| 12月28日(つまりおととい)は、祖父の2回目の命日だった。
そう、3つ下の日記で夢に現れ、「白ヘビの子供」宣言をして私を思いとどまらせた例の祖父である。
祖父はとても面白い人で、変なことをやって私を笑わせるのが好きだった。窓の外を見ると、両手でめがねの形を作ってそこからこっちをのぞいて見ていて、その姿に「何やってんのじいちゃん」って私が笑うと、「お前は2歳の時と笑い方が同じだな」と言って満足しているような人だった。
決して饒舌な方ではなく、むしろ寡黙で無愛想なのに、時々妙に面白いことをする茶目っ気を持ち合わせていた。とてもWW2で満州に行き、戦場に死に場所を求めたことがあり、膝に迫撃砲の破片が埋まっているような人とは思えなかった。
祖父は2年前に肺癌で亡くなったが、その死に目に私は会っていない。ただ、私はその頃大学院生だったので、病院の見舞いにはうちの兄弟の中でも一番頻繁に行っていた。私が行くと、祖父は「お前が来ると病気が治る」と目を細めてくれたものだった。あんな嬉しい言葉をくれた人は、後にも先にも祖父だけだ。
とにかく、とても大好きな祖父だった。その祖父の命日に、今年も帰ることができなかった。昨年は旅行だったが、今年は何と仕事納め翌日の休日出勤。終わるはずの仕事が全く終わらず、その仕事のメインに立っているアップル先輩は泊まりがけでスノーボードに行ってしまう有様。
私が作業をしなければとてもスケジュール通りにいかなそうだったので、仕方なく休日出勤した。
その日が祖父の命日であるということを気にかけながら1日仕事をし、夜8時半、ちょうど私が帰ろうとした時だ。
その日1日中、私は仕事をしながらCDを聴いていた。ポータブルCDプレーヤーはソニーの一番新しいのを1ヶ月前に買ったばかりである。12時から8時過ぎまで、動作に全く問題はなかった。
ところが、帰る時になって、カバンにプレーヤーを入れてリモコンの再生ボタンを押してもきちんと動き始めなくなった。がちゃがちゃやっているとやっと動き始めたが、曲のスキップもボリュームコントロールもできなくなった。
スイッチはそれぞれに本来の機能とは別の機能が振り分けられたかのように動作がぐちゃぐちゃになり、ディスプレイ切り替えボタンでサウンドエフェクトが変わり、停止ボタンは一向にきかず、一時停止も再生もコントロールできない。
ではリモコンがおかしくなったのだ、と思って本体の操作ボタンを押すが、これも全く言うことを聞かない。停止を押しても止まらないし、ボリュームコントロールや再生ボタンでサウンドエフェクトが変わるし、音量は全く制御できない。
止めることすらできないので、ふたを開けて無理矢理動作を停止させるしかなかった。
電車に乗っても全くそういう状態がおさまらないので、止めたままにしておいたのだが、気付いたらいつの間にか再生が始まっている。
リモコンも本体もボタンをホールドしてきかなくしているにも関わらず、なぜか再生が始まっており、その上普通の再生ではなくて早送りで再生されている。しかも、サウンドエフェクトが3秒おきくらいに切り替わりながら。
その間、リモコンの液晶にはずっと何も表示されていない。
これはいきなり恐ろしいまでの壊れっぷりだ、ソニー製品は故障が多いとは店員さんが言っていたけどまさかここまでぐちゃぐちゃに壊れるとは……と呆れながら帰宅。帰る途上、プレーヤーはずっとそんな調子で、止めても止めても暴走を始めていた。
家に帰ってから、プレーヤーのふたを開けて無理矢理動作を止め、充電器に置いた。だがしばらくはおとなしくしているものの、すぐに勝手に動き出して再生が始まっていた。そのくせ、液晶にはやっぱり何も表示が無く、勝手に早送りしたりエフェクトを変えたりしながら暴走し続ける。そんな調子が明け方まで続いていた。
(こりゃあ明日はこれを買った有楽町の電気屋に修理に持っていかないと…こんなに早く壊れるなんておかしいよ、全くこの帰省間近にこういう必需品が壊れると困るなあ。もう1台買っちゃおうかな、ああでもそれでは痛い出費…)
などと考えながら眠りについた。
そして翌朝。さすがにプレーヤーはもう停止していた。
「どれ、じゃあ持っていくか!」
ぴっ、と再生ボタンを押す。
「あれ?」
普通に点灯し、反応する液晶画面。通常通り再生される。リモコンの各ボタンもきちんときいて、停止を押すとちゃんと停止するではないか。
なんと、直ってしまっていた。
---- もしちゃんと物理的に壊れたのであれば、今もちゃんと壊れていなければならない。そうでないとすると、昨日のCDプレーヤーは、「壊れた」のではなく、「狂っていた」のだ。
ゆうべからまさかまさかと思ってはいたが、こうなってみると本当に、思い当たるふしははなはだ非現実的だがひとつしかない。
(……じーちゃん……)
私が会社を出るあたりから、命日記念でじいちゃんが私のそばにいて、CDプレーヤーを狂わして存在をアピールしていたとしか思えない。
1日中、会社で「ああ、今日は命日だなあ」って考えていたり、最近は辛いとすぐじいちゃんに会いたいとか思っていたし、さすがに死んだ祖父も心配になるのではないか。
山形の実家では、祖父の命日なので祖父の好物を作ってお供えしていたそうだ。祖父が生前、大好きな日本酒と好物の魚と豆腐の煮物を食べて、気分良く酔っぱらう時間帯がちょうど8時すぎ。この時間から祖父は酩酊状態で時代劇を見てうたた寝をし、9時すぎに気がついた私か弟に起こされてふとんに寝かされるのであった。
CDの動作がおかしくなったのも8時すぎ。いい調子に酔った祖父がわざわざ東京に遊びに来て、私のCDプレーヤーをいたずらして存在をアピールし、困るところを楽しんでいたのかも知れない。
勝手な想像だけど考えれば考えるほどそんな気がして、どれだけ動かしても不具合が起きないCDプレーヤーを持ったまま、私は何も言葉が出なかった。死んでもなおいたずら好きの祖父に、ありがとうとしか言葉が出てこない。
---- それにしても最近、祖父の登場数が飛躍的に高まっている。特に、「白ヘビ宣言」のあたりから彼の動きはおかしい。
じーちゃん、もしかして私の先日(12/23)の「見込み違いなんじゃないの?」というのに反応して来ているんでは…
俺の見込み違いではない、ということなんでしょうか? お前はこの調子で前を向いていればいいんだ、と?
---- 日常に兆す多くの事柄に、不思議さ隠せぬ今日この頃。
あんなにかわいがってもらいながら、命日に帰れない孫なのに、じいちゃんありがとう。
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