アイルランド探検隊(第7回)
スケリグ -その3-
その1その2も読んでね!

メインランドから離れること13Km、スケリグ・マイケルは厳しい修行をするにはもってこいの環境だ。そして、人間の世界から隔絶されていることは、海鳥の繁殖にも都合がよかったようで、スケリグ・マイケルとリトル・スケリグの二つの島は海鳥のサンクチュアリーとしても知られている・・・。

Cahersiveen から船が到着すると、さきほどのおじさんが、さっそく乗るように身ぶりでうながしてくれた。
し、しかし、船は小さすぎて、桟橋から見下ろすようなところに着岸している。乗り込むには、ここからまっすぐに海の中へと吸い込まれている鉄のはしごをつたって降りなければならない。
はしごの一段一段は多くの人の靴底ですり減ってしまったのか、細くて、少し丸くなっていて、つるつるすべる。建物の2階くらいの高さからユラユラ揺れる船へ乗船するのは、高所恐怖症の身にとっていきなりの軽い試練であった。

Portmagee から
Cahersiveen 方面を望む
高すぎる桟橋から船へ

船にはすでに11人のお客さんがいて、Portmagee から乗り込むのは私たちだけだった。
小学校低学年くらいの小さな子ども3人を連れた5人家族、友人同士らしいカップル2組、年輩のご夫婦。このご夫妻はケリー州の南の方でB&Bを経営していて、泊まりに来たお客さんに勧められて、今回はじめてスケリグ島に渡るのだという。京都に住んでいる人が清水寺に行ったことがないというのとよく似た話である。
そして、Seanie Murphy さんとおぼしき赤銅色に日焼けした、いかにも海の男といった感じの船長さん。

一緒になった人たちは至って軽装。船長さんは、短パンにTシャツにぞうり。年輩のご夫妻のだんなさんはサンダルばき。家族連れのおかあさんはタンクトップ一枚である。
実は私たちのうち1名は、日本から持って来ていたライフジャケットを密かにレインコートの下に着ていて、かなり着膨れていたのだけれど、そんな心配をしている人はまったくいないようだ。

そうこうしているうちに、いよいよ Portmagee の港を出航。
船はエンジン音とともに、桟橋を離れてぐんぐん速度をあげて行く。こんな小さな船で海に出たことがなかったので、少しドキドキしたけれど、雲の合間には薄日ももれ始め、心地よい潮風が顔にあたる。
前方には先に出発した船が見え、後ろからも10人程お客を乗せた船が追い掛けてくる。波も思ったほど荒くはなく、ヴァレンシア島とイベリア半島を左右に見ながら快適な船旅が始まった(かのように思えた)。

異変が起こったのは、船がイベリア半島の先端とヴァレンシア島の Bray 岬を結ぶライン付近に達したときだった。いきなり、何が起こったのか、と驚くようなすさまじい揺れ。写真を撮ったり、景色を楽しんでいた全員が手近に掴める手すりにしがみついて顔を見合わせた。
Portmagee 海峡から大西洋に出たとたん、船は海上を滑るジェットコースターに変身したのだ。

ちょっと波が高くなってきた
が、まだ写真を撮る余裕

波はさらにうねりを大きくして、ざぶんざぶんと船をめがけて押し寄せてくる。
高いところと低いところでかなりの高低差があり、波間に入ると青い海原以外何も見えなくなる。
映画『パーフェクト・ストーム』も真っ青の光景だ(決しておおげさではない??)。
手すりから手を放すと海に放り出されてしまいそう。車に置いて来たもう一つのライフジャケットを思い出して後悔しても、もはや後の祭り。
座っている場所がエンジンのあるらしい一番後ろなので、お尻が振動でしびれてくるし、しっかりとてすりを握っている手は排気ガスで真っ黒である。

スケリグとリトル・スケリグの二つの島は前方にチラチラと姿を覗かせるけれども、操舵室(と呼ぶのかなぁ)と高い波にさえぎられて、ほとんど、見ることができない。
左手前方には、小さな岩 Lemon Rock がずっと見えているのに一向に近くなる気配はない。

Murphy さんは、私たちの様子におかまいなしに悠然とたばこをふかしている。片手で舵をグルグルまわして、調子をあげると、さっきまで前方に見えていた船を追いこしてしまった。
海水があたりに飛び散って、全身にかかるので塩でべたべた。3人の子どものうちひとりの女の子は、はじめから気分が悪そうだったが、とうとう限界がきたようだった。それにつられてあと2人の男の子も時間の問題。
酔い止めは効いているみたいだけれど、他のことを考えていなければこっちも気分が悪くなりそう。

Portmagee を出てから1時間とちょっと、揺れる船の上に、ときおり海鳥が飛んで来るようになった。頭の上を旋回して去っていく鳥たちを見ていると、S.T.コールリッジの『老水夫の歌』を思い出す。

リトル・スケリグ
雪のように見えるのは鳥たちです

と、突然、エンジン音が消え、船は速度を落とし始めた。見るとななめ前方にごつごつした岩の島、リトル・スケリグが目前に。

遠目に雪をかぶったように見えていたリトル・スケリグの絶壁の白い色は、実は鳥たちがぎっしり集まっている色だった。上空にもたくさんの海鳥がたわむれていて、キーキーという鳴き声がにぎやかでうるさいほどだ。
この小さな島には、1990年の調べで20,000羽の Gannet(カツオドリ?)と1,100羽以上の Kittiwake(ミツユビカモメ?)、600羽弱の Guillemot(ウミガラス?)が生息しているらしい。

とたんに、今までの潮の香りと違ってずいぶん魚臭いにおいが鼻をつく。海面を見ると一面にくらげの頭のようなぷくぷくしたものがたくさん漂っていた。海鳥の食べ残した餌の魚が漂っているのか、とにかくこれは強烈だ。
でも、あまりの海鳥の迫力に、魚のにおいも忘れて、みんな次々にカメラを取り出し、写真タイムになった。

リトル・スケリグに気をとられている間に船は再び速度を上げ、次の目的地を目指す。
ふと、見上げると、スケリグ・マイケルがもうすぐそばまで迫っていた。
船から見える輪郭では、リトル・スケリグの方が大きいような気もするが、眼前に見るスケリグ・マイケルは、そそりたつ岩山が天空をめざし、人を寄せつけない厳しさがあった。

スケリグ到着
いつの間にか青空が

(続く)