トラウマ千里眼の悲しい宿命。

 

 

 

02/11/18(月) am でも泣かない
本当に忙しくなった。もうとんでもない話である。

先週は11時過ぎまで残業した日がすでに3日。うち1日は終電ぎりぎり、1日は会社を出たのが1時半。当然終電なんてない。ワセダ先輩とタクシーで帰った。そして、昨日は休日出勤。

つまりどういうことかというと、教育係のワセダ先輩がものすごく忙しくなったのだ。ここ2週間ばかりで、ワセダ先輩の顔つきが一気に変わった。以前は落ち着いた頭脳派の顔をしていたのに、最近は常時、戦闘状態の顔をしている。冷静な魔法使いではなく、ギリギリ状態で戦う戦士の顔である。

下につく時にどっちが面白いかというと、当然今の方なのだが、それはやっぱり自分の首を絞めるらしい。ワセダ先輩の仕事を一緒に手伝って、同じ時間に退社しようとするとやっぱり毎日深夜残業になってしまう。

面白いのは当然こっちなのだが、それで自分の体調がもつのかどうか、気付いたら私も宇多田ヒカルのように卵巣腫瘍でぶっ倒れるんじゃないかとやや心配だ。変わりゆく人を間近で見るのは生長する植物を見ているようで、本当に面白いんだけど(←命取り)。

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私は部署では本当に浮いていて、泥臭い。私のような「田舎マインド」を持ったままの土臭い人間が、派手な今の部署にいていいのか?と思っていたら、東京生まれ東京育ちである別部署の企画系の課長から、世の中のトレンドを引っ張っているのは華やかなものにあこがれる田舎者達だ、と半分皮肉気味に励まされてやや気が楽になった。

でも私が派手なものにあこがれているかというとそうではなく、東京に嫌いなところがたくさんあるし、環境としてはやっぱり仙台の方がずっと良かったなとまだ思っている。私が東北から出たのは、私にとって東北の風土みたいなものが生きるのに苦しかったからなのだ。だからといって、仲の良い友達や先輩後輩はみんな東北にいたりするから、人間関係からすると私は東京に居場所はない。まあこれは、入社する前からずっと考えていたジレンマなんだけど。

こっちに来て、私のアイデンティティって何だろう、と考えることが多い。東北にいた頃は「アイデンティティ」なんていう単語の意味を実感することが少なかったが、最近は1日に何度となく訪れる。私の芯とは一体何かを、ずっと考えながら過ごしている。

東大だの早稲田慶応だの恵まれた一流大学で20代前半を過ごしてきた人たちと自分を見比べてみると、大学時代の華やかさが雲泥の差だ。私には語るべき明るい大学生活が何もなかったんだなと思うことすらある。そういう人たちにとって、私は地方の「お山の大将大学」でこじんまりと過ごした、とろい人間に見えるらしい。地をはうようにして過ごしてきた東北での閉鎖的な25年間が私の中に育んだ個性は、部署の中でも東京の同期の中でも一際浮いて、言葉のイントネーションが違うだの、もっと人生を楽しめだの言われるわけである。

だからといって自分で自分を見下す気は私にはない。激しい劣等感にとらわれながら、いつかそれをはねつけてぐうの音も出ないくらいやりこめてやりたいと思うことがある。慶応出のお嬢様より暗かったとしても、マインドで負けるつもりは毛頭無い。たぶんその芯の強さが、こっちの人になくて、雪国育ちの私にあるものだと思うから。

逆境に強いこの個性はたぶん、私と接して評価する人が苦しい状況にある時にしか評価されないものだ。結婚生活で言うなら新婚の甘い時期には夫から「お前は全然面白くない」と卑下され、30代半ばにはその個性を嫌われて浮気すらされて、夫が40半ばを過ぎて大病を患った時、徹夜だろうが何だろうが懸命に看病する私の姿に初めて「お前と結婚して良かった」と言われるのだろう。

どうしてこんなに自分はストイックに生まれついてしまったのか、時々悲しくなる。「お山の大将大学」とか書いてしまってはいるが、私はだからといってそこに入って卒業したことを何ら悪いことだったとは思っていない。確かに自分のマイナスになったことはいろいろ大きなものをあげることができるが、そこでしか得られないものがあったのも確かだ。

派手なぱっとした時間がこれっぽっちもなかった分、人生の根底とか、冬の夜の底みたいなものをのぞくことができて、少なくともこっちの恵まれた人よりは厚みのある人生観みたいなものをはぐくめた気がする。今からこっちの派手大学に入ってみるかと言われてもお断りだ。人が生きるってことをゆっくり考えるには最適の場所だった、たぶん。

それが「とろくて子供っぽく見える外見とは裏腹に年寄りじみている」と職場の周囲からからかわれるが、人間の人生ってのは困難と苦労の織物みたいなものなんだから、そういうことを先にわかっている私みたいな奴の方が今後的にはたぶんいいのだ。

私は負けないし、泣かない。きっと、今のこの時期を踏み越えられるかどうかがすごく重要なのだ。強く踏みしだいて超えていかなければ、私はいつまでたっても大きくなれない。真面目に思索している間に婚期は逃してしまうかも知れないが、それはそれで、納得のいくマイ・ライフってやつだ。苦しんで苦しんで、波を超えていくのが私らしい。

 


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02/11/5(火) am 初心忘るべからず
さあ、ここでもう一度復習してみよう。

『社会人になって、新たな組織に入るにあたり、私はいくつかの戒律を自らに課すことにした。

1.派閥抗争に巻き込まれないこと
2.早いうちから知りすぎないこと
3.社内恋愛は最後の手段ということで

大笑いする方もあろうかと思うが、全ては私の今までの経験から得たことである。どれも手を出すと、異常に辛い羽目に陥るので注意が必要だ。』(2002/4/7日記より)

OK! 以上三箇条、厳守のこと。

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では、ここでもう一度リプレイ。

『前夜、新婦である友人からわざわざ電話がかかってきて、「ブーケトスの争奪戦にちゃんと参加してね」と言われた。それがなければ参加しないつもりだったのだが、新婦のお願いだから、と思って一応後ろの方にぼーっと立ってみた。

新婦は後ろを一回見た後、前に向き直ってブーケを放り投げた。高く舞い上がり、まっすぐ飛んでくるブーケ。

(……えっ)

まっすぐ飛んでくるブーケ。

やっぱりまっすぐ飛んでくるブーケ。

私の胸元に、まるでねらいすましたように、まっすぐ飛び込んでくるブーケ。

そして、スポッとブーケが私の手の中におさまる。

(おぉ?)

スポッと、ブーケが、私の手の中に

私の…手の…中に??

「おおおおぉぉおぉ!?」

笑劇。いや衝撃。愕然とする私。手の中には、丸く作られたピンクと白のブーケ。衝撃の鐘が頭の中で鳴り響く。除夜の鐘が16ビートで鳴り響く。一緒に出席した友人は大笑いする。』(2002/9/2日記より)

この時の新婦が、後でビデオでその様子を確認してくれて、私に教えてくれた言葉。

当時新婦だった友人「……本当にまっすぐ飛んで行ってたよ」

そうか、まっすぐか…

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神様はいつも思わせぶりに、数々の罠を用意して私を待ちかまえている。足を取られ、転がされながら私は、一生懸命ベストと思える方向へと進むしかない。

どちらが前なのかさえわからないこの世の中で。

まぁ、いいかぁ流されてみるのも。今まで、流されなかったばっかりに逃したものもあったかもしれないし、人生、たまに流されたら何かいいこともあるかも知れないじゃないの。ねえ、自分。

(そんなもんかなあ……)←不審

02/11/1(金) pm トミー退社
同期で同じチームのトミー(東大卒)が、学業に戻るために退社することになった。

もうショックで足元がふらつき、しかもげらげら笑いだし、部屋の壁をばんばん叩いて、「トミーがやめちゃうよー、どうしようバードくーん!」とバード君の腕を引っ張ったりしていたら、トミーとバード君に「連打屋ちゃんが壊れた」とおもしろがられた。

先月末はスウェーデン先輩異動、今月末はトミー退社。私の身近がどんどん消滅する。ショック死寸前。仕事量増加も必然。

トミーとは今まで新入社員ならではの雑用系業務をきれいに折半していたので、トミーがいなくなるとそのぶん私の雑用の時間が増えてしまう。スウェーデン先輩が抜けた時に引き継いだ仕事と、新しい教育係のワセダ先輩からの仕事の二系列の仕事群をこなしているだけでもパンクしそうなのに、上にトミーの分の雑用が降ってきたら私はもうどうなるかわからない。

しかもトミーはさすが東大卒だけあってクールで頭がいいので(体も弱くストレスにも弱いが)、何かと相談するのにちょうど良かったのだ。頭の良さで周囲の状況が冷静に読めて、精神的には中性的だから異性の私の考えていることもよくわかるらしい。私にしてみれば「できる友達」みたいなもので、非常に重要な存在だったというのに。

私以上にショックを受けているのはトミーの教育係であるフラワー先輩である。フラワー先輩は実行力があるものの破天荒でおおざっぱな性格で、一緒に仕事をする時に冷静で思考力のあるトミーがいると、欠点が補い合えて相性が非常によかったらしい。「トミーがいなくなったらどうしよう!」と、時々泣きそうにしていることがある。

トミーはそれに対し、「僕も心配です」と言っていたらしい(気持ちはわからなくもない)。

部内全員にお礼とお詫びのメールを送っていった時には、フラワー先輩を「最愛の教育係」と言っていた。強い絆。

ていうかキミタチ、つきあっちゃえよ。

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仕事自体は楽しかったそうで、職場の環境にも満足していただけに、トミーは非常な申し訳なさを感じながら退社していった。フラワー先輩に言われて私とバード君で手配したオレンジ色のバラの花束を抱え、深々と頭を下げてオフィスを出ていった。

スウェーデン先輩が異動になって、はるか彼方の席に行ってしまった時も悲しかったが、トミーが消えてしまうのはもっとぽかっと穴が開いたようで、信頼できる仲間がいなくなった痛手は大きい(フラワー先輩ほどじゃないが)。

トミーが去った次の日、フラワー先輩と一緒に帰った。

私「トミーはやっぱりフラワー先輩の右腕だったんですね」
フラワー先輩「右腕! 右腕どころじゃないよ、もう、CPU…」
私「CPU…」

おいおい、じゃあ今あるフラワー先輩は、ただの筐体ですか?

(それはやっぱり付き合うべきでは…)

 


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