| 実家に戻ってきた。ぼーっと2階に上がったら、棚の上に古いCDが何枚か置いてあって、その中に何とフランク・シナトラのベスト盤が紛れていた。
偶然、「FLY ME TO THE MOON」も入っていて得した気分である。誰も聴いていないようなので、もらって帰ろう。フランク・シナトラの曲はゴージャス感があって好きだ。
---- 私の母は、この3月で退職する。母の体調等を考えれば私は大賛成なのだが、ひとつ大きな問題がある。退職した後、母は一体家で何をしているのかということだ。
今まで母の生活は仕事が中心で、その次が家庭…つまり、私たち家族や、少し離れたところに住んでいた祖母(母の母)のことなどですべてが塗りつぶされていた。そういう生き方をもう30年も続けてきてしまっている。
それはどういうことかというと、仕事がなくなれば、家族以外の人間と接する機会が皆無である、ということなのだ。祖母は昨年亡くなったので、祖母の家に遊びに行くということすらなくなった。母がおおっぴらに外に出られる用事がなくなったのである。
私はこういう母の生活状態に前々から危機感を抱いていた。大体、同年代で気心の知れた女友達のひとりもいないなんて異常だ。職場の同年代の女性とはそりの合う人が見つからないようだし、いたとしてもそういう人を大事にしていたことがない。
結婚前は何人か仲の良い友達がいたようだが、そういう人と連絡を取り合うこともなく、ただただ自分の夫および家庭と、自らの実家の母親と、仕事だけの人生を過ごしていただなんて何かがおかしい。それは姑であるうちの祖母が気難しかったからだ、と母は言うが、私はそれだけが理由とは思えない。
明らかに、母はそういった友人関係を大事にしていなかったし、必要性も感じていなかったし、そういう自分に疑問を持つことすらなかったのである。女の人生って、そんなものなんだろうか。
夫が、真に自分のことを理解してくれるだろうか。一面的には理解可能でも、同性の友人しかわかり得ないことがたくさんあるはずだ。それは自分の母親とわかちあえるようなものですらなく、同じ年代で、同じスピードで、同じだけの残りの道のりを歩く予定の人たちとでなければ、リアルにわかちあえないだろう。
結婚すれば消滅するのが女の友情なんだろうか。…そうなんだろうなあ、たぶん。
どちらか片方に彼氏ができた時だって、女の友情はあっという間に風前の灯火になるから、仕方ないのかも知れない。だが女性の人生にとって、それは大きな損害だろうと思うのだ。
とにかく母には「何とか外に出て、友達を作ってね」と言っている。勤め先の上司の悪口や、仕事の内容だけが話題になる人間関係ではなく、もっと様々な事柄…例えば生きる上での悩みだとか、老後の計画とか、体調とか、そういうことをいろいろ話せる間柄の同性の友人を持って欲しい。
---- 同じような傾向は、私の父にもある。父の年代の人たちの友情とは奇妙だ。酒を橋渡しにしなければ成り立たないらしい。
疲れがたまってイライラし、ある夜父は夕食の時に母に職場の愚痴を言ったらしい。すると、母はヒステリックになにやら言い始めた。母は頭に怪我をしてから、疲労すると言動に理性がなくなる。たとえ母の問題でなくとも、母をいらつかせるような内容のことを口にすると母がキーキー言ってしょうがないので、父は何も言えなくなっていた。
私が父と母のいる部屋に入った時、父は真っ赤な、不機嫌そうな顔をして、刺身の皿を前にただ黙々と酒をあおっていた。
真っ赤な顔なのは、酒のせいではない。愚痴を言えないストレスと、母に八つ当たりされるストレスを飲み込んで、そのせいで血圧が非常に上がっているためだ。同じようにストレスが引き金で発症して5年以上も続いている慢性鼻炎の鼻をぐすぐすいわせながら、血圧の上がった仏頂面で酒を飲む父の姿は何とも無惨だった。
こんなことになるのは、父が愚痴を言う相手が母しかいないからだ。もしも、愚痴や悩みを言えるような友人が他にいれば、母がダメだから自分は不満を飲み込むしかない、などという馬鹿なことはしなくてよくなる。
「悩みを言える友達はいないの?」と聞いたら父は、「本当はうちで飲み会をしなければいけないのだが、母がああだからそんなことできない」と答えた。私にしてみれば、全く不可解な答えである。なぜ、飲み会を家で開催できないせいで友達と話ができないのだろうか? 別に、外に飲みに行ってもいいし、飲まずにラーメンを食べるだけでも友達と話はできるのではないか。だがそういう論理が父の考え方では全く通用しないらしい。
要するに、酒を通さずに会ったり話したりできるほど、気心の知れた友達がいないということなのだ。人間そんなものなんだろうか。
母と話ができるからそれでいいのだ、と父は言った。しかし、母が他人の話を受け止められるほどちゃんとした状態にない今、話し相手のはけ口を母にだけ限定するのは馬鹿げたことだ。言えずにたまったストレスは、いつか父を押しつぶすだろう。そのうち脳内出血を起こすのではないかと私は不安だ。
母は父の健康状態にも無頓着だ。父は自分の食べたいものを無計画に食べているのに、それをセーブする人間がいない。動物性タンパク質と脂っこい麺類の多い食事をしている父は、豆腐以外の野菜の料理をほとんど食べない。毎日毎日脂ののった刺身ばかり食べて酒を飲み、それでも空腹なら米飯を食べずにてらてらと脂の浮いたラーメンを食べる。それがいいこととは私にはとても思えない。ストレスのせいでそうなっているのかもしれないが、母はそういうことを考えようともしないし、父自身セーブしていない。
実家にいる間、私は父の食生活を絶えず叱り続けているが、全く直そうとしない。これで父が倒れたら、私は母の時のように病床で父に言うのだろう、「だから言ったでしょう、何ヶ月も前から、危ないから直してって言ってたでしょう!」と。
---- 私の父と母の関係は、ぴたりとくっついた二枚貝のようだ。他のものを決して中に入れようとしないし、外に向かって開こうともしない。そのせいでお互いにつぶし合い、粉々に砕け散るのではないかと私は思う。どうにもできないからその点は強く言わなかった。
心を許せる相手が結婚した相手しかいないなんて、夫婦仲はいいのかもしれないが、さびしすぎると思う。そういう人間関係しか持てない人生というのは、とても閉鎖的でさびしい。結婚するというのは、そういうことなんだろうか。だとしたら、私は結婚というものが嫌だ。
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