よせてはかえすトラブルの波。

 

 

 

00/9/29(金) am 梅干し天使

ここ2日3日、がんばって自転車をこいだせいか腹筋が痛い。筋肉痛である。

昨日はおかしな夢を見た。

私は人間の目に見えない存在だった。白いずるずるの服を着ていたから天使という設定だったのかも知れない。

どこかこぎれいなオフィスにいた。同じように白い服を着た仲間が数人いた。やるべき事があってその場所にいるのであった。

私たちはそれぞれ、手にふたつきのびんを持っていた。中には大きな梅干しがいっぱいつまっている。私たちは、人間ひとりひとりのところにその梅干しを配らなくてはならない。

「梅干し」は、人間の運気のようだった。梅干しを配ると、配られた人間は運気が良くなり、幸福になるのである。人間を幸福にするために、私たちは梅干しを配りまくるのが仕事であった。

もちろん梅干しと言っても人間の目に見える梅干しではない。当然食べられない。だから、デスクとか膝の上とか、その人間のごく近くに置いておけばよいのである。

オフィスの人々に片っ端から配りまくっている仲間と同じく、私も近くの人たちに梅干しを配りはじめた。働いている人たちには私が見えないので、仕事をしている目の前で堂々と梅干しを置いていく。

すると、そのオフィスに人よりずっと目立ってせっぱ詰まったようすで、いらいらしているサラリーマンがいた。頭をかきむしりながら、書類を机に叩きつけ、いらだった様子でパソコンのキーをたたいている。

サラリーマンはまだ若く、おそらく仕事でミスをした分を直しているか、納期が迫っているか、どちらかのように見えた。ネクタイをゆるめYシャツの襟のボタンを1つはずし、ひたすら焦って仕事をしているのを見たら何だかかわいそうになって、このひとを何とか幸福にしてやらねばと思った。

どうやったら最も効果的に梅干しが効果を発揮できるのか。ただ梅干しをデスクに置いたのでは、あまり効かないかもしれない。梅干しは一個しか置けないし、最大限に運を発揮させるにはどうしたらよいだろう。私は一生懸命考えた。

(そうだ! 梅干しを食べさせればいいのでは!)

私は思いついた。でも、この人には梅干しが見えないのに、どうやって食べさせたらいいのだろう。やるとすれば、隙を見計らって私がこの人の口に梅干しを押し込むしかない。私は決心し、その人があくびをした瞬間に口の中に梅干しをぽんと入れた。サラリーマンが口を閉じる。やった!

「!!!」

すると、いきなりその人が目を白黒させてびっくりした。やばい、いくら見えないとはいえ、口に入れたらすっぱかったりしたのだろうか。と思って見たら今度は私が驚いた。

なんと、その人の口に入った梅干しは、三角定規や書類に変わってしまっていて、サラリーマンはいきなり自分の口に定規や紙切れが入ったのでびっくりしていたのだった。どうも定規や書類はサラリーマンの目に見えるようだった。

幸運の梅干しは人間の口に入ると消えてなくなり、現実世界のがらくたに変わってしまうらしい。梅干しを食べさせてあげたかったのにそれはできないとわかって、私はがっかりする。しょうがなく、普通にデスクの上に梅干しを置いて立ち去るのだった。

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場面変わって、今度はなぜかコンパをしているところだった。なぜか天使の仲間もみんな人間のような服装をして、合コンをしている。さっきの場面では気づかなかったが、天使の仲間はみんな女ばかりだとわかった。みんなちょっとこぎれいなOL風の格好をしていた。

よく見たら、合コンの相手のグループはこの間梅干しを配ったオフィスの人たちだった。そして私はなぜかこの間定規と書類を食わせてしまったサラリーマンの隣にすわっていた。

定規を食べさせたせいで(いや、本当は梅干しを食べさせようとしたんだから悪意はなかったんだけど)何かひどくばつが悪かったので、右隣のその人ではなく、左隣にいた別の人と話すことにした。しかし、右隣のサラリーマンは酔っているのか、私や私の左隣の人にからんできて困った。適当に話を合わせてかわしていたら、今度はサラリーマンは何やらむやみに食べはじめる。

ほっておこうと思って最初は見ないようにしていたのだが、ふと隣を振り返って私はびっくりした。酔っぱらったあのサラリーマンは、なんと目の前に置かれた梅干しをばくばく食べまくっているのだ。大きな梅干しを、3つも4つも次々口に入れる。

うわっ、と思った。もしかしてこの人、私から梅干しを食べさせられそうになって結果三角定規を食べさせられたことを覚えているんだろうか。いやでもわかるはずがない、私の姿も梅干しも見えなかったはず。……などと考える。

とにかく梅干しをこんなに一気に食べるのはよくない。酔っぱらっているせいか、サラリーマンは酸味もろくに感じない様子でどんどん食べる。何だか少し、やけ食いに見える。

「そんなに一気に食べたらダメです!」などと、必死で止めようとするところで目が覚めた。

 


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00/9/26(火) am サバイバルな能力
赤い銃発作的にCDを買いにツタヤへ行ってしまった。収穫3枚。

最近ミスタードーナツの豆腐ドーナツが中毒的に好きになってしまい、毎回買い物に行くたびにミスタードーナツに行くのだが、決まっていつもない。

前はよく見ていたのに、好きになった途端こうである。きっと私には呪われた宿命がまとわりついているのだ……好きになると縁が切れる、という宿命。

それにしても私は対話形式が気に入ってしまった。ネタを考える苦労がない。今日もぶたくんと話すことにしよう。

ぶたちかごろよく考えていることは?
いぬどんな能力より重要なのは、愛される能力ではないか、ということです。

ぶた深いですね。
いぬバカで何にもできなくてもいいんです。愛されさえすれば自ずといろんなものが集まってくると思いますよ。金も遺伝子も思いのままです。人の庇護心をあおるような容姿および性格であることが最もサバイバルな能力だとつくづく思います。

ぶたつまり、かわいいことが最も重要な能力だと?
いぬその通りです。世の中きれい事では済まされない部分がたくさんあります。人間はおかしいんです。人間の内側の最も奇妙な「感情」というものを逆手にとってコントロールできる能力が最も有用だと考えます。どんな資格より強いですよ。感情が一点に集まれば動くはずのないものも動きますから。

ぶたそうでしょうか?
いぬ私の母方の家系、強い女が幸せになったためしがないんです。母方の祖母も伯母も、有能で誇りをもって一生懸命生きているのに、なぜか周囲の人間から次々苦労を背負い込まされるんです。逆に父方の祖母なんかひとりじゃ何もできないくらい子供っぽいのに、何だかんだいって周りが支えてくれる。

ぶたなぜそんなことが?
いぬ「かわいげ」の問題なんだろうと思うんです。どんなに有能でも、「かわいげ」のある無能力者にかなわない。そういう理不尽なことが起こるんですよ。

ぶた悲しいことですね。
いぬ世の中には知らなきゃ良かったと思うことが満載ですね。早く俗世を捨てたいと思うことばかりです。

ぶた尼になるんですか?
いぬできればなりたいと思っています。もうあとは悟りを開くしかありません。でも髪を剃ることと、瀬戸内寂聴といっしょくたにされることが嫌なので、かろうじて俗世にいるだけのことです。

ぶたじゃあいまは、俗聖ですね。
いぬ私は一体どこまで遠くへ行けば気が済むんですかねえ。20代って、こんな秋の野のような心持ちでいるものなんでしょうか。

ぶたどうでしょうか……僕はまだ1歳なもので、よくわかりませんが。
いぬよくわからない、っていうのはとてもいいと思いますよ。隙間をのぞいただけで中のことが全部わかってしまうようなカンの良さは、生きていくには不要な能力です。

00/9/25(月) am Q&A形式
ネタがさっぱりありません。こういう時はQ&A方式で。

ぶた子供の頃に好きだった遊びは?
いぬいっぱいあると思うんですが、いま思い出したのだと、釣りです。

ぶた海外旅行するとしたら?
いぬ世界ミステリースポットツアーをしてみたいです。でもロンドン塔とか、ボーリーとか、真面目にやばそうなイギリスのスポットはいやです。ミステリースポットとは違いますけど、ポンペイの遺跡もいいですね。

ぶた最近気をつけていることは?
いぬこのアホさ加減をどうにかしようと思いたって、なるべく本屋さんに寄るようにしています。本を読まないと。

ぶた近頃困っていることは?
いぬ徒長する観葉植物をどうしようかと思っています。挿し木はいいんですが、挿し木したのがもうすでに7本ありまして、50センチくらいに成長してしまったんです。誰かもらってくれないでしょうか。南の窓辺に観葉植物を対で置くと、幸運度アップなんですよ。あなたいかがです?
ぶたいえ、僕はちょっと…

ぶた夢は何ですか?
いぬさしあたり、携帯電話を買って3日以上の連休を取って山のひとけのない温泉でぼーっとしたいです。もみじとか見たいですね。

ぶた死ぬまでに一度でいいから見てみたいと思うものは?
いぬラブレターってものを生で見てみたいです。面白そうですよね。

ぶた最近最も心に残った名言は?
いぬ「女は長生きしそうな男が好き」。これはびっくりしました。でもこれ、当たってます。

ぶた最近ますますつらそうですね。
いぬそうですか? そういえばこないだ帰省したとき、母親に言われたんですよ。「結婚とかそういうことは気にしなくてもいいから、自分なりの幸せを掴むんだよ」って、かんでふくめるように。
ぶたそれはどういう?
いぬ規格外の幸せしかつかめない娘だと思ったんですかね。
ぶたそんな…

00/9/18(月) pm ただいま煮魚中
明日祖父見舞いのため、ただいま煮魚中。初回の今日はかれい。

仙台に引っ越してきて以来、煮魚なんて初めてである。近所のスーパーには煮てみたいと思うほど新鮮な魚がない。今日はたまたま、バイト帰りにバイト先近くの大きなショッピングビルの地下にある大きな魚屋で見事なかれいを売っていたのだ。超肉厚。

作ってるうちにもうお腹がいっぱいになって気持ち悪いくらいだ。アルミホイルの落としぶたの下で煮えている。

祖父の見舞いというのはいい口実で、半分は料理の練習をしているのである。今後一生ひとりでいる可能性が高いので、自分でいろいろおいしいものを作れる必要がある。実はかれいの煮つけは私も好物なのだが、ずっと作るきっかけがなくて作らなかったのである。この際だから週1の見舞いの前日は料理をすることにしよう。

好きなのに普段面倒くさくて作らない和食を作るといいかもしれない。ということで次回のお題は大根に決定。煮て煮て煮まくろう。

と書いている間にかれいが煮えた。おいしいだろうか。怖くて試食できなかったが、おそるおそる試食。おお。これは……煮魚!

すごい、煮魚の味がする。本の通り作ったのでそこそこの味。これで明日祖父に持っていけそうだ。

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オリンピックが始まって初めて知ったこと。ハンマー投げに、「室伏」という選手がいた。やっと、「笑う犬」の「室田伏」シリーズの謎が解けた。

「ひろむちゃん」はすぐわかったんだけどなあ。

00/9/17(日) pm 斜陽の家
帰省してきた。

祖父が一時帰宅中で、休めるわけないとわかりつつも帰省してしまった。しかも1泊2日で、夜に帰って翌日の午後に戻って来るという強行軍。何故そんな風になってしまうかというと塾バイトがあるからである。

実家に帰っても休めないので、本当なら帰らない方が体力的には楽だ。でも少しでも帰省できるときに帰省して家をにぎやかにしておかないと、そのうち私の実家が崩れ落ちてしまいそうで怖い。だから、無理してると思いつつも帰省してしまう。

2週間ぶりに家に帰ってきた祖父は楽しそうで、病院から家に向かう車の中で煙草を3本も吸ったらしい。家でも前のペースで煙草を吸うし、夜は日本酒をコップ3杯は飲んだ。それを隣で見ている祖母は苦い顔で、煙草を吸うなとたしなめるが、酔っぱらった祖父はそんなこと耳に入らない。好物のぼた餅をほおばってご満悦である。

翌朝、暑くて暑くて仕方なく、私は7時半に起きてしまった。寝不足の頭を振りつつ、2階の窓から下を見ると畑の方に人がいるようだ。めがねをかけて見てみると、祖父と祖母がなにやら畑で作業をしていた。

何だか、以前とまるで変わらない。私の心配は杞憂だったのだろうか…と思い始めた頃、両親と弟が出かけて祖父母と私だけになった。昼食の時間が近づいてきて私は自分の心配は外れていなかったことを知った。

以前なら、昼11時半を過ぎた頃には祖母が昼食の準備を始めるのが普通だった。だから私はてっきり祖母が昼食の準備をしていると思っていたのだが、台所に手伝いに行ってみると祖母はひたすら手押しのジューサーでメロンを搾ってジュースを作っているだけ。「お昼は?」と聞いても生返事をするだけで、準備をしようとしない。

これはやばい。母から聞いてはいたが、祖母は物事の優先順位の判断力がやっぱり鈍っている。この調子ではお昼を食べない可能性も大だ。私も料理は作れるが、祖父母の好みに合うものが作れるかどうかはわからない。ちょうど父が帰ってきたのでどうするか聞いてみたがこちらも生返事。しょうがないので私が作るしかない。

好みかどうかはわからないが、私が作ったものなら祖父母は多少好みと合わなくても食べることが判明している。とりあえず私は急いで残り物のサラダでわかめスープをつくり、大量に残っているチャーハンのもとを使ってチャーハンを作った。いいのかなあ、こんな化学調味料満載の料理を癌の人に食べさせて。

どうしようと思いながら出したが、案の定祖父母は何も言わずに食べた。父も残らず食べて、食器も片づけずに自分の部屋に入ってしまった。祖父母と自分だけだったら食器を片づけたのだろうが、私がいて片づけるだろうと思って片づけないのである。

両親の部屋に行ったら、洗った洗濯物が干さずにそのまま洗濯かごに入れておいてあった。きっと母は忙しくて、干す暇がなかったのだろう。洗濯機の中にも、洗い終わった洗濯物がそのまま放置。両方とも、代わりに私が干しておいた。

実家に帰省すると、生活のはしばしで祖父母や両親が私を頼りにしていると感じる。祖母にいたっては祖父が入院してから生きる気力がすっかり減退してしまっている。両親には体力の減退と看病その他の負荷がかかり、家のあちこちがほころびているみたいだ。このままでは家中みんな共倒れしてしまいそうに思えてならない。

無理しないでと言っても、私の両親は絶対に無理をする。これはもううちの家系なのかもしれないが、みんないっぱい背負い過ぎなのだ。「しなきゃいけないから」と言って、体力気力以上のことをしようとする。

さいわい私は仕事をしていないし、バイトの日程は塾以外なら割と自由になる。これからは家でゆっくり休む時間を十分取りながら、実家の両親の負荷を少し減らすようにしようと思う。妹とこまめに連絡をとって分担すれば何とかなるだろう。

いい機会だから、私は少し料理ができるようになろう。とっさの時にできないのは、やっぱりかっこわるい。

00/9/15(金) pm 隣の神様
やっぱり今日もネットサーフの幅を広げる1週間なのだが、はっきり言ってもうネタがつきてしまった。しょうがないから今日は普通の日記である。

前に掃除の話を書いたら、自分の部屋の汚さが気になって気になって、昨日は午前2時から掃除と洗濯をしてしまった。おかげで部屋はきれいになったが結局4時くらいまでかかってしまい、その後眠ったもののバイトの疲れと合わさって起きてからもこの通り眠い。

今日はこれから実家に帰るので、その前に乾いたシャツにアイロンをかけながらテレビを見ていた。するとなぜか、外の通りから太鼓の音が聞こえてきた。しばらくすると、笛の音と人のかけ声。

ドアから外を見てびっくりした。アパートの前の国道をおみこしが通っている。今日はどうやら、お祭りだったらしい。

私のアパートから歩いて5分のところに大きな八幡神社がある。八幡神社のお膝元のせいかここには神様の影が色濃い。地域の人たちも八幡様を大事にしている。

お祭りがないときでも、神社では月々定期的な神事があるらしく、神社の大きな赤い鳥居のそばには木の立て看板がしつらえられて神事の日にちと名前が墨で書かれた紙がはってある。

今日のお祭りは、毎年1週間くらい前からおみこしの練り歩く国道沿いに縄が張られ、所々に笹竹がさしてあるのが慣例である。通り沿いに縄がはられ、笹竹の飾られた道をおみこしが通っていく。これ以外にも、1月半ばに半裸の男性がおみこしをかついで歩く大きなお祭りがある。

近所で地滑りや火事が起きたりして何かと物騒な立地ではあるが、私がここから引っ越さない理由のひとつはこの大きな八幡神社を気に入っているからである。

この辺の人たちは神様や仏様を大事にするのか、お盆の時の迎え火も変わっている。八幡神社のまわりは、国道ぞいに商店が立ち並んでいるのだが、お盆の13日には家ごとに国道のわきの少し広い歩道に一斗缶をおいて、その中に薪をくべて火をたくのだ。13日にバイトがあった年、夜自転車に乗って国道を通って帰ってきたら、うちの地区に入ったあたりから国道沿いに一斗缶が並び一様に火が燃えていてとてもきれいだった。

一斗缶の近くに椅子を出して家人がそこに座り、火を眺めながらおしゃべりをしている。そういう風景が道ぞいにずっと連なる。そんな習慣が残っているのを見ると、私は他の場所に引っ越す気にはならなくなってしまうのである。

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すいません、今日はオチ無しです。

00/9/14(木) am LOVE CLEANING
ということで今日もやっぱり、ネットサーフの幅を広げる週間である。

毎日ネットサーフ日記みたいになってしまい、まるでアンテナ系(この言葉はこういう使い方でいいんだろうか)のようだがネタには困らなくて大変良い。

9月はじめ頃から意味不明の病(たぶん手足口病)にかかって発疹に悩まされたとき、てっきり水虫だと勘違いして大慌てしたのは記憶に新しい。自分が水虫だと思いこんだとき、私は心からこう思った。

(ああ、ごめんなさい! 今度からちゃんと掃除します!)

ご存じのように水虫の原因はカビ菌が足や手に入ることによって起こる。私は掃除嫌いなので、部屋の掃除をあまりしていなかったためにそんな恐ろしいカビ菌が自然発生して水虫になったと思ったのである。

自分が掃除をしていなかったせいで自然発生的に水虫にかかった、ということほど情ないことはない。だから私は妹に電話をかけたとき、同じように掃除が嫌いな妹の部屋がどのくらい汚いかを確認した。そして私の部屋より汚い部屋(ダニが歩いているのが見えるらしい)に住んでいる妹が罹患していないことを聞いて水虫ではない可能性を考え始めたのである(これはこれで情ない)。

そういえば風水でも、運気を上げる第一の秘訣はこまめな掃除だそうである。確かに、健康のためにも精神衛生上も掃除をこまめにする方がいいに決まっている。きれいな部屋には人も寄りつくし、人の話し声や笑い声がする部屋は運が上がるだろう。昔の人の言うことは正しい。

でもやっぱり掃除は苦手な私。同じように掃除が苦手な人はいないものだろうか。

といったわけで今日のお題は「掃除」。また面白いサイトを見つけた。その名もズバリ「掃除しろ!」。

自分の事になると面倒くさいが、人の部屋の惨状を第三者として見ると掃除嫌いの部屋は恐ろしいということがわかる。それに私の部屋は、さすがにここまでは汚くない。このサイトの管理人さんも一生懸命掃除をなさっているようで、おかげで私も掃除をする気になってきた。ちゃんと掃除しよう……。

ちなみに、リンク集に賃貸住宅情報が入っているのが笑える。掃除が嫌なら引っ越してしまえ!なんて、確かにそうだ。

00/9/13(水) am LOVE MISO-SOUP
昨日読んだみなさんはご存じだと思うが、今週は私がネットサーフの幅を広げる一週間である。

今日はバイトが休みだったので、昨日のバイト帰りに今さらながら買った浅田次郎『鉄道員』(文庫本)を読みながら1日中家で寝ていた。

『鉄道員』は心温まる幽霊話が多くてとても面白かった。私は怪談が好きだが、こういう話がききたいから怪談サイトをあさったり怪談の本を読んだりするのである。

「うらぼんえ」が以前ドラマ化されて涙ぼろぼろで見たことがあったので、昨日買ってすぐに「うらぼんえ」だけ地下鉄の中で読んだらやっぱり涙が出てきた。本を読みながら目にいっぱい涙をためている私をさぞ周りの人は変だと思ったことだろう。

そして今日はふとんの中で「ラブ・レター」を読みながら涙ぼろぼろだった。本1冊で感動の休日。たった500円弱なのに。安い。素晴らしい。

夜になる頃には何だか少しやる気が起きてきて、明日のごはんでも今夜のうちに作っておこうかという気になった。スーパーに行き、いろいろ買ってきてごはんを作った。明日は電子レンジで温めるだけでよい。いちばん楽しみなのは味噌汁。

というわけで、今日は味噌汁のサイトである。見て大笑いできる味噌汁サイト「味噌汁の鉄人」だ。このサイトを作った人は他にもいろんなコンテンツを作っていて、それもまた面白い。まさにセンス。

私も今度、「納豆とわかめのホイップクリームあえ味噌汁」とか、「オレンジジュースとナタデココとわかめの味噌汁」とかを作ってみようか。

00/9/11(月) pm LOVE MAMMY
他の人のネットの使い方を聞くと、同じネットなのに私が考えもつかなかった世界を持っていたりしてびっくりすることがある。同じ道具も使う人によって全然違った使い方になる。

私は主に自分のサイトを作るのとネット検索をするという目的でネットを使う。でも友達の中には自分の好きな趣味のサイトを開拓してネットコミュニティにしっかり根を下ろしている人もいる。見ず知らずの人と情報交換したり、オフ会したり。なるほどなあと思う。

やっぱり、自分のサイトを作ったり日記サイトを回ったりするだけのネット生活ではいけない。私もひとつ趣味サイトを開拓すべきだ…と思った私。さっそく何か趣味のサイトへとテリトリーを広げることを決意した。

ということで、私の趣味…と思ったがすぐには思いつかない。私には趣味がないのだろうか。ホームページを回って「きゃあ、楽しい!」と思えるようなものはないのか。

そこで、今週は自分のブックマークの幅を広げる一週間にしようと思う。今日はいちばんに思いついた、森永マミーで行ってみよう。

マミー森永マミーは、私がこの世でいちばん愛している飲み物である。80ミリリットル入りの小さなビン入りマミーは、私が小さい頃のごちそうであった。3つのころ、小さい妹がほ乳瓶に入れて飲んでいたマミーを見てだだをこね、奪ってまで飲んだことは記憶に新しい(新しくはないか)。

たぶん、その後の人生でもっとおいしいかそれに匹敵するくらいおいしい飲み物に出会っているはずなのだが、小さい頃の記憶は強力である。マミーほど印象的な飲み物は思い浮かばない。あまり甘い物を飲むのは良くないと思って控え気味にしているけれど、今でもついつい買ってしまう。

今買うマミーはコンビニやスーパーに売っている紙パックだからきっと吸引力が低めなのだ。これが80ミリリットルのビン入りマミーが並んでいたら、吸引力200%増である。頭でっかちで転びやすい幼児をイメージするかわいらしいビンがたまらない。

そういえば、小さい頃に食べ慣れた物へ、人間は人生の中で何度も何度も戻ってくるらしい。だからファーストフード店は小さな子供をターゲットにして、その後の人生で何度も戻ってくるようにし向ける作戦をとっていると何かで聞いたことがある。思えばその論理で私はマミーやミスタードーナツが大好きなわけで、見事にはめられている。

子供の時に印象に残った食べ物を食べているときって、もう味とかはどうでもいいのだ。私がその時食べたり飲んだりしているのは単なるマミーやドーナツではなくて、楽しかった記憶そのものなのである。

ということで森永マミーホームページ。おすすめは、この中にある「らいおんくんのへや」である。

00/9/10(日) am 手を振る人
特にネタがないので、昨日のお見舞いの話の続きである。

祖父の病室から去った後、私と妹は2時間くらいお茶を飲みながら話した。話すネタがなくてどうしようかと思ったが、バイトの話をしたら妹が興味を示したので、バイトのことを話してみた。すると、

「ねえお姉ちゃん。お姉ちゃんの一週間って一体どうなってんの? 月曜から順繰り話してみてよ」

と言われ、学校がある場合の日程をありのまま話す。ひととおり聞いて、妹はこう言った。

「お姉ちゃんって何? 話聞いてると、フリーターみたいだよ」

ああ妹よ。それは言わないで。

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その後の会話で妹がかなり実家の両親のことを考えた人生設計をしていることが判明し、介護責任は最終的には兄弟で3等分できそうなことが判明した。確かに妹は、兄弟でもいちばん堅実な人生を歩んでいると言えば言える。

私なんか結婚するかどうかさえ怪しいからね、と言ったら妹に「いつか教えてあげた夢占い、やってみた?」と言われた。

「夢占い?」
「そう。前に教えたじゃん。コップに八分目まで水を入れて、割ってない割り箸をその中にさす。で、それを枕元に置いて寝ると」
「寝ると?」
「その日の夢に結婚相手が現れる」
「げっ!」

私が嫌そうな顔をしたので、妹は驚いたように言った。

手を振る人「なんで? この占い当たるよ。あたしだって当たったもん」
「見たの?」
「うん。トラックの荷台に乗って、手を振ってる男の人の夢を見た」
「顔は?」
「顔は見なかったけど、ほら、ケンちゃん(仮名・妹の婚約者)って、トラック整備士でしょ。トラック関連って事で、当たってる」
「ますますいやだよ、そんな占い!」
「なんで」
「当たるなんて、もっと嫌じゃないか!」

そう。当たるから嫌なのだ。そういう占いは、自分がまともな結婚相手と結婚できる自信がなければできないものであろう。そう、まともな。

大体、夢で何も見なかったらどうするのだ。いや、何も見ないくらいならまだいい、おまじないがきかなかったと思えばいいから。変に何か見たらどうする!?という話なのだ。

もし、その夜の夢で見たのが嫌いなタイプの男だったらどうしたら。いや、男ならまだいい。女だったらどうしたら。いや、人間だったらまだいい。サルだったらどうしたら。いや、霊長類ならまだいい。ヘビだったらどうしたら。いや、現実に存在するものならまだいい。宇宙人とか、ヴァンパイアとか、そういうものだったらどうしたら。いや、一応感情を持っていそうな物ならまだいい。G4とか、無機物だったらどうしたら。

だめだ! とてもこんな恐ろしい占いはできない! 変に夢を見たらストレス倍加すること請け合いである。妹の場合、顔がなかったから良かったようなものの、さりげなく知り合いとかの顔を夢でばっちり見てしまったらそれはもう翌朝から「ようこそストレスの国へ!」状態で生活せねばならない。

特に親しくもない知り合いだった場合、その人とすれ違うたびに「全然仲良くないし特に好きだとも思わないのに何がどうなってそうなるのか考えただけで胃痛が……明日夜道で襲われるのだろうか…いや、実は密かにストーキングとかされているんだろうか…ということは既成事実を作られて結婚の二文字になだれ込まれるのか…いやそれは避けなくては行けない…早くスタンガンと催涙スプレーを…でも夢で見たって事はどうあってもそうなる運命……だとしたらいっそこの事実を受け入れてしまった方が楽か……いやでもそれはいくらなんでも…」などと考えることになる。

私の夢は怖い。今年になって祖父の病気を暗示するような夢も見てるし、もしこんなまじないをやったら妹よりはるかに正確に見てしまいそうで嫌なのだ。ひとへの嫌がらせに使うならまだしも、自分に使うのはまっぴらである。

他人に使うんだとしたら、合宿などでみんなが寝ついた枕元に片っ端から割り箸入りコップを置きまくり、翌朝夢をたずねては「その人と結婚するんだよ、君は」と悪魔の宣告をしてまわったりできるが(ひどすぎる)。

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興味のある方は、今晩にでも早速おためし下さい。

00/9/9(土) am お見舞い協奏曲
ということで、昨日祖父の見舞いに行って来た。無理したせいか今意味不明の病が復活しているのだが、まあよい(精神的には良くないけど)。

病院の入り口で妹に会って、一緒に病室に行った。パジャマ姿の祖父を初めて見た。祖父は、家にいたときと違って顔のむくみがとれていた。顔に年寄り特有のしみが増え、てかてかしていた肌のつやがなくなって一気に年を取ったような気はするが、顔色は悪くなかった。ただ、体がやせて筋肉がどっと落ちたようである。

部屋は6人部屋で、みんな祖父のように肺癌をわずらう人らしいと母が言っていた。昨日は祖父の抗癌剤投与は休みで、点滴はつけていなかった。祖父は手首にガーゼをテープでくっつけていたが、妹が一瞥して「こんなのもうとっていいよ」といってびりびりはがしてしまった。さすがナース。

ちょうどお昼の時間に合わせて行ったので、妹と私と祖父の3人で昼ご飯を食べた。祖父は病院食、私と妹は売店のおにぎりである。私は持ってきたかぼちゃの煮物と笹かまを、妹は祖母や母からあずかってきた野菜の天ぷらやおひたしを出した。祖父は病気のせいでひそひそ話くらいにしか声が出ないのだが、意志疎通には問題がない。

祖父は家ではかなり偏食だったので心配だったが、出された食事をきちんと食べて、家ではあまり食べなかった青い野菜も、私が持っていたかぼちゃも食べた。「何でもちゃんと食べてるよ」と母に聞いてはいたが、びっくりした。

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祖父が入院している病院は、でかいくせに古くて汚い。一昔前の病院イメージをそのまま残している。幽霊が出そうな雰囲気である。家具もベッドも壁も古く(灰色の壁にはひびが入っていた)、トイレも不潔ではないものの古くて、うちの大学にそっくりだった。そこへ、みんな病気の患者さんたちが寝ている。夜になったら死に神がフロア中をぐるぐる回っていそうなくらい怖い感じなのだ。

病院が大嫌いな祖父が、こんな古い病院にちゃんと入院していて、ごはんも出された物をちゃんと食べて、薬を飲んだり点滴をしたりしているのを見ると痛々しい。時間つぶしはテレビだけで、イヤホンを耳に入れて寝転がって見ている。窓から緑は見えないし、回りの患者さんもそれぞれどこかそっぽを向いてテレビを見ているだけである。

幸いなことに、抗癌剤の副作用は全くないらしい。誰がくれるのか、実家ではアガリクスとかいうものを煎じているそうで、煎じた液体を牛乳瓶につめて妹が持たされてきていた。祖父は副作用がでないのはそのおかげだからと言って、煎じ薬を飲んだ。そういえばおとといあたりの新聞の広告で見たかも、「アガリクスががんに効く!」っていう本のタイトル。

見舞いの家族がいない間は、当然ながらいろいろなことを淡々と祖父一人でやっているらしい。でも一人でいるときはいつもの偏食が顔を出すようで、今日母が見舞いに行ったら「昼に食べるもの(食べたいもの)が何もなかったからお粥に塩をかけて食べた」と祖父は言ったらしい。

祖母のに比べたらあまり美味しくないはずなのに、私のかぼちゃは食べていたから、孫が作ったのは多少難ありでも食べるのかも知れない。今度見舞いに行くときは、祖父が食べそうなものとか食べさせたいものを作って持っていこうと思う。私の意味不明病を祖父にうつさないためにも1週間は会わない方がいいが、1週間後は乞うご期待。

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それにしてもあの病院の環境はひどいが、家から持ち込んできた新しいタオルや新しいバスタオルが敷き詰められて、こぎれいな祖父のベッド回りを見ると安心できる。そういえばこないだのお盆に、長い間舅の介護を経験したことがある伯母から、母がいろいろアドバイスされていたっけ。

「タオルやバスタオル、ふとん、パジャマや下着は新しくてこぎれいなのを持っていくんだよ。あと、スリッパとガウンね。タオルなんかが汚くて洗いざらしだと本当に無惨だから」みたいなことを言われていた気がする。伯母の言葉は正しかった。特にあんな古い病院だと、家族が用意してくれた新しくて清潔な服やタオルが患者をくるんで、毎晩ぐるぐる回ってくる死に神から守ってくれそうに思える。

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妹が祖父の体を拭いている間、私は祖父のベッド回りを片づけた。汚くなったタオル類を袋に入れ、新しい物と取り替える。枕カバーを取り替えようとして、ふと気づいた。おかしい。祖父が使っているのは私がこの間贈った枕なのだが、中央部がくぼんでいるはずなのに、逆に妙にふくれているのである。これじゃあ寝心地最悪のはず。

「何で枕がこんなにぱんぱんなの!?」と言ったら、妹が「ちょっとその下を見てみ」と言った。すると枕の下になんとセカンドバッグが2つもおかれていた。「大事だからかくしとくんだよね」と妹が言ったら祖父がうんとうなづいた。ええっ?

このバッグには見覚えがある。確か、うちの生活費を入れておく袋である。うちは祖父が財布持ちをしていて、両親の給料はみんなそのバッグの中に入っているのである……が、どうしてそれがここに。まさか。

そう、祖父は入院してからも財布持ちをしていたのであった。いくら何でも入院したら父が財布を持つべきではないのかと思ったが、「親父は自分が家計を握っているということが生きがいになっているので、取り上げたらぼけるか何かする」というのが以前からの父の弁で、それを貫き通して病室にまで生活費の袋を持ち込ませたらしい。そりゃあ大事なはずだよ。

でもさすがに枕の下に置いたらせっかくの寝心地が台無しなので、祖父に言って別の場所に隠しておくことにした。

今、うちの生活費は祖父の着替え用らくだパンツの下に埋もれている。

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やっぱり私のうちは、ちょっと変だ。

00/9/7(金) am かぼちゃと介護責任
(その1)かぼちゃ今日は祖父の見舞いに行く。

抗癌剤の副作用が気になるが、まだ祖父はごはんをちゃんと食べられるそうで、見舞いは食事時に合わせて行っておかずを差し入れる、というのがうちの親たちの作法になったらしい。私も右ならえして祖父に何か持っていこうと思う。

ちなみに、先日父が差し入れたのはうちの畑のトマトだそうである。

(その2)畑に夏まで祖父が手がけたビタミンたっぷりの野菜がどっさり実る実家とは違い、私の家には特に何の作物もない。差し入れられそうなものと言えば加工品になるのだが、私は祖父が好きそうな物はあまり作れない。大体、私はあまり料理上手ではないのだからいきなり作ったってあまりおいしくないに決まっている。

そうなると、私は自分が最も得意な料理を作らなくてはいけなくなる。いちばん得意と言えば、やはりかぼちゃの煮物である。これだけは絶対失敗しない。砂糖としょうゆを溶かした水でかぼちゃを煮るだけなのだ。

(その3)私自身が好きなせいか、かぼちゃを煮るのはあまり苦にならない。なべを火にかけて、TOEICの勉強をしたりゴミ出しをしたりしていたらすぐ煮上がった。

9月の間くらいは、週に2回か3回祖父の見舞いに行こうと思う。何でも、移動に1時間はかかる病院まで、母が仕事の後に毎日見舞いに行っているらしいのだ。これを少しは軽減しなくては私の心配は終わらない。

(その4)母には祖父の他にも、母親である母方の祖母の介護問題が肩にのしかかっていて、日曜日には母の実家を回ってその足で祖父の病院に行ったりする恐ろしい生活を行っている。哀れだと思う。母ももう50代だし、立派な更年期だし、このままではいつ倒れるかわからない。

母は4人兄弟の末っ子なのだが、兄弟たちは関東に住んでおり、90近い祖母が癌を抱えながら1人暮らししているのに全く山形へ帰ってこない。大変なときに母のすぐ上の伯母がやってきて手伝ってくれるのが頼もしいくらいで、上の兄2人は全く帰ってこない。

(その5)いろいろあったせいか、介護問題ということをとても身近に考える。特に、近頃は私の両親が年老いたときのことをよく考える。

もし両親のどちらかが癌になって入院したら誰が看病するのか。どのくらいの頻度でお見舞いに行けるのか。経済的援助はどうするか。どちらか片方になってしまったらどうするか。

周囲の友達はあまりこんなこと考えていないようだが、私にはすぐそばに迫っている問題のように思えてならない。無理しすぎの両親なので、近々ころっとなるだろう。その時のためにも十分にシミュレートして自分の身の振り方を覚悟しておかないといけない。

我が家の場合、女2人に男1人という兄弟構成である。そして、責任は結構均等に分散しているといえる。

年齢的には長女の私が最も責務が重いものの、位置づけ的には長男である末っ子の弟が最も責務が重い。真ん中の妹は3人兄弟の中で唯一地元に就職しており、いちばん実家に近いので距離的に介護責任が重くなる。

とすると、大体3等分に責任が分かれるわけである。

(その6)私は計画を立てた。私と弟は実家から離れた場所に就職する可能性が高い。なので、親がぶっ倒れたらとりあえず応急処置で近くにいる妹に介護をつないでおいてもらう。しかし、妹はあまりあてにならないので、あくまでつなぎ程度の責任しか求めないことにする。

どうせ私は離れても東京、近ければ仙台なので、日程の都合がつき次第妹となるべく交替でローテーションを組み介護にあたる。ただし、資金面で不足が出てきた場合は、肩書き上責務が重いものの実働はできなさそうな弟からお金をいただく。そのために、弟には今後理系の有名大学に進んで大企業の稼げる職についてもらう。

そうして親のどちらかを見送り、母か父片方だけになったら、弟には早急に家か広いマンションを持っていただいて、親と同居してもらう。そのためにも弟のお嫁さんには自己中でない人を選んでいただく。もし私が結婚していなかったり、夫が超金持ち&超物わかりよい人であったら私が引き取る。

(その7)というわけで、一応計画を立てた私は、この間弟に電話をかけた。

「あのさあ、お父さんたちの介護のことなんだけど、○○(妹)はあてになんないからつなぎをやってもらうとして、最終的な介護責任はあんたとあたしで半分ずつってことでいい?」
「半分?」
「そう。入院中の介護とかはあんたはやらなくていいから。長男だからって嫁さんを介護によこせとかも言わない。そのかわり、引き取る段になったらよろしくね。もしあたしが結婚してなかったり、旦那が物わかりのいい人だったら私がお父さんかお母さんと同居するけど、あんたの方が収入も肩書きもかっちりしてるだろうし、そういう場合は長男のあんたが引き取ってね」
「わかった。半分な」
「そう。半分だから。よろしくね」

何だか、18歳にしてこんな重たい話をされる弟がかわいそうだった。でも弟と半分こするという約束を取り付けたので、私はだいぶ気が楽になった。

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それにしても、世間の24歳って、介護のことなんか考えなきゃいけない年齢なんだろうか。

00/9/6(水) pm ぞうさん
(その1)在学証明書を取りに本当に久しぶりに学校に行った。

ぞうさん研究室の落書き帳を見ていたら、小さい息子さんのいる先輩が「興味:子供の語彙の増え方」と書いていた。しかも、歌ってとリクエストすると、息子さんは童謡を歌ってくれるらしい。「ぞうさん」とかである。こんなすばらしいことが他にあるだろうか。

「ああ、私も小さい息子にぞうさんを歌って欲しい。」と呟いたら、そばにいた後輩が「そういえば先輩は男の子を産みそうですよね」と言った。またである。私は息子を生みそうだとみんな言う。

(その2)就職活動をはじめなくてはいけない時期に入ってきたので、モバイルについて本格的に考えてみる。

PHSだけだと、もし採用の電話などが入ってきたとき不便である。大体私が採用担当者だったら、PHSだけの人は何となく心許ない。もっといつでもどこでもつながるツールが必要なのでは……ということで、私は今携帯電話(iモード)購入をもくろんでいる。

普段使いはPHSで、携帯電話はあくまでも就職活動専用である。かかってくるのを待つだけなら通話料はかからないし。

かけずにいられるのか、という疑問は残るものの。

00/9/5(火) pm 病人生活
葉っぱ(その1)茶殻療法をやったときに買いだめした緑茶が猛烈に余っているので、毎日緑茶を飲んでいる。お茶は確かに体にいいが、少し飲みすぎるとすぐ胃が気持ち悪くなるので加減が難しい。

(その2)この間友達からタムタムマグカップとタムタム小鉢をもらったので、早速使っている。ふた月前くらいに、ひとつしかないガラスの小鉢を割ってしまい、それ以来、一食分のフルーツヨーグルトやサラダをもりつけるための入れ物がなくて困っていたところである。

本当に嬉しい。誕生日でもないのにもらったプレゼントだし本当にありがたい。

(その3)ヘルペスのせいか微熱が出る。だるいし、熱が上がったり下がったりである。私の体は、一体どうなってしまったんだろう。とにかく今回のぶんが早く治って欲しいと思う。

何でもヘルペスにはストレスや強い日差しが良くないそうで、ストレスのたまる真夏の野外の催し(野球の応援とか)を自分が大嫌いだったわけがわかったような気がする。再発防止のためにも、今後そういうものは一切行かないことに決意(決意しなくても行かないけど)。

どちらにしろ、何人か友達に話を聞いてもらって、今日1日ぐっすり眠ったので体の調子はだいぶ良くなった。

(その4)でもまだ微熱が残っているし、明日もバイトは休んだ方がいいだろう。3食食べて、寝て、ビタミン剤を飲む生活をもう1日送ればほぼ完全に治ってくれるに違いない。

00/9/4(月) pm 生きてる意味
生きてる意味なんて、本当はないんだろうと思う。

ちなみに私が今生きてる意味を強いてさがすなら、それは月々5万ちょいのローンを返済するために生きているのであって、他には特にこれといって私をこの世につなぎ止めるものはない。

何もかもどうでもよいのであって、捨てろと言われて捨てられないものはない。子供がいたら違うかも知れないけど、そんなものはいないし。ちなみに、ここに旦那がいたとしてもたぶん捨てろと言われたら捨てられるような気がする。

生きてる意味なんて、さがしてはいけないのかも知れない。どうせないのだ。両親だってその人が生まれると思って作ったわけではないんだから、この世に強制的に生まれさせられたと言ってもいい。そんな生に意味なんてない。あるのだとしたら、それはその人が無理矢理あとづけした意味だろう。いわばでっちあげ。

でっちあげなんだけど、自殺する元気もないのでとりあえず生きているっていう感じ。

今日はさすがに体調回復のためにバイトを休んで家で寝ていた。祖父が入院して以来祖母は昼間は家でひとりなので、電話をかけてみる。

すると、祖母の話は案の定暗い話ばっかりで、時間がどんどんさかのぼり、私が3つ4つの頃はよかったなんて言い出す始末。暗い話はすべて「何いってんのー」と笑い飛ばしておいた。

自分のネガティブシンキングのルーツを探り当てた瞬間であった。他人のネガティブシンキングを見ていると、自分のネガティブシンキングもアホらしくなってくるのでなかなかよい。じーさんはまだいなくなってはいないし、病状が回復しないなんて決まったものでもない。病気だけどまだそこにいるんだから。

ばーさんはじーさんへの手紙の大半は病気の話をしているらしい。「生きて生きて生きるんだって考えて治るんだよ」って書いたらしいが、毎回そんな手紙らしく、うちのじーさんだってたまらないに違いない。来る手紙来る手紙そんなでは重すぎる。

その上、ばーさんは家でごはんも食べないでいるらしい。今日は片づけをしながらめまいがするだのくらくらするだの言っているので、とにかく食べて寝ろと言っておいた。

「いい!? 考えすぎたっていいことはないんだよ! 考えすぎて今までいいことがあった? なかったでしょ? 大体、私が3つの時なんてそんな昔のこととか、じーちゃんに薬が効かないかもなんて悪いことばっか考えてないで、明るいこととか先のことを考えなきゃ。ね、わかった!?」

祖母の話を聞きながら(うーん、いつも私に電話をかけてくれて暗い話を聞いてくれる友人は、毎回毎回こんな感じなのかも知れない)とふかく反省した。私の電話の話は時にものすごくひどい。ごめんなさい。

とにかく私ももうそろそろネガティブシンキングはやめである。ばーさんを見てたら何か馬鹿馬鹿しくなってしまった。早速水曜日には添削の締め切りがあるのだ。今回は40枚。考えすぎてたら添削が終わらずにまた水曜に辛いことになってしまう。がんばろ。

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そういえば、父が、80でこうしてられるんだから祖父と祖母は幸せだと祖母に言ったらしい。

「俺が80になったときにゃ、連打屋以下3人は何をしてるやらわからない。きっとろくに世話なんかしてくれないで、俺はさしずめ養老院だろうから」

そして私は祖母に「お父さんの面倒見てやってなぁ……」って泣かれたのである。待て待て。大体そんな、まだ起こってないことで泣かれたって知るかっていうの。どうなるかわからなくて悪かったね。でもだからって病気の父親ほっぽっておくほど私は冷淡な人間じゃないだろうに。

父よ、あんたもか。悪いことばっかり考えて。ホントにあほらしい。

00/9/3(日) am 人生、へっぽこ生き地獄
がっくりいろんなものに自信をなくし気味である。古い友達に手ひどく裏切られるわ、ストレスでヘルペスなんかになるわ、ほんと、がっくり。あんまりがっくりしているのでがっくりアイコンを作ってみた。

見ようによっては、「落としたコンタクトを探す人」に見えるけど。

医者があんまり詳しく教えてくれなかったので、ネット検索でヘルペスについてちょっと調べてみたけど、これって結構嫌な病気なんじゃないだろうか。再発するし、ウイルスは絶対体から出ていってくれないらしいし。ウイルスって事で感染経路はエイズと同じだから、将来誰かにうつす可能性もある。

ストレスや疲れなんて、私の人生からいなくなったりしないんだから、もう絶対再発は間違いないじゃないか。胃も悪いし、腰も痛いし、ヘルペスまで患ったら、私のジェットコースター人生は生き地獄間違い無しである。どこか中途半端な生き地獄で、その中途半端さが最も耐え難い。それとも人間の人生なんてそんなもんなんだろうか。渡る世間はへっぽこ生き地獄。

これが死病ならまだ楽なのにと思う。すーっと死ねる死病だったらどれだけいいだろう。しみったれた病気を抱え、それでも生きて行かなきゃいけないことがとても苦痛だ。何もないし、誰もいないし、そこまでして生きてく意味はないように思う。

何だか、それでも生きていくんだろうって考えると気が遠くなる。この先特に何もないとわかっている果てなき迷路のような道を、鈍い痛みを抱えながらずるずる歩いていくのだ。誰も助けてくれない道を一人で歩くわけである。ああやだ。もうやだ。

似たような気分を、一番はじめに味わったのは13の時だったように思うけど、その時は2年間という期間がちゃんと見えていたからまだ楽だった。でも最近になると、問題を抱えて過ごさなくてはいけない時間は死ぬまでの期間になってしまうことが多い。人生何が起こるかわからないって言うけど、この先トラブルばかりのような気がする。

きっと、何をやってもトラブルばかりに違いない。友達を作って大事にしても裏切られ、煮ても焼いても食えない男に次から次へとおもしろ半分で精神の安寧を引っかき回され、こんなならいっそのこととお見合いしてもろくな男が来ず、しょうがなく妥協して結婚したのに妊娠と同時に浮気され、出産と同時に夫に逃げられ、産んだ子供は重症のアトピーにかかり、自分も膠原病とかにかかって、懸命に子育てしようと思ったら今度は元夫が自分の名義で借りた莫大な借金の取り立てに追いまくられる。そんな中、心労をかけ続けた両親は相次いで癌にかかり病床につく。

……などと、考えるから病気になるってわかっているけど考えずにいられない。結局、ついてる奴は一生ついていて、ついてない奴は一生ついてないというのが世の中の仕組みだってわかっている。ああもう、私は消えたい。もういやだ。たくさんだ。

何とかやってみるポジティブシンキング。そう。この病気のおかげで、夜道で変な男に襲われてもまず大丈夫だろう。大嫌いな男に強引に言い寄られても何とかなる。両肩を押さえつけられ首筋に相手の頭が近づいたところで、耳元にそっと囁いてやるのだ。

「いいの? うつるよ」

そして、どんな病気かあることないこと吹き込む。あなたどうせ、暗い道に潜んで私なんか襲うくらいだから、免疫も生命力も弱めの暮らししてるんでしょ? そういう人はてきめんに発病するの。一度感染すると絶対出ていかないし、他人にうつすよ。一度治っても症状は何度も再発して、死ぬまで治らない。そこまでして私と関係を持つ意味があるのか、よく考えてごらん。

「一回の関係を、一生背負う覚悟ある?」

重い。重すぎる。私が男だったら間違いなく逃げる。そこまでしてやりたい人なんてこの世には存在しないであろう。一件落着。

……っていうか、ここまで重く考えるほどの病気ではないらしいんですけどね。でも殆ど事実です。ああもう、本当に消えたい。

00/9/1(金) pm 手足口病は突然に
発症1日目。それは3日前の夜だった。

足にかゆみをおぼえた私がふと見ると、両方の足の裏に赤い小さな発疹がいくつかできていた。

「あれ……?」

探してみると、足の指の付け根にも。そうしているうちに足全体がかゆくなってきた。あっ、太ももにも赤い発疹が!! 手の指にも…!

手の指の赤い発疹は、こないだMO設置の時にできた切り傷のところに多くできている。そしてかゆみが。一番ひどいのは足。

「足の発疹とかゆみ……これはもしかして……水虫!?」

私は青くなった。早速ネット検索。すると、水虫には小さな水疱を伴った種類のものがあり、しかも指にもできるという。これはまさか本当に

私はどーんと落ち込んだ。

(明日もバイトなので病院には行けないし……水虫と言えば、あ、さくらももこ!)

そう、私は昔読んださくらももこの「もものかんづめ」に「水虫をお茶で治した」と書いてあったことを思い出した。病院に行ける3日後まで、とりあえずお茶でしのぐしかない。あとは、原因のカビを一掃しておけばよい。

除菌グッズを買いに行こうとしたところでちょうど友達から電話がかかってきて、ひとしきり泣きついたら気も落ち着いた。私は勢い込んで除菌グッズを買い込み、早速部屋を大掃除して敷物を洗い、お風呂も徹底してカビ取り。その後、私は日記の更新も中断して茶殻治療に取り組んだ。

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発症2日目。お茶を化粧水のビンに詰めてバイト先へ。お茶でお茶を濁しておいた(正しいけど変な使い方)。

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発症3日目。ナースの妹から電話がかかってきた。心配だったので、相談があるから電話をくれと留守電を入れておいたのだ。「水虫かも知れない」と言ったら、「何だ相談事ってそんなこと!? お姉ちゃん他の悩みないの!?」と呆れられた。折しも祖父の入院が決まった夜で、確かに妹にとってはそんなだったろうがこっちは大問題である。

「水虫だったらどうしよう!」
「水虫なんて……うちの患者さん、ほとんど水虫だよ」
「ええっ」

妹はリハビリセンター勤務なので、脳卒中などで半身不随などになった高齢者の患者さんがたくさん入院している。生死には関係ない病態の患者さんばかりではあるが、なかなか入浴しない環境でもあり、麻痺した側の体はあまり動かせないということもあって水虫の患者さんが多いのだという。

「あたしいっつも水虫の患者さんに軟膏塗ってるけど、別に水虫うつんないよ。大体、何からうつったの」
「わかんない。部屋が汚いからカビが繁殖したとか? あっ、でもうちと同じくらいあんたの家も汚いよね」
「うん。よくダニがカーテンを歩いてるのが見える」
「ダニが見えるぅ!?」

さすがにうちはそこまでは汚くない。ダニを見たことはない。

「でも別に水虫にはなってないよ。お姉ちゃん、靴は何履いてるの」
「サンダル」
「通気性は悪くないよね。で、家ではずっと裸足でしょ」
「うん…やっぱり水虫になるわけないか…あんたが水虫じゃないんだもんねえ」

うーん、おかしい。十分うつる環境にあってしかも部屋があんなに汚い妹が水虫でないのなら、私が水虫になるはずはない。じゃあ、これって何? その日になって、発疹は口の中にもできてきていた。粟粒状の口内炎が口の中にいくつかできて痛いのだ。でもバイトは忙しく、翌日も病院に行けない。仕方なくその日もお茶でしのいだ。

それにしても妹、ナースなのにそんな汚い部屋でいいんだろうか。

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発症4日目。昨夜である。足のかゆみはおさまってきたのだが、お茶がものすごく効いたという感じではない。やっぱりこれって水虫じゃないのでは。

さくらももこの記述および事前のネットサーフの結果、茶殻治療は一晩で赤みをひかせるということだったはずである。私の場合そんなことはなく、自然にひいてきた感じで、おかしい。翌日はいよいよ病院に行ける日だし、とにかく皮膚科に行ってみようと思った。違う病気かもしれない。

だが水虫の可能性は十分残っているので、友人に病状をPメールで知らせた。水虫だったら友人宅には半年は行かない方がいい。すると友人が思わぬ事を言った。「口の回りにも発疹できてない? 口の回りにもあったら手足口病かと思ったんだけど」

まさか…手足口病は子供の病気である。小学校勤務の母から名前は聞いたことがあるが、幼児とか小学生の病気のはず……とりあえず違うだろうということになった。

しかし、友人とのPメールが終わった後。

心の聲1「いや、待て。よく見るんだ。君の発疹はどこにある?」
心の聲2「手と足と口の中」
心の聲1「手足口じゃないか!」

心の聲1に罵倒され、私は早速ネット検索を行った。なぜか手足口病で「ほぼ日刊イトイ新聞」の記事がひっかかる。おーなるほど、似てる似てる。どんどん検索してますます確信を深めた。手足の発疹と口内炎。発疹にはかゆみや痛みがあることも。ウイルス性で、免疫がない場合は成人でもかかることがある。年が上になるほど軽症。夏に流行。

そうか、手足口病だったんだ、これ! 早速、初日に電話をくれた友人にPメールし、翌日は皮膚科ではなく内科の病院に行くことにした。

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発症5日目。寝不足の頭を抱えながら早起きして近くの大きな病院の内科に行った。この病院のサービスがいいことは院試の時の健康診断が記憶に新しい。ここなら安心だ。

「あのう、うちの内科は肺が専門なんですけど……ちょっと問い合わせてみますね」

受付の人がそう言った。肺専門……ということはうちの祖父のような症状の人が待合室にたくさんいるってことか…結核の人とかいないよね、とちょっと不安に思いつつも無事内科に通される。案の定、咳をしている人が多い。

うちの祖父のような咳をする人たちを見ながら待合室ですわっている間、だんだん咳や鼻水などの風邪みたいな症状も出てきた。これはやばい。私は一体、何の病気なんだ!

問診票に発疹・口内炎・鼻水が出ると書いたら、胸部レントゲンを撮らされた。今日は今ごろ祖父が入院している頃だ。でかい写真を受付に出して、診断を受ける。

「えーっと、どんな症状ですか? ……なるほど…じゃあ、ちょっと口の中を見ますね。……ああ、これは痛いでしょう。…最近疲れはたまってますか」
「はあ。疲労は慢性的にたまってるんです」
「睡眠不足とか」
「そうですね…」
「…これはヘルペスといってですね、ウイルスにかかってなっているんですよ。特に心配な病気ではありませんから、この口内炎に塗るお薬を出しておきますね」

どうやら、ウイルス感染による発疹と口内炎らしい。手足口病みたいなものらしい。軟膏をもらって帰った。薬にちゃんと効用説明の紙がついていた。自転車に乗って帰るとちゅう、しみじみ思った。

……よかった、水虫じゃなくて。

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それにしても、最近本当にトラブルが耐えない。あまり大きなトラブルでもなく中程度のトラブルばかりなのだが、頻度たるやすごいものだ。久しぶりの休みの日までトラブルで埋め尽くされる念の入れようである。

昔の日記に「私はトラブルの女神に愛されている」と書いたことがあったけど、あの時はどんなトラブルでそう書いたのだったか、もう思い出せない。

 

 

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