すいません、もう月末でした。
実は先日、ややこしくなってもはや理屈では割り切れなくなった三角関係をむりやり私の手と理屈で割りきった。感情という余りは強引に無かったことにした。私は悪くないのに気分最悪。私は最初からわり算をするつもりでいたのにもかかわらず、彼女がいながらぐらつく相手が一番悪いとしか言いようがない事態だった。どうせその気ならさらし一枚、ドス一本で戦う意気地を持つべきだ。その指輪をはめた左手薬指はなくす覚悟をしないなら嘘だ。……まあ、全ては終わった後だからどうでもいいが。
去年の年末にひいたおみくじそのままだ。柏木なんて一番縁起悪いと思ったんだよな。今その通りに気分最悪。
ウソです。たまにこういうのを書いてみたかっただけです。やっぱりこういうのがあると妙齢にふさわしく日記が華やぎますし、ウソでも華を添えてみました。(所詮ウソなんだけど)
---- 東京は友達がいないのでさびしくて仕方ない。自分の人生に光が見えずに途方に暮れた時、情けない声でいつでも電話をかけられる心強い友達がここにはいない。東京の人々はみんな忙しい。
同期の女の子たちは3つも年下でもう人生経験に差があって、とても相談事を持ちかける気にならない。たぶん私の方がしっかりしているとわかるから。
それで結局、私はひとりでいろんなことを抱えるのに疲れ果て、もう今までに3回も仙台に行ってしまった。古くて親しい友人と話をすると、不思議と気持ちが落ち着くのだ。たとえその問題がどうにもならない袋小路で、私がどうあっても苦しむしかないという結論しかなかったとしても。
---- 人生、みんな何かしら重たい問題があるものだが、私の場合それは「全てが仕事に流れ込む」という傾向にほかならない。
私には何もない。確かなものは何もなく、神様に思うさまゴロゴロ転がされて目が回る。何かを手に入れかけても最低の結末で消えるというのは普段から繰り返していることだ。神様は一体私に何をさせようとしているのか、理解に苦しむ。
しかし無くした運はすべて仕事の運に流れ込む。私は今まで、仕事だけは苦労したことがない。バイトを探せばすぐ見つかって長期に働けた。飲み会でくだを巻くバイト先の上司や同僚に腹を立てたことはあっても、仕事自体に特に不適応を感じることは今まで一度もない。おそらく、私は仕事をすることが好きなのだ。
だが、それだけがうまくいっていても私の人生一体何なんだろう。他が全然無いのだ、足かせになってくれそうな込み入った事情など。当然私生活での充実はなく、そのぶんが全て仕事に流れているかのように、仕事だけは比較的うまく行く。
---- 先日、山形の実家に帰省した。実家には妹の子供の影響が色濃く現れていて、赤ちゃんのためのものがたくさん置いてあった。おくるみ、ゆりかご、ベビー服、靴下。姪の名前はナオという。
ナオは小さな大仏のようで、ほっぺたはぷくぷく、前頭部はつるつるのファニーフェイスだった。ナオを見て一番嬉しそうなのは私の父で、孫のナオをあぐらの中に寝かせて、本当に幸せそうに小さい手や足を眺めて目を細めていた。
母は相変わらず体調が悪そうだった。疲労すると判断力が鈍り、物事の優先順位がわからなくなる。客観的な判断ができなくなって、自分がやりたいことだけをやるようなところは半年前の状態と変わらない。回復が見られないから、これはおそらく母が死ぬまで続くことになるだろう。
その証拠に、母は、春先から私がしきりに早く送ってくれるよう頼んでいる荷物を2ヶ月たった今も送ってくれていない。その割に、私がむしろ送って欲しくないといっていたさくらんぼを、私が一番やってほしくないと言っていた平日に平気で送ってよこす。しかも、私が一番やめてくれと言っていた、一人では食べきれないほどの量を。送らなければいけない荷物が他にあるのを忘れてしまうのだ。単なる物忘れとは違う、異常な忘れ方で、頼まれ事を忘れたわけではない。だが、母がやりたいことより私が頼んだことの順位がはるかに下になってしまうのだ。
母は「会社に持っていけばいい」と言うのだが、オフィスは生の果物を切って分けるような雰囲気が無く、紙の資料やパソコンが大量にあるので水ものを嫌う。それを言っているのに、母はそうすることがよいと思うらしく、バカバカしいことに、わざわざ人に買ってもらってまでさくらんぼを送ってよこした。先週、帰省した時にさくらんぼ狩りに行って私がもう死ぬほどさくらんぼを食べたのを知っているのに。
父に苦情を言ったら、父は「ああ、今お母さんは頭の調子が悪いから」と言った。こういうことが、たぶん家でも多くあるのだろう。判断力が鈍っているだけではなく、母の顔つきも前とは違う。年老い方も、目は落ちくぼみ、髪型がおかしいのもよくわからない風で、歯周病で歯並びがおかしくなってもあまり気にならないらしい。普通より5歳分は一気に老けた。
理性を司る部分を傷つけたために、判断力とともに羞恥心が多少消えた。羞恥心が消えるということは、若さを喪失することでもあるとわかった。怪我をする前の母は、こんなではなかった。いい加減受け入れなければと思うのだが、しっかりしていた母を覚えている私には、その母の様子が悲しい。父がどうしてもっとちゃんと母の身だしなみなどに口を出さないのかと思うほどだ。そのうち治るなどというような悠長な事態ではないと私にもわかる。
私はたまに帰るだけだから、それに終始さらされるわけではない。しかしずっと一緒にいる父は、普段から同じ悲しみをどれだけ感じているかわからない。判断がうまくできない母のフォローと自らの鼓舞にかなりの疲労をしているだろう。そんな父がナオを見て目を細めるのが嬉しかった。孫娘に癒されるなら、これ以上のものはない。ナオが父の救いになってくれたらと心から願う。
ナオはまだ首がすわらず、アーウーとわけのわからない音を発している。私が抱っこした時は、やわらかくて壊れそうだった。よしよしと揺らしたら、揺れが乳児には激しすぎたらしく、歯のない小さい口を大きく開けてアー!と泣かれた。
泣いているうちはまだよい。言葉を発するようになって、「おばちゃん」と言われ始めるあたりが問題だ。よしよし、ナオよ。いくら泣いてもいいけど、「おばちゃん」は許さないぞ。
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