そして次の場所へ。

 

 

 

02/8/27(火) am スポーツの呪い

先週土曜は、ミニサッカーに無理して出場していた。

私は本当に運動が苦手なのだ。この世で一番苦手なことは運動と言ってもいい。怪我する危険があるし、緊張を強いられるし、勝ち負けがある場合ヘタだと非難されるしであんなもの、全くやりたくない。

ところが会社員とは辛いものらしく、直属で世話になっている先輩がスポーツ系イベントを全て仕切っているとなると、無視するわけにもいかない。そう、スウェーデン先輩はアウトドア系イベントやスポーツ系イベントが大好きで、かなり大規模なものを平気で企画して仕切るのである。

いや、世の中無視しても聞き入れられないということは往々にしてある。今回のミニサッカーなど、私は出欠の返事を全く無視していたのである。そうしたら自動的に出席することになり、チームまで決められ、半日運動した後の懇親会までフル出場を余儀なくされた。

あまりひどい社風ではないので、運動のできない私が出ても、周りの人がきちんとフォローはしてくれる。まして私の入ったチームは女・子供と30代の男性しかいなかったので雰囲気はとても良かった。また、たまたま私の足先にかすったボールがゴールに入ったので、女子特別ルールで2点得点した。チームの人には非常にほめられたのだが、私は何しろ運動が嫌いなので、家に帰ってからひとしきり落ち込んだ。

とにかく、何であんな危険なことをやっちゃったんだろうと思うとむやみに落ち込むのである。2ヶ月ほど前にもこんなふうにミニサッカーの試合に出て、たまたま同期の男の子に蹴り返したらそれがいいパスだったととてもほめられた。でも嫌いなことを無理してやって頑張ってしまい、それで結果が出ると、次もその嫌いなことをやらなければいけなくなって辛くてしょうがない。

今回も、うちのチームで女子初得点をあげたのが私だったため、次回のミニサッカーも出場必須になってしまった。悲しく、そして苦しい。

しかし、これ以上に悲しいことがあるのだ。嫌な予感はしていたが、スウェーデン先輩はスポーツ系イベントがとにかく好きなのだ。夏はミニサッカー、そしたら冬は当然スキーをするに決まっている。そう、もうこの時点で、私はこの世で最も嫌いなスポーツ、スキーのイベントにまで出なければならないことになってしまったのである。

立ち直れない。

私はスキーがとにかく嫌いなのだ。世の中にあんな危険なスポーツはあったものではない。何年か前、スキー場で怪我をした後輩を先輩と一緒にスキー場のふもとの診療所へ連れて行った時の、野戦病院のような悲惨な光景を私は忘れることができない。

腰を折った人が苦しそうにうめきながらたんかに横たわり、泣きべそをかきながら携帯電話で誰かと話している。松葉杖の人、包帯の人。ユーミンの曲流れる華やかな白いゲレンデの裏は真っ黒な地獄なのだ。あれほど怪我をしやすく、また死にやすいスポーツもない。高い金をかけて怪我したり死んだり、全く馬鹿の所行である。

しかも、首都圏から来るスキー・スノーボードの客が雪国育ちの私にとっては最も恐ろしい。雪の怖さとスキーやスノボの怖さを知らない連中である。しかもお祭り騒ぎ気分でやってくるから、責任感も安全管理もあったもんじゃない。こういう奴らが一番怖いのに、今年から私もそういう奴らの仲間入りをしてしまうのだ。おお、鳥肌が立つ。

大学を脱出して、金輪際「スキー行こうよ」などという一番聞きたくない言葉を聞くことはなかろうと思ったのだが、スキーの呪いは東京まで私を追いかけてきて苦しめるらしい。スキーをするくらいなら、徹夜続きで残業する生活をしたほうがどれだけましか。

……ああ、どうしてこんなことに……

こうなったら、怪我を防ぐために死ぬ気で筋トレをしようと思う。スキー如きで怪我したり死んだりしてなるものか。絶対健康に、無事に帰ってきてやる。もう泣きたい気分だ。

 


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02/8/19(月) pm マヤマとシバタ

夏休みが終わって、出社した。

スウェーデン先輩とのコンビにもだんだん慣れてきた。ケイゾクの真山と柴田みたいなものだ。スウェーデン先輩は得体の知れないところがあって、後をちょこちょこついていって様子をじっと見ることしかできない感じである。

ちなみに私は毎日お風呂に入って髪を洗っているのでご心配なく。

 


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02/8/17(土) pm そしてワーカホリック

昨日の日記はいくらなんでも暗すぎた。

大体、おばあちゃんに席を譲ってどうして落ち込んでなきゃいけないんだ。もっと胸張れよ、自分。だれも見てなくたって別にいいじゃんか。

欲しいものを欲しいと言い張れないことと、おばあちゃんに席を譲ることは、たぶん次元が違うんだ。そう思いこんでおくことにしよう。

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親しい友達とは離ればなれになるわ、縁結びおみくじは柏木だわ(←まだ言うか)、私生活はお寒い限りだが、仕事には相当恵まれていると私は思う。

みなさんは今年4/7の日記を覚えているだろうか。覚えていないならこちらから飛んで7日の記事をお読み下さればいいのだが、4月のはじめ、研修でプランニングとグループワークをやるプレゼンテーションの実習があった。

日記には書かなかったがこの実習、実はプランニングの間に指導役で先輩社員が何人かやってきていたのである。私の班は私がプランを練ったので、当然私が指導役の先輩社員にばんばん質問をした。

指導役の人は10人前後やってきたと思うが、これが実は、もろに今の部署の先輩たちだった。私は3人の人に質問をしたが、どの人も顔をよく覚えていた。合宿で指導してくれた先輩の次によく覚えている。2人は女性で、スタージュエリーさんとアップルさん、後のひとりはシュンスケさんという男性だった(全員仮名)。

アップルさんはおとなしそうな人で、やさしめのアドバイスをくれた。次に聞いたシュンスケさんは私の勢いに気圧されそうな感じで、指導にはまだ経験不足な感じがした。最後に質問したスタージュエリーさんは終始にこにこ顔ながら、恐ろしく厳しいポイントをずばずば指摘し、とても面白かったことを覚えている。

部署に配属されて自己紹介する時、フロアを見渡してぞっとした。全員いる。あの時質問した人が全員。あろうことか、あの時指導にやってきた人が残らずいる。

口をあんぐり開けたあの日から2ヶ月、私は優しく指導してくれたアップルさんと最小単位まで一緒のチームにおり、にこにこ顔で厳しいやりとりを行ったスタージュエリーさんからは何かととてもよくしてもらっている。

アップルさんは美人で賢く、第一印象通り優しい。ポメラニアンとか白いスピッツとか、高級小型犬のような感じだ。

スタージュエリーさんは今年30になるがニューヨーク帰りだとかで、太めの体型ながら持ち物も服装もスタイリッシュ、ターコイズブルーのアイラインがよく似合う。きつい仕事を抱えている時も笑いを絶やさない大阪出身の女性で、頭のいい、仕事のできる人だ。入社してからまだたったの2年なのにたくさんの仕事を抱えている。

周りは年下ばかりという年齢のハンデを持ちながらそれをものともしない強さに本当に尊敬する。おいしいお店をよく知っていて、私はもう2回も飲みに連れて行ってもらった。地方出身の私に親切にしてくれるお姉さんのような人でとても頼りになる。見習わなきゃと思う。

(おまけだが、シュンスケさんは印象通り、まだ経験不足だった。入社からの日が浅く、私と年も違わないことが判明。)

私はこの研修の時、スタージュエリーさんとしゃべりながら「……何か、私のキャラと似てるなぁ」とずっと思っていた。「私って、仕事を頑張ったらこういう人になりそうな気がする」という感じが漠然としたのである。妙な直感がはたらいたものだ。

(そのことをわかっているのかいないのか、私の教育係のスウェーデン先輩は「スタージュエリーから"スタージュエリーイズム"みたいなもんをよーくたたき込んでもらった方がいいぞ」と私に言う。全くその通りだと私も思う。)

思えばこの研修がきっかけで、私は今の部署を希望したのだ。まさかこの部署にいるのがあの人たちだとは思いもせずに、思いつきで口走ったのがまっすぐ聞き届けられてしまった。

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ところでこの研修、もちろんスウェーデン先輩も指導に来ていた。

部屋の中にたくさんのグループがわあわあやっている中、ひとり飄々と回遊するサメのように歩き回っている男性社員がいた。

背が高くて、強面。興味があるのかないのかよくわからない顔をしていて、目つきが鋭くてひどく怖い。かけているめがねも鋭角に切れ上がった「ギョーカイサングラス」といった風情で、恐ろしい。スーツも黒いし、怖い。一体何者なのか、雰囲気も何かとげとげしい。来ていた人たちの中で飛び抜けて一番に怖かった。BGMはどう考えてもジョーズのテーマ。あるいは、ダースベイダーのテーマ。

(すごく怖い。……あの人にだけは質問すまい。)

つまりそれがスウェーデン先輩である。

あの時に顔はしっかり覚えた。何しろ怖かったのだ。

研修で会った全ての社員の人たちの中で最も第一印象が怖かった。そんな最恐の人にピンポイントで教育係をやってもらっている今の自分が、我ながら面白い。あははは。

先輩社員なんて数え切れないほどいるのに、最も第一印象が怖くて、研修時におそるおそる遠目に見ていた人が今は隣の席で教育係をしてくれている。私の人生とは衝撃のカケラが固まるだけ固まったチョコレート・バーみたいなものだ。かぶりつきで衝撃を味わいつくすおもしろマイ・ライフ。次の展開から目が離せない。

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見た目は恐ろしい(たぶん仙台にいる私の友人のみなさんは、一目見て一様に後ずさるだろう。初対面でも平気で会話できそうなのは、タウン誌編集をしている友人くらいだろうか)が、スウェーデン先輩はとても面倒見がよく、弱い者に優しいという、とてもいい先輩である。

部署に配属されてから週替わりでいろんな先輩にくっついて仕事を教わったが、その時いちばんはじめについたのもスウェーデン先輩で、まだ先輩のキャラクターも「怖い」以外はよくわからなかったため、その時の衝撃たるや言葉も出なかった。

挨拶に行った時のスウェーデン先輩の服装といったら、白ジャケットに黒パンツで黒のレザーのネクタイといういでたちだった。そしてあの怖いめがね。机の上にはなぜかスウェーデンの旗。雰囲気の怖さもそうだが、言動も結構過激そうだった。自己流の言語を持っていて、「エロい」を「very good」とか「so cool」の意味で使う。

でもはじめの1週間でいい先輩であることはとてもよくわかった。ディテールは怖いが、努力家で前述の通り弱い者に優しく、面倒見がよい。案外根は暗いようで、大学デビューするまではおとなしい少年だったらしい。ちなみに、私とは4ヶ月しか年が違わないらしいが、見た目上はとてもそう見えないのでよかった。

過去の経験上、私はちょっとこわめで破天荒な武鬪派タイプの人とは仕事がうまく行くので、スウェーデン先輩が教育係なのは願ったりかなったりである。

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たぶん神様は、私に仕事をするには最高の環境を与えてくれていると思う。私の人生こんなんばっかりだが、仕事の環境だけは文句のつけようがない。

頑張って残業してお金を貯めて、いっぱしに仕事ができるようになりたい。こうなったら、神様の言うとおり、死ぬほど仕事をして、私生活なんて残業の中に埋まりつくして見えなくなるくらいになってやろうかと思う。どうせ土日に会う人がいないと孤独死しそうな程のストレスを感じるのだから、その分仕事をしちゃってもいいくらいなのだ。

ワーカホリックになってやりますとも、ええ、何の足かせもありません。すべてはあなたの言うとおりに。ねえ神様。

 


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02/8/16(金) pm いらだたしい「まっすぐさ」

仙台に戻るたびに、友達が私を見て「変わった変わった」と喜んでくれるので何だか嬉しい。

たった4ヶ月なのだが、たぶん大学時代の1年分くらいは軽く変わっているかも知れない。精神的なもので言えば、3年分くらいは。そりゃあ変わるよなぁ、縁結びおみくじが「柏木」なんだから……(←それは関係ない)

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一生ひとりかもしれないという予感がひしひしと現実のものになりつつある今日この頃、私はますます、背筋を伸ばしてまっすぐ生きなきゃと思うようになっている。

手の中に何も残らないのなら、せめて生き方のフォームだけでもきれいな方がいい。誇りを持ってまっすぐ生きていこうというのが私の最近の決意である。私の人生にはそのくらいしか取り柄がないように思う。

数日前仙台に向かう新幹線に乗った時、ちょうど帰省ラッシュだったので私は座席に座れるようわざと2本遅い新幹線の自由席車両に乗った。40分も待ってゲットしたシート。私はゆっくり座って、仙台まで眠っていくつもりだった。

ところが、出発間際になって、子供ひとり入れるくらいの大きな荷物をよろよろ抱えたおばあさんが、あろうことか座席がとっくに埋まった私の乗っている自由席車両に乗り込んできた。座席の間の通路に所在なげに立った。

私はそれを見た瞬間、何て馬鹿なことをするおばあさんだろうと思った。帰省ラッシュの時期だというのに、高齢だというのに、ばかでかい荷物を持って出発ギリギリの自由席に乗ってくる無謀さ。新幹線にはシルバーシートなんてない。ヘタをしたら目的地まで2時間以上も立ちっぱなしなのだ。一体何を考えているんだと思った。

私の席は3人がけの列の一番窓際。通路から最も離れていて、隣のおばさんは椅子の間の隙間をふさぐようなこれまたばかでかい荷物。さらに隣の、一番廊下側の30代前半女性は犬連れ。焦げパン色のミニチュアダックスの頭をバスケットからのぞかせて座っている。

パッと見て、おばあさんより若い人はおばあさんの周り中にいた。でも誰も席を立たない。当然である、みんな帰省ラッシュ中に死ぬ気でゲットしたシートなのだ。新幹線は出発する。おばあさんは足腰が悪いのか揺れに合わせて体がぐらつく。間もなく上野に着けば、もっと人が増えるだろう。おばあさんの周りの人は誰ひとり席を立たない。

私はいらいらしてきた。立ち続けているおばあさんに、見て見ぬふりの周囲に。そして、それを見て無視できずにいる自分に。たまりかねて、私は上野に着く2分ほど前に席を立った。でかい荷物のおばさんと犬連れ女性の間を無理矢理すり抜けて、おばあさんの肩を叩いて、座ってくださいと言ってしまった。

おばあさんは、「降りるんですか?」と私に聞いた。そんなわきゃない。どこの誰が上野まで行くためのみにこんな混雑した新幹線に乗るものか。彼女に余計な気を使わせたくなかったので私は曖昧に頷き、なるべく彼女の目に付かないよう車両を出て、車両間の通路まで出てドアのそばに立った。クーラーがきかないのかえらく暑くて、しかもシートをゲットできなかった人たちがスラムのように所狭しと座り込んでいた。電車は上野に着いた。新幹線はもっと混雑した。

結局、私はその新幹線の終点仙台まで行くはずなのに、ずっと立ちっぱなしということになってしまった。おばあさんは郡山で降りていった。もしあのままだったら、おばあさんは1時間半以上立つことになっていたのかと思い、私は少しほっとした。郡山からはだいぶ席が空いたので、私も25分くらいは座ることができた。

上野から郡山までの間、ドアの小さな窓の向こうを流れる風景をぼんやり眺めながら私は、「何て象徴的なんだろう」と深くため息をついた。私の人生、いつもこんなのばかりだ。苦労して苦労して手に入れた何かは、結局いつもどこかへ譲らなければいけなくなる。考えて考えて、自分は身を引くべきだと思っては、手放してしまうことの繰り返し。

こんなことでいいんだろうか、としみじみ思った。おばあさんに席を譲るなんて、普通はいいことなんだろう。でも私は変に落ち込んだ。私よりもおばあさんの近くにいた人たちは誰も動こうとしなかった。自分の利益にならないと知っているからだ。そうやって自分の身を守っている。

私は自分の利益を守れなかった。事情もよくわからない見ず知らずの人間のために、自分の苦労を無にした。こんなことでこの先の人生が幸せになるのか、私は真面目に考え込んだ。

譲りっぱなしの人生では、本当に欲しいものは決して手に入らないのではないのか。時に他人を泣かせ、踏みつけにしても、絶対に手放してはいけない何かが、今までもあったんじゃないのか。それを手放し譲りながら、私は結局自分の手の中になんにも残せなかったんじゃないのか。

……という具合にひどく落ち込んでしまい、気が滅入って仕方なかった。

私が落ち込むのは道徳的にはおかしなことなのかもしれないが、世知辛い世の中、きれい事だけで幸せがつかめるわけじゃないと、私はもうちゃんと知っている。私には、見て見ぬふりのできるしたたかな勇気が必要なのかも知れない。

でもだからといって、今も同じ場面に置かれたとしたら、私はやっぱりおばあさんに席を譲ってしまう気がする。結局そういう生き方しか私にはできない。不幸せになるしかなくても、自分がやるべきだと思ったことをやらずにはいられないように思う。

幸せも利益もなく、疲労だけを抱え込む運命の私の生き方にはだから、「まっすぐさ」しか取り柄はない。誰も見ていない、誰も評価してくれない、ひたすら報われないまっすぐさしか。

やっぱり、間違っているのだろうか。

 

 

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