、ホームズにポワロ、クイーンと、そうそうたる探偵のオンパレード。

でも、その中でひとつ、小学生にはどうしてもなじめないお話があった。F. W. クロフツ著『マギル卿さいごの旅』という小説だ。
なぜ、なかなか読み進められなかったのか?
よく言われることだけれど、主人公であるフレンチ警部の捜査が地味なのである。奇想天外なトリックや探偵のあっとおどろく種明かしとはまったく無縁。ひたすら事件の跡を追ってコツコツと証拠を集めてまわるのだ。こんなストーリー展開が子供心にそれほど魅力を感じさせなかったのだと思う。

ところが、今あらためて読み返してみると、結構おもしろいではないか。新たに買い込んだ『樽』(これはもちろん大人向けの文庫)にいたっては、土曜、日曜一歩も家から出ることなく没頭して読んでしまう始末。
作家になる前のクロフツが鉄道技師だったこともあってか、乗り物に関する描写が正確で、地名が実名なのも状況設定をリアルで興味深いものにしている。

そして、いつしか私たちも行方不明のマギル卿を追って地道な捜査を続けたフレンチ警部の足取りをたどってみたいと思うようになった。

とは言ったものの、フレンチ警部が何度も乗ったロンドン発ストランレア行きの列車は今はない。スコットランドのギャロウェイ地方を東西に走っていたいくつかの路線が1965年頃、廃線になってしまったからだ。
仕方がない。まずはロンドンからカーライルまで、コーツ氏を真似て寝台車の旅を、と思ったがこれも、スケジュールの都合上断念。今回の旅ではマンチェスターからカーライルまで昼間の列車で移動することにした。

学生時代に乗った寝台車
昼間の列車でカーライルに到着

でも、学生時代にインターシティ・スリーパーでカーライルからロンドンまで移動したことがある。今でも寝台車をインターシティ・スリーパーと呼ぶのかどうかはわからないけれど、列車の車体に書かれたこの呼び名が微笑ましくて、気に入ってしまった。

マギル卿といっしょに寝台車に乗りこんだコーツ氏の注文は少しこみ入っている。車両の右側にある寝台車をふたつ、しかも連絡ドアがあって互いに行き来のできるコンパートメントを予約するのだ。

カーライル駅

記憶にある列車は2等寝台で、左側のコンパートメントだったと思う。扉をあけると右手に2段ベッド、窓際には簡易用の洗面台があった。この洗面台はふたができるようになっていて使わない時はテーブル代わりになる。

駅前にそびえる Citadel の塔

幸いにも隣の寝台と行き来できる連絡ドアはなかった。一人旅なのに、もし連絡ドアがあったりなんかしたら落ち着いて眠ることもできない。2段ベットだけど、1人で使うのだから楽々で快適。上の段に横たわると列車がゴトゴトと線路を走る音がお腹に響いてきた。規則正しいその音は徐々に子守歌へと変わり、ぐっすりと眠れた。朝になると、乗り込む時に伝えておいた時間に、車掌さんが紅茶とビスケットを持って起こしに来てくれるサービスの良さ。

フレンチ警部は真相を探るために何度も寝台車でこの区間を移動した。

Nith 川
ダンフリーズのハイ・ストリート

ギャロウェイ地方の入口、ダンフリーズまでは今も列車で行くことができる。けれども、カーライルからは別の登場人物、ティア氏に習って車に乗り換え、ストランレアとポートパトリックを目指すことにした。

カーライルの町を過ぎて少し走ると国境の標識が、、、ここからスコットランドだ。

ギャロウェイ地方に入って、最初の大きな町は先にふれたダンフリーズ。
このあたりはロバート・バーンズゆかりの土地であり、Burns Trail の表示をあちこちで見かける。
サケ・マス釣りで人気のNith 川の岸辺にある駐車場(無料!)に車を停めて休憩。川の向こう岸にはバーンズ記念館が見え、海辺という訳でもないのに、海鳥の鳴き声が騒がしい。考えてみれば約10kmほどNith 川を下れば海岸にたどりつき、その南対岸は湖水地方になるわけだ。駐車場の向かいにあるインフォメーションで情報を仕入れて(ついでにトイレもお借りする)、町の中心に行ってみることにした。途中、銀行のATMでお金を引き出すと、スコットランド紙幣が出てくる。イングランドとの境界付近とはいえ、スコットランドにいることを実感。

ハイ・ストリートは南から北へ登る緩やかな石畳の斜面沿いに、いろんなお店が立ち並ぶにぎやかな通りだ。ショーウィンドには、あちこちのお店に水着が飾られている。通りの中心には広場があり、ベンチにはアイスクリームを食べる家族やカップルなどがすわり、みんな楽しそうである。

しかし、夏の真っ盛りだというのにとても寒くて、セーターを持ってくるんだったと後悔するほど。なのに、アイスクリームとは寒すぎるし、余計なお世話だけれど、水着を買う人がいるのだろうかと心配してしまう。

ハイ・ストリートの広場

歩行者専用のハイ・ストリートをもう少しゆっくりと歩いてみたい気もしたが、まだギャロウェイの入口。先は遠い。私たちは次の目的地を目指すため、駐車場の車に戻ることにした。


<参考にした本>
F. W. クロフツ(内田庶 訳)『マギル卿さいごの旅』あかね書房
ドロシー・L・セイヤーズ(浅羽莢子 訳)『五匹の赤い鰊』創元推理文庫


(続く)
鰊を五匹釣りに行く
ギャロウェイを西に進む