祖父の葬式で、小さい頃からよく知っている近所のおばちゃんが、火葬と葬儀の間の留守番をしていてくれた。
私と祖母が帰ってきてからふたりで「おかげでいいお葬式ができました」とおばちゃんに挨拶したら、おばちゃんが私に、
「おばさになんなよ」
と言った。「おばさ」というのは山形弁で、未婚のまま年老いてしまった女性……つまり「行かず後家」のことを言うらしい。
一体どういうことだろう、と思っていたら、
「おばさになった人の葬式なんてみじめなもんだ。親戚に行いが立派ですばらしい人がいたけど、おばさだから葬式なんて惨めなもんだった。旦那も子供もいなかったら、葬式なんて誰も来ない。どんなに立派だって、結婚しなけりゃみじめなもんだ」
とおばちゃんが言った。
何か重たい物をぶつけられたようで、私はこの言葉が忘れられない。
そういえば昔、私は母からも何度か似たような話を聞いたことがある。
ひとりっきり残された母親の面倒を一生懸命見ているうちに婚期を逃し、それでも一生懸命働くうちに子宮癌におかされ、最後には母も失ってひとりで癌と闘うことになった年輩の女性教師のこと。
両親の面倒を見て二人が死ぬまでしっかり見届け、自分は婚期を逃したまま未婚で年老いて死に、葬式に十数人しか訪れなかったという老女の話。
そしてそれらのみじめさを語った後で最後に母は「結婚しないなんていけない。やっぱり他人がやることは自分もやらなきゃいけないんだ」と言うのだ。
惨めな話なら私も身近で見て知っている。母方の実家の隣の家に、両親と娘3人の家族がいた。次女と三女はさっさと家を出て、長女が家に残った。長女は両親から結婚相手の条件として、自分たちと同居してくれる人ということを提示していた。
案の定長女はいつまでたっても結婚できなかった。30代も後半の後半でやっと、風采の上がらない中年男と結婚した。2年後、もう40近くなって子供が産まれたが、高齢出産のせいか子供には聴覚障害があった。つらい話だ。
妹が結婚したせいか、そしてその妹と私のキャラのギャップがあまりにも大きすぎるせいか、私には最近ものすごいプレッシャーがかかりはじめている。
いっそのこと、「同性愛者なんで、異性に興味ないんですすいません」などと作り話をでっちあげて、みんながこういう話をしづらい雰囲気でもつくっちゃおうかなぁなんて真面目に考えているほどである。
同時にかかりはじめているのが、「オレタチの面倒を見てくれ」という親からの無言のプレッシャーである。
---- 私の父は、両親のために関東の大学への進学・就職をあきらめた人である。大学四年の時、IBMから就職の誘いがあったのに蹴ったらしい(何ともったいない)。
そんな父は、自分の老後を子供のうち誰かがきっちり面倒見てくれるものだと独り決めしていて、子供に対する依存心が非常に強い。子にしてみれば迷惑な話である。私が帰ると、私にべったり甘えてくるのでうざったくて仕方ない。
何だかんだ言っても私は長女で、結婚したとはいえ子供っぽいままの妹は、家事においても親戚との付き合い方でも全くあてにならない。遠くに住んでいるはずの私が、帰るとコマネズミのように働かざるを得なくなる。責任も重く、母は体調が悪いし、父は私に甘えてくるし、全く身動きがとれなくなる。
地元に就職するという選択肢を私が最後に残しているのは、そういう事情があるからである。未来が見えるのだ。長男である弟が家を出て東京に行き、私が実家に帰れば、両親と祖母が私にべったり寄りかかるだろう。職場のストレスで体をぶっ壊すだけぶっ壊した父と、舅姑・自分の母の介護で体がおかしくなった母と、軽く痴呆の入ってきたりなんかする祖母が、尻拭いしてとみんな私の両肩に覆い被さってくる。
そのころ弟は東京で就職する。そして長男業務の放棄。
私はたぶん両親達を支え続けるために猛烈に働くのだろうが、年寄り3人抱えて血走った目で働く女に寄りつく男などいるはずもない。運良く誰かと付き合うことになっても、付き合った途端に「うちにはおばあちゃんとお父さんとお母さんがいて大変なの」と言われ、その年寄り3人ともがみんな病気持ちだったりしたら、誰でもしりごみするに決まってる。
私は案の定「おばさ」になり、3人があの世に旅立つのを見送った後は、癌にむしばまれひとりで闘病し、ひとり惨めに死ぬだけである。そして数少ない会葬者に「オールドミスの葬式なんて惨めなもんだね」なんて嘲笑されるのだ。
そういう結末がよく見えるので、あまりの恐ろしさに私はできるだけ実家に入りたくない。
---- 仙台に戻ってくるとき、私は父親にクギを刺した。
「いい、お父さん。娘を「おばさ」にしたくなかったら、子供をあてにしないで自分の体調管理くらい自分でやって。私が最後まで面倒見てくれると思ったら大間違いだからね。私は私のことをきちんとしなくちゃいけないの。お父さん達がそれをさせなかったら、私は確実に惨めな葬式だからね。娘にそういう人生を送らせたい?」
母は、確かにそういう事態があり得ることをよくわかっているので、私の言葉をちゃんと承諾してくれた。だが父は返事をしなかった。
私がどんな状況でも簡単に結婚相手を捕まえてくるほど甲斐性のある人間だったら別だが、残念ながら私はそういう人間ではない。だから私は家に入って支えることなどできないのだ。
近所のおばちゃんにしても、母にしても、私のキャラにそういうところが見え隠れしているからこそ、危惧して「惨めな葬式話」を語って聞かせるのである。だが肝心の父は全くわかっていない。一体何を考えているのかと頭が痛くなる。
---- たぶん、この「情」にほだされずにきちんと自分の意志を通さないと、私はいい人生を送れないように思う。犠牲死のように生きていくのはいくら何でも嫌だ。親もそれを望まないだろう…と思っていると、意外と親はそれを望んでいたりするからたちが悪い。
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