| 先日、部署の中で私と一番仲のよかったローズ先輩が異動して、別の部署に移った。
同じく先日、6月にうちの部に配属されてチームが未決定だったリボンちゃんが私と全く同じ仕事をするチームに移り、ワセダ先輩が教育係をすることになった。
さらに本日、リボンちゃんのチーム決定と教育係決定に伴い、ローズ先輩がいなくなって抜けた席に私が移り、私が移って空いた席にリボンちゃんが来ることになった。
私の席は、教育係の近くがよいということで、3度席替えがあったがここ1年余りワセダ先輩の隣だった。同じように、リボンちゃんが今度は隣の席で学ぶというわけである。
ローズ先輩がいた席というのは、私が部署で目標と仰ぐスタージュエリー先輩の隣なので、私は結構嬉しい。別に今までの席が嫌だというわけではないのだが、職人肌のワセダ先輩は作業を始めると没頭してしまうので質問がしづらい。そのためいつもわからないことがあるとスタージュエリー先輩に聞きに行っていて(私が新しい知識を仕入れていることをワセダ先輩にいぶかられて、私が「スタージュエリー先輩から教えてもらいました」というと「なぜ俺に聞かない!?」と非常に怒られるのだが、しょうがない)、ワセダ先輩のそばにいても意味がなかったりしたのである。それがもう、スタージュエリー先輩がお隣。省力化。ありがたい。
今日の午後一番でゼブラ課長(そう、ゼブラ係長はこの8月から課長に昇進したのである)から席替えのお達しがあって、30秒で「すぐうつります。今移ります」と断言、今週特にワセダ先輩から仕事を振られていないリボンちゃんにも「今でもいい?今すぐきれいにしちゃうから」と声をかけ、早々に荷物の片づけを始めてしまった。
本当は、今週金曜にチーム全体の席替えが計画されており、チームの方針会議でアンブレラ部長とゼブラ課長とワセダ先輩の3人が話し合って新しい席順が決まっていたらしい。しかし、どうせ10月にも席替えがあるかもしれないので、今やるのはやめてほしいと総務に言われ、必要最小限にとどめるという意味で私とリボンちゃんをピンポイントに席替えしたのである。
私が荷物をまとめていると、ワセダ先輩が打ち合わせから戻ってきた。課長が「連打屋ちゃん、席が変わるから。その席はリボンちゃんになって、連打屋ちゃんはローズちゃんのところになります」と告げると、やや驚いた様子だった。
チーム全体の席替えをもしやっていたら、ワセダ先輩と私は全くの隣ではなくなるものの、机ひとつ置いた席くらいの配置だった(どうやら、自分が統括するチームの配置ということで、ワセダ先輩自身が私やスタージュエリー先輩の席を決めていたらしい)。それがピンポイントの移動に変わってしまったので、私は何とワセダ先輩とは机5つ離れた、島のはしっこの席になった。
よくわからないのだが、席の配置とは業務に結構大きく影響するものらしい。自分の意図の外でいきなり私が荷造りを、しかも嬉々とした様子で(そう見えたらしい)即座に始めてしまったので、ワセダ先輩は少しばかり困惑しているようだった。
そう、この席替えとは実は大きな意味を持つもので、事実上私の独り立ちを意味するのだ。ワセダ先輩から見ると、今まで完全に自分のコントロール下にあったものが離れるというわけである。私は今まで半分ワセダ先輩の秘書のような立場だったので、まあ隣にいなければ少しは不便なのだろう。
「お前、はやいよ! しかも、何でそんなうれしそうなんだよ!」
「えっ…でももう今日しか空いてないんで…」
「俺はさびしい!」
ヒステリックに言われようが何されようが仕方がない。どうせ決まったものなら早い方がよい。ワセダ先輩が自分の仕事の忙しさと席が遠いのをいいことに、教育係になってからも特に教育らしきこともせずリボンちゃんを放置していることはよく知っている(何しろ隣の席なうえ、秘書みたいにいつもくっついているのでわかりたくなくてもよくわかってしまうのだ)。
そんなのはダメだ。ワセダ先輩に有無を言わさぬ位置に早くリボンちゃんを置いてあげないと、彼女の成長が妨げられる。
私が荷造りを始めたことへの反応を見ても明らかだが、秘書的な立場の私への依存度が高くなっているワセダ先輩には、ちゃんとリボンちゃんの教育係という立場へスイッチしてもらわないと非常に格好悪い。部下として、上司を甘やかすわけにはいかないし、私を甘やかさせることも許してはいけないのである。
それに、一番気になっているのはリボンちゃんの今までの席があまりよくないということなのだ。彼女の隣にいるマウント先輩はワセダ先輩の同期だが、仕事をさぼって女の子の席の周辺で油を売り、雑談に興じてばかりいる最低の男。そのくせ、自分が目をつけた女の子のやることなすこと妙に干渉したがる。以前はローズ先輩に干渉して、自分の仕事はそっちのけで頼まれてもいない異動の準備を勝手に手伝っていた。
こんな人の隣になっているばかりに、リボンちゃんもかなり余計な干渉を受けているようなのだが、新人のリボンちゃんにはマウント先輩の言っていることが正しいのかあてにならないのかの判断もできない。そのためにおかしなアドバイスを鵜呑みにしてしまうことがしばしば。こんな人の隣にいたのではまともな仕事のしかたを覚えられない。
私が今までいた席は、ワセダ先輩と学習院先輩の間。二人とも仕事中毒に近く、仕事のやり方は非常に有能だ。早くマウント先輩から引き離して、この位置においてガードしてあげた方がいい。
ちょうどよくワセダ先輩はマウント先輩を嫌っているから、彼が席替え後リボンちゃんに干渉しようとしても大丈夫。狡猾なワセダ先輩のことだから、(自分もマウント先輩には近くに来て欲しくないという理由で)リボンちゃんの近くに来づらい雰囲気を作ってくれることだろう。大体、仕事をしてない人は仕事をしている人のそばには近づけない。近づく理由がないから。
私はリボンちゃんとすでにこの2ヶ月で結構仲良しになっていて、リボンちゃんの身の上をずっと気にしていた。だからすぐに席の移動にとりかかったのだが、どうもそういう私の感情はワセダ先輩にはくみ取れないらしい(言ってないから当たり前だけど)。
それどころか、ワセダ先輩ときたら、リボンちゃんはマウント先輩のお気に入りになっているから、むしろマウント先輩に教育係を変わってもらいたいと私に言っていたくらいなのだ。昨日。きっとマウント先輩が関わる事柄にできるだけ関与したくないということなのだろうが、そんなことも聞いていたのでますます私はさっさと荷造りをする気になった。
アホか。上司にそんなことを言わせておくわけにはいかない。この1年でよくわかったのだが、ワセダ先輩は早く上にのぼりたいという野心をたっぷり持っている。そんなことを考えているくせに、甘ったれたことを言ってるようではダメなのだ。
そのためにも、秘書兼心理カウンセラー役の私はいなくなるのが上司のため。私としても、私に対して何かと過保護なワセダ先輩にガードされすぎるのを防ぎ、ひとりで仕事を進める環境へ自分を置かなければ、いつまでたっても「自分のやり方」を作り出せない。
というわけで、いろいろあって即座に自ら独り立ちしてしまった。こういうのに余韻を持たせるとろくなことがない。そこでワセダ先輩が打ち合わせでいないタイミングを狙い、いない間にさっさと終わらせようと思ったのだが見積もりを誤り、ちょうど引っ越しの最中に先輩が帰ってきてしまったわけである。
私がさっさと引っ越しをする様子を見ながら、スタージュエリー先輩が「おっ連打屋ちゃん、いよいよ独り立ちだねえ」と感慨深げに言った。そうそう、独り立ち。
新しい席は島の端っこなので仕事に集中でき、かつスタージュエリー先輩の隣なので質問が簡単にできる。それに、有能なスタージュエリー先輩の仕事の様子も隣からうかがえるというわけで一石二鳥。やっぱり、同じ人の仕事ぶりばかりを見ていても盗むものが少なくなってダメなのだから。
---- 席の移動が終了して仕事を再開した夕方ごろ、スタージュエリー先輩が席を外しているところにワセダ先輩がやってきて、スタージュエリー先輩の椅子に座った。
ワセダ先輩「…やっぱり、隣に連打屋がいないとなあ」
連打屋「…穴開けパンチは買った方がいいですよ」
馬鹿馬鹿しい話だが、ワセダ先輩はここ1年ばかり私が隣にいたため、穴開け用の2穴パンチをいつも私に借りていた。
ワセダ先輩「いや、もうリボンにいつも引き出しに入れておくように頼んだ」
連打屋「そうですか。よかったですね」
(そうそう、こうやって依存状態から抜けないとダメだよほんと。格好悪いったらないんだから)
そこへ、スタージュエリー先輩が戻ってきた。ワセダ先輩はまだ椅子から立たない。
ワセダ先輩「お前さあ、早いよ」
連打屋「そうですか? でも、今日ぐらいしか空いてなかったんですよ」
後ろで見ていたスタージュエリー先輩が、ひと言。
「連打屋ちゃん。さびしいっていうことだよ。そうですか、って言えばいいんだよ」
一体何なんだこれは。
---- ということで、私は今日から独り立ち。「仕事運がすごくいい」と言われた私の本領発揮は、一体いつになることやら。
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