G4の時計は2019年までしかないんで。

 

 

00/1/31(月) pm びんぼうくじの恐怖
私はよく貧乏くじを引く。

と言ったものの、貧乏くじの正しい意味がよくわからない。うーん、付き合い長いのにちゃんと知らないのは先方に失礼かも知れない。ユニークなことで有名な「新明解国語辞典」を調べてみる。何か面白いことが書いてあるかも。

びんぼうくじ【貧乏籤】 一番損な・くじ(運命・立場)。

なんだ、意外に普通だ。

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近頃妙にポリオが気になる(興味のある人はここにあります)。いや、厚生省の発表があったときから気になってはいたが、昨日夕飯を食べながら特命リサーチ200Xを見てさらに危機感が強まった。

現在では撲滅されたはずのポリオを発病してしまう人は滅多にいないらしい。特命リサーチを見て思ったのは、ポリオが撲滅されたはずの国で発病してしまった人というのは、よほどついてなかったんだなあということだった。

発病して熱が出ても医者は撲滅された病気だから全然気づかない。ただの風邪だなんて言われ、そうこうしているうちに手足に麻痺が出てしまったなんて、あんまりだ。

しかも感染元はかわいいわが子。どこにも怒りのもっていき場がない。片足が麻痺してしまった彼らは、この先どうやって生活を立てていくんだろう。生活の保障はしてもらえるんだろうか。

追い打ちをかけるように、昭和50〜52年生まれは予防接種受けたのに抗体保有率が低いですなんて言われるし。

すごいのだ。昭和51年生まれなんて抗体保有率4割未満。ピンポイントで特にすごい。わかってんなら無料の抗体検査でも国で実施しろよ。

「普通に生活している分にはまず発病の心配はないです」なんて、それが落とし穴なのだ、私の場合。普通ならまずないだろうと言われながらそのど真ん中を何度ぶち抜いてきたことか。しかもよくない出来事ばっかり。「何で私が」なんてもう言い飽きたせりふ。

確率的には2割未満だったはずの悪夢をたくさん見てきた私としては、確率的に6割なんてもう自分が該当しないわけはないような気がしてくる。きっと…たぶん私は抗体持ってない……。

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今でさえ全くの健康体というわけでもない。しかもこんなんなってるんだから引くのは八幡さまのおみくじだけと決めている。これ以上自分に貧乏くじを引かせてたまるものか。

といったわけで、試験が終わったらすぐに病院に行くつもりなのである。こうなったら、検査できる限りの病気の抗体を調べてやる。見ておれ、貧乏くじ。

 


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00/1/30(日) am 超陳腐二本立て
最近の夢は変なのが多い。いや昔から私は変な夢しか見ない。この間の2本立てはすごかった。映画のタイトルをつけるなら、前半が「ツイスター日本版」で、同時上映が「お家騒動! 舞の家」っていうような夢だった。

タイトル通り、前半は自分の住んでいる街で巨大な黒い竜巻が起き、誰かと3人くらいで逃げまどう。はじめぼろぼろの小学校に逃げ込むが、これでは竜巻に吹き飛ばされるので、また逃げて頑丈な市民ホールに逃げ込む。

市民ホールはドーム型でがっしりしていて地下のスペースがある。コンクリートむき出しの壁にオレンジ色の色彩でコーディネイトされていた。ここに逃げ込めば安心だ。私たちはホールの中の売店で好きな食べ物を買って腹ごしらえをすることにした。何を買ったかまで覚えている。私は確か、バター入りどらやき。

後半は、なにやら広い座敷にお膳が並べられ、和服を着た上流っぽい人たちがずらりと座っている。代々家元の家の親族の会合のようだった。親族みないがみ合っていて、私もその中に属す女で着物を着ている。確かに私の視点なのだが、おそらくその女は私ではない姿をしている(中年の和服美人)。

他の親類の女性たちもみんな中年の和服美人で川島なおみか十朱幸代みたいな感じ。おそらくみんな家元の息子かなにかの嫁さんで、私も嫁のひとりなのだろう。「極道の妻たち」のようだ。きっとみんなこの日本舞踊の流派の一弟子から息子の嫁になったのだろう。「あなたに踊れるのかしら?」的ムードの中、私は「私にだって舞えますのよ」的に扇子を使って日本舞踊を踊る。

私は舞の内容まで覚えている。舞のテーマは、ひらひらと舞っている蝶がだんだん衰弱して最後に死ぬ、という、まるでアンナ・パブロワの「瀕死の白鳥」のちょうちょ版みたいなものだった。扇子を蝶の羽に見立てて表現するのだ。

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ここまで陳腐なストーリーの夢は久しぶりに見た。起きてから思い出してちょっと笑った。

00/1/29(土) am ペペロミア精神
昨日日記で植え替えがめんどくさいだの何だのと書いてみたのだが、そんなに難しかったっけ?と思い立って本を調べてみた。

すると、伸びすぎぐにゃぐにゃのペペロミアに関しては、切ってさすだけだったということが判明した。あ、簡単だ。

思い出した。「切ってそのまま土にさす」っていうのを読んだときに、植物をぶつぶつ切ってただ土にさすというあまりの野蛮さにショックを受けて「私にはできない」って思ったんだった。

だって人間で言えば、両足を切断したあとにそのまま土に突き刺すようなものなのだから。血がまだだらだら出ているのにそのまま土に。なんと信じがたい…

信じがたかったがとりあえずそう書いてあるし、これならお手軽、とばかりに部屋に新聞紙を広げて早速手術してみた。

グニャグニャのびたペペロミアを根本からぽんと引っこ抜き、上から5〜8センチほどでちょきんと切る。そしてよけいな葉っぱを落としてそのまま元の鉢にぐさり。今まで1株だったのが3つに増えた。

強いな、ペペロミア。私はこれから「ペペロミア精神」とかで行くべきかも知れない。雑草は根を切られれば終わりだが、ペペロミアは根を切られても終わらないんだから。

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昔の日記を見つけた。ちょっと読んでみる。

一定周期で「尼になろう」という台詞が出てきて笑えた。

00/1/28(金) am 趣味の園芸
昨日の日記、もしかするとタロットカードを知らない人がいたかもと思ったので、愚者のカードの参考になるようなリンクを昨日の本文中(ここを押すと近いとこに飛びます)にはっときました。

ネット検索で探したんですけど、息をのむほど美しいCGを見つけられて満足。プロのページを見つけてしまった…(いいのか?こんなにかっこいいFOOLで)。悪魔CGのライブラリもすごくいいです。別ウインドウで開くようにしましたので探検してみて下さい。

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うちの祖父を示す小道具といえば、毎月とっている『趣味の園芸』と龍角散ときせるである。

祖父母がそろって園芸好きなのが影響したのか、私も観葉植物や鉢花にはめっきり弱い。今部屋には5鉢。しかし、これが同時に悩みの種でもある。

植物は伸びる。犬のように途中で成長が止まったりはしない。買ってから4年目になるベンジャミンは生長に生長を重ね、今や枝のてっぺんが私の身長ほどになっている。それ自体はうれしい。

だが問題は、植物の生長に伴う植え替えなのだ。大きくなって鉢が手狭になるので、定期的にもっと大きな鉢に植え替えてやらなければならない。

これは大変である。鉢からすぽっと植物を抜くと、土を抱え込むようにぎっしりはった根のかたまりがでてくる。まるで、昔幼稚園のとき砂遊びをしてバケツで作った砂プリンのような形で。

ベンジャミンの植え替えなどの場合、根を3分の1ほど切って植え替えをしなければならなかったりする。しかしこれが難儀なのだ。ベンジャミンがうちでは一番大きい。さらに木だから、根は細くても普通の木の根のようにかたい。

そんなかたい根がまるでゆでる前のインスタントラーメンのように密集している上に、土まで抱き込んでいるのだ。観葉植物の本では植え替えの時にのこぎりを使って切断するくらいである。

しかし私は一人暮らし、のこぎりなんて持っていない。1年くらい前にベンジャミンの植え替えをしたときは、何とかやりとげたものの包丁を1本ダメにした。

そして今回もそろそろ植え替えの時期が来ている鉢がある。幸い、今回はベンジャミンではない。3年選手のスパティフィルムである。

サトイモ科なんで株が増えて鉢の中にぎっしり。これは一筋縄ではいかない。ただの植え替えではなく、「株分け」をしなくてはいけないのだ。これはたぶん…いや、間違いなく非常に面倒くさい作業になることうけあい。

さらに株分けすればひとつの鉢が2つ以上に分かれるのだ。そうしたらまた鉢の数が増えるではないか。

ベンジャミンの方だって生長と言うよりはもう徒長で、適当に枝を切って挿し木しなければいけない感じだし、他の鉢だって伸びすぎで挿し木を考えなければいけないのがある。

ベンジャミンの挿し木なんて、軽く5〜6本はとれる。そして細長いプランターに高さ10センチくらいのコドモベンジャミンをずらり並べて育てるのだ。いくら何でもこの狭い部屋にそんなにたくさんは置けない。さらにスパティフィルムも株分け。他の鉢も挿し木で間違いなく増える。

そうなるとこの部屋は……ジャングルだな。

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いや、こんな冷静にジャングルとか言ってる場合じゃない。ホントに、どうしようか。

祖父母は石楠花も牡丹もこともなげに咲かすのに、私はどうも今ひとつ上手ではないらしい。

00/1/27(木) am 救済の愚者
最近大学入試のの2次出願が始まっている。

もちろんその波は、私のバイト先である塾が傾きかけだろうが何だろうが容赦してくれないらしい。

今日もバイトに行くと、ある生徒がパソコンとにらめっこしていた。どうやら、センター試験の自己採点結果を入れて各大学の判定チェックをしているらしい。

大学入試のシステムなんて、受けたことのある人ならご存じだろうと思うが、一般的には1次試験としてセンター試験というマーク式テストがあり、その結果に2次試験として各大学が実施した試験の成績を加味して合否が決定する。

1次と2次の割合はさまざまで、センター試験の自己採点結果である程度合否が決まってしまう大学も多く…傾きかけの我が塾の生徒たちはほとんどこういう大学をねらっている場合が多い。

2次の割合が圧倒的に高い大学など有名国公立ばかり、そんなとこ受けられる実力がある子は最初からこんな小さな塾に来ない。いや、逆か。そんな実力のある子が来てる塾だったら、こんなふうに傾きかけたりするはずがない…というのが正しいのかな。

とりあえず生徒たちは容赦ない自業自得の荒波にもまれている。泣いたって笑ったってセンターの点数ってのは自分が解いた結果なのだ。だが、中には自業自得じゃない生徒だっている。

一生懸命がんばってきたのに、それがセンターの点数に反映しなかった生徒…こういう子が一番見ていて痛ましい。がんばったのに自己採点の結果を判定にかけてボーダーぎりぎりかそれ以下で、結局第1志望が受けられない生徒。私が受け持っていた生徒にも、ひとりそういう子がいた。

事務のお姉さんの話だと、その男子生徒は前年度の志望大学ボーダーちょうど。だが今年は統計によると少しボーダーが上がっているらしい。結局塾の上司とご両親との4者面談の結果、彼は志望大を変えることになってしまった。

「…みんながっかり。」というのが、事務のお姉さんによる総括だった。上司もお姉さんもご両親も本人もみんながっかりしたらしい。

今の生徒の心境がリアルに想像できるので胸が痛む。試験はまだ終わっていないのにがっかりムードだなんて。そんな風にがっかりされたら、本人はどうすればいいのだろう。

たかが試験ひとつで「がっかり」なんて、自分の存在価値自体を否定するような反応返されたって知らないじゃん。ねえ?

自分が失敗して落ち込んだときというのは、周りにまで落ち込まれたり騒がれたりするとさらに落ち込む。自分の失敗がさざ波のように周囲の雰囲気に影響していくのを見るのはいたたまれない。

周囲の反応を見るたびに何度も何度も同じ挫折感を味わい、「こんな俺、死のう」っていう気分になるのだ。「生き恥さらさずにいっそ死んだ方が…」という気分に。

こういうとき、周りは絶対に動じてはいけない。全く別の考え方をし始めなければ本人も立ち直れない。

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数年前のある日、私は第1志望の大学に落ちた。

はじめ私自身は「あっそう」という程度だったが、母も恩師も祖父母まで落ち込んだせいでかえっていっそ死にたいくらい暗いムードに沈んでしまった。悪夢のようだった。しかしそこに、家族の中ではちょっと個性的な存在(異邦人ていうか)である妹がふらりと帰ってきた。

彼女は知らせを聞くと言った。

「なに、落ちたの? あはははは」

嘲笑とは違う。すごく楽しそうに笑った。雪道で私が転んで、それを後ろから「なーに転んでんの、きゃはは!」と笑いながらからかうときと全く同じだった。

(…なんじゃそりゃ)

私は彼女の反応に一瞬呆れた。そして納得した。そっか。その程度だよなあ。だと思ったんだよね。わらっとけわらっとけ。こりゃあおかしいや。はは。

その時ばかりは、妹が天使か何かに見えた。とびきりアナーキーな天使。タロットカードの「愚者」(正位置。参考図はこちら)みたいだった。私の「転がる石ライフ」の始まりを告げる、偉大な魔術師。地獄に仏。馬の耳に念仏(誤った用法)。

実はこういうのが、落ち込んだときには一番よーく効く。ひとつの見方しかできないから落ち込むが、世の中にはたくさんの見方があるのだ。妹の笑いはそのことに気づかせてくれた。

あの生徒にはいるだろうか。そうやって自分の失敗を笑い飛ばしてくれる人が。

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失敗したからってそれが悪かったかどうかは最後までわからないのだ。場所がどこになったって、大事なことはホントにやりたいことができるかどうかなんだから。

来週事務のお姉さんに聞いてまだ生徒の様子が気落ちムードのようだったら、この話をした方がいいだろうか。

努力は報われないという怖ろしい現実を知ったダメージ消えずとも、気持ちの切り替えだけはきちんとできるように。

00/1/25(火) am 究極のリゾート
今日は現実逃避がしたいので、お題は「私の考える究極のリゾート」である。

とりあえず動物占いがコアラであった私としては、とにかく「何もしないこと」が究極のリゾートの条件である。

どこか過ごしやすいところに行って、ものすごく滞在しやすい宿を見つけ、そこに延々滞在し続ける。日々退屈。日記を書こうと日記帳を持っていっても「何もすることがない」としか書けないくらいに。怠惰を極める。

頭が痛くなるほど寝倒しても誰からも怒られず、「ああ起きなきゃ」というストレスもなく、出歩く準備をすることもなく、パジャマでない服を着る必要も靴下をはく必要もなく、ただひたすらにぼーっとしていればよい。めんどくさいことは一切ない。

時々あたりをぶらつく。しかし観光とは違う。観光はえてして疲れるものだ。気合いを入れて観光スポットに行くようなリゾートは普通のリゾートであろう。そういうストレス的リゾートは「究極」のリゾートにはふさわしくない。

場所はどんなところがいいだろう。暑さが最大のストレスなので、暑さだけは回避。あとは太陽の光も強すぎると死ぬので回避。私は夏に遊ぶというのが理解できないのだから。とすると南の島は究極のリゾート地としてはふさわしくない。季節は夏以外。

理想的なのは人里離れた山の中。高原とか、森の中がよい。空気が良くて外はみどりいろなのでぶらつきがいがある。花も咲く。

宿は和風(洋風は落ち着かないので究極ではない)。やっぱり畳に障子に板敷きの廊下にふとん。雨が降ると音が聞こえるのでトタン屋根がのぞましい(高級感と過ごしやすさは時に反比例する)。

朝食には毎朝おいしい卵焼きか半熟卵がつく。3時のおやつは宿から近い小さな店(大きいとストレスがたまるので近所のさびれた商店レベルがちょうど良い)に散歩がてら買いに行く。昼ご飯と夕ご飯は普通のコロッケとかサバ味噌煮等の定食。おいしい。船盛りなどストレスのたまるメニューはない。

呆然と起き、呆然とごはんをたべて散歩をして、呆然とお風呂に入りパックなどをして呆然と寝る。

考えていたらものすごくわくわくしてきた。なんてエキサイティングなリゾートなんだ。

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おっ、何だか疲れがとれてきたようだ。人間は好きなことを考えると癒されるのか。なるほど。

これからしばらく、日々ファンタジーで過ごすか。履歴書の自己PRに、「ファンタジックな前向き思考の持ち主です」なんて書けるように(採用されないだろうな…)。

00/1/25(火) am 24時間まるごと
昨日の日記のあまりの長さにあきれかえった。一気に書いたからって、いくら何でもあんな長さじゃ誰も読むまい。

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それにしても、私は本当に夜に強い。昼は眠くて眠くて仕方なくても、がんばって起き続けて夜になれば元気になるのだ。

でもだからといって際限なく元気なわけでもなく、ちゃんとつけが回るのが人間の体の一番嫌なところ。

もし何でも好きなものをあげるよ、といわれたら、何をしても壊れず疲れない体が欲しいと言うだろう。眠らずに食べずにいても全然平気だったら、いろんな仕事が一度にできるし楽しくて仕方ないだろうな。

夜にホームページの更新をして、そのまま本を読んだりして夜が明けて、朝焼けを見ながらクノールコーンカップスープを飲みながら新聞を読み(もちろん難しいことが書いてある面を)、朝ご飯を食べて掃除をしたりお弁当を作ったり。全然疲れないから好きなことが存分にできる。

そして日が暮れて、太陽が地球をくるりと一回りしても、私は全然疲れていない。地球のまわりを太陽がくるくる回るのを、私はずうっと見ていられるのだ。私は1日まるごと好きなように使える。

こんなことがあったら、楽しいだろうなあ……

00/1/24(月) am 解答編(完結編)
迷宮入りの後2年も経って、この事件の推理に劇的な展開が起こったきっかけは、2つの些細な出来事であった。

ひとつめは、私が新しいPHSを買ったこと。ふたつめは、ある日気まぐれに事件のマネをやってみたことである。

昨日、知り合いの過失だったと考えるにはかけ方と切り方に問題が出てくると言った。ひとつめのきっかけは「かけ方」の方に、ふたつめのきっかけは「切り方」の方にある有力な仮説をもたらしてくれたのである。

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私が買い換えた新しいPHSには、スライドダイヤルという機能がついていた。参考のためにこちらを見てもらえばわかるが、丸くて回るダイヤルの真ん中に突起がついている。回るのはディスプレイのスクロールに使うためで、突起はボタンを押したりするためのものである。

似たようなダイヤルは名称こそ違うものの、この機種この機種にも用いられている。携帯電話の場合は、全く同じではないがこのソニーの機種にジョグダイヤルというのがあるらしい。

全てNTTドコモの機種だが、念のため他社のHPもリンクを貼るので見てみて欲しい。同じようなダイヤルは見られないが。→DDI POCKETIDO

本題に戻る。この方式のダイヤルは使ってみれば分かるが、少しの力でスライドし、ちょっとした衝撃でプッシュされてしまう。しかも私の使っている機種などは、スライドしただけで電話帳のメモリーが表示され、目的の番号までスライドさせてボタンを2度押せば発信されてしまうという代物である。

つまりこのダイヤルのある電話は、押すときに力を要するかたい正規のボタンを押すことなく、コールできてしまうのだ。またこのダイヤルは本体側面についており、ポケットなど狭い場所に入れておいた場合非常に擦れやすい。

これらのことを考え合わせると、もしこのような方式の携帯電話・PHSの場合、過失でコールした可能性が十分出てくるのである。

これで、「かけ方」における問題点が解決される。

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次にふたつめのきっかけである。

ひとつめのきっかけによる新たな推理(スライドダイヤル式、あるいはこれと似たようなダイヤルのあるPHS・携帯電話から過失でコールされた可能性がある)をふまえ、私は事件と同じことをしてみることにした。

つまり自らのPHSの電源を切り、自宅の電話から電源の切られた自分のPHSへ電話をかけたのである。当然、PHSの電源は切られているためそのままドコモの留守番電話サービスセンターにつながり、応答メッセージが再生されたが、私は切らずに受話器をそのまま机に置き、私は普通に部屋でじっとしている。

何となく部屋の中を歩いたり、雑誌をめくったりして5分ほど経っただろうか、私は置いた受話器を取って耳に当ててみた。…すると何と、電話は自動的に切れていた。

そう。実は、私は大事なことを忘れていたのだ。

その夜実験をしようと思い立つ直前に、私はある友人と事件のことについて話していた。そして通話時間が3分半だったと告げたとき、私は友人から留守番電話サービスのメッセージの時間的限界について指摘されていた。

つまり、犯人がもしずっと過失でかけていたのだとしたら、センターの録音は犯人が気づいて切るまで際限なく続くのだろうかと。

当然そんなことはないだろうと私は答えた。家庭用の留守番電話であっても、録音時間は5分とか3分とかある程度決まっているものだ。その時私ははっとした。

だとしたら、一度、私のPHSの留守電サービスの時間限界を知っておいた方がいいのではないか。現場ひゃっぺん。デカ魂。そんな言葉が頭をよぎる。

そこで私は友人との電話を切った後、早速実験してみたのである。そしたら案の定、途中で勝手に電話が切れていたというわけだ。私はすぐにPHSの電源を入れ、留守番電話を聞いてみる。

そこには、2年前の事件の時に聞いたのと同じような音…びりびりとかがたんという部屋の騒音(自分では静かにしていたのに録音された音は意外にうるさいものだという発見もあった)だけの、無言のままのメッセージが入っていた。

そのままじっと、メッセージを聞き続ける。そして2分30秒を過ぎたあたりだろうか。

「ピンポーン」

何と、無言のまま録音され続けたはずのメッセージに、突如来客のチャイムのような音が混じったのだ。そしてまもなく、メッセージはぷつりと切れた。事件の時のメッセージと同じ切り方になったのである。

メッセージを聞き終わり電話を切ると、通話時間は3分半。私が事件の時に再生したメッセージを聞いたときの通話時間と同じである。

「!!!」……私は驚いた。まず、あのメッセージが録音されていた間、うちの来客用チャイムが鳴ったりはしていない。さらに3分半の通話時間。とすると……これで、私の疑問は氷解した。

つまりこういうことだ。私がずっと、犯人が悪意からかけてきたと示す証拠だと信じて疑わなかった「来客のチャイム」とは、録音時間の限界を示す、サービスセンター側のチャイムに似た発信音だったのである。

これで「チャイムの音」は、「悪意があったことを示す証拠」から「過失であったことを裏付ける証拠」となった。過失の可能性が強まったわけだ。さらに3分半という時間を考慮に入れると、次のような仮説が成り立つ。

犯人は過失によって私のPHSをコールし、留守番電話になったことも気づかずそのまま無言のメッセージが録音される。しかし録音時間の限界に達し、留守番電話センターでならしたチャイムのような発信音が入って、間もなく電話はぷつりと切れる。

犯人はそのまま、自分が私のPHSにコールしてしまったことなど気づかずに普通に生活し続ける。

…これで、「切り方」についての謎も解けたのであった。

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犯行の全貌は、実はこうであった。

私の知り合いである犯人は、私のPHSの番号を自分のPHS(か携帯かわからないが、機種数ではPHSの方が多かったのでPHSとしてみる)の電話帳メモリーに入れていた。

その日犯人は、たまたま服のポケット(おそらくPHSが入るといっぱいになるくらいの大きさ。ジーンズのポケットとか上着の内ポケットなど)に自分のPHSを入れていたが、自室でダウンタウンの「HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP」を見ながらポケットからPHSを出し、部屋のどこかに置いた。

ポケットにはスペースの余裕がなく、PHSを出すときに偶然ポケットの内側に擦れてダイヤルがスライドして電話帳メモリが表示される。

さらに偶然加えられた力でボタンが2度押され、たまたま表示されていた私のPHSの番号に電話がかかってしまう。(ここでは言えないがある理由のため、私のPHSの番号は電話帳をスクロールさせたとき出やすいからあり得る話だ。)

そして留守電になりメッセージが録音され電話は切れた。が、その時には犯人はある程度離れたところにおり、しかもテレビの雑音もあるため、PHSからかすかに漏れる音には全く気づかなかった。

こうして、事件は起こったのだ。

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ここまで言ってみなさんが知りたいのは犯人であろう。

しかし、やはりその点については迷宮入りなのである。今までの推理が正しければかなりの絞り込みができるが、いかんせんもう疲れたし、2年も経った今犯人を知ったところで別に楽しくも何ともない。

しかも悪意による犯行ならドキドキもするが、ただの過失。むしろ私のストレスを増やすだけのような気もする。

最後に容疑者を任意同行して事情聴取すればよいのだが、私の中で決着が付いてしまったのでもういいのである。

とりあえず、ここまで推理した私の努力に乾杯。

 

 

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