| 00/10/31(火) am | ウソ日記 |
| ネタがない。というわけで、久しぶりにウソ日記を書こうかなあと思ったのだが、今後の展開に非常につまってしまって、どうしたものかと思っている。
今後の展開を決める上で問題となるのは、「Tの正体をどうするか」「亡くなったTの姉をどうするか」「主人公のキャラ設定はこれでいいか」「増えすぎた登場人物をどう処理するか」「サヤちゃんへの思いをどうしたらよいか」「ハッピーエンドにするかしないか」などである。 で、まあいくつかプロットを立ててみる。
みなさんどれがいいですか? 今のところ、5が可能性大。ということでウソ日記。前回までの分はこちらで。 ---- 「それにしても、あんたもミトも物好きだね。そうとしか私には思えない」 サヤが呆れたように言った。 「なによう、どういうことよサヤ。あたしがどう物好きだって言うのよ」 ミトが反論すると、サヤは肩をすくめる。 「だってそうじゃん。人間を好きになるからそういう厄介事が起きるんだし。人間を好きになるのが相当厄介なことだってことくらい、ずーっとまえからわかってることなんだから。それでも物好きに他人を好きになったんだから、そういうことが起こるくらい仕方ないよ」 「ひどいサヤ、そんな言い方。人間を好きになるのは厄介なことなんかじゃないよ。楽しいことでしょう」 ミトは再び反論した。涙はどこかに行ってしまったようだった。私の吐き気はまだおさまらない。 「いや、恋愛はただの高ストレス荷重状態だよ。『好きな人』という、すさまじく高密度でものすごい質量をもった物体が使徒よろしく地球上につっ立ってる状態。 あんたがそこで普通に社会生活を送るためには、その『好きな人』を見つめたり、『好きな人』と取っ組み合ったりしつつ周囲のビルや通行人を踏んづけないようにしなきゃいけないわけ。 ところが、『好きな人』の恐ろしいくらいの重さと高密度のために、アインシュタインの理論みたくその周辺は光の進行さえゆがまされてしまう。あんたの見ている世界はゆがみ、きちんと認識できなくなる。そんな、視界のゆがんだ状態で普通に世渡りするなんて、どだい無理。 というわけだから、あんたの旦那が多少おかしな行動をとったって、それは視界がゆがんでるせいなんだからしょうがないよ。第三東京市を滅茶苦茶にしたってあんたと取っ組み合いたくなっちゃってるんだよ。そんな、『好意』という相手の視界のゆがみを、意図的に作り出したり望んだりしているのはあんただったんだから、そのつけが回ったからって不平不満を言うのはやめよう。旦那がかわいそうだよ」 「サヤ……」 見かねた私が吐き気をこらえつつ声をかけようとしたが、その時ミトが口を出した。 「待ってよ、サヤだって好きな人のひとりや二人いたでしょう? 自分に経験があればそんなひどいこと……」 「全然ないよ。あんたみたいに、人を好きになって幸せになったりはできなかったから、あたしは。 あたしはストレス荷重に耐えられなくてね。初めての戦闘で戦おうとしたらいきなり片足を失ったっていうか。胃を壊して一晩中吐き続けてはっと気づいたんだ。『これは人間のすることじゃない』って。 そこまでして好きになるに値する人間はこの世にいないし、このストレスに耐えられるほど私は強い人間でもない。つまり、あたしは不適格者で、最初から向いてなかったんだと。 だから私はそういう厄介事に、魅力は全然感じないんだよね。誰かに好意を持つことも、誰かから好意を持たれることも嫌い。過剰な密度と質量を持った感情は災いを起こすに決まってるし……視界のゆがみとか、暴走とかね。色に狂った王が国を傾けた例はいくらでもあるでしょう。ばかげた行動で自分の胃をはちゃめちゃにするくらいなら、悟りを開いて心静かに生きることに……」 やばい。これはもう吐きそうとか言ってる場合ではない。何とかサヤを止めねば。 「ちょっと待って! あのね、ミト。サヤがこう言うのには深いこみ入った事情があって、彼女ならではっていうか、常人には少し理解しかねるから、あまり気にはしないでね。私はミトの気持ちよくわかるから。サヤ、ここはともかく、ミトの問題をどう解決するかを考えよう」 (うう、それにしても吐きそうだ…) 吐き気をこらえ必死でフォローしながら、私はふと、深夜にサヤが「…あたし、女やめるわ」という電話をかけてきた日のことを思い出していた。 (……うっ) 思い出して、また吐き気がこみ上げてきた。 ---- それにしてもサヤちゃんにストーリー自体を飲み込んでもらうっていうのは、我ながら名案かも(冗談です)。 まず来ないと思いますが、今後の展開についてのリクエストお待ちしています。 |
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| 00/10/29(日) am | 土曜の夜だった |
| そういえば、今夜は土曜の夜だったということに気づく。
ここ何ヶ月、ずっと土曜日の夜はアルバイトなので、土曜の夜に楽しく遊んだ記憶がない。たまには休みでもとって遊びたいなあと思うけれど、そうもいかないので。 人生を採点するというホームページで人生を採点してみたら、 「あなたが各要素の中でいちばん優れているのは運です。これが良かったら、他のどの要素がどれだけ悪くても幸せになれそうな気がしません? いちばん悪いのは恋愛です。恋愛は、他のどの要素がどれだけよくてもいっぺんに悪くなってしまうくらい重要です。 あなたは他人のせいだと思っているかも知れませんが、はっきり言います。それは、あなた自身のせいなのです! これからは自分を見つめ直して頑張ってください」 などと、いきなりわけのわからないことを言われて閉口する。他のどの要素が悪くても幸せになれる運、他のどの要素が良くてもいっぺんに悪くなってしまうという恋愛。じゃあ、私のように運が良くて恋愛が悪い場合、一体どちらが勝つのか。答えられるもんなら答えてみろ!……と、今日の私は本当に疲れている。 そもそも、私は運なんか全然良くないから、この診断そのものがおかしいのだ。運の良さを感じたことなど、今まで一度もない。特に良かったとは思わないし、むしろ運は悪いんじゃなかろうか。周りに同じような境遇の人物が見あたらない程度には運が悪いですが。 バイトから帰ってきて夜中の夕飯を食べながら、なぜかTVで「中高年の自殺」という番組を見てしまった。遺書を実際に紹介したりする番組だったのだが、何だかやりきれなくてやるせなくて涙が出てきた。 私の父みたいなパーソナリティを持った人たちが自殺している。仕事が辛い、体も辛い、でも休めない、休んだら周りに迷惑がかかる……そう思いながら自分を追いつめて最後に死んでしまうのだ。「負け組」「弱い人間」のレッテルを貼られて、語ることも悲しむこともタブーになる。 そういえば、私もそうなのか。働くことは楽しいと思うことがしょっちゅうだが、働いて働いて、休みもなくて、今日のように、本当なら今日が休日であったということにはっと気づいたときの虚脱感は何とも言えない。 その番組では、「負け組、弱いなどというレッテルを貼って排除するのはやめるべきだ。弱い人がありのままに暮らせる社会を作らなければ」と出演者が発言していた。でもこれほど非現実的な理想論もないような気がして、なおさらやりきれなかった。 就職雑誌には書いてある、「前向きな人材をのぞむ」。決して、考えたり悩んだりの弱い人を許容してはくれない。たぶん今後ずっとそうだろう。人間がこういう社会でこういう暮らしをしていく以上、結局「負け組」の排除はなくならない。実際は、死なずに済むには勝つしかないのに。あなたたちだって、勝ったからここにこうして生きていられるのでしょう、などと思ったりして。 考えるのは、やめよう。 |
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| 00/10/28(土) am | 手一杯 |
| 塾に行けば生徒に「先生、俺、土曜日の授業出ないでいいですよね」などと甘えられ(わかってるんだ、君が「何言ってるの、出なきゃダメでしょ」と言われたがっているのは)、上司には「あなたEカップにはなるわ、やっぱり」などとぬれぎぬを着せられる(ないものは、ない)。
ウェブのバイトに行けばデザインなどしたこともないグリッド拘束率命の青上司にできあがったページを鼻で笑われた上わけのわからんデザイン論を振りかざされる(そのまえに、仕事の進行上困るからコミュニケーション力の欠如をどうにかして)。 K合塾の採点会議じゃ指名されて発言しただけなのに、別な奴から「いや、それはどうでしょうか」といきなり真っ向から理責めで全否定され先生もそれを支持し、周囲の採点者から「うわー、バカだよこいつ」的冷ややかな視線を浴びる(そんなにしゃべれんなら初めからお前が発言すりゃ良かっただろ)。 落ち込んで夕飯を食べに入ったスパゲティ屋ではラストオーダー20分前なのに店でたったひとりの客になってしまい、片づけ始めるのが見えたので肩身が狭くてそそくさと逃げるように出ざるを得ず(急いで食べて、胃が痛いよ)。 もっと落ち込んで、家に帰って実家に電話をかけると父が出て 「俺、今ぜんそくでダウンしてるから……いや、学校は休めない。やらなきゃいけなことがいっぱいあって」 電話を代わった母は 「じいちゃんは抗癌剤の副作用で熱が出てるってよ。え、お父さん? ああ、死ぬんじゃないの? 昼間も発作が起きてるらしいから。だってしょうがないでしょ、言っても聞かないし。 帰ってなんか来なくていいって! ああ、私は抗癌剤なんて絶対嫌だ。お母さんが癌になっても抗癌剤なんて要らないからね。あんなの完全な延命だもの。あんなことするくらいならお母さんは何もしないで家で死ぬよ。 こないだばあちゃん、なんて言ったと思う? 『おじいさん、長生きできるかねえ』だって。できるわけないじゃんねえ。癌なんだから。 とにかく、帰ってなんか来なくていいから! 自分のことだけやってりゃいいの、あんたは!」 受話器の向こうから、父が喘息でせき込む音がする。 (あのう……あなた方の今の様子を聞いてたら、心配でとても自分のことだけなんてやってる気にならないのですが。) 他にもいろいろあるけれど、とてもじゃないけどここには書けない。 ---- 「潔癖性は、人の間で生きていくのが辛いのよ」 エヴァの言葉が身にしみる。 |
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| 00/10/27(金) am | 飲む打つ買うの鎮魂歌 |
(その1)飲む打つ買うの生活である。
虚しい。ぴたりとはまっているのが悲しい。 いくら隣同士のビルだとはいえ、二つのバイトを10分の休憩をはさみ連続でやるなんて変なことなのかも知れない。片方の職場で「お先に失礼しまーす」と言ってエレベーターを降りてビルを出て、隣のビルに入りエレベーターで上って次の職場に「こんばんは、お疲れさまです」と入っていくなんて、考えてみればおかしなことである。 たぶん、社会人になってしまったらこんな風に全く違う二つの場を交互に行き来するなんてできないことだから、今のうちに存分に楽しんでおこうと思っている。 (その2)久しぶりに「鎮魂歌」を聴いた。 ずっと以前、電子メールにいきなりオーディオファイルが添付されてきたことがあった。えらくびっくりしたのだが、おそらく日記の読者の人からで、そこには「チンコンカ」(ゴンチチ風)という曲が添付されていたのであった。 おそらく、生で弾いたギターの音を録って送ってくれたのだろうが、何だかとても嬉しかった。かすかに雑音が混じっていて、音質があまりよくないのも何とも言えず落ち着くので、疲れると思い出して時々聴く。今まで、Eメールでこのファイルほど印象に残る贈り物をもらったことはない。 バカなことに、私はなぜかこの人からのメールを誤って消してしまったらしく、どこに行ったか肝心のメールが見あたらない。だから、誰がくれたものかもうわからなくなってしまった。くれた人にはとても申し訳ない。 海辺で彼女にラブソングを絶叫する男は寒いだけだが、これは「鎮魂」が目的のせいか別に寒くもない。これをくれた人に改めてお礼を言いたい。ありがとう。 |
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| 00/10/26(木) am | トラウマで読む |
| (その1)ミスチルの「ニシエヒガシエ」を地でいくような生活の中、志賀直哉が本当に面白い。今の私の中では最も旬な作家である(バカみたい)。
読んでいると身にしみて目にしみて、何だかよくわからない。でもこういう、自分が面白いと思う作品を研究しても、私の場合ろくなものがでてこないんだろうなあと漠然と思う。 好きなものほどうまく行かない。私は、好きなものを見るときは視界が濁ってしまって、研究するのに必要な何かが全く見えなくなってしまうようなのだ。だから、全くどうでもいいと思うようなものを素材にして考えたときの方が、意外と手応えがあったりする。 私はこのことに結構悩んでいて、この間思わず先生に 「好きなものほどうまく行きません。」 と言ったのだが、先生からは 「気の毒に。」 と言われた。 本当に、好きじゃないものに鞍替えしようかと思う今日この頃である。でも今さら、表にあるものができないからといっていろんなものをひっくり返すこともできないし。もしかすると表側に来た時点でどんなものもダメになるのかも知れないから、結局何をひっくり返して表に持ってきたって結末は同じなのかも知れないと思うとそんな勇気も出ない。 (その2)本当に志賀直哉は身にしみる。サイコロステーキのような文体もいいし、読んでいて気持ち悪くならない。 私が特に好きなのは主人公とその祖父母が出てくるというパターンの話だ。主人公や祖父母に自分のことが重なってずいぶん身にしみるなあと思っていたら、志賀直哉も祖父母に育てられたらしい。 家庭環境はやっぱりその人の感性に大きく影響するのかもしれない。同じ家庭環境だった人は、同じ原風景を持っているから。 (その3)そういえばこの間友達と「太宰治の作品で何が好きか」という話になった。私は「斜陽」が好きなのだが、友達もそうだという。 なぜだろうと思ったら、友達が「弟の出てくるところが」と言った。そういえば確かに、私も弟が出てくるところが好きだ。 私と友達には、同じように、自分と仲のよい弟がいる。共通のところが好きなのは、きっとそのせいなのだろう。 (その4)と考えてみると、人は自分の抱えるコンプレックスやトラウマで小説を読むのだろうか。たくさんある小説の中でどれかひとつ1番好きなのを選んでもらったとき、その中にはその人の抱える心の傷とか、何か凝縮されたものが入っているのかも知れない。 そういえば、学校で人の研究発表を聴いていると時々思うことがある。「この人は自分のトラウマを話しているみたいだ」と。 だけど、これは自分の例だからどこまで普遍的かはよくわからないが、そういう個人的なフィルタで読んだ研究は全くうまく行かないことが多い。むしろ私のように恥をさらすだけなのかもしれない。 だとすれば、やっぱり大事なものはひた隠しにして、どうでもいいのをやったほうがいいっていうことなんだろうか。……志は低いが、結果的にはいちばん無難なのかも。 |
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| 00/10/20(金) am | 着メロ使い分けは面白そう |
前回の携帯の話で、いろいろ反響メールが来た。特定の人専用の携帯を持っていますっていうメールもあった。つまりそれだけかかってくるっていうことなのだろうから、うらやましい限りである。 相手ごとに着メロを変えたりするのはやっぱりさぞ楽しいのだろう、などと思う。相手のキャラクターや相手との関係性で着メロを決めて使い分けなんて、これほど楽しいことがあろうか。 ----
---- 「あれ、マイコ? こんな時間にどうしたの?」 ---- |
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| 00/10/19(木) am | 80歳にネットワークを | |
| 私はちかごろネットワークを手段先行で使っている。目的がないのに手段があるからさびしいという悪循環だ。
たとえば最近i-modeにした。だが、誰にも教えていないので一向に鳴らない。 PHSと携帯を両方持っている状態なので、私の方からかけるなら当然PHSである。一応就職活動用&非常用に買った携帯なので、非常時に事務連絡をするかもしれない人には教えておかないといけないのだが、ついめんどくさくて最近会った人にしか教えていない。 いろんな人に番号を教えているPHSでさえ滅多に鳴らないのに、そんな状態の携帯なんてまして鳴るはずはないのだ。でもi-modeを使ってみたくて使ってみたくて、しょうがないから着メロのサイトに行ってみた。 せっかくi-modeにしたんだからダウンロードくらいしてみたい。しょうがないから1曲ダウンロードした。 悲しいのはここからである。不幸なことに、その着メロサイトは月300円で10曲までダウンロードできるというシステムだった。1曲ごとの課金ではないから、ダウンロードする曲数が少ないと損をしてしまう。 確かに、二股三股かけていて、かかってくる人物毎に着メロを変えたいという人には便利なシステムだろう。だが私はただでさえ滅多にかからない携帯なのだ。いや、今後かかってくる可能性は限りなくゼロに近い。なのに1曲ダウンロードするだけで10曲分の料金を取られてしまうのか。ひと月に何曲も着メロをダウンロードするくらいでなければ普通ではないということなのか。 悔しかった。近年まれにみる悔しさだった。NTTドコモに「やーい、友達も彼氏もいないさびしい奴!」とおしりぺんぺんされた気分だった。あんまり悔しかったので、思いついたのをあと2曲ほどダウンロードしてみた。 しかし、結局はダウンロードしたところで使う場面がない。しょうがないから日替わりで着信音の設定を変えてみたりするのだが、どちらにしろ鳴らないので、悔しいからたまに自分のPHSから自分の携帯にかけて着信テストをしてみたりしている。 ああ、なんてさびしい日常であることか。今日のように熱を出して寝ていたりするとなおさらだ。 病院の中で携帯が使えたなら、入院中の祖父に携帯を渡し、使い方を覚えさせて、メル友になってもらいたいくらいだ。リモコンを使ったビデオのGコード予約も、CDラジカセの使い方もあっさり覚えた祖父だから、きっといいメル友になるに違いない。「gensaku@docomo.ne.jp」などというメアドにして。 うちの祖父もやればできるはずである。冗談のつもりで買っていった「Newton」も「サライ」もめがねをかけて隅々まで読んで「面白かった」と言う80歳なんだから。 話がそれたが、ダウンロードする曲を全部ラブソングにしてしまったのも失敗だった。自分で自分の携帯を鳴らすと、ラブソング着メロは非ラブソング着メロに比べて100倍は悲しい。だったらもともと携帯に入っている「おもちゃの兵隊」(テレビの3分クッキングの音楽)とかを着信音にすればいいのだが、それだとせっかくダウンロードした自分がますますみじめになるのでそうすることもできない。 最近ロンドンブーツの番組で、別人になりすまして自分の彼氏と携帯メル友になり、彼氏が浮気するかどうかを試すという試みをやっている。あんな風に私も別人のようなアドレス名にして、全くの別人になりすまして知り合いにメールを送ろうかなどというあぶない考えも浮かぶ今日この頃である。……ちゃんと友達に携帯メル友になってくれるよう頼もう。 ---- でもじーさんにメールをやらせるとしたら別だ。これ以上意義ある使い方はない。祖父が入院してから、どうして病院の中だけ通信孤島なのか不思議でしょうがない。 祖父と同じ病室にいる人はみんな肺癌で、日長一日寝転がってテレビを見ているだけだ。暇で仕方ないし、みんな家族の声を聞きたがっている。祖父はもともと耳が悪くて、癌のせいで声もかなりつぶれてしまっているので、電話はとてもかけられない。 たとえ無理に祖母しかいない自宅へ電話をかけたところで、耳の悪い祖母に声の出ない祖父が話をするのは非常につらい。メールがあれば、と思う。 病院の中が携帯不可でさえなければ、あるいは何らかの形で接続できる環境があれば、私は祖父に間違いなくドコモのエクシーレかポケットポストペットかi-mode端末を渡してメールのやり方を教えるのに。祖父の暇つぶしになって大変良いはずである。gensaku@(80)がWWWに華々しくデビューするのだ。 そうすれば、私たち兄弟も両親もみんなメールができるから、「subject:じいちゃん元気?」「件名:畑の大根、発育順調」などのメールが送れるわけだ。祖父も「件名:びょういんのおまま(注・食事のこと)はまずい」「件名:きょうかえれる」などのメールが送れて意思表示できる。 ネットワークは本来、こういう用途のためにあるべきだと思う。どうして病院にいる人たちが取り残されているのか、私は不思議でしょうがない。病院や老人ホームにネットをがんがん導入してみんな孫や子供とメールをやりとりすればよいのだ。寝たきりの人だってネットができれば、遠くの同じような寝たきりの人とチャットができるじゃないか。
私のような、手段が目的より先に立つような使い方ではなくて、本当に命をつなぐ人間関係を橋渡しするようなネットワークの使い方ができれば最高なんだろうなあ。ほぼ日のガンジーさんのように、うちのガンジーさんにもネットがあればいいのに。 |
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| 00/10/18(水) am | この世で最も面倒くさいもの |
癒しのためにヘビの絵を描いてみた。色が派手すぎてあんまりヘビには見えないけど。 やっぱり個人授業は普段の倍疲れる。もともと手のかかる、へそを曲げやすい生徒を相手にするからいつも以上に気を使うのはもちろんである。それに加えて、生徒が期待を持って自分の授業を受けていると思うと妙にプレッシャーがかかって本当に疲れた。 その上、上司が生徒を妙にからかうので、私がさらに振る舞い方に気をつけないといけなくなってしまうのだ。女性ならではのねちっこいからかい方で参ってしまう。 これが「あはは、いやですよ部長!」的ないなし方のできる生徒ならいいが、私の受け持つ生徒は大概冗談が通じずむきになり、冗談で暗示さえかかる(これが困る)タイプだから本当に困る。
上司「○○(連打屋の本名)先生、チヒロ君、今日はもう4時から来て待ってたんですよー」 などというやりとりを繰り広げていた。 (おいおい、赤い顔で否定してるよ……勘弁してくれ……たのむ、暗示にだけはかからないでくれ。めんどくさいから) 生徒の好意の座標軸を大幅にずらしてしまいそうなからかい方は迷惑なのでやめて欲しいものである。しゃれにならない。今後帰り道で待ち伏せられたりするようなことになったら上司のせいだ。 英語も数学も全くやろうとしない生徒が古典ばっかりやってるというのはどういう状態なのか、私の言うことだけは素直に聞くというのはどういう状態なのかをよく見極めてからからかってください、上司。 そういう強い暗示系のからかいで半分暗示にかかりかけている生徒を普通に戻すためには、結局私にしわ寄せが来るということを考えて欲しい。その日の授業は本当に距離の取り方が難しいことになってしまった。胃が痛くなった。ああ、めんどくさい。
とにかくこれで、マンツーマン授業は本当によく気をつけて臨まねばならないということを改めて自覚した。私がわからない人間なら良かったのだが、他人との距離感覚は敏感なのでとても見のがしたりはできない。 ---- |
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| 00/10/16(月) am | やっぱり理由を知りたい |
| 今日は貴重な休みだったのだが、何して過ごそうかと思っている間に寝てしまい、あっという間に1日が終わってしまった。
本来ならもっと暇があるはずの院生活だが、私の場合は公務員の友人より休日数が少ない。労働時間のトータル数は社会人に比べ少ないが、まるまる休める日の少ないことといったらない。しかも、休みの時間でも添削などがあるので結局休みでなかったりする。 昨日は1日中アルバイトで、午前中は河合塾の採点会議、午後から夜にかけてはずっと塾だった。 塾では、早速マサトシ君のマンツーマン授業1回目であった。そしてさらに、来週の月曜からチヒロ君のマンツーマン指導もやることになってしまった。 ---- 何度も書いていることだが、私という人間は、よりによって第一印象で「うわ、何か怖い」と思う生徒に特に好かれるのだ。往々にして。 マンツーマン指導は時給が高くて嬉しいのだが、反面、そういう生徒が相手なので何だか怖い。 「教師が生徒を怖がっていてどうする」と怒る人もいるかも知れないが、もちろん怖さを感じていることはおくびにも出さない。私は嘘の天才だ。自分をごまかすのなんて朝飯前なので、どんな生徒にも分け隔てなく快活に振る舞うことくらいはできる。 しかし、「生徒は教師の本心(本性)を簡単に見抜いてしまう」ということはよく言われることである。だからマサトシ君にしろチヒロ君にしろいずれ私の本心を見抜いて離れていってくれることを希望したいのだが、どういうわけかすっかり常連になってしまって一向にそういう気配は見えない。 私はそんなに嘘がうまいのだろうか。それとも私の内部には自虐的なまでの博愛精神とか母性とかが宿っているとでも言うのか。いずれにしろ自分の才能が恐ろしい限りである。 いや、問題はやっぱり私が怖さを感じるということであろう。これが解消されれば私のバイトライフも少しは楽になるに違いない。 タイプを分析すると、この生徒達はみんな感情表現に乏しいという点が共通している。自分が思っていることをあまり口にも表情にも出さない。つまり、何を考えているかさっぱりわからないのだ。 何を考えているかわからない……これほど恐ろしいことがあるだろうか。私はこのせいで着ぐるみが嫌いなのだ。着ぐるみの表情はいつも同じだけれど、もしかするとあのばかでかい頭の中の本当の顔は、不動明王のように激怒メラメラかもしれないのだから。 同じ理屈で、私はフィードバックに乏しい生徒が怖くてならない。この教え方で本当にいいのか、今ので本当にわかったのか、こういう接し方で大丈夫なのか、そういうのは生徒の表情とか声の調子で読みとっているのだが、このタイプの男子生徒はもう本当に何だかわからない。 だから、こっちとしては不安ながらも「ええい、ままよ!」と心の中で呟き、ええいままよ!な心境で接することになるのだが、それでも生徒はついてくるのでますます何だかわからなくなってくるのである。 とりあえずやっているのは、「ほめる」「はげます」「ちょっと厳しく」の3つしかなく、これは他の生徒も全く変わらない。しかも内心怖がりながらやっているのである。それがどうして家に帰ってお母さんに「すごくよかった」などと報告するほどのことになってしまうのかよくわからない。 ---- 勉強したことのない身にはさぞかし辛かろうに、いきなり動詞の活用などをやらされ、たくさん問題が出てきても不満を言わずに素直に頑張っている。その態度は感動的、涙ぐましいの一言につきるのでとにかくほめてみる。 それでも私にとってはやっぱり醸し出す雰囲気やら何やらが怖い……例をあげるならオレンジ色のサングラスとかが怖かった。こういう生徒になぜ自分が受けているのかがやっぱりわからない。 人一倍手がかかる甘えん坊の生徒が多いと、そのぶん時給の高いマンツーマン授業に持ち込めるからバイト的にはおいしい。しかし理由がわからないのはやっぱり怖い。真剣な悩みである。なぜこうなるのか、誰か理由を教えて欲しい。 絶対何かあると思うのだ。ひ弱な似非文学青年が白いワンピースを着た薄幸の美少女にころっとやられるように、毒たっぷりの屈折男が藤崎奈々子タイプ(ぽーっとしてるのは外見だけで、中身は相当にしたたかな)にころっとやられるように、何か見えないからくりがあるのに違いないのだ。それが私にはわからないから、誰かに教えてもらいたい。 ---- 自分が好かれるタイプを徹底的に割り出して、接し方も徹底研究する。そしてそのタイプのみをターゲットに絞ってカモを探すのである。 カモがうまく見つかり、一度こっちのペースにはめてしまえば、あとは手綱を握られた暴れ馬状態になるので意外と簡単に100万や200万……って、だめだだめだ。 |
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| 00/10/13(金) am | いいと思ったら迷わず |
| ホームページ作成のバイトをしていてひとつわかったことがある。
それは「自分がいいと思ったことはとりあえずやってみる」ということだ。それがとても大事だということがわかった。 同じバイトで非常に我の強い人がいて、「いいサイトとはこうなんだ! オレタチの仕事ってのはこうなんだ!」的なものを周りに押しつけるので、たびたびそのせいで仕事が滞っている。上司もいろいろ文句を言われるので恐れて下手に出る始末(何しろ仕事を頼まれているのに「オレはそういうこと嫌いだから」などと平気で口にするのだ)。 私はWYSIWYG思考なので、タグから発想するその人とは全く意見が合わない。そのせいか、デザインに対する美意識も一致しない。しかも向こうの方が態度がでかいので、私は思い通りのことをやらせてもらえない環境にある。 じゃあその人の作ったものから何か学ぶものがあるかというと、見た目的には全くない。しかもウインドウズオンリーの人だからマック環境でどう見えるかとかネットスケープでどう見えるかとかあまり考えてくれない。 しょうがないから、私はその人が来ない日に勝手にサイトを作り変える。チームとしての連携を考えれば本当はその人に逐一連絡しながら作業したいところなのだが、それをやると「オレはそんなことやらないけどね」攻撃が来るのでめんどくさいのだ。 で、今日はひとりで作業をする日だったので、気合いを入れてレイアウトを作り替えた。といっても文字の大きさや配置をいじくる程度なのだが、とにかく今までのレイアウトが見づらくて見づらくて、我慢がならなかったのである。例の同僚は気にならないようだったが私は気になってしょうがない。 来週その人が来たら何を言われるかわからないが、とりあえずやってやれと思って思い通りやってみた(まだまだ満足にはほど遠かったけど少しはマシになった)。 上司に見せた。すると、上司のウケはなかなかよい。先週反乱のつもりでこっそり手直ししておいたところもほめられて、やっぱりそうかという手応えがあった。 上司はデザインなどはあまりやったことのない素人だけれど、最近わかったのは、何の先入観もない素人が見て「これいい!」と思うものがベストだということだ。それと、私が「○○だといいなあ」と何の理屈もなく思ったことは何がどうあってもまず一度実行してみるべきだということである。 たとえうるさい頭でっかちが「文字は画像にする意味がない」だの「オレだったらそんなことはしないけどね」だのしたり顔で言ったとしても、アクセスしたビジターが一目見て「これいい」と思ってくれたら私の勝ちなのだから。 これはたぶん何もバイトだけじゃなくて、他のいろいろなことに通じるんだろうと思う。どんな破天荒なことでも、私がいいと思ったことはきっと迷わずやってみた方がいいのだ。その方が評価が高いということもあるかもしれない。 ---- |
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| 00/10/13(金) am | 濃すぎて食中毒 |
| 実家に帰りすぎているせいか、夜あまり起きていられなくなった。実家は早寝早起きなので、私の生活リズムが矯正されているらしい。
今は遅くても2時半には寝てしまう。前は6時就寝とか平気だったのに、今は1時過ぎると眠くてついついベッドに入り、そこへ昨日もらったアイピローが近くにあったりするとラベンダーの香りで一気に寝てしまう。 よく知らないが、ラベンダーは強烈なリラックス効果があるような気がする。不眠症にさぞかしよく効くに違いない。何より、余裕をもってバイトに行けるのが嬉しい。 最近、働いてお金を稼げるのが嬉しくてしょうがない。自分の能力が、お金という目に見える、しかも使えるものではっきり評価してもらえるのだから。他人の反応とか行為とか、相手の心理状態によって激しく増減するもので評価されるのとは全く違う。 相手との恋愛関係とか夫婦関係とか師弟関係とか、そういう曖昧なものでしか自分の位置がわからない人よりずっといい。人間関係なんて、いつどうひっくり返るかわからないのだ。 いちばん身近にいて支えてくれる人だわ、などと考えたところで、人の心は丸い形の水時計のようなもので、状況次第では正反対に回転してしまう。重力の方向そのものが変わってしまったりする。こっちが変化していなくても勝手にそうなってしまうことがある。 そういうものを全く排除しようとは思わないけれど、そういうものをメインにしてすがりついていくような真似は絶対にしたくない。祖父との関係にすがりつかなければ生きていけない祖母や、婚約者との関係がなければどうなるかわからない妹の姿を見ていると本当にそう思う。 もちろん、血縁は違う。「血がつながっている」ということは物理的な関係の保証になる。近親相姦の心理は私には全く理解できないけれど、自分の血族とそういうことになるほど強い関係もないのかもしれない。どうあっても相手と自分は赤の他人にはなれないのだから。 うわっ怖い。考えたら気持ち悪くなってしまった。近親相姦は関係が濃すぎて、ほとんどの人は食あたりする(食中毒になる)に違いない。だからタブーになったのかも。 やっぱり恋愛関係は、全くの他人同士が「あんなやつどうでもいいや」と思えるようになれるチャンネルをある程度は持ち続けたまま繰り広げるくらいでないと、関係が濃くなり過ぎてダメなのだろう。壊れたとき、頭がおかしくならないように。 あれ? 何の話をしているんだ? ---- |
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| 00/10/12(木) am | また小ネタ |
(その1)山形から帰ってきた。 最近、もうどっちが自分の本拠地かわからなくなっている。気が休まるのは当然仙台なんだけど、時間的には向こうに行っている時間がこっちにいる時間とほとんど同じになりつつある。 実家の台所の食器の位置や、家族がそれぞれ使っているお椀の柄をほぼ完璧に覚えてしまってますますそのことを自覚した。 (その2)浜崎あゆみの曲で、 「恋人たちはとても幸せそうに手をつないで歩いているからね、まるですべてのことがうまくいってるかのように見えるよね? ……本当は二人しか知らない」 という歌詞があったけど、全くその通りなんだなあと思う今日この頃。バカップルの裏側は壮絶な修羅場ということもあるわけですね。背中にナイフを突きつけられながらキスすることもあるのかと思うと今度は私が生理的嫌悪感で吐きそう。 結局狐と狸の化かし合いだ。馬鹿馬鹿しいので、山寺にでも行きたい。 (その3)久しぶりにともだちと会ったら、アイピローと雷おこしをもらった。とても嬉しい。 アイピローは白いタオル地で、平べったく、イルカの形で目が離れていて、しかもおなかにラベンダーの香りが入っていて最高。どうして私の好みがわかるのか不思議でならない。 (その4)遠くに住む友人と電話で話した。 つくづく、私の周りには私と同じ志向の人がいないのだと思い知る。こういう状況は、私にとって常につきまとっていたものだ。同じような傾向を持った集団に入ったつもりで、最初はその傾向に一致していたのに、長くても2〜3年で不適応に陥り(ひどいときは数ヶ月)、最終的にはどうしようもない孤立の中で裏街道をひた走るような状況になってしまう。 集団の中では同じ感慨を分かち合える人もなく、同じ苦労をしている仲間もなく、自分のやっていることを積極的に理解してくれる人もなく、自分だけがそれをやっている状況を長期間耐えるという過程を経て、「離脱」のような形で集団を離れる。慣れてるなあこういう感じ、と時々思う。 なぜみんな、変わらずに同じ事を繰り返していられるんだろう? |
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| 00/10/8(日) am | 再び小ネタ |
| (その1)スーパーに自転車を止めて、買い物が終わって自転車に乗ろうと戻ってきたら、私の自転車の前輪のそばに、空っぽのたばこの箱がつぶれて転がっていた。祖父が吸っているたばこの紙箱だった。
自動販売機では絶対売っていない、タールとニコチンの量が多い、古くてマイナーな銘柄のたばこなので、どうしてそこにあるのか不思議なくらいだった。少なくとも、仙台に来てからは売っている店を見たことがない。 ぐしゃぐしゃになって転がっているたばこの箱を見たら、すぐに祖父を思いだして、早く実家に帰れってことかな、と思った。 (その2)バイトの帰り、信号待ちでおかしな体勢で止まっているカップル発見。 お互い身を乗り出した体勢で止まっているので何事かと思ったらキスしているのだった。私は彼らの反対側を自転車で通り過ぎていったのだが、30秒くらい全く動かない。同じ側を通り過ぎずに済んで良かった。それにしても、人間は変な生き物だ。 (その3)バイト先の塾では、最近勉強を見るようになったマサトシ君が私を気に入ったらしく、また授業時間が増えることになった。 マサトシ君は見た目ちょっと怖い感じで、勉強は全くやっていないタイプである。以前から上司に「マサトシ君は、○○先生(連打屋)とか××先生(慶応卒の繊細な感じの先生)とか、ちょっと頭の切れそうな、優等生タイプの先生に変な先入観があって」と言われているような生徒で、比較的できない子に人気がある先生(できない子を優しく包む癒し系の先生)ばかり指名していたのであった。 しかしこの間、ちょうど定期テストの直前で、古文のテスト勉強のために私の集団家庭教師形式のクラスへやむを得ずマサトシ君が入ってきたのであった(古文はもうその時間しかない、としつこく上司に言われたらしい)。 私はそういう子の心のスキマに入り込む努力までできるほど現在心の余裕がないので(というか嫌われているようなのであまりしつこくしない方針に決め)、その時間はとりあえずマサトシ君が試験でなるべくいい点を取れるように試験範囲のプリントを見て解き方を教えただけである。全く力は入れていない。 ところがなぜかそんなのが予想外にウケが良く、マサトシ君は家に帰ってお母さんに「すごくわかりやすかった」と話したらしい。普段勉強をしない息子がいきなりそんなことを言い出したのでお母さんはびっくりしたのか、すぐに上司に電話してきたそうである。 (あまり性格合わないと思ったんだけどなんでそんなにうけたんだろう?) たぶん、今まで同じタイプの先生にばかり習っていたので、何かよくわからないが私とのやりとりで衝撃があったんだろうけど、言われて私も意外だった。 マサトシ君は来週からマンツーマンで私が勉強を見ることになるらしい。上司からは、「90分の授業だけど、マサトシ君は根気が続かないから45分ごとで5分休憩を入れてあげて」と言われた。 以前、軽く問題児なチヒロ君の勉強を見て更正させたことがあったけど、今度も私は勉強しないマサトシ君を更正させる役目を負うらしい。こういう子はやらせると割に飲み込みが早いので比較的楽だが、意外と繊細でもあるのでモチベーションを保つことが同時に重要である。 しかも今までの感じだと授業の印象などはすべてお母さんに筒抜けているらしいから細心の注意が必要だ(だからといって他の生徒を適当にやっているってわけじゃないが)。 私は自分があまりよくない印象を抱いたり、「相性はよくなさそう、嫌われるかも」と思った生徒に妙にうける。男子生徒の場合は大概、表からみるとひとくせありそうで、裏は甘えん坊な生徒ばかり(マザコンおよびシスコンが多い)なのだが、自分でもなぜなのか理由がわからない。おかしい。 生徒に教え方を評価されるのは嬉しいことだが、反面、こういうマニアックな受け方だから自分の定めをみるようで時々悲しい。 |
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| 00/10/7(土) am | 小ネタ |
| (その1)最近、本当に更新が滞っている。
これはつまり私が家の事情で実家にに帰ってばかりいるからなのだが、メールの返事も滞るからこれは本格的に何か考えねばと思う。
うーん。私としては、条件として次のようなものを満たせばよい。
どなたか、良い案があればアドバイス下さい。今のところ、モバイルPCを買おうかなと考慮中。 (その2)実家に帰るたび、深夜にケーブルテレビでエヴァンゲリオンをやっているのでついつい見てしまう。 「潔癖性はね、人の間で生きていくのが辛いのよ」 などと言われ、夜中にアイスを食べながらぞっとする。全くその通り。 (その3)受けようと思ったTOEICの日にちが妹の結婚式とかち合って愕然とする。11月は資格シーズンなのでそういうこともありえるとは思ったが。仕方がないので、1月の試験を受けることにする。 12月になったら、去年だめだった色彩検定1級の2次試験をもう一度受けるつもりである。ここ1年半くらいで資格を3つ取ったが、そのおかげで学校の勉強以外に何か有用な勉強をしていないと落ち着かなくなってしまった。 1年半で3つというペースを考えると、大学の4年間、なんて時間を無駄にしていたんだろうと思う。資格が8つとれたはずの貴重な時間を、毒にも薬にもならない勉強に費やしてしまった。 どうしようもなくひどい環境に放り込まれていたのに、4年もの間素直に従っていた自分が悲しい。もっと早く気づくべきだった、ここは自分の場所ではないと。 何となく気づいたのは3年目で、むりやりそこから引き離されたのは5年目で、辛いと思ったこともあったが今考えてみるとああいう荒療治で良かったんだろうと思えるから不思議だ。自分の人生が何か大きな手で捕まれ、今までと違う流れの中に置かれるようなあの感じは、今度いつ来るのだろう。 毒にも薬にもならなかった大学4年間を思い返してみても、よく見れば仕事の効率的な進め方とか、ダメ人間の見分け方とかが学べたからそれはそれで良かったのだ。……ものは考えよう。 |
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| 00/10/2(月) pm | 明日は山形出張 |
今日は長い長い1日だった。 学校でちょっとした発表があったのだが、素材となる文章は前から読んでいたとはいえ本格的な準備を始めたのが2週間前。本来なら時間がかかるはずの論文集めを始めたのが6日前くらいからである。選んだテーマがマイナーで先行論文の絶対数が少なかったから良かったようなものの、余裕で落第レベルの勉強の仕方であることは言うまでもない。書いてる自分が恥ずかしい。 じーちゃんの病気で頻繁に実家に帰っていたせいとはいえ、さすがにあんまりだろうと思いながら準備を始めた。時間がない。だから本のはじめの方の少ない範囲を取り扱うしかなく、さらには先行する研究論文が多いのはまずいから、なるべくマイナーなネタで。方法も難しいことを考えずに数量調査できるものをやるしかない。 というわけで、始める前からテーマ選びにかなり制限を加えるというめちゃくちゃなやり方で一応勉強を始めた。だが、何しろバイトもあるしさっぱり進まない。集めた資料を読んだりメモを書いたりしてはいたものの、まとまった資料のとりまとめとか、原稿作りに全く手をつけないままに前日(昨日なんだけど)になってしまった。しょうがないからまる1日で何とか見られるようにして、当日(今日だったんだけど)の昼近くまでパソコンで資料を作っている始末。発表当日までパソコンのキーをたたいていたのは初めてであった。 ところが、いざ作った資料をプリントアウトしようとするとエラーが起きて、プリントできない。プリントしようとするとフリーズ、再起動、プリント、そしてフリーズ。すでに発表の4時間前である。これから切り貼りが必要なのに。 これはもう学校でプリントするしかない。青くなりながら急いで学校に行って助手さんに挨拶すると、助手さんが「よかった! 心配で今家に電話したの」と言った。先生も気になさっていたから、と言われ、さらに焦る。この先、祖父や祖母のことでいろいろ迷惑をかけてしまうかもしれないのに、今のうちから印象が悪いのはさすがに避けたい。 とにかくプリントである。使ったこともないウインドウズのワードを使い、助手さんの手をわずらわせながらやっとのことで、資料のプリントアウト完了。青くなりながら資料をコピーし切り貼りしているかたわらで、ちょうどやってきた親切な友人にできあがった分を印刷してもらう(印刷を人にやってもらうようなマネも初めて)。そして、ちゃんとできあがった資料を下読みしたのは発表20分前。 自分でもあんまりだと思った。準備の仕方がここまでぶざまなのは初めてであった。テーマの選び方も準備の進め方もものすごく不本意(というか、もはや「失礼」の域に達している)な状態で臨んだのに、発表の結果は、大学生活の中でもいちばんの好感触だった。アホ学生の私も先生に認められることがあるのね、と思った。何故だ。 ---- 思えばそれは大学受験もそうだった。高校時代たくさん模擬試験を受けたけど、いちばん結果の良かった模擬試験は高熱をおして無理矢理受けた志望大のオープン模試だった(模試が良かったのに、受験本番はダメだったし)。バイト先の塾でも、特に力を入れて教えているわけでもない生徒(しかも性格的にはたぶん合わない)に好かれる。 ああ、私はきっと、自分が好きなものとの関係がうまく行かないのに違いない。やっぱり。最近豆腐ドーナツを好きになって、ドーナツ屋にわざわざ買いに行くのに、好きになってからはいつもいつも売り切れ。槇原敬之の曲を急激に好きになり始めたと思ったら音楽活動停止。……運命だ。これはさだめなのだ、きっと。 私はお見合いで結婚相手を選ぶことにしよう。何かすごく気乗りしない感じの見合いをするのだ。例えば、親類のおばちゃんの紹介とか。べたべたで不愉快な設定の中にこそ何かが潜んでいるに違いない。そして何だかものすごく好きになれないんだけどとりあえず結婚してしまうのだ。絶句してしまうような感じの悪い相手と結婚すれば予想外の幸せが訪れる運命なのかもしれない。 いやでもこれはいくらなんでもあんまりだ。悲劇ではないか。結構幸せなのに一緒に居る相手は好きでも何でもなく、そして「この人結構いい奴かも」と思い始めたら即座に縁が切れるのだ。好きになり始めたら相手はいきなり急死とかするに違いない。本当にそれはもうあんまりな運命だ。 神様。この問題だけは私にもどうぞ人並みなやり方で解決させてやってください。 |
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| 00/10/1(日) pm | グローバルビジネス社会のための |
最近、教育テレビの深夜の英会話番組が好きだ。グローバルビジネス社会のための英会話ということで、設定が何かやたらエグゼクティブで良い。 外資系企業で管理職になって今日は部下の勤務評価とか、海外で企業の代表とミーティング、とか、英語でプレゼンテーション、とか。そして最後には必ず「グローバルビジネス社会で成功するための秘訣」ということで、ミーティングやプレゼンや勤務評価のコツと模範的な例を教えてもらえるのである。これに関してはバイトとかに直に生きるからちょっとオトク。 グローバルビジネスなんて、私には今後絶対起こり得ないシチュエーションではあるが、こういう状況の中で英語を使うことができるのなら英会話を学ぶのも楽しそうだと思う。学べば儲かり、人脈が広がるなんてわくわくする。使う場もないのに、ただ道楽で英会話をするのは嫌なのだ。やる以上は手段として使いこなしたい。 髪と目の色の違う人と、英語で大喧嘩をしてみたい。もちろん、汚い言葉を一切使わず論理的に応酬するのだ。でなければ、哲学的な会話とか、芸術についての会話とかをしてみたい。 エジプト人とモンゴル人と日本人の私とキューバ人が円卓に座り、英語で「寝るときはどんな格好をするか」「目玉焼きをどんな風に食べるか」というようなことをテーマに激論をたたかわせたい。日焼けしたキューバ人の腕をひっつかんで「いや、絶対しょうゆだ!」などと英語で絶叫したりしたらさぞいい気分だろう。 そういう場面なんて今後一生あり得ないから、私が英会話に行くことはまずないだろうなあ。 |
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