飼いにくい動物ほど好きな病は、続く。

 

 

 

03/5/31(土) pm ああそうですか、27歳
なんと、一気に4日分更新されています。一応こつこつ書いてたんです、これでも。

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まあ仕方ないんだけど、数日前に27歳になってしまった。

たぶん、誕生日は一人で過ごすか残業するかどちらかだろうと思っていた私は、前日に職場のローズ先輩(私と同い年で一番の仲良し)に頼み、仕事帰りに一緒にケーキを食べてもらった。

それで、特に外出の予定もなく穏やかに誕生日を迎える……はずだったのだが、1日も終わろうとしていた午後4時すぎ、いきなりワセダ先輩から

「お前が担当してる仕事に関係して、ある人に話を聞きに行く。お前も来た方がいい」

「はい? あ、はい」

「お前忙しい?」

「いえ、特に何もないですけど。何時に出るんですか」

「ジャストナウだね」

…などとよくわからないまま外出することになってしまった。

向こうにはすでにうちの部署のコーチ主任やワセダ先輩の同期のハンゾウ先輩が行っており、私が行く意味があるのかよくわからなかったが、とりあえず実務担当なのでついていくことになった。外は大雨な上、駅から遠いし、雨にぬれた石畳の坂道をヒールでのぼるのは非常にきつかった。

どうにか辿り着いたものの本題は30分程度で終わってしまい、そのままコーチ主任たちと飲みになってしまった。焼き肉をほおばり、職場のどろどろした話を聞かされ、時間は10時。

(……ぐあっ!!)

あろうことか、焼き肉を食べながら27歳になってしまった(出生時間、19:55)。

さらに、妻子持ちのコーチ主任が帰った後、ハンゾウ先輩とワセダ先輩とともに2次会まで行くことになってしまった。

またさらに職場のどろどろした話を聞かされ、ついでに酔っぱらったワセダ先輩は眠そうな目でハンゾウ先輩にからみ、私にはバースデー、バースデー、とことあるごとに連呼(ワセダ先輩は職場で漏れ聞いて私が誕生日だと知っていたらしい)。気付けば終電。

「バースデーなんだろう、で、俺は何をやればいいんだよ!!」

「いいですってば、どうせそんなに酔っぱらってたら明日になれば忘れちゃうんですから」

「いいから言えよ!」

「だから、どうせ忘れちゃうんだしいいですってば」

「…俺は何を覚えてたらいいんだ? ん?」

「ほら、だから言ってるそばから…しっかりしてください!」

(……ぐあああっ!!!)

あろうことか、酔っぱらってくだを巻くワセダ先輩を前に誕生日が終わってしまった(店を出た時間、0:15)。

しかも、夜の6時から12時まで飲み続けたので、相当量飲んでしまった。酒に強い私は取り乱すこともつぶれることもないが、翌日は食欲が落ち、やや頭痛がするありさま。

(……ぐあああああああっっ!!!!)

27歳初日を、あろうことか二日酔いで迎えるとは……

ケーキすら食べてない。

ああ、最愛のじーちゃん…こんな孫に、天国であきれ顔だよね、きっと…

でも確かに、一人でいるより全然さびしくはなかったけど…

 


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03/5/23(金) am 打ち出の小槌
今朝の、起きる直前の夢。

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私は神社か寺院の境内にいる。お賽銭箱のそばに、黒い袈裟を着た住職らしき僧侶がたたずんでいる。

僧は、手に「打ち出の小槌」を持っている。大きさはそんなに大きくない。持ち手はつや消しの金色。

僧はその打ち出の小槌を、賽銭箱に入れる。するとどういうわけか、賽銭箱は何かの拍子でひっくり返って、中に入っている賽銭が辺り一面に飛び散ってぶちまけられる。

その時に、打ち出の小槌も飛び散って宙を舞い、なぜか居合わせた私の手の中に入る。

しげしげながめると、なぜか打ち出の小槌には私が大好きな京都の和菓子屋の名前が入っている。一体なぜだろうと思いながら見ていたら、石段の下からある人が私を呼んでいる。

早くこっちに来い、としきりに呼ばれ、私はなぜか地面から浮きあがって、石段の上の宙を飛んでその人の元へ向かう。

石段の下に降りると、「行くぞ」とばかり、私はあいている左手をその人に掴まれ、どこかに連れて行かれようとする。私を呼んでいた人は、打ち出の小槌になど気づきもしない。

私の右手には相変わらず、和菓子屋の名前の入った、金色の打ち出の小槌。それを不思議な思いで眺めつつ、左手はしっかり握られて、そのままどこか、その人の行く所へ連れて行かれる……

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「うわっ!!」

そこでいきなり目覚めた。

「…な、なんだぁ?」

目覚めたあともしっかり手を掴まれている感覚が残っていて、恐ろしいくらいだった。こんなリアルな夢を見たのは久しぶりだ。

打ち出の小槌が夢に出てきたのもはじめて。結構ファンタジックな夢を見る割に、本当にファンタジックな品物が出てくることは滅多にない。

登場人物も小道具も、ストーリーの仕立ても、妙に意味深なのだ。暗示なのか、忠告なのか、予言なのか、全くわからないからたちが悪い。

「何なんだ…一体…」

呆然と、空っぽになった右手と左手を交互に見ながら、私はいつも通り満員電車に乗って出勤した。

 


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03/5/19(月) am 東京で年齢が逆行
仙台に行った。行った、というか、帰った、という感覚に近い。最近よく思うのだが、私にとっての故郷はもう山形の実家ではなくて、仙台なのである。

実家では風邪が大流行し、母も電話で非常に弱った声を出していたので、山形には帰らなかった。実家に戻るとストレスがたまってダメだし…私が戻ると、父も母も祖母もすがりつくように私に甘えるから苦しくて仕方ない。それがたとえ娘や孫としての義務なのだとしても苦しい。

というわけで仙台である。

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(その1)帰って2夜連続で飲んだ。やっぱり女友達は最高。こっちに来て思うのだが、やっぱり、ど田舎の進学校→国立大学というガチガチの努力家コースを歩んできた女の子たちが私と一番考え方の共通項が多くて、話しやすい。

友人たちもそれぞれの道を歩んでいる。この年齢、キャンバスに木炭のスケッチが終わったくらいは人生設計が終了しているのかもしれない。私は一体、どんな風に見えるんだろうか。

……まあどちらにしろ、まともな評論家がアタマをかしげる抽象画か、4コマ目がまだ埋まらない4コマ漫画か、そんな感じだろう。

(その2)仙台にいる先輩が結婚したらしい、という噂を仙台で会った女友達から聞いた。ちょうどその先輩を知っている情報源の女友達含め3名が集合して焼酎を飲んだら、妙にお祝いメールを打ちたくなって打った。

ワールドワイドに言いますが、本当におめでとうございます。実の兄が結婚したようで(まさにそんな感じ)本当に嬉しいです。

この先輩と私は大学時代、お互い「愛を信じていない」が合い言葉だった(悲しいことだが事実である)。先輩は優しいあまりいつも他人のことにばかり一生懸命で、自分のことは後回し。その先輩が、結婚して今度こそ自分自身の、自分だけの幸福をつかんだことが私自身のことのように嬉しくて仕方ない。

もっと幸せをわしづかみにしてハンマー投げのようにぶんぶん振り回し、もっともっと周りに言いふらして見せびらかしたらいいのに、それだけの権利が当然先輩にはあると思うのに、なぜかあまり周りに知らせなかったようだ。なんてもったいない、謙虚すぎる!

ワールドワイドに言いますが、もっともっともっと見せびらかすべきです!!! 金屏風を背に会見開いたって誰も文句は言いません。それぐらい何でもないくらい、今まで他人のためにつくしてあげていたんですから。

結婚指輪なんて、10本指すべてにつけたっていいと思う。足の指にまでつけて見せびらかしてもいいくらい。むしろそうすべきです。選挙活動のように宣伝して回っていい。

たまった恨み(語弊はあるけど、他人の幸せばかり見てきた経験はそれに匹敵すると思う、自らの経験から)を存分に晴らすべきです。

「幸せだー、うらやましいか下々の者よ!! へへーん!! いいだろ!!」

くらい自慢していい気がしますがいかがなものでしょうか。友人たちも言ってました、まだ全然若いのにどうして大々的な発表をしないんだと……まあでも、ひたすら隠して独り占め、っていうのも確かにおいしいですが…そういう作戦…?

(その3)同じ研究室だった旧友と一緒に研究室に行った。内装も何もかも全く変わっていない。隣を一緒に歩いているのも、大学時代と同じ旧友。研究室の椅子に座ったら、まるで今まだ卒論を書いている途中のような気がしてならなかった。

私にとって最も研究室生活が色濃く印象に残っているのは学部四年生の頃であろう。ややこしい人間関係やら、理不尽な学業の現実にさらされて体をぶっ壊し、激ヤセした年である。

大晦日を旧友(今回一緒に研究室に行った友人)とともに研究室で卒論を書きながら過ごしたのもこの学年で、院試に落ちて自分の将来を3日ばかり一生懸命考えたのもこの学年で、結局研究室を捨てる決心をしながら、けれど院にだけは行こうと決意したのもこの学年だ。卒業式の日は、変な着付け屋を自ら選んで失敗し、遅刻しそうになって袴と草履で走った。

つくづく、どんくさくてぱっとしない、けれど印象に残る時間を過ごしたものだと思う。こんな時間を過ごしてしまうと、もうその場所を忘れることはできない。

東京のド派手有名私大卒の人々が聞いたら目を背けそうなくらい地味な生活で、正直言って恵まれていた彼らのことは羨ましいけれど、この質実剛健さは私らしいし、もう私のアイデンティティなのだろう。

世の中、月9ドラマを地でいく大学時代もあれば、私のように時代劇さながらの地味な大学時代もあるのだ(おかげさまで、多少の泥臭さも理不尽さも飲み込めるだけの懐の深さを手に入れている気がする。虐げられた者に残る唯一の財産)。

お世辞にもきれいではなく、大学側のケアが届いている気配もない研究室の椅子に、旧友と向かい合って座ってみた。自分はまだ学部四年生だった22歳のような気持ちに戻れるのに、いつの間にか時は過ぎて、私が院生だった頃に学部2年生だった後輩がもう卒論だったり、まだ学部4年生のような気がする後輩がもう修士論文の年だと言っている。

私が学部4年生だったころ、26歳の先輩なんていったらどうだったろう、と思い返してみる。26歳なんて、ずいぶん遠い年齢に思えたのに、今は自分がそうなのだ。困ったものである。

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もはやこんな年齢だというのに、客先帰りに打ち合わせで入った喫茶店でワセダ先輩から、

「俺はビール。お前はクリームソーダだ」

などと勝手にクリームソーダを頼まれていていいのか。あんなまんまるのアイスとか、マミドリの液体を普通に飲んじゃってていいのか。しかもおごられてていいのか。それでいいのか自分。

こっちに来てなんだか、年齢に逆行したキャラ立ちになってしまった。研究室にいた22歳の時の方がよほどキャラ的に大人だったはずだ…あの頃は癒し系ですらなくて、普通のしっかり者で、人におごられることなどまずなかったのに…。

こっちに来たら、渋谷からの乗り換えがちゃんとできるか心配され(毎回方向指示)、六本木でここは怖くないかとたずねられ(人の多い街に行くと必ず)、あげくの果てにクリームソーダをおごられるほどの幼児扱い。父からだってここまでコドモ扱いしてもらったことがない。

人は生きているといろいろなことがあるらしい。大学時代の先輩がしっかり結婚しているというのに、私と来たら逆行してコドモになってしまった。もうどうしようもない。ダメだ、私の人生、たぶんオールコメディなのだろう。

まあいいけど。どうせ、結構楽しい人生だと思ってるから…(そう思わなきゃやってられない)

 


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03/5/10(土) pm 都立大学の意気地なし、駒沢大学の意地っ張り
紫式部の夫の藤原宣孝という人は、およそ紫式部の個性とは正反対の人物だった、というのが俗説らしい。

本当かどうかわからないが、でも私はこれってかなりほんとじゃないのかなと思う。あんなに内向的でモノを考えてばかりの人に同じタイプの男性が連れ添ったら、二人ともおかしくなってしまう。

紫式部が理解しきれない、およそ正反対の、違う次元につきぬけてしまっている人じゃなければ一緒にはいられないし、そもそも夫婦関係自体が結べない気がする。さらに、同じように相手の方でも紫式部を理解しきれない。

だけどそれでいいのだ。わからないことに腹を立てず、むしろ式部の「わからなさ」を愛で楽しむくらいの器が必要なのだ。

物事をつきつめ、うちにこもって考えにふけり、文学や教養といった形のないものを好む妻と、綺羅を好む俗っぽさのかたまりで、けれど自分に理解できない世界を持った妻を尊重する夫。

本当かどうかわからないが、もしそうだったのだとしたら、結構、ナイスカップルだったのかも。

木星人と金星人みたいな同じ「宇宙人」同士が、お互いの習性をろくすっぽ理解できないのに、それでもなぜか惹かれあってそばにいるみたいなもので、ほほえましい。

「……別に、あちこち言葉が通じなくたって、どうして君がそうするのか時々全然わからなくたって、それでいいんだよ。だってよくわからないけど、僕にとって君は魅力的なんだから」

なんていうのだったら、最高。

……そんな奴、あり得ないか。

あり得ないか、ヘンタイか…

 


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03/5/1(木) pm やっぱり普通じゃない
日々ますます、私の人生の「普通じゃなさ」が露呈していく今日この頃。特に人間関係。いやいやまったく、ここまでヘンとはおもわなんだ。もしこれを小説にしても、ウソくさすぎてきっと誰もまともに読みやしない。

マンガにしてみてやっとギャグマンガとして多少読めるようになるかな、くらいの感じだ(ひどすぎる)。

面白いからもう少し静観していよう。どうせ、最後さえ感動的に締めくくられれば、9割5分がコメディーでも文句はない。

それにしてもいつもながら驚くのは、ヘンな状況に対する私のこの適応力の高さ。ノーマルな状況に対する適応力の3倍はある。普通の会話をする人の意図より、禅問答でしか話をしない人の意図の方がよくわかるとか、もうそういう感じ。

私のおかしな人生にいい加減慣れきったはずの付き合い長き百戦錬磨の友人たちすら、もはや誰もついてこれていない。ダメだこりゃ。(おいおい私という百戦錬磨がいるのにまだ連絡ないじゃないか、と思われた方は今しばらくお待ち下さい。確実に近日中にご連絡いたします)

へんてこさがウソ日記を超えているというのに。私も自分の日常がここまでヘンになるとは思いも寄らなかったよ。何というかこう、状況がよりヘンなほど適応力が高まっていくようで。

とすると、一番ヘンなのは私か。まあいいか、こんな結論でも。たまにこんなわけのわからない日記もいいものです。

 

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