早く来い、6月…
| 00/5/30(火) am | あかい夜空 |
| 今日は1日家にいたので、洗濯をして部屋を片づけ、ベンジャミンの挿し木をしてシーフードカレーを作った。
ベンジャミンの挿し木っていうのは、伸びすぎたベンジャミンの枝を切ってさらに小さく切り、土にさして増やすことだ。ただでさえ伸びすぎなのに、こうでもしないとどんどん背が伸びてしまう。 プランターに赤玉土をしきながら、私はなぜか自分の将来のことが少し不安になった。 私は田舎育ちで、家には畑も山もあったので、身近に土のない生活が考えられない。こっちに来てからも、こんな山が近くて川沿いかつ崖っぷちのマンションなので、窓から覗けばすぐそこに土も木もいくらでも見える。 それでも物足りなくて、家の中に観葉植物を持ち込んだほどなのだ。 中学生の頃修学旅行で行った東京で、私は鼻炎気味になった。空気を吸うと鼻がおかしい。その時はじめて東京の空気の汚さを身をもって知った。その日の夜、歯を磨いてホテルの水道水でうがいをしたら、何とも言えない嫌な味がした。 夜空を見上げると、上に一枚薄い雲がかかっているように濁っていて、星が全然見えない。東京の夜空は、山形の空と違って赤っぽい色をしていた。翌朝も、ホテルの天辺のレストランでご飯を食べながら窓の外を見たら、晴れているのに空は薄ぼんやりしていて、澄んだ色をしていなかった。 そんな東京体験と、土がないとおかしくなってしまいそうな私の性質を考え合わせるにつけ、アスファルトだらけの東京に就職活動なんかに行っていいのかなあ、とちょっと不安になる。もしめでたくどこかに就職が決まったとしても、そんな街に私は住めるだろうか。 よく考えたら、仙台も一応都会とはいえ、そこを流れる広瀬川で鮎が釣れるほどなのだ。空も赤くないし、空気を吸っても鼻炎にならない。夜に耳を澄ますと、川の方からカエルの声がする。要するに私は真の都会に住んだことが一度もないことになる。 仙台は私にとって理想の街なのだが、私の望むような職種での就職口はまず見つからないだろう。きっと、東京には行かざるを得ない。東京も、緑がいっぱいあって土がたくさん見えて鼻炎にならない所ならいいのに。東京のはずれの方ならそれが望めるだろうか。 ---- |
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| 00/5/28(日) am | そこで、チーズケーキ |
| バースデーの夜はバイトだった。
生徒はみんな予習をやってきておらず、チヒロ君なんてノートもとっていない。私が促してもとらない。 ぐったりしながら外に出たら雨が降っていて、仕方なく塾から傘を借りたら真っ黒で大きすぎて重たい。時刻は夜9時を回っている。 そういえば昼ご飯もろくに食べていなかった。もちろん夕飯はまだだった。空腹に耐えかねて寄った行きつけのスパゲティ屋は、いつもすいてるはずなのに今日に限ってパーティ客。 席も選べずパーティ客の一番近くに案内された。 ふと、20コうまったスタンプカードで割り引きできるのを思い出して、「使えますか?」って言ったらカードに住所名前書かされた。その隣に誕生日も書かされた。 店員「お誕生日、いつですか?」 そんなもんだよなあ、と思いながらカードに日付を記入する。 隣のパーティは宴もたけなわ……フラッシュが光り、携帯の音が鳴り響く。話し声もほとんど叫びに変わっている。 「次カルーア! カルーア下さい!」 騒ぐべきはお前らじゃない。本当に今夜騒ぐべきなのは、私だ! って思いながらいつものセットを頼む。作り置きして冷蔵庫に入れられてました、という顔したサラダにぼんやりドレッシングをかける。スパゲティはいつも通りの味。 食後に紅茶を飲みながら、 (とうとう今年もケーキを食べなかったな……) って思っていたら、もうすっかり顔なじみの店員さんがやってきて、 「今日、お誕生日だったんですね。今気づきまして…これ、どうぞ」 ってレアチーズケーキをさし出した。サービスらしかった。 いつものセットのミルクティは、普段ならもう一品欲しい物足りなさを感じるのだが、チーズケーキがやってきて立派なケーキセットになった。 チーズケーキはおいしかった。食べながら窓を見たら、外の雨もいつか止んでいた。 (ああ、今年のバースデーは、いいバースデーだった) さびしいことはさびしいけれど、終わりよければすべてよし。 |
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| 00/5/27(土) am | 今年の今日は |
今年の今日は、何だか平和に過ぎていきそうだ。 友達からは、Pメールをもらった。 ポストペットで買っているハムスターの世四郎(よしろう)からは、「連打屋センパイ! 今日から、1コ下のヤツがすげー増えて1コ上のヤツがすげー減りましたね!・・・あれ?」っていう変なメールをもらった。 そしてマックを立ち上げたら、マックまで……"Happy Birthday!" かわいいかわいいと思ってはいたが、まさか起動中にバースデイを祝ってくれるOSだったなんて知らなかった。ありがとう、マック。うれしくてエラーでもないのに再起動をかけてしまった。 ---- 今日は夜にバイトがあってあまり休みらしい休みでもないが、とりあえず「家中ケンカ」とか「教育実習飛び込みで初授業」のような悲劇は避けられそうでうれしい。 |
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| 00/5/25(木) am | ためらい |
| (その1)今日は夕方まで大変眠かったが、スクールに行く夜になる頃からだんだん調子を取り戻し、今はすっかり元気になってしまった。やっぱり私は夜行性なのかも知れない。
(その2)ウェブ講座の無料セミナーのため、スクールに行った。行ったはいいが、セミナーに来ていた人の半数ほどはネットもろくにやらない初心者だった。 参加者は10人ちょっといたのだが、私のすぐ隣の人なんてパソコンもいじったことのない超初心者!(ダブルクリックができない、PCの起動終了のやり方がわからない、タイピングができない、などなど)それでも講師の先生はガンガン進めていく。 セミナーでは授業の体験も含んでいたので、実際の授業と同じようなこともやった。内容は簡単なことで、html・head・title・bodyの4つのタグを使ってHTML文書を作るというものだった。ウインドウズの基本操作ができてタイピングができればついてこられる内容だが、もちろん彼女はついていけない(何しろデリートキーも知らないんだから無理もない)。で、結局どうなったかというと、 隣の私が手取り足取り、彼女に教えてあげました。 先生が「htmlと打て」「デスクトップに保存」とか作業指示を出すと、自分の作業は5秒足らずで終わるので(いつもやってるし)、その後隣でつまづいている彼女を横からサポート。 「ええと、ここをクリックしてください。はい、1回押せばいいんです。あ、マウスを文字からずらさないでください。そうですそうです、それで、デスクトップっていうところを選んで…」 おいおい。 (その3)というわけで、教わりに行ったはずが逆に教えているという妙な状況に首を傾げながらもセミナーは終了。 感触としては、初心者が多すぎるし授業料は高いし(31万)、ウェブに関してはスクールに通うのではなくネットを通じた通信教育にする事に決定。通信教育はスクールよりはるかに安いので、その差額でソフトを買う方がよっぽど有意義だ。 第一、教わりに行っていながら教えてるのではイライラしてしょうがない。かといってわかんなくてきょろきょろしてる人をほっとくのもイライラするし(塾講師なんてやってると、反射的にわかってない人に教えようとする行動をとってしまう癖がつく)。 私が教えるにしろ、先生がフォローするにしろ、どっちにしろそういう人のために時間が取られてしまって、授業も進まないに決まってるのだ。 (その4)私がセミナーに行った理由はこの後にある。どうせ最初から、金銭的な問題からスクールに通うのは無理だろうなと思っていたのだ。私の目的は、おそらく仙台在住でウェブデザインの仕事をしているであろう先生に、セミナーの後で個人的に話を聞くことにあった。 うちのスクールは連れてくる先生にあまりうさんくさい人がいないというところがいい。きちんと会社に所属してそれなりに食べていってるひとを講師にしている。だから仙台の業界の話を聞くには一番いいのだ。 先生は若い女性で、私が「ウェブ作成の仕事に就きたいと思っている」と言ったらにこにこ話を聞いてくれた。たぶん普通のOG訪問ではここまで親身に話を聞いてはくれないから、そういうのがセミナーのいいところだ(セミナーをそんな風に利用していいのかと思いつつ)。 うーん、もうちょっとコネが多い&良質なら、またスクールに通ってもいいんだけどなあ…。 (その5)今年の夏に東京のウェブ作成会社か何かでインターンシップをやろうかなあと考えている。 しかし夏休みには連続講義があり(単位をとらないとおそらく卒業できない)、夏休み明けには授業で演習発表(少し深刻なやつ)があって準備にひとつきはかかるし、今度こそDTPの資格を取りたいしで8月は間違いなく死んでいる。 さらに、どこから通うかという問題が生じる。東京隣県には伯父伯母が多く住んでいるがいずれも疎遠で居候させてもらえるほど親しくない。となると、関東在住の友人である漫画家の家に居候とか? それも友人に悪いし。 それ以前に、インターンシップってどんな感じなのかわからないので少し自信がない。もの知らずの私が企業の中に飛び込んで、2週間〜4週間もの間やっていけるだろうか。 ---- 人が思っているほど、私の方向性はまだしっかりしていない。二者択一なのに、選べないで迷っているものがまだたくさんある。 そういえば、「お前は一体どこに行こうとしてるんだ!」って言われたこともあるなあ。うーん、鋭い指摘。 私の道はどこにあるんだろう。 |
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| 00/5/24(水) pm | 眠い眠い |
| 疲れていて本当に眠い。
私は眠るのが大好きなので、寝具は気に入ったものしか使わない。ベッド周りには大好きなものが一番あふれている。パソコンと同じくらい、枕とふとんを愛している。 だから、どうでもいいもののために早朝からたたき起こされたり睡眠時間が削られたりすると、非常に機嫌が悪い。いざとなるとかなりの確率で徹夜をする割に、普段の生活では睡眠を大事にしているのだ。 昨日もそういう理由による睡眠不足のため非常に機嫌が悪かったので、学校で短気を起こしていたら留学生の女性に「どうしたんですか?」っておそるおそるたずねられた。 いかんいかん、これでは短気キャラになってしまう!…と思い、あわてて声のトーンを抑えた。 学校では地味でおとなしい穏やかな人、というキャラ作りを目指しているのである。 ---- |
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| 00/5/22(月) am | 質感 |
| いろんな人を見ていると、時々、「質の違い」っていうのを感じることがある。
粗悪な人と、上質な人とでは全然違う。質感の違いが確かにあって、就職活動の結果などをみていると、粗悪な人は「負け組」に、上質な人は「勝ち組」になることが多い。 粗悪な人は、外見でも振る舞いでも「粗悪感」が漂う。抜け出し切れていない、中途半端な感じ。いい服を着ても高そうに見えない、何をしていても今ひとつに見える。 一方上質な人っていうのは、特に何もしていなくてもどこかすごそうに見えたりする。いびつなところのない、整った感じ。別に何もしていなくても、である。例えば無資格社会経験無し苦労知らずパラサイト・シングルであっても、その「上質感」で内定を勝ち取るパターンが結構ある。 私はどちらかって考えると、質のいい人だと思ってくれる人はまずいないだろう。人の質感の違いを自分が肌身で感じるから普段一応がんばっているつもりなのだが、まだまだ足りないのか、質の良さが全然体の一部になってくれていないような気が絶えずしている。 不愉快きわまりないことに、これはおそらく十中八九「育ち」の問題なのだ。洗練されない街の洗練されない家の娘として生まれたことにすべての元凶がある。 「羊たちの沈黙」で、六本指の天才犯罪者レクター博士が、いろいろがんばっているものの元はあまり良くないFBI捜査官クラリス・スターリング(ジョディ・フォスター)の育ちを香水のブランドなどから言い当ててしまう、というシーンがあったが、あれはひどく残酷に見えた。 もっとも質の良さといっても、床の間に飾っておきたいような質の良さを手に入れたいわけではない。そんな価値はいらない。欲しいのはもちろん「使い物になる」という価値なのだが、同時に「質の良さ」も持っていたいということなのだ。 100円ショップのカッターのように、使わないときは部屋に転がされて踏みつけられ放題のような有用性ではなくて、きちんと引き出しにしまってもらえる銀のナイフのような有用性が欲しい。尊重もされず価値も認められずに使い倒されてすり切れるのなんて死んでも嫌だ。 結局、三流四流の育ちで来てしまった私のような粗悪品は、努力して努力して一生懸命身につけて品を上げるしかないだろうとかすかな希望で努力している。なかなか身にはつかないが、少なくとも育ちですべてを決められたくない。苦労知らずのお嬢様に負けてたまるか(何か大黒摩季の歌みたいだが)。 「蝶よ花よのお姫様だってくだらない男と付き合えばただの女になる世の中。努力すれば私だってナイフくらいにはなれるはず」 きっと私はまだまだ苦労が足りないのだろう。どうもみみっちい苦労しかしていない気がする。どうせやるならもっとスケールの大きい苦労をしなくては……。次は、何をしようか。 |
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| 00/5/20(土) am | はじまって1コマ目で |
| 私は小学生の頃から、少女マンガが嫌いな子供だった。
小学生の女の子といえば、普通は頭の中が点描に覆われ妄想渦巻いていてもおかしくない。「りぼん」や「なかよし」を読んで心底没入してしまう時期だ。 でもこの大事な時期、私は「りぼん」を読んで腹を立てる子供だった。 特に、その頃連載していた「100万人乙女の恋のバイブル」「毎号クライマックス」(今聞くとちょっと卑猥だが)をうたい文句にした柊あおいの「星の瞳のシルエット」(ウソっぽいけど、本当にこういうタイトル)という少女マンガには、「毎号クライマックス」どころではなく「毎号大激怒」だった。 「このマンガめぇえ!! あたしをバカにしとんのかい!!」 と、心の中で毎月叫んでいたような気がする。 子供でもわかったのだ。それが、がんばれば1コマで終わるものを1年も2年も引き延ばす手を使っているにすぎない極悪マンガだということが。 ストーリーは簡単だった。主人公のとある女子中学生がとある男子中学生を好きで、もうだいぶ関係はできあがっていて、あとは好きだって言えばそれで終わりなのだがそれが言い出せずに数年引き延ばす。その間に主人公の友人だの何だのが絡まってしっちゃかめっちゃかになり、だったら2人の関係も流れちゃえばよかったのだがそうも行かずに最後の最後で2人は付き合うことになる。という。 とりあえず、正統派少女マンガのストーリーではある。でも私には全く合わなかった。主人公2人があまりにもぐずぐずして優柔不断なので慢性的にフラストレーションがたまった。 解決はとても簡単なことなのだ。連載第一回、1コマ目。 香澄「好き!」 でもそういうわけにはいかなかったので(そりゃそうだ)、仕方がないから毎月読んでいた。もう意地になっていて途中で読むのをやめるのも嫌だった。 そして雑誌の巻頭の方にある「星の瞳のシルエット」以降、「りぼん」を読みながら正統派少女マンガストーリーでたまりにたまっていったフラストレーションを、私は最巻末で癒していた。私の本当の目的は、巻末を読むことにあったのだ。その癒し系漫画家とは何を隠そう、 「少女漫画界に咲くドクダミの花」、岡田あーみんであった。 知らない人は知らないだろうが、たぶんこれに純粋に感動してしまった小学生はその後普通の女の子の道はたぶん歩けなかっただろう。大体、そんなうたい文句を掲げているのに少女マンガ誌に載るということ自体問題だったと思うのだが。 とにかく読後の感想で「気持ち悪い」「怖い」「嫌い」のどれかひとつでも出なかった女の子はたぶんやばい。「おもしろい!」って笑っていたらもっとやばい(私だけど)。 でもその頃(今もだが)の私には、たった1コマで済むものを数年引きずる柊あおいより、吐血もさまよえる霊も人面瘡も出刃包丁も笑いにくるんで全部ありだった岡田あーみんの方がずっとずっと面白かったのだ。 ---- |
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| 00/5/19(金) am | 熟女の言葉 |
| 平日が休日になったとき、何をするかといえば存分に眠ってその後昼のドラマを見ることが多い。
今日もぱちんとつけてみたら、ブラウン管の中であべ静江が根岸季枝にこう言った。 「私、人生はどれだけ長く生きるかじゃないと思ってるんです。"限りある人生を、いかに楽しむか"ですわ。だから、いつ死んでもいい!って思えるように、めいっぱい楽しまなくちゃ!」 (うーむ、そうか……) ぼーっとした頭にあべ静江の明るい声でさらっとそういうことを言われてしまうと、ダイレクトに心の奥へ届いてしまうから不思議なものだ。 しかもそれが、お互い更年期を迎えた主婦同士が人生について語り合ってる場面だったりするものだから、妙に説得力がある。 かりに私が、明日通学途中に米屋の前でチャリごとダンプにはねられるとする。そこでアスファルトに叩きつけられる直前、 「派手な服って着たことなかった」 なんて思っても、もう遅い。前日までに派手な服を着て葵祭りを見に行き、帰りにラオックスでスキャナを買って結婚し子供を産んで、言いたいことを言いたい放題言っておかなければ。 死ぬ間際になってそんなことを考えてももう遅いのだ。そしてアスファルトに叩きつけられ、頭蓋骨骨折で即死する。なんて無惨な人生! 米屋の前で地縛霊化必至である。 米屋の前で地縛霊化しないために、宵越しの金は持たずに使いたいだけ使い、買いたいものを買って行きたいところに行き手に入れたいものを手に入れて残したいものを残し言いたいことを言いたいだけ言うように努力しなければ。 気づかせてくれてありがとう。ありがとうあべ静江。 ---- |
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| 00/5/17(水) am | 聡いという不幸 |
| 最近、本当に宮尾登美子原作のドラマが好きで、今もNHKで放映しているドラマをかかさず見ている。
宮尾登美子原作ドラマに出てくる主人公はみんな次から次へと困難にぶつかり、っていうか困難に自ら飛び込んでいくような人生を送っていく。私が楽しみに見ていた「櫂」もその次の「一弦の琴」も、人生波瀾万丈。 しかもヒロインには決まって男運がない。恋愛時は燃える火の玉のような、当たれば大穴、当たらなきゃ地獄な男を選ぶ。しかし結婚すると、浮気されたり死なれたりうまく行かない。 でももともと、不幸の原因は彼女たち自身にあって、彼女たちが楽な生き方を選ばないからだったりする。 男性を選ぶときも、結婚生活が楽に進んでいきそうな無難な奴をいくらでも選べる状況にありながら、冒険度の高い大穴(キャラクターそのものは非常に魅力的なんだけど条件的に大穴)に敢えて賭けたりしてしまう。 それに彼女たちの不幸が、ものがよく見えすぎてしまったための不幸だというところが面白い。宮尾登美子原作ドラマの主人公たちは、一様に物にさとい。 例えば、女性の悲しさだったり、生きることそのものの悲しさだったり、気づかなくてよいものに気づいてしまうのだ。見えない方がうまく世の中を渡っていけるのに、それが見えてしまうために困難へ困難へと向かっていってしまう。 「櫂」だったら、夫が男性中心主義であっても、自分に直接の被害はないんだから自分と夫の生活だけ守って、夫に媚びときゃ良かったのに、主人公はそれをしない。そのために夫婦仲がうまく行かなくなって、浮気されたり別居されたり。 「一弦の琴」だったら、止めときゃいいのに、相手にパワーを感じたという理由で次男なんかと結婚しちゃうから生活はどん底。しかも夫はなまじパワーがあるもんだから、戦争に行ってさっさと死んでしまう。結婚8ヶ月で未亡人に。 彼女たちの生き方は間違っていない。間違ったことは何もしていないのに、だからこそ逆に不幸になるという怖ろしい構図がそこにはある。「後悔していない」ということだけが彼女たちの唯一の支えのようなものだ。 ラクに生きていくこと、適当に合わせていくことは確かにできるけれど、ラクな生き方を選んでいく他の女性たちを見ながら、それ以外の何かを求めて自分にしか見えない道を突っ走っていく彼女たち。 その気持ちがよくわかるってことは、私もやっぱりやばいっていうことなのかもしれない(好みも似てるし)。 ---- |
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| 00/5/15(月) pm | いつのまに |
| 先輩の結婚式の二次会の最中に、弟からメールが入った。
妹の彼氏(っていうかもう婚約者か)の両親がうちに来ていたらしい。そして宴会が無事に終わった首尾を伝えるメールだった(この問題に関しての利害が一致しているため、私と弟は何かあったら逐一連絡することにしている)。 いよいよ妹の結婚は本決まりになってきて、日取りこそまだ決まっていないものの年内中に結婚という基本線はかたまったらしい。 そしてそのメールから目を上げたすぐ前では、私が学部2年生で研究室配属になった頃から顔を合わせていた先輩が新郎新婦になっている。 一体いつの間に、新郎新婦席がこんなに自分に近くなってしまったんだろう。高校生の頃、一度だけ恩師の結婚式に出たことがあったが、その時は新郎新婦の席は自分からものすごく遠くて、関係的にも相当距離があった。 っていうかこんなのでびびってはいられない。これからどんどん新郎新婦席は近くなっていく。 大学で肩を並べて勉強した友達が、いつの間にか新郎新婦席に座ってる、っていうことがあと1、2年中には頻発するではないか。隣にいるって思っていたら、新郎新婦席に白い服来て座っているのだ。 年を取るって、どうやらそういうことらしい。 ---- |
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| 00/5/14(日) am | 胃が痛い |
| 今日はもうなんて言うか、胃が痛い。
昼の1時からバイトの採点会議だったので、家を昼12時に出た。会議は2時頃に終わったが、5時には次のバイト先である塾に向かわなくちゃいけなかった。 雨が降って自転車に乗れず、中途半端な時間でいったん家に戻ってもほとんど家にはいられない。仕方がないから近くの喫茶店で塾の予習をしながら3時間ちかく過ごした。 喫茶店で夕飯を食べたら、紅茶の飲みすぎで胃が荒れたせいか胃が痛くて仕方ない。 あいたた… それでも行かなきゃと思って塾に向かう。ちょうど5月分の給与明細が渡される日であった。しかし給与明細を見たら、1万5千円にも達していなかった。私、貴重な土曜の夜を毎週4時間も好きでもない仕事に取られているんですけど。ふてぶてしい生徒にまで気を回しながら。なのに2万円にもなってないの? おいおい… 受験用古文の講座をふらふらになりながら行う。いつも予習をしてこずクラスで1番意欲低のタロウくんが「重大発表があります」っていうから何かと思いきや、「僕、しばらく古文から離れたいんです」 …お前なんか、こっちからお断りだよ。 バイト帰りに地下鉄下りて、走ってやっと間に合った最終バス。立っていたらちょうど隣の席が空いたので座ろうと思ったら、私より席から遠くにいた女が私を押しのけて空いた席にどかっと座った。連れの汚らしい男に向かって「やったぁ」とばかりににたりと笑いかけた女は、おそらくまだ20代なのに中年女の顔をしていた。 はあ? うち続いたバイトで1日がつぶれ、勉強が全然進んでいない。お風呂上がりに少しネットやったら意欲がわいてすぐに勉強しようと思ったら、今度はパソコン買いたての友人から11時半ごろいきなり電話。フォルダの作り方からメーラの設定、メールの書き方送受信の仕方、なんだかんだで3時間!? そのくらい、自力でやってよ… ---- ついてない日なんていくらでもあるが、ショッキングな重大事が起こるよりもこういうしみったれた不幸が連続して訪れる方がよっぽど腹に据えかねる。このごろ、ずっとそうだ。 |
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