| 過ぎ越したこの1年、およそ悔いというものが見あたらない。
今年の私はよく頑張った。さっぱり悔いがない。今死んでも別にいいくらい。
1月に嵐のような忙しさに見舞われ、2月末にとうとうインフルエンザから肺炎を発症して入院。親にも知らせず、ひとりで苦しい病気に一生懸命耐えた。自分で入院の準備をして、自分で退院の準備をして、入院して退院した。
ふらふらする体と戻りきらない体力のまま、会社に復帰。教育係のワセダ先輩に精神的な保護(さほど本質的には意味がない)を受けながら体力と仕事量を戻し、4月には異動したアップル先輩の仕事を全部引き継いだ。
重たい仕事を抱えさせられながら、8月には独り立ち。教育係の負担を減らし、次の新人の育成を促進するためにワセダ先輩の元を自主的かつ強引に離れ、新しい仕事をこなす。10月からは仕事量が加速度的に増え、結局毎週のように休日出勤。体調を崩しつつも何とか頑張って、ボーナス査定も1ランク上がった。
チームの個人日報では案件数がチームのトップクラスになった。「心配だ」とか「やだって言えばいい」とか全く本質的ではないアドバイスを受けながら、手伝ってくれる人は誰もいないままひとりで頑張って、仕事納めのあと2日も休日出勤して、やっと年末休み。
もう私は、これ以上頑張れないくらい頑張った。休日出勤以外の休日は、ほとんど寝て過ごさないとさっぱり体力が続かないくらいの疲れっぷり。何かが違うとみんな言うけれど、じゃあ誰が助けてくれるって言うんだろう。
私は仕事ができるようになりたい。だから私生活を削る。私がどれだけ個人の生活を放棄しようと、私の勝手だと言いたい。
だからといって、別に私は自分の人生について考えるのをやめたわけではない。年齢は私を追い立てる。仕事でも、私生活でも。私はよく頑張った。似合わない譲歩や、ガラにもない社交性を一生懸命絞り出して。
もう十分だろう。私は頑張った。誰もほめてはくれないけれど、頑張った。もう疲れた、眠りたい。
---- 来年もこの調子で走り続けたら、ぽっきり折れてしまうだろうか。あり得ない話ではない。でもみんな心配だと言いながら、私の負担を減らしてくれる人が誰もいないのも確かだ。
どこに行っても、私は私の生き方をするらしい。そして、どこに行っても同じようなシーンを繰り返す。何なんだろう。もしかすると、これがカルマってやつだろうか。楽観的な友人は「いつなにが起こるかわからないんだから」と私を励ましてくれるが、私にはどうしても、これは逃れられないループだとしか思えない。
---- それにしても、よく頑張った。私はもう、今年の自分を語るのに褒め言葉以外のものは何一つ思い浮かばない。何も非難すべき事柄がない。たとえわずかな瑕疵があったって、それを上回ってあまりあるほど私は頑張った。
詳細を知っている友人たちも、みんな口々に「頑張った、ほんとよく頑張ったよ…」とまるで私がホノルルマラソンを走りきったかのようにほめてくれるから、たぶん間違いはないだろう。
ひとりだけポンと部屋に放り出されたようになるこんな休日が一番苦手だ。客観的な自分の人生に向き合いたくない。他の人と比べて遅れていることを直視してひとつひとつ数え上げていったら、耐えきれない気がする。
これはよくできたパロディだろうか、それとも楽しげなピエロが手品のように広げた悪夢だろうか。普段は忘れているけれど、はたと我に返って自分の人生を見つめ直す時、「あれ、この状況って結構辛くない?」と思うことが多い。何なんだろうなあ一体、この私生活のなさ。
私は仕事をするのが好きだけど、女はそれなりの私生活を持って初めて一人前、みたいな世間の風潮が消えない限り、私みたいな人間はきっと一部が足りない人間のように思われるのだろう。でも、いまだどこかが足りない人間だったとしても、私は今の私を非難する気にはさっぱりならない。全力であがいて、頑張って、それでもまだ足りていないのだから。もういいというくらい自分で自分を苦しめながら頑張った自分を、これ以上いじめたくない。
ああ、頑張った。本当に、頑張ったよ…
---- というわけで自画自賛で終わるわけなのですが、今年もみなさまには大変お世話になりました。来年も、どうぞ宜しくお願いいたします。
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