| 今回は、入院をめぐる周囲の人々篇。
---- 【その1:自立した大正女、Mおばあちゃん(89)】
私の病室は4人部屋だった。
同室の他の人々は、みんな大正生まれのおばあちゃん。中でもMさんは大正三年生まれの寅年、89歳。生まれてから2度の世界大戦を経ている。
このMさん、飄々として、最高にかっこいい大正女だった。現在も存命している私の父方の祖母のような聴力の衰えもなく、髪は真っ白だが豊かで長く、後ろでまとめている。
妹が最近亡くなり、その納骨に参加した後、ショックから急に食欲がなくなって衰弱し、入院してひたすら栄養点滴を受けているのだった。
彼女は元々丈夫なたちではなく、心臓に持病を持ち、さらに12年前に胃癌を摘出して胃が半分以上無い。その上、3年前に転んで股関節を骨折し、今は杖をついてやっと歩けるというような状態だ。足もとがふらつくので、夜中に1人でトイレに行くことを看護婦に禁じられ、夜はおむつをつけている。
そんな状況になったら、私だったらひたすら落ち込んで、自分ももう終わりだとか何とか考え、老け込んでしまうに違いない。…だが、彼女は違う。
彼女は決して縮こまることがない。ベッドのそばに置かれたポータブル便器も、おむつも、杖も、あちこち弱った体も、何一つ、彼女のプライドやバイタリティに傷を付けることはできないようだった。
足が悪い彼女は、ベッドまわりのカーテンを閉めるのも、食事のトレイを片づけるのも、隣の自分よりもっと元気なおばあちゃんに頼んで、ちゃっかりやってもらってしまっている(隣のおばあちゃんの病気は健忘症なので、体は元気だから喜んでやってくれるのだ)。したたかで、ありがとうありがとうとしきりに言い、しっかり自分が生き抜くための術を身につけている。それがさっぱり嫌味ではないのだ。
彼女は病室のみんなに声をかける。入院が初めてで体も痛み、不安そうにしているHおばあちゃん(79)には毎朝「どう、ゆうべは痛かった? ご飯は食べられる?」と。健忘症で、今朝やってきた旦那さんとのやりとりをまた忘れてしまったAおばあちゃん(69)には、「もう、また忘れちゃったんだね。あんた、それじゃ退院はまだね」とおどけた感じで。
ガタガタの体なのに、彼女は女を決して捨てない。資生堂の基礎化粧品を家に置いてきてしまったことをぼやき、落ちていくヘアカラーを気にしている。
彼女は肉親を頼りすぎない。彼女の子供は男ばかり5人。直接お見舞いに来るのは彼らの妻である嫁達なのだが、結局嫁と自分が分かり合えないことを知っている彼女は、それをぼやくこともなく、どうせわからないんだからと期待をかけることがない。嫁である母にちょっと冷たくされたと言っては、愚痴を洪水のように垂れ流す私の祖母とは違う。
Mさんの望みは、退院してひとり暮らしのマンションで刺身を食べ、デイサービスに行って友達に会えるようになれること。だから早く退院したいと、くさることなく点滴を受け、食事を少しでも多く食べ、朝は日光浴をして歯を磨き、なるべく自力で歩いてトイレに行く。この精神的なフリーさと、恐ろしいまでのしなやかさに、私はただ感嘆し、恥じ入るばかりだった。自立した女とは、彼女のことだ。
退院の直前、これから降ってくる面倒くさいもろもろのことを思い、これからの人生の長さを思い、私はひどく不安になった。
「…ちょっと不安なんだよね。」とこぼした私に、彼女は穏やかな声と、出身の広島のなまりでただ一言、「がんばり。」と言った。
こんなばーちゃんに、私はなりたい。
---- 【その2:過保護な教育係(27)】
会社に復帰して、教育係のワセダ先輩が異常なまでの過保護になってしまった。
私が肺炎になってしまうほど疲労をため込んだことに、教育係として責任を感じてくれているのはわかるが、いかがなものか。
まず、外出を許してくれない。
私が管理している部屋が別のビルにあり、その設備について説明して欲しいと部署の他の先輩が困っていた。移動時間はせいぜい1時間弱で、私が行くべき所でもあるし、病み上がりで行けないこともないと思ったので、「私が行きますよ」と言った。すると隣の席で集中して企画書を打ちまくっていたはずのワセダ先輩がいきなり顔を上げた。
先輩「ダメだダメだ、お前は絶対ダメ!」
私「ええっ、でもあそこ、私が管理してるんですよ」
先輩「ダメダメ、寒風は風邪に悪い! お前は絶対ダメだ!」
猛反対にあい、私は行けなくなってしまった。
---- 復帰4日後に、新入社員が全員参加しなければならないという泊まりがけの社内研修があった。ところがワセダ先輩にはこの研修すら許し難かったらしい。
ワセダ先輩のPDAのスケジューラには自分のスケジュールと並んでご丁寧に私のスケジュールまで入力してある。スケジューラを見て、私が復帰する数日前にその研修のことを思い出したらしく、私の参加について早速ゼブラ係長に相談していたらしい。
そして、私が復帰する前日にメールでその旨が連絡されてきて、まさか欠席させられるの?と驚いた。
全員参加で久しぶりに同期と話し合える貴重な機会を逃したくないと思った私は、復帰すぐに係長に相談して参加させてもらうよう話をとりつけた。係長は「無理はしないでね」とあっさりOK。だが、「係長に相談して、行くことにしましたんで」と言った私に、「ええ?」とワセダ先輩はずっと渋い顔をしていた。
先輩「本当に大丈夫なのか?」
私「大丈夫です、総務の人に聞きましたけど、徹夜したりするようなものじゃないって言うし、私も早く寝て無理しないようにしますから」
先輩「いいか、泊まりがけってことはその晩は懇親会とか何とか言って飲み会があるんだぞ! 飲まされたらどうするんだ!?」
私「あ、そうなんですか? だけど、そうだとしても私飲みませんし、早く引き上げますから…」
先輩「本当だろうな!」
私「はい」
だから、飲みませんって。ほとんどビール中毒の先輩と、お酒が特に好きではない私とは行動特性が根本的に違うんですから。自分を基準に考えて心配されても…
ちなみに、このやりとりをしたのはチーム会議の席である。チーム全員、係長にすら笑われたのは言うまでもない。
---- 研修に行く前日には、部署の同期バード君の教育係であるホワイト先輩に、
「なあホワイト、俺らも一緒に研修行くか! 後ろで見ていよう」
などと口走っていた。さらに念押しのように「いいか飲むなよ!」と帰りに言われる始末。
(…なんだこりゃ)
---- なんだこりゃな状態で、とりあえず研修に行った。1日目、ちょうど研修が終わって宿泊の部屋に戻った私にワセダ先輩からメールが入っていた。件名:「消灯時間」。
"もう寝なさい!"
と、書いてあった。しかし、その後の懇親会に形だけでも顔を出したかった私は、30分したら戻ってきて寝ますと返事を返した。
すると45分後にまたメールが来ており、今度は
"もう寝たか?"
これはどうも、私が就寝する目処がたたないかぎり心配が継続するらしい。さすがにこれは細かすぎる報告では…と思ったが、実況中継ばりにありていに書くしかないとも思ったので、これから風呂に入るところで、もう寝るという旨を返したら、やっとメールがおさまった。
同室で仲の良いMちゃんにそれまで起こったことを話したら、
「パパみたい!」
と笑っていた。
はっきり言う。私は父にだってここまで心配されたことがない。研修についてくるなどと口走った先輩の心配症は、私の授業参観に一度も来たことのない、行きたいと言ったこともない父を既に、はるかに超えた。
---- ワセダ先輩の心配症はこれで終わらない。復帰してからずっと、ワセダ先輩は私が夜の7時以降まで残るのを許してくれない。ひとりで帰すことすらしない。
夜6時を過ぎると帰れ帰れとせかされ、じゃあ帰らなきゃと思って6時半に帰り支度を全てすませてよし帰るぞと席を立とうとすると、逆にちょっと待てととどめられ、ワセダ先輩まで帰る準備をして一緒に帰ってしまうのだ。ちなみに私はそれまで30分は待たされる。本末転倒である。そんなことを何日も連続で続けている。
ワセダ先輩は忙しく、私の何倍も仕事を抱えている。そんな人が定時に近い時間で帰ってしまったら仕事はどんどんたまるばかりで、ワセダ先輩に仕事を頼んでいるたくさんの人々が困っている雰囲気がひしひしと伝わってくる。「おいまた早く帰るのかよ?」という視線が背中にぶつかる。それなのに先輩は無理矢理一緒に帰る。
もしこれが私が心配なだけでやっているとしたら、岡田あーみんも真っ青な心配症の世界だが、理由の半分は、仕事があまりにもありすぎて、そこから逃げ出すために私を口実にして自分も帰りたいということのようだが。だがそれにしても、いかがなものか。
3日目に心配になった私が「あのう、早く帰っていいんですか? 作業が終わらないんじゃ…」と控えめにとがめたが、「こんな仕事は明日ちょちょいのちょいだ!」と言われ、ダメだった。
4日目で、とうとう2週目に突入した昨日、さすがにこれはいけないと思ってワセダ先輩が席をはずした隙に見つからないようにさっさと帰った。そうしたら、会社のビルを出て信号を渡ったところで携帯が鳴り、先に返ったことに抗議された後そのまま待たされてまた結局一緒に帰ることになってしまった。
ワセダ先輩が外出で直帰する今日は、さすがに一緒ではなかったので安心したが、その代わり外出前にしっかり「いいか、早く帰って寝るんだぞ」と釘を刺された。
---- 確かに、ワセダ先輩は少し仕事から逃れた方がいいと思うので、私の一件が逃げ場になるならそれはそれでいいのだが、やっぱりいかがなものか。あんまり過保護すぎるのは私のためにならない。
あまり考えるまい。精神年齢が実際より20歳は下のワセダ先輩は、飽きるのが早い。すぐ飽きて、やらなくなるだろう。もともと、私の前の教育係のスウェーデン先輩とは違い、1人の世界に閉じこもる職人肌で、人の面倒を見たり指導したりするのも苦手なのだから。
それにしても、1割くらいしか一緒に仕事をしていないにも関わらず、マインド面でだけサポートされるのもどうかと思う。教育係がいるのもあと2週間。それまで十分サポートしてもらうか…
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