英国探検隊(第21回)
謎のテス・ブリッジ(前編)

今から10年くらい前、某テレビ局で「世界の橋」という5分間番組が放送されていた。
その名の通り、世界中の有名な橋を取り上げて短時間に、ぎゅっと圧縮して紹介する番組で、ここ関西地方では、日曜日の夜8時か9時頃に流れていたと思う。

この番組には、ときどきイギリスの橋が取り上げられることがあり、世界最古の鉄橋アイアン・ブリッジやウェールズのアングルシー島にかかるメナイ・ブリッジ、くまのプーさんの棒投げ橋などが登場していた。

そして、毎週楽しみに見ていたこの番組に、ある日、何の変哲もない小さな橋が映った。緑豊かな田舎の風景に自然ととけ込んでいる、細くて白い欄干を持ったすごく華奢な感じの橋である。

TVで放映された
謎のテス・ブリッジ!?
は、こんな橋!!

画面のテロップには、

「テス スターリングニュートン イギリス」
「テス・ブリッジ Tess Bridge」

という文字。

テスとは、あのトマス・ハーディの「テス」のこと。確かに、可憐なテスが日傘でもさして、かたわらにたたずんでいる情景が想像できるようなかわいらしい橋だ。ナレーションを聞いていると、ハーディがスターリングニュートンという町に住んでいた頃、テスのモデルにした実在の娘さんがいて、彼女が農作業の途中によくわたっていたのがこの橋なのだそうだ。

この放送がずっと気にかかっていたので、その後のイギリス旅行計画にテス・ブリッジ探検を入れることにした。

さて、Hardy's Country の中心の町、Dorchesterから少しばかり北に行ったところに Higher Bockhampton という小さな村がある。この村のはずれに、トマス・ハーディが生まれた「Hardy's Cottage」が残っていて、今はナショナル・トラストによって管理されている。

森を抜けるとコテージの裏手に出る
今はナショナル・トラストの管理

駐車場に車をとめて、ブルーベルの絨毯が敷きつめられた小さな森を歩くと、ちょうど Hardy's Cottage の裏手に出る。コテージは、茅葺き屋根のこじんまりとした建物で、手入れのゆきとどいた前庭は結構広く、いろんな種類の植物でいっぱいだ。季節が5月だったので、花はあまり咲いていなかったけれど、6月の華やかさが想像できる。

コテージの玄関は、入口も狭く天井も低い。2階へと続く階段もきゅうくつだ。あまり大勢の人が建物に入ると床が抜けるかもしれない。

ハーディはここの2階にある小さな部屋で1840年に生まれた。部屋からは、『帰郷』の冒頭に描かれるエグドン・ヒースという荒野が見えるということだったが、木々が邪魔をして、あまり見晴らしはよくない。今から150年以上も昔のことだから、このあたりもだいぶ変わってしまったのかもしれない。ここから見るエグドン・ヒースの眺めを楽しみにしていたので、少しがっかり。

ハーディは、子供の頃をふくめて何度かこの家に住み、『はるかに狂乱の群を離れて』や『緑の木陰』などの作品を書いたそうだ。このあたりの土地は Hardy's Country と言われるくらい彼の作品ととても強いつながりがある。

コテージの前にはお庭が
テスとエンジェルが結婚した教会
と、ナショナル・トラストのおばさんが言っていたような??

実は、テス・ブリッジ探検にあたって、最初に Hardy's Cottage を訪ねたのには理由があった。日本を出る前に、いろいろと調べたのだけれど、「テス ブリッジ」はおろか、スターリングニュートンという町さえ、どこに存在するのかわからなかったのだ。とりあえず、ここに来れば何かわかるかも、、、というあわい期待を抱いていたという訳。

でも、Hardy's Cottage を一通り見学しても何のヒントも得られなかった私たちは、帰り際、チケットを売っているおばさんに「テス ブリッジ」のことを聞いてみた。
「えっ?」と、何度かおばさんに聞き返されたあと、
「そんな橋、知らないなぁ。スターリングニュートンなんて地名も聞いたことないよ」
と、がっかりの返事。おばさんは、気の毒に思ったのか、まわりの人にもいろいろ尋ねてみてくれたが、誰も知らないみたい。

こうなると、テス・ブリッジを一目でも見てみたいという思いはつのるばかり。何かあてがある訳ではないけど、とりあえず Hardy's Country を北に向けてシャフツベリーへと向かうことにした。


(続く)