リピート、リピート、アンドリピート。

 

 

 

02/12/31(火) am ありがと、2002年!
雪積もる、山形の実家に帰省。

私の足は即、仏間に向かった。

(ちょっとじいちゃん、こないだ命日のとき、会社からずーっとうちまでついてきてたでしょ? 面白かった?)

遺影の祖父は、めがねをかけてすまし顔をしていた。その顔が、見れば見るほど誰かに似ているようで、でっかい額縁の写真を見上げ思わず吹き出してしまう。

(じいちゃん、そもそも自分に似てるからって白蛇だのなんだのって、大ボラふいてるんじゃないよね? 頼むよホントに)

----
大晦日です。

本年も連打屋日記をお楽しみいただき、ありがとうございました。

(毎年、この日記で1年を振り返るのが習慣になってしまいました。)

----
2002年という年は、私にたくさんのものを与えてくれた、忘れられない年になりそうだ。

積年の「やり残し」の解決、ずっと抜けられなかった迷路の出口、新しい居場所、努力への報い、たくさんの人たちとの出会い。

就職できたことや、引っ越しをしたことや、いろんな人に会えたことが、自分をこんなに変えてくれるものだとは思わなかった。

場所を変えたという、ただそれだけのことなのに。

----
場所が変わったことで、今まで周囲にいた人たちの見たものとは違う私の姿が見える人たちが次々と現れ、いろんなものをくれた。

「雪国・田舎アイデンティティ」に目ざめたり、十数年ぶり(いや、ほんとに。16年くらい忘れてた)に自分の性別を思い出したり。そういえば、長年の友人からとんでもないものを「パス」してもらったりもしたっけ。

「積年の恨み」と言っても大げさではない、閉鎖的な東北の風土で積もりに積もっていた胸のつかえ。山のように積み重なっていたものが、まるで太陽の光をいっぺんに浴びた吸血鬼のように溶けて消えていった。何て恵まれた1年だったんだろう。

生まれてこのかた今まで日に日にしおれ続けていた、私の内側にある何かが、日を追う毎に蘇生していく。

今まで、期待しても期待しても得られなかったものがやっと得られるようになって、会いたくても会えなかった種類の人たちがやっと存在するようになった。気候の変化が激しい場所の方が合う植物だったのに、雨季も乾季も存在しない、ただ穏やかなだけの湿地帯に生えていたようなもの。年中ぬるま湯状態の湿地では、自分より強い植物を見つけるなんて所詮無理な話だった。

きっと、短い期間に私の顔は変わっていったのだろうと思う。今の私は、1年前の自分とは違う顔をしている。

今のこの状況を大切にしたい。私は転がる石だから、きっとしばし、また飽きるまでの間。

ありがと、2002年。

 


日記才人投票ボタンです。
初めての人はちょっと手間かも。

1行メールボタンです。
内容は空でも結構です。



02/12/30(月) am ありがとう
12月28日(つまりおととい)は、祖父の2回目の命日だった。

そう、3つ下の日記で夢に現れ、「白ヘビの子供」宣言をして私を思いとどまらせた例の祖父である。

祖父はとても面白い人で、変なことをやって私を笑わせるのが好きだった。窓の外を見ると、両手でめがねの形を作ってそこからこっちをのぞいて見ていて、その姿に「何やってんのじいちゃん」って私が笑うと、「お前は2歳の時と笑い方が同じだな」と言って満足しているような人だった。

決して饒舌な方ではなく、むしろ寡黙で無愛想なのに、時々妙に面白いことをする茶目っ気を持ち合わせていた。とてもWW2で満州に行き、戦場に死に場所を求めたことがあり、膝に迫撃砲の破片が埋まっているような人とは思えなかった。

祖父は2年前に肺癌で亡くなったが、その死に目に私は会っていない。ただ、私はその頃大学院生だったので、病院の見舞いにはうちの兄弟の中でも一番頻繁に行っていた。私が行くと、祖父は「お前が来ると病気が治る」と目を細めてくれたものだった。あんな嬉しい言葉をくれた人は、後にも先にも祖父だけだ。

とにかく、とても大好きな祖父だった。その祖父の命日に、今年も帰ることができなかった。昨年は旅行だったが、今年は何と仕事納め翌日の休日出勤。終わるはずの仕事が全く終わらず、その仕事のメインに立っているアップル先輩は泊まりがけでスノーボードに行ってしまう有様。

私が作業をしなければとてもスケジュール通りにいかなそうだったので、仕方なく休日出勤した。

その日が祖父の命日であるということを気にかけながら1日仕事をし、夜8時半、ちょうど私が帰ろうとした時だ。

その日1日中、私は仕事をしながらCDを聴いていた。ポータブルCDプレーヤーはソニーの一番新しいのを1ヶ月前に買ったばかりである。12時から8時過ぎまで、動作に全く問題はなかった。

ところが、帰る時になって、カバンにプレーヤーを入れてリモコンの再生ボタンを押してもきちんと動き始めなくなった。がちゃがちゃやっているとやっと動き始めたが、曲のスキップもボリュームコントロールもできなくなった。

スイッチはそれぞれに本来の機能とは別の機能が振り分けられたかのように動作がぐちゃぐちゃになり、ディスプレイ切り替えボタンでサウンドエフェクトが変わり、停止ボタンは一向にきかず、一時停止も再生もコントロールできない。

ではリモコンがおかしくなったのだ、と思って本体の操作ボタンを押すが、これも全く言うことを聞かない。停止を押しても止まらないし、ボリュームコントロールや再生ボタンでサウンドエフェクトが変わるし、音量は全く制御できない。

止めることすらできないので、ふたを開けて無理矢理動作を停止させるしかなかった。

電車に乗っても全くそういう状態がおさまらないので、止めたままにしておいたのだが、気付いたらいつの間にか再生が始まっている。

リモコンも本体もボタンをホールドしてきかなくしているにも関わらず、なぜか再生が始まっており、その上普通の再生ではなくて早送りで再生されている。しかも、サウンドエフェクトが3秒おきくらいに切り替わりながら。

その間、リモコンの液晶にはずっと何も表示されていない。

これはいきなり恐ろしいまでの壊れっぷりだ、ソニー製品は故障が多いとは店員さんが言っていたけどまさかここまでぐちゃぐちゃに壊れるとは……と呆れながら帰宅。帰る途上、プレーヤーはずっとそんな調子で、止めても止めても暴走を始めていた。

家に帰ってから、プレーヤーのふたを開けて無理矢理動作を止め、充電器に置いた。だがしばらくはおとなしくしているものの、すぐに勝手に動き出して再生が始まっていた。そのくせ、液晶にはやっぱり何も表示が無く、勝手に早送りしたりエフェクトを変えたりしながら暴走し続ける。そんな調子が明け方まで続いていた。

(こりゃあ明日はこれを買った有楽町の電気屋に修理に持っていかないと…こんなに早く壊れるなんておかしいよ、全くこの帰省間近にこういう必需品が壊れると困るなあ。もう1台買っちゃおうかな、ああでもそれでは痛い出費…)

などと考えながら眠りについた。

そして翌朝。さすがにプレーヤーはもう停止していた。

「どれ、じゃあ持っていくか!」

ぴっ、と再生ボタンを押す。

「あれ?」

普通に点灯し、反応する液晶画面。通常通り再生される。リモコンの各ボタンもきちんときいて、停止を押すとちゃんと停止するではないか。

なんと、直ってしまっていた。

----
もしちゃんと物理的に壊れたのであれば、今もちゃんと壊れていなければならない。そうでないとすると、昨日のCDプレーヤーは、「壊れた」のではなく、「狂っていた」のだ。

ゆうべからまさかまさかと思ってはいたが、こうなってみると本当に、思い当たるふしははなはだ非現実的だがひとつしかない。

(……じーちゃん……)

私が会社を出るあたりから、命日記念でじいちゃんが私のそばにいて、CDプレーヤーを狂わして存在をアピールしていたとしか思えない。

1日中、会社で「ああ、今日は命日だなあ」って考えていたり、最近は辛いとすぐじいちゃんに会いたいとか思っていたし、さすがに死んだ祖父も心配になるのではないか。

山形の実家では、祖父の命日なので祖父の好物を作ってお供えしていたそうだ。祖父が生前、大好きな日本酒と好物の魚と豆腐の煮物を食べて、気分良く酔っぱらう時間帯がちょうど8時すぎ。この時間から祖父は酩酊状態で時代劇を見てうたた寝をし、9時すぎに気がついた私か弟に起こされてふとんに寝かされるのであった。

CDの動作がおかしくなったのも8時すぎ。いい調子に酔った祖父がわざわざ東京に遊びに来て、私のCDプレーヤーをいたずらして存在をアピールし、困るところを楽しんでいたのかも知れない。

勝手な想像だけど考えれば考えるほどそんな気がして、どれだけ動かしても不具合が起きないCDプレーヤーを持ったまま、私は何も言葉が出なかった。死んでもなおいたずら好きの祖父に、ありがとうとしか言葉が出てこない。

----
それにしても最近、祖父の登場数が飛躍的に高まっている。特に、「白ヘビ宣言」のあたりから彼の動きはおかしい。

じーちゃん、もしかして私の先日(12/23)の「見込み違いなんじゃないの?」というのに反応して来ているんでは…

俺の見込み違いではない、ということなんでしょうか? お前はこの調子で前を向いていればいいんだ、と?

----
日常に兆す多くの事柄に、不思議さ隠せぬ今日この頃。

あんなにかわいがってもらいながら、命日に帰れない孫なのに、じいちゃんありがとう。

 


日記才人投票ボタンです。
初めての人はちょっと手間かも。

1行メールボタンです。
内容は空でも結構です。



02/12/24(火) pm そんなはずでは
そんなことはなかったはずなのに、また難しくなっている。

ゆるい下り坂で、見通しがよく加速のつくまっすぐな一本道だったはずなのに、いつの間にか迷路のど真ん中にはまっている。

BGMも、わかりやすいB'zのアップテンポを聞いていたはずだったのに、いつの間にか難解なスピッツの曲に変わっている。一見わかりやすい言葉でできているのに、織り上がった模様は難解で、意味がわかるようで、さっぱりわからないじゃないの。

しかも、運転席に座ってこちらを見ていたのは、いつのまにか普通の人間ではなく、あれ? 君また食人鬼じゃないの! うっそー、私人間のつもりだったんですよ、ここに座った時には。なんでー!? えっ、また脳みそを食え? そんなの無理無理、無理無理無理ー!

そんなはずじゃ…!! 獰猛なユニコーンは何も知らない乙女にだけなつく!?(意味不明)

という夢を見そう…と、椎名林檎がカバーしたスピッツの「スピカ」を聴きながら漠然と思った。

----
椎名林檎が歌うと、どんな曲も謎めいた呪文のように聞こえる。スピッツの曲なんてただでさえ含みのある曲だから、椎名林檎の表現でまるで呪文のような別の曲へと姿を変えてしまう。

だけどそれでも、かわいらしさが消えないのはどうしてなんだろう。どろどろした呪文に近くて、生臭く感じる時すらあるというのに、どこかかわいい。椎名林檎は意外にも、かわいいものをちゃんとかわいく歌ってしまう。

生臭さと、謎と、かわいらしさ。椎名林檎の表現は「女」そのものなのかも。アーユーリスニング?男性の皆様。

椎名林檎の不思議がわかったら、あなたも女心に一歩近づけます。

 


日記才人投票ボタンです。
初めての人はちょっと手間かも。

1行メールボタンです。
内容は空でも結構です。



02/12/23(月) pm ウルトラネガティブ、前を向く
人間の心って何て複雑な代物なんだろう。

まるで織物みたいだ。時間を経るほどに複雑に綴れ織られて、引き裂かれ、引き裂かれた裂け目を少しずつ繕いながら、また織り続けるようで。

それが人間の面白いところなんだろうな、たぶん。

----
最近、臨月の友人とよくメールのやりとりをしている。

そう、9月に結婚して見事私にブーケ「パス」(トス、っていうより、こういう表現の方がむしろしっくりくる状況だからよいだろう)してくれた友人である。(相変わらず何の実績もないけどどうもありがとう。)

彼女にはいつもあたたかく励まされる。

一方、私が東京に引っ越したので、神奈川在中の友人ともよく会う。私とは全く正反対の個性で、好みも物の見方も違うというのに、不思議と仲がよい。

彼女にはいつもこっぴどく叱られる。

両方とも、全く同じ事を、全く同じように報告しているだけなのに。人によって、事実のとらえ方がこんなにも違うものかとため息がでるほどに。

----
みんな、事実を、自分の経験と現状のフィルタにかけて読み直している。

だから、自分自身の事実は、経験が無い限り読むことができなくて、手探りで進む非常に苦しい時間を体験する。過去に照らして、何でもいい、意味づけることができれば、よほど楽なのに。

こんなことを考えながら、誰かの織物の模様と裂け具合を計算しながら、自分という横糸をその中にこっそり滑り込ませようと算段などしていると、あまりの辛さに敵前逃亡したくなる。

多少なりとも本の好きだった人間は感情をまず文章で疑似体験するが、実体験するともう十分知っていたはずの感情の生の手触りにひどく驚くものらしい。

1000年も前からもう使い尽くされた、陳腐な二次熟語でしか表せない感情だったりするのだ。それなのに自分のものにしてみると、陳腐な言葉に過ぎなかったはずの「感情」の恐ろしい奥行きと力に飲み込まれそうになったりするのかもしれない。

やっぱり、この世で一番面白いのは、人の心なのだろう。単純なようで複雑な、時に織りこまれた模様が全く読めないかと思えば、ふとした拍子に全てが読めるようになったりする、トリックアートみたいなもの。

どう考えても、私には荷が重い。残業してるほうがよほど楽。お金貯まるし、気分も落ち込まないし。

----
たまに、あの世に呼びかけたくなる。じいちゃん、見込み違いじゃないの?

けれど思い出すのは、祖父の笑顔だけだったりして、じゃあ仕方ないなと前を向く、そんな毎日。

大体、このぐらいスパイシーじゃないと、私の人生って感じがしないんだし(←ビョーキ)。

そろそろ、普通の人間になりたいんだけどな…転がる石を人間にしてくれる存在が現れることを願いつつ。

とりあえず、目下の目標は、「裂けない布」あるいは、「裂けてもすぐリカバリーする布」。ミス・ウルトラネガティブ・連打屋には珍しく、前を向いて頑張ってみることに。

ずっと前からみんなに言われてきたけれど、もう少し、私はタフにならなければいけないのだ、たぶん。

02/12/10(火) pm じいちゃんのお告げ
ここのところ、私は本当に変だ。

NHKの大河ドラマを見ると必ず毎回泣いてしまう。あろうことか、オープニングですら泣いてしまう。

この間テレビを見ていたら加藤登紀子が出てきて、「紅の豚」の中にあった「さくらんぼの実る頃」をアカペラで歌った。その30秒くらいの歌を聴いただけで泣いてしまう。

テレビのCMでB'zの「いつかのメリークリスマス」を10秒くらい聴いた。それだけでもう泣いてしまう。

ぼろぼろ涙をこぼしながら、これはおかしいと心より思う今日この頃。

きっと、胸元に悲しみがたまっているのだ。悲しみなのか、さびしさなのかよくわからないが、そういう何か苦しいものがいっぱいにたまっているのだろう。こんなにあっさり認めたくはないが、でもたぶんそうなのだ。都会の孤独ってやつ?

でもだからといって、故郷に戻る気がないところがポイント。

大好きだけど、戻ってはいけない。戻れば私は、もう誰にも会えなくなってしまうから。私を手に負ってくれる希有な人は、たぶん故郷にはいない。じいちゃんも死んじゃったし。

----
昨夜、私はある人間関係に悩み、少しの間眠れなくなってしまった。

せっぱ詰まり、私はふとんで自分の体をぐるぐる巻きにして、

「もしそれでも大事な縁だっていうんなら教えてよ、じいちゃん! だって、キャバクラなんだよ!?(←パニックにつき意味不明)」

と、死んだ祖父に向かって叫びながら就寝。

そして見た、今朝の明け方の夢。

私は中学生くらいで、弟は小学校低学年だった。ふたりで実家の庭で遊んでいる。

すると、不意に小さな蛇が一匹現れて、弟の体を咬んだ。泣き出す弟。これはマムシ!と思い、かわいい弟を咬まれ逆上した私は怒り狂い、蛇をひっつかんで口元をつぶし(キバに毒があるから)、丸太の棒などで瀕死にぶちのめした。

見てみるとその蛇は変な模様の蛇だった。背側半分は普通のヘビ柄の体、腹側半分はクリーム色がかった白い色。普通の蛇も腹は白かった気がするが、ここまで面積は広くないし、色ももっと青白い。

マムシとは違う姿の蛇であることに気付いて見ていると、祖父母がやってきた。祖父がその蛇を見るなり言った。

「ああ、これは白蛇の子供だ。姿を見られただけでも珍しい」

と、山形弁で。

マムシだと思ってさんざんにぶちのめした私は、その話を聞いて愕然とする。まさか、神のお使いの白蛇の子供であったとは……しかもそれをぶちのめしてしまったとは……

あまりのことに愕然としているところで目が覚めた。

じいちゃんは私の寝る前の叫びにちゃんと答えてくれたらしい。「白蛇の子供」だと。

神のお使い。だから大切にしなさいということなんだろう。たとえ今は、背中側が普通のヘビ柄の体をしていたとしても。

そっかじいちゃん、姿をおがめただけでも幸福なのね。じゃあわかったよ、多少の難には目をつぶるよ。大切に扱うことにするよ。

ところでじいちゃん、白ヘビって白竜にはならない? 千と千尋の神隠しにあこがれているんだよね……

02/12/9(月) pm クリスマスキャロルの頃には
クリスマスが近い。

今年のイブの予定はもう決まってしまった。

残業……

たぶん、間違いなく残業。

といったところで、この日記を書き始めてからの私のイブの予定を振り返ってみよう。

99/12/24 夜 連打屋23歳!
→塾講師バイト(センター試験国語対策特別講座、ぶっ続け3時間!生徒全員男子にてふらふら)

00/12/24 夜 連打屋24歳!!
→記述無し(でも確か、やっぱりこの年も塾講師をやっていた気がする。やはり夜に)

01/12/24 夜 連打屋25歳!!!
→年末京都旅行(見事な真冬の独り旅)、「2001年禊(みそぎ)の旅(その内実は縁切りの旅)」遂行中、第1日目。神戸ルミナリエ(巨大イルミネーション)のカップル大河の流れになんとひとりで逆行!神戸から京都に向かったので、軍隊アリの群れのようなカップルたちにもみくちゃになる

悲惨すぎる。残業でもあんまり変わらないや、例年の悲惨さと。

できれば今年も、禊の旅に出たい。また源氏物語縁結びおみくじを下鴨神社でひいて、今度こそ柏木よりマシなやつを引くのだ。「藤裏葉」とか、「少女」とか。

いえいえ神様、「柏木」よりマシならいいってもんじゃありません。恋愛ストレス死じゃないからいいかな?とか言って、「朝顔」だの「若菜」だの「夕顔」だのはやめてください。もちろん、「葵」とかも嫌です。私は人と争うのも、呪われるのも嫌っすよ神様。

まして女としての苦しみに身を落としたくないばかりに神様の花嫁になるとかそういう選択を潔くやってしまうなんてのはほんと、最後の最後にしていただきたい!!! まあ、今の私に最もぴったりの内容だと言うことは認めるけど! 確かに、月イチくらいで「出家」の2文字が頭をよぎる! でもしかし!

----
こないだボーナスの評価のフィードバックということで課長と面接をした。

私の最近の残業の多さに、課長は悲しい顔をして、「頑張ってくれていて嬉しいけど、せっかくの若い時代を仕事で終わらせないようにね…」と気遣われた。

イシダ課長(仮名・課長は石田純一似なので)、さすがあなたはうちの会社の受付嬢(超美人)と結婚(10年くらい前)しただけのことはある。よっ、この青春謳歌人!

しかし、イシダ課長と私は違う。私ってば仕事しか運がない人間なのだ。私が真面目に頑張ったとき、私の思いに応えてくれたものと言えば、人生これ仕事だけなのだから。

深夜残業中の午前2時、携帯のメールをチェックしているとワセダ先輩から「お前はツヤがねーよ!」と言われた。

私の携帯に来るメールが全て日本経済新聞と日経産業新聞の携帯用メールニュースのみだかららしい。確かに、ツヤはないけど…

「そんなやつ、お前くらいしかいねー。あとの奴はみんな腰掛けだよ、腰掛け」

こしかけ。そんなことのできる体力と甲斐性が私にあるなら、はじめから私はこっちに来ていないかもしれない。せっかく故郷の東北を捨ててこんな街に出てきたのだから。私は真面目に、一生懸命、仕事をしたいのだ。

まさか私……すでに仕事と結婚していたのでは……いや、そんなはずは…あっもしかして、だから友達の結婚式でまっすぐブーケが私の胸にすっ飛んできたのか…?……いや、絶対そんなはずは……!

02/12/3(火) am 繰り返す
人間の人生とは、限りのない繰り返しでできているんだろうか。マフラーの編み目の如く、同じ模様で行ったり来たり、行ったり来たり。

----
祖父の三回忌で、実家に帰った。

祖父が亡くなったのがもう2年も前のことだなんて信じられない。馬鹿みたいな話だが、今でも時々祖父に会いたいと思うことがある。もし今の私のことを話したら、祖父なら何というのだろう、と時々思う。もう一度私の小さい足を見て、「お前は人形の足だから、中国でもてるぞ」と目を細めながら言われてみたい。

説教好きな菩提寺の住職は、法事のたびに忌日の持つ意味をレクチャーし、修証義という簡単な経を皆に朗読させ、NHKの教育番組よろしく解説してくれる。一族郎党うんざりしているようだが、もともとこういうのが嫌いではない私にはいい気分転換になる。

三回忌になると、仏教的には祖父の魂は苦しみの海を越えて、俗世の記憶をすっかり洗い流され、仏の命と一体化するらしい。私の小さい足のことと同じように、死ぬ前の苦しかった病気のこともすっかり忘れ、安らかに眠れているだろうか。

祖父にまた会いたいと思う。会えるかもと漠然と思ったりしてみる。

実家に帰った時、生後半年になった姪の顔を見たら、去年亡くなった母方の祖母にそっくりになっていた。性格が頑固で、外の人に会うと愛想を振りまくが、家に帰るとわんわん泣き出したりするというその特性は生前の祖母に似通っている。私はまるで小さい祖母に会ったようで、ずっと「よっ、小さいばあちゃん」と呼んで姪っ子のほっぺたをつついていた(妹からは、当然ひんしゅくを買った)。

こんな風にして、亡き母方の祖母に会えるんだから、いつか祖父にも会えるかもしれない。

コミカルで、私を笑わせるのが大好きだった祖父に、私に会うと元気になると言ってくれた祖父に、もう一度会いたいと強く思う。

きっと、よほど不安で、さびしいんだろうなあ、今の私は。

more diary

home