アイルランド探検隊(第5回)
スケリグ -その1-

新しい家に引っ越して来たマイケルは、庭の片隅に建っているくずれかけたガレージの奥で奇妙な生きものを発見する。それは、「アスピリン」を要求し、謎の食べ物「27と53」を注文する少し無気味な男だった。そして、お隣に住んでいる女の子ミナをまきこんで、ストーリーは不思議な結末へと展開して行く。

『肩胛骨は翼のなごり』(原題 Skellig )は、1998年にイギリスの児童文学賞として知られるカーネギー賞を受賞した心暖まる物語である。お話のタイトルになっている Skellig とは、作者のデイヴィッド・アーモンドが、アイルランドを訪れたときに見たスケリグ・マイケルという小さな島の名前からとったのだそうだ。

リング・オブ・ケリー

ケリー州のイベリア半島をグルッと一周するリング・オブ・ケリーは、アイルランドでも指折りの美しい風景が楽しめる周遊コースだ。

その日は翌日のドライブを楽しみにして、半島の付け根の町、ケンメアに宿を取っていた。荷物を整理して一息ついたあとのこと、いつものようにB&Bを探検していると、廊下の壁にはってある一枚のちらしが目についた。大きな緑の字で”スケリグ・ボート・トリップ”と書いてある。

スケリグ・マイケル島は、以前テレビで見たことがあり、一度行ってみたいと思っていたところである。ちらしによれば、ふむふむ、ボートは Portmagee や Cahersiveen という港から出ているらしい。出港時間は午前10時から11時頃のようだ。
頭の中でグルグルと計算が始まる。もしかしたら、明日のボート・トリップに間に合うかも知れない。7時起床、7時半に朝食、9時前にケンメアを出発すれば、10時頃には Portmagee や Cahersiveen に着けそうだ。我ながら完璧な計算。わが家の旅行ではかつてないくらい、朝早い時間の行動開始だけれど、スケリグ・マイケルに行くことができるのなら、しょうがないと言うものだ。

わくわくして眠りが浅かったのか、翌朝はすごい早起き。何と、部屋の窓ガラスにたたきつける大粒の雨と庭のベンチを吹き飛ばすような激しい風の音が、目覚まし時計の代わりだった。
カーテンを開けて見ると夏の朝だというのに、薄暗くて空は一面、灰色一色である。スケリグへ向うボートは天候しだいで欠航になる、とちらしに書いてあった。意気消沈とはこのこと。言うまでもなく、本日の予定は変更。8時半起床、9時に朝食、10時半出発という案に全員一致(二人だけど)で賛成。

おかげで、ゆっくりとフル・アイリッシュ・ブレックファーストをいただいて、いつもより、もっと遅い時間に宿を出発することに・・・。

雨のケンメア
雨のスニーム

ケンメアは、メインストリートにカラフルな色の家が立ち並び、観光客に人気の高い街らしい。でも、たたきつけるようなこんな雨では、とても観光どころではない。スーパーで食料品を買い込んだだけで、びしょぬれになってしまった。

ケンメアからリング・オブ・ケリーを西へ約20Km、スニーム付近で雨は少しは弱くなったものの、まだまだ、車から外に出る気が起こらない。何軒か軒をならべているお店に勇気を出して入り、お土産を物色していると、今度は車にもどるのがおっくうになる。観光バスでやってきたアメリカ人らしき団体も困った様子。

でも、車窓からときおり覗く海岸線と、そこからつながるゆったりとした起伏を持つ台地。そして、点々と見えるピンク色や黄色の家々が緑の荒野となす鮮やかなコントラスト、こんな雄大な眺めはアイルランドでしか味わうことのできない景色だ。雨の日だからこそ味わえる荒涼とした厳しい風景にただただ圧倒される。

このように、アイルランド南西部には、ダブリンをはじめとする東海岸とは違った雰囲気と魅力がある。だから、昔から毎年毎年バカンスはここ、と決めている人も多いらしい。
そのうちのひとり、あのチャリー・チャップリンはいつも家族づれで Waterville という街にやって来ては、散歩を楽しんでいたそうだ。

Watervilleにある
チャップリンの像

さて、半島の西端付近まで来たとき、道路際に立つひとつの看板に目が止まった。
「A Telescopic View of the Skellig Rocks」
海岸方向に目をやると、雨でけむる大西洋の沖合いはるかにリトル・スケリグとスケリグ・マイケルのふたつの島が、うっすらとかすんでいる。
メインランドと小さな島をさえぎる海原は、強い風にあおられて大きくうねり、白い波頭があちらこちらで砕けて見える。まるで、島に近づくことを拒んでいるかのようだ。まさに、人を寄せつけることを嫌う絶海の孤島である。

「A Telescopic View of the Skellig Rocks」
かなたに見える
リトル・スケリグと
スケリグ・マイケル

デイヴィッド・アーモンドはこの島を同じように眺めたのかもしれない。彼はこの風景からインスピレーションを得て、天から啓示でも受けたかのように Skellig の物語を書き上げたのに違いない。
でも残念ながら、こちらは重い重い病気にかかってしまった。どうしても”行きたい病”というやっかいな病気に。


<参考にした本>
デイヴィッド・アーモンド(山田順子 訳)『肩胛骨は翼のなごり』東京創元社

(続く)