| 今週の火曜から金曜まで帰省していて、金曜の午前中にやっとこっちに帰ってきたのに、また明日帰省しなければならない。
なぜなら、今度は母方の祖母が入院したからだ。この祖母は去年も余命半年の宣告を受けていたが、今度も宣告を受けた。2度目の余命宣告は、「あと1ヶ月」。
母が大怪我をして入院が2ヶ月目に入ったこの6月はじめから1ヶ月ばかりで、急速に体調が悪化していったようだ。最近2週間ほどは、何も食べ物をとることができず、家を閉めきってただ寝ているだけの生活をしていたらしい。90近い祖母が、たったひとりで、何も食べることもできずにひとりでベッドで眠り続けていた日々を想像すると、胸が痛くなる。
祖母の痩せ方は尋常ではなかったらしい。定期的に医者に診てもらっているのだが、10日ほど前、診てもらってそのまま点滴を打つことになった。点滴は4日続いた。そのあたりで、見かねた知人が、祖母の長男であり母の兄にあたる伯父に電話をかけたらしい。母の所は母を入れて四人兄弟で、この伯父は長男である。上に男二人、その下に女二人の四人兄弟だ。
私に言わせれば、祖母を嫌い、何十年もずっと長男としての責務や祖母への責任を全くほったらかしにしてきた伯父である。昔から全く実家に寄りつかなかった。神奈川に住んで家も持っており、経済的にそんなに苦しいはずはないのに何年も祖母に会いに来ない。祖母が癌の手術をした時とか、ごくたまにお盆に来るくらいである。だいたい何年かに一度のペースだ。
母の話では、伯父は祖母のようなタイプの女性(要するに、しっかりした意志強き、言い換えれば頑固で我の強い女性ってことだが)が嫌いだとかで、結婚相手も祖母のようなタイプでない女性を選んだという徹底ぶり。その証拠に、確かに伯父が伴侶として選んだ伯母は全くのんびりしていて、何をするにもあまり気が利かず、動作が遅いという、全く祖母の性格を裏返したような人である。
その伯父に、今度ばかりは連絡が来た。それも、いつものような弟妹たちからの連絡ではなく、いくら自分も知っているとはいえずっと連絡すら取っていなかった祖母の知人からである。祖母の状態があまりにひどいから、長男である伯父から、病状を医者に確かめて欲しいという電話だったらしい。
いつものごとく、伯父は渋っていたのだろう。すると今度は、すぐ下の伯父が伯父に電話をかけてきたらしい。
祖母が点滴を受けるような状態になる前に、母のすぐ上の伯母が心配して祖母の様子を見に来て、家の散らかった様子や祖母の憔悴した感じを下の伯父に話していた。その内容を受けて、伯父に苦言を呈するための電話だった。
今まではずっと近くにいた私たちの家が祖母の面倒を見ていたが、母が入院している今そっちを頼るわけには行かない、いい加減長男である伯父が出ていくべきだろう、というような内容のことを下の伯父は電話で言ったようだ。
伯父はさすがに出て行かざるを得なくなった。ところが、あろうことか伯父は祖母宅に1時間ほどしか滞在せず、近くの宿泊施設に一泊し、「元気だったから」という理由で医者から話も聞かずに帰ってきてしまった。
それで祖母の病状はよくわからなかったのだが、昨日うちの母が退院するのと入れ替わるように、今度は祖母が医者に診てもらってそのまま入院することとなってしまった。いったん家に戻っていた伯母も、上の伯父も祖母の家に集まった。もちろん、退院したばかりの母も父と一緒に祖母の家に行き、入院した祖母を見舞った。
「顔がしわしわになって、別人のように痩せて、骨と皮ばかり」というのが、両親が私に伝えた今日の祖母の姿である。何だか本当に、たまらない。そんなに痩せてしまうまで、ひとりで家の中にいて、耐えていたんだなと思うとたまらない。
まだ若い私でも、ひとりで体調が悪くて寝ている時はひどく寂しい。祖母は賢い人だから、きっと自分の体調の悪さが普通でないことに気付いたはずだ。そんな予感と一緒にベッドに横たわって、2週間も寝ていることは私にはきっとできない。まして今回は、母が入院していたから、うちの方に助けを求めることもできなかったのだ。どんなに辛かっただろう。
上の伯父がたった一時間しか祖母の家に滞在せずに、たった一泊で、医者に話も聞かずに帰ってきてしまったということを私に伝えたのは父だった。そう伝えたあと、父はこう言った。
「『元気だったから』っていうけど、『元気』っていうのは何だろうな。点滴打ってるのが『元気』なんだろうか。じゃあ『元気』じゃなくなるときっていうのはいつかっていうと、本当にへたり込んで寝てるしかなくなる時だよなあ。あのおばあちゃんの場合、そうなったらもう死ぬ間際だよ。せっかくの親孝行のチャンスだっていうのに」
全く、その通りだと思った。要するに伯父はそういう当たり前な気遣いもできないくらい、祖母との間に溝があるのだろう。関わり合いたくないのかもしれない。結局、父が言っていた「本当にへたり込んで寝てるしかなくなる時」がこうしてやってきて、伯父は帰ってこざるを得なくなったわけだが。
そして、こうしてぎりぎりの命の期限を切られた時になって、やっと、祖母はひとりではなくなった。そういうのを見ていると、本当にたまらない。
ひとりで暮らすということは、半分以上、祖母の意志でやっていることだった。上の伯父は自分の持ち家に、ちゃんと祖母を迎え入れるための部屋を用意したらしい。それに祖母は応じず、頑固に山形に住み続けていたのだ。ある意味、祖母のわがままである。
確かに祖母は頑固で、他人の好意にうまく甘えることができない。心配して行っても、「どうして連絡してから来ない」と怒ることが多いし、扱いにくい。だけど、何も死ぬ1ヶ月前までひとり暮らしをさせておく必要はなかったんじゃないか。
長男である伯父夫婦は、二人とももう退職して、働いていない。子供だってもちろん自立している。そんな状況だったのは、伯父夫婦だけだったのだ。せめてこの2ヶ月だけ、母が入院して来られない間だけでも祖母のそばにいることはできなかったんだろうか。ついそんなことを考えてしまう。
でもそんなことを考えても、私だって、今からもう過剰に子供たちに依存しようとしている父の気持ちなどには、とても応じきれそうにないが。親の世話の問題は、本当に難しい。
---- とにかく明日は、祖母に会ってくる。祖母はいつ昏睡に陥るかわからないくらいやせ細っているのだそうである。話ができるうちに話をしておかなければいけないと父が言った。
去年の祖父の例で知っているが、癌にかかっている人の痩せ方というのは本当に無惨である。どんな姿でも、動揺してはいけない。私が最後に祖母に会ったのは5月のはじめで、全く変わった様子はなかったのだが、あの時の姿のつもりで行ってはいけないだろう。
ああもういやだ、こんなのばっかり。去年の祖父の癌と死。今年の春の母の大怪我。そして今度の母方の祖母の入院。どうしてこうも不幸が立て続けに起こるのか。我が家はお祓いでも受けるべきであろう。
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