それともあなたが自分から、ナイフの前に進み出ますか。
| 99/8/31(火) pm | 電気屋で吐き気 |
| 最近ヨドバシカメラに行けない。 なぜなら、行ってしまうと欲しいモノがたくさんありすぎて最後には吐き気がしてくるから。 近頃特に興味があるのは3D。あとアニメ。3Dの映像とアニメを作れるツールが欲しいんだよね。とっても。 NHK教育で「音楽ファンタジーゆめ」っていう小さな番組があって、そのオープニングに「コミー&ハーディ」っていう、マウスとデスクトップPCをコンビキャラにして3Dで動かしたミニアニメがあった。両方にかわいい顔がついてて、動く。かわいーのだ。 セリフナシのアニメ。マウスのコミーとPCのハーディの感情や動きを表すための音は全部効果音。きゅるきゅるとか、ふにゃとか。それがとーってもかわいくて大好きだった。CDコンポも時々出てきて(こっちはちょっと悪者キャラ)、コミーとハーディとコンポの3人で踊りを踊ったりするんだよね。これがまたかわいー。 あんなふうに、かわいーい3Dアニメを作りたいなぁ。 ヨドバシに行くとついつい、ソフトコーナーに行って3Dツールらしきものを見あさってしまう。で、単なる3Dツールだけじゃなくて、インテリアコーディネイトや建築とかに通じる、インテリアや建物の作りを決めちゃうソフトなんかも最高に惹かれるんですこれが。これもたぶん3Dだよね。 昔、初めて「MYST」っていうゲームをやったときは、建物が3Dでしかもやたらリアルでびっくりしたっけ。「Dの食卓」も「RIVEN」もすごかった。別世界をバーチャルで歩けちゃうあのステキさ。 でももしかして、こういうツールがあれば私も自分の好きな世界を作れるかも……なーんて考えたら心が躍る!!! こんなふうに頭の中はゴートゥヘヴン状態なのに、どうせこれが快適に動くようなまともなPC(G3とかさ)ないわ、もう書籍コーナーで1万円近く買ってるじゃんオマエ、もうバス代しかないじゃん……で結局我慢。その我慢のせいで吐き気してくるわけです。 言い出したらキリない。書籍コーナー→PCコーナー→ソフトコーナーって回っていくんだけど、書籍コーナーでさえ我慢してる始末だから。買うけど買い切れないんです。一度書籍コーナーで思う存分買いたいです。10万もあれば満足できるはず。 あーなんか、書いてたら欲しくなってきた。うーー……。サムバディ、プリーズ・ギヴ・ミー・マネイ! |
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| 99/8/30(月) pm | 人に会う日 |
| 今日、仙台駅に行く途中で偶然大学の同級生に会った。1年生の時に同じクラスだった女の子だ。ずっと疎遠になっていたので驚いた。駅に着くまでの10分くらいの間歩きながら話をした。 就職していない、今は実家に帰って自分探しをしている、と彼女は言った。 私と同じだね。ただ何もわからず何も決まっていないというどうしようもない状況なだけ。私たちみたいなモンにもそういう言葉があって便利だね。本当は「自分さがし」なんて甘ったれた言葉で大嫌いだ。でも自分自身がもろにそうだから何も言えない。 4月から数ヶ月、いろんな事やって、それぞれを一応精一杯やっているつもりだけど、果たしてそのうちの何%が自分にとってほんとうに有益なことなんでしょうね。ひとりで夜道を歩く帰り道なんかに気づくんです。「あそっか、実は根本的なことは何も解決してないんだ。」って。んもう、ぞっとしちゃうワ。 純粋にメリット・デメリットを追求するならば真っ先に捨てなくてはいけないものがいくつかあるはず。なのに捨てられない。もし捨てたら捨てた自分を嫌いになってしまうから。乗りかかった船は沈没するか次の港につくかするまではどんなに最低な船でも降りてはいけないというワケのわからない義務感。ワタクシお得意の戒律だね。 ずっと昔のことと似ている。将来のためには全くならないし自分の価値も認められず精神的ダメージになるだけだって薄々気づいていたものを、意地張って結局最後まで捨てなかった。あれは、私にとって何だったのだろう。やっぱり単に、自分を嫌いにならないだけのためだったような。 まあいいや、あの時は、あのあとツキが回ってきたんだから。修行だ修行だ。ムダでも修行なんだと思っとくか。 そういえば、その後仙台駅で今度はオブチ首相に会った。ホント偶然に。普通のおじさんで、思わず笑っちゃった。 |
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| 99/8/29(日) pm | 世界の国からコンニチハ |
| 友達がICQを入れたことが最近になって判明したので、私もしばらくお休みしていたICQを再開してみた。 このICQ、知ってる人のオンラインがわかるのは非常に便利なんですけど、ワケのわかんない人からコンタクトリストに入れられてしまうということもあるんですよね。まぁホントにイヤなら防ぎようはいろいろあるんですけど、なかなかスリリングで面白いからそのままにしている。 ところがなぜか私のICQ、ある時点から外国の人からのコンタクトが非常に多くなっちゃったのです。誰もみんなそうなのかなあ。オンラインにしておくと必ず1時間に1回は「コンタクトリストに入れられた」というシステムメッセージが来て、相手の個人情報を見ると国名が必ず外国。 どれもこれも外国。しかも地域はバラバラ。香港カナダマレーシア、フランスロシアマカオ、韓国オランダチュニジア、まさにワールドワイドなんですよ。多いのはやっぱりアジアの国だけど、ゆうべ遂にアフリカ大陸まで及んで目をむいた。ロシアの時もびっくりした。サンクトペテルブルグだって。チュニジアもサンクトペテルブルグも、地理の授業でしか見たことない地名だ…。 大概は忙しかったりして無視リストに入れてしまうのだけど、ごくたまにそういう人としゃべることもある。もちろん英語。四苦八苦。リプライが遅いから向こうはイライラするだろうと思うけど、こんなカタコト日本人にコンタクトしてきたのは相手の方なのでご了承いただく。 ICQはナンパ目的で使われることが多いけどこの場合もご多分にもれず、香港あたりならナンパ目当ての人も多い。でもさすがにチュニジアやロシアならナンパ目的の奴ではなかろう(ナンパするには遠すぎる……)。そういう人たちとなら、有益な会話ができそうだ。いいね、知らない国の全然違う文化の人。 英語がもっと話せたら、きっと楽しいんだろうなぁ。全然しらない国の人と話がはずんだら楽しそう。海はきれいかとか、休みは何をするかとか、好きな本は何かとか。共通の話題を見つけるのもおもしろそう。ゴッホの絵の話とかできるんだろうか。あの絵の黄色がいいよね、なんて。ステキ。 こりゃもしかして、「連打屋、英語を勉強するのじゃあ〜」という神様の思し召しなのかしら。 |
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| 99/8/28(土) pm | ピノコは2番か1番か |
| 先週から、土曜日の昼間にアニメ「ブラックジャック」をやっている。私は「ブラックジャック」が好き。中でもブラックジャックのそばにいつもいるピノコがいい。 ピノコをみていると、何だか哀しい気持ちになる。舌足らずなこどもみたいだけれど、あれでもピノコは確か20歳だったと思う。ピノコは正常に生まれていない。ブラックジャックがばらばらのパーツだったピノコを人間の姿にはぎ合わせた。それ以来ピノコはずっと、ブラックジャックの助手のような役割をしている。 ピノコはいつも、いじらしくブラックジャックの世話を焼く。まるで妻のように、いつもブラックジャックのそばにいて、小言を言って、料理して。往診には、自分と同じくらいの大きさをした往診カバンを両手いっぱいに抱えてついていく。 ピノコとブラックジャックの関係はあいまいだ。父と娘の関係には見えない。それに、怒ったピノコが「リコンする! フリンしてやる!」と電話で怒鳴るところを見ると、ピノコの方では夫婦の感覚に近いみたい。 でもブラックジャックの方には、永遠に忘れられない人がいる。病気のせいで女性から男性になってしまったかつての恋人をブラックジャックは忘れられない。 ブラックジャックの1番近くにいるのはピノコ。過ごした時間もピノコの方が彼女に勝っている。だけどやっぱり、どんなに近くにいても、どんなに一生懸命つくしても、ピノコはブラックジャックの「1番」にはなれない気がする。1番近くにいるけれど、永遠の2番のままなんじゃないかと。 「ブラックジャック」を観たり読んだりしてるとき、1番気になるのはそのことで、私はピノコがブラックジャックからどう思われてるのか、逐一チェックしようと目を皿のようにしている(だけどブラックジャックは女性全般に優しいので全くわからないのだ……)。 もっとも私は、決して1番であることがいいなんて思わないけど。わけのわからん理想にまつりあげられフィルタのかかった目で1から10まで見られるのはツライ。 2番ならプレッシャーもなくて気楽だし、それでいて相手の1番そばにいてすべてを掌握できるんだったら、そっちの方がはるかにおいしいよね。 |
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| 99/8/27(金) pm | スペシャル夢判断 |
| 最近変な夢ばっかり見る。悪夢ばっかり。 中でも圧巻で後味が悪かったのは、おとといの夢。 古ぼけた木造の家の中の一室(これまたボロめ。8〜12畳の古い畳の部屋)。他の人たち数人(知らない人ばっかり)と一緒にいる。そこへ、応援団がぞろぞろやってくる。めんどくさいし関わりたくなかったので(高校時代、図書委員で応援団批判の座談会を主催したほどの応援団嫌いなんで)「私、寝る」といって寝ようとした。 応援団は部屋にいた他の人たちと一緒に歌を歌ったりし始めた。しかもその団員たちはやたら厚かましく図々しく、嫌だという私を無理矢理仲間に入れようとするのだ。しかもやたらなれなれしくて最悪。腹の立った私はパジャマのまま、バッグも財布も持たずにフイッと外に出ていく。 腹立ちおさまらぬままふらふらひとりで歩いていると、後ろから「お前歩くの、おっそいなー!」と言う声。ある人(なぜかこの人だけは現実に存在する知り合い)が、私のあとを追って出てきたらしい。 実は、その人は私が怒って出てきたのを一応気にして来てくれたのだった。はじめの一言の後は「ごめんねー、ほんとに。」ってしきりに応援団の無礼を謝っていた。でも「お前歩くのおそいな」というセリフに私は神経を逆撫でされており(気づかうなら他にかける言葉があるだろう!って)、相手が何を言おうとも全く無視。イライラしながらずんずん歩いていく。 っていう夢。いやもう最悪。むかむかした気分を目覚めてからも憶えてるの。この際一応夢解きしようかと思ったけど、全然できなかった。 でも何と、その日の夜友人に話したらものの見事に夢判断してくれた(別にその道のプロでも何でもないけど、私の私生活を見ててそう思ったみたい)。 あまりにピタリな夢判断で絶句(諸事情あるので解答はお教えできないんですすいません)。納得できる夢解きだったんです。 だけど、人によって解き方、ちがうんだろうなぁ。 |
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| 99/8/27(金) pm | 怖いモノいっぱい |
| 最近、夜になると仙台市街部のアーケードが怖い。ホントに怖い。夜の10時にアーケードを通るときはもう何て言うか、「おびえ」って体中に浮き出ているんじゃなかろうか。 アーケードを「通り過ぎる」ためにいる人は全く怖くない。怖いのは「そこにいる」のが目的でそこにいるヒトタチ。 前(7/29)に深夜のアーケードを震え上がりながら一緒に歩いた友人と、ゆうべもまた怖い怖い言いながらアーケードを歩いた。まだ夜10時だったけど、広瀬通と定禅寺通っていう、でかい通り2本の間をつなぐ数百メートルが、特に怖い。ここを夜10時以降に歩くときはもうホントに怖くて。ふらついてる男の人たちがこわい……。 仙台ローカルの番組でも言ってたけど、最近このアーケード周辺は治安が悪化しているらしい。繁華街だからある程度治安が悪いのは前からだけど、ここ1〜2年は特に悪化してる気がする。暴走族も出るらしいし。私も友人もミニサイズ(身長150センチ前半)でハンディなので、簡単に担いで持ってかれそう。 そうそう、こないだ深夜番組で首都圏の「カラーギャング」とかいう人たちにインタビューしてたけど、聞いてると彼らはラチもゴーカンも別に何て事ないらしい。罪悪感も抵抗もない。もっとも自分の命も物の数じゃない人たちだから、仕方ないだろうけど。 お店に入って1時間くらい、指先の震えが止まらなかった。でも何もなかったのに私のこの怖がりようはさすがに異常ですよね。私には何かトラウマがあるんじゃなかろうか。でも幼児期は至って普通だったし幼児期のじゃないと思う。……前世? 怖いモノをつないで前世のトラウマを探ってみようか? 血と鼓動関連(赤い色とか手首とか)恐怖と男性恐怖・接触嫌悪(両方軽度ではあるけど)。全部つながる前世…うっ。 …でも、今世だったらもっとヤダ…。 |
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| 99/8/25(水) pm | 研磨剤 |
| 「受かりたけりゃ、自分を磨け」 色彩検定の勉強をはじめるとき、スクールの先生は言ったね。って、こんな言い方じゃないけどねもちろん。 「自分を磨け」っていうのは、「勉強しろ」ってこととは別。オプションなんです(でも必須)。まさか検定試験に受かる心構えとしてこんな事言われるとは思いがけなかった。けれども、いくら思いがけなくても必須なのだ。だって検定のための参考書にもばっちり書いてあるんだから。自分を磨け、みたいなこと。 だから、(もし落ちるにしろ)努力不足で落ちるのは嫌だから、とにかく自分を磨くための努力をせねば。 でもいったい、どうすりゃいいの? エステ通いするか、服の衝動買いか、それとも顔にぬりまくるか、激ヤセか?? いろいろ考えたけど最近、自分を磨くっていうのはもっと小さいことみたいな気がしてきた。ワタシに欠けてるのは細部の充実。例えば、ニチジョウのつまんないものに、金かけたり手をかけたりして大事にすること。生活に関わるちいちゃなことに。 たとえばコップ。たとえばベッドカバー。たとえば靴下。たとえば鍋。たとえばタオル。たとえばお皿。……つまんないモノばっかりでしょ? でも思うんです。つまんないモノを大事にしてないってことは、自分を大事にしてないってことと同じなんじゃないかって。 あまり法外には金かけないけど、でもなるべく色や形が好きな、ある程度質のいいものをそろえるんだとか、そんな心構えが結果として自分を良くしていく気がするんです今のところ。「まぁどうせ使うのは自分だし、こんなもんか」っていう買い方じゃなくて。結局それって、「自分なんざこんなもんさ」って自分に安値をつけずに。今までめんどくさくて放り出してたからがんばるのだ。 これが私の「自分を磨く」の解釈なんですけど、間違ってる?(……まちがってそーだ……) |
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| 99/8/23(月) pm | 孤独のメディア |
| 小学校の時読んだ「がまくんとかえるくん」というお話。かえるくんが親友のがまくんちに来てみると、がまくんは家の玄関でずっと誰かからの手紙を待っている。最近ポストをつけたので、お手紙が来るのを勝手に待っている。でも結局一日中来なくて、がまくんは悲しむ。 留守番電話もファックスも、携帯・PHSもEメールも全部、人間が更に孤独に陥るためのメディアだ、と誰かが言ってたっけ。 確かにコミュニケーションはとりやすくなってるよね。切手貼って出す必要もないし、会う必要はないし、リアルタイムで話す必要もないし。そういう面倒な手間をかけなくてもコミュニケーションは一応とれるんだよね。 とりあえずさびしいから連絡とりやすいようにたっくさん道具をそろえました。だけど結局誰からも何も連絡がこなかったとき、道具をたくさんそろえた分だけ空しくなりませんか。それは不可抗力な理由とか、自分でも十分理解・納得できる理由から起こっている事だとしても、リクツでさびしさは癒えないわけだし。 何も道具を持ってなかった頃は、誰からも何も連絡がなかったときも「きっと連絡とりたくても方法がないのに違いない」っていう、逃げ場所があったはずなんだよ。だけど今はもういろんな道具があるから、「あれもあるしこれもあるのにどうして?」って、道具が逆に自分を追いつめてしまう。 しまいには「1分のメッセージ、1行のメールがないのは自分が人間的に価値がないせいだ」と思っちゃうからね。まあ相手にとって自分が全く重要な存在じゃないから連絡来ないっていうのもたまにあるけど、1分1行の事ができないくらい相手が忙しいっていうこともあるわけで、もしかするとそんなに落ち込む事じゃないのかもしれないのに。 私もとりあえずいろんなツールをそろえています。留守電あるし、メールアドレスあるし、PHS持ってるし。でもマトモに機能してるのはかろうじてEメールくらいのもの。 PHSは半ば死んでて、時計の内蔵された電話帳の役目しか果たしてない。留守電は、誰もメッセージを入れずに切るので意味をなさない(たまにため息が入ってることがある)。しかも電話線はほとんどネットに占領されるので意味無し。 もちろん勝手に待ってるだけじゃダメでしょう。自分から働きかけてもいないのに何かが来るなんて思うのは間違い。でも自分から懸命に働きかけてるとやっぱりその分だけ何もなかったときのショックが大きいからこれも善し悪しかな。 私が普段電話線をネット用モジュラジャックで占領しても平気でいるのは(たとえネットをやってなくてもね)、一日中電話用にしててもかかってこないかも知れないからなんです。空しいじゃないですか。電話用にずっとしてたのに電話が来ないと。 どちらにしろ、たぶん「さびしい」なんて思えるって事はそれだけヒマだってことです。本当に忙しい人は、さびしいって思ってるヒマもないはずだしね。 がまくんは少し労働するとかすればよかったのでしょう。お手紙が来ることを待つなんて考えも浮かばないくらい忙しく。あのあとかえるくんががまくんを気づかってお手紙を出してくれたのは、それだけかえるくんがヒマだったからなんだもの。かえるくんだって忙しくなればそもそも、がまくんの家になんて来ない。 |
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| 99/8/23(月) am | ぐったり |
| 家にいるとき、私はいつもぐったりしている。 他人と一緒にいるとそうでもないけど、自分一人になるとどうしても「ぐったり」してしまって大変。そしてぐったりして過ごしていた1日を振り返って自己嫌悪に陥り、またぐったりする。 気分転換につけた日曜日の日中のテレビはけだるくてますますぐったりする。「報道特集」や「ザ・スクープ」のような緊迫感のある番組を日曜日の日中に流せばいいのに。日曜日の間延びした番組の数々はどうもいたたまれない。 かといっていたずらに外で活動を始めるとやりすぎて、家に帰ってからまたぐったりするのだ。 私は下手に休みをもらうと休みすぎてしまうし、仕事を始めるとやりすぎてしまうし、こんなのは何だか嫌だ。 と、こうやって書いていたら、何だか急にしゃきっとした生活がしたくなった。日記が内省のためにあるっていうのは本当なのね。 |
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| 99/8/22(日) am | テレタビーセッド、 |
| 今年もまた、日本のテレビ史に残る迷惑番組が放送されている。その番組の名は、24時間テレビ。 あんなもんでチャリティーだなんてちゃんちゃらおかしいや。あんなお祭り騒ぎでチャリティーなんて、そもそも間違ってる。そう思いませんか。 どっかの掲示板に「あんなの24時間ぶっ通しで放送するくらいなら、日テレが24時間放送停止してその分浮いた費用を募金する方がいいんじゃないか」っていうのがあったけど、確かにそうだよ。 それに、毎年誰かが走るけど、あれはチャリティーとどんな関係があるの? 実は募金なんて、日テレが視聴者の良心を刺激して視聴率を稼ぐための口実でしょう? なぜ募金するのか、一体どんな問題が起こっているから募金をするのか、そういう、問題の本質と全然向き合ってない。 結局、「俺たちって偉いよね、募金してやって偉いよね? ひゃっほう募金、偉大なるオレタチ!!」っていう、手のつけられない自己満足お祭り騒ぎ番組。あんなもん喜んで見てる奴はいるのか? みんな迷惑してんじゃないの? 視聴者にとっては迷惑この上ない。ただ出演者たちの偽善者ぶりを見せつけられるだけじゃなくて、番組的にも時間ワクがめちゃくちゃで、どのワクで何をやってんのかさっぱりわからんし、中身のないことばっかり全国ネットで垂れ流し。 本人は一生懸命やってるのか知らないけど、50過ぎのおじさんが無理して走るのを延々放送するより、世界中で起こってる内戦や飢餓や犯罪や偏見や差別や、その他諸々の問題を真面目にドキュメントした番組をみっちり24時間うつしたらどうかね、日テレくん。そして、普段真面目に考えてる姿が想像できないお笑い芸人たちに、真面目にそういう問題を勉強させて考えさせる。 いつもは新聞なんて読まない若者たちも、ナインティナインやロンドンブーツが真面目な顔して考えるような24時間テレビだったら、きっと自分でも少しは考えるんじゃないの? 世の中にはみんなできちんと考えるべきものがあるってことを。その方がよっぽど、意味深い24時間テレビだと思うんですけど。 |
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| 99/8/21(土) am | こんな書き方もいいでしょ |
| (日記を書き始めて3ヶ月になるけど、そういえば「日記」っぽい書き方ってしたことないのね。今日は何をして何をして…っていう。よし、たまにはそういう書き方もいいでしょう。) 今日は髪を切って買い物をしようと思いたった。思い立ったのちょっと遅いから(午後5時)遂行できるか否か心配。まいっか。 まずいつもの美容室に髪を切りに行った。そしたら何と、担当だった人が先月いっぱいで退職しちゃったらしい。3年くらいずっと担当だったからさびしかった。だが最近店の方針が変わったのか、接客が良くなったりカウンセリング制度ができたりして、できあがりは満足。退職した前の担当さんは田舎に帰って店を出すらしい。どうかお元気で。 中央通りで、初めてマツモトキヨシを見る。最近進出したんだよね。んー、都会に住んでるって気がするワ。一部上場に上がって良かったね。よし、今度何か記念に買いに行こう。今日は時間がないからゴメン。 ダイエーで安物のパジャマ(1500円)とクレープ(持ち帰り用)を買って帰る。パジャマにはお金をかけたいのが本音だけどお金ないから…。ああ、5000円〜7000円くらいのパジャマ着たい。 どれ、クレープ食べよっと。 |
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| 99/8/20(金) pm | 適応力 |
| きのう、自転車に乗った。しかし自転車に乗らなかった一週間もの実家生活がひびき、持久力が前より衰えていた。それがショックで躍起になってペダルをこいでいた。 とりあえず、耳元のヒスブルの曲とテンポを合わせられれば合格なのだ。 仙台駅で改札を出たばかりの時はとても違和感があった。でもその翌日には、建ち並んだビルも少ない緑(仙台は緑が少ない方ではないと思うけど、うちの田舎に比べればやっぱりものすごく少ないんです…)も、もうすっかり普通のことのように平然と自転車をこいだりしている。 こういうときに、自分の適応力ってものを思い知らされるのね。 たぶんこれは仙台に長く住んだからこの程度の時間で適応できるのであって、きっと東京なんかだったらそうはいかないんだろうなぁ。 東京は怖い。アタマでは仕事を見つけるなら結局東京かな、と思ってるけど、でもやっぱり東京に臆病になってしまう。それはひとえに、自分がものすごい不適応を起こすかもと思うから。だって国分町が怖いのに、東京なんかに適応できると思います? だけど案外、住んじゃえば結構楽しげにしてんのかなぁ、私。 |
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| 99/8/18(水) pm | 恐ろしの観音 |
| 実家から帰ってきた。伯母に会ったり本家に行ったり友達と会ったりできたのでとても面白かった。 友達と会ってあちこちドライブに行ったのだが、私は初めてミステリースポットかも知れない場所というものを見てしまった。 それは自分の通っていた高校からも遠くない、一刀彫で有名な観音堂。実際に観音堂に行くまでは全然平気だった。でも石段を上がって山門の前に来たとき、一気に異様な雰囲気に変わって、友達と2人で門を入ることもせずに帰ってきてしまった。 別に何を見たとか聞いたとかいうわけでもないが、やたら空気が重くて怖かったので入りたくなくなってしまった。友達もそうだったのでバカにされることもなくすんだので良かった…。 門から見える中の様子もいかにもな感じだった。ぼろぼろの観音堂があって、石の小さな塔(昔の人のお墓に似てる塔)にぼろぼろの紙切れみたいなの(たぶんお札?)がところどころ貼ってあってこわかった…。中には家族連れみたいな人たちが一組いたけど、よく怖くないなぁと思ってしまった。 果たして、あれはミステリースポットだったの? ……うーん。 |
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| 99/8/17(火) pm | コシカタユクスエ |
| 絶対○○のまま、なんてことはないんだねぇ。 不思議なものだと思うけど、時間が経つとそれなりに、どんな人のどんな重たい運命の輪も回ってしまうのである(自分含む)。 たとえば火がないからトマトはずっとトマトのままだってこともなくて、トマトも太陽の働きかけによって自ら溶けてトマトジュースになっちゃうかもしれないし、ナスはナスってこともなくて、自ら石の下に潜り込んでナス漬けになっちゃうかもしれない。 私だってなぜだか今まで大嫌いだったはずの槙原敬之の曲を突然好きになっちゃうし。(ほんとこれは誰か止めてやってくれ。よくわかんないけど聴きながら泣いてるからさ……これって男の気持ちが理解できるってことか?…いやそんなはずは…そうだったら今こんな日常に曝されているか?…いや、むしろ「だからこそ」なのか?…とにかくダレカナントカシテクレ) 何がきっかけで車軸にたっぷりオイルさされるやらわからないのね。回る輪っか同士もぶつかり合ったりけしかけあったり、止まったり方向変えたり速くなったり遅くなったり戻ったり、ぶつかり合う輪と、助け合う輪も入れ替わるし。 人間のコシカタユクスエを操ったり見たりしている神様がいたら、きっと楽しくて楽しくて、笑い過ぎで日々腹が痛いだろう。 |
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| 99/8/16(月) pm | 実家モード |
| 帰省4日目にして、体が実家モードに戻りつつある。この暑さにもショックを受けなくなってきたし、午前中から活動できるようになった。 午前9時という時間が、普通になってきたし、午前11時に目を覚ますっていうことに罪悪感を感じるようになった。 しかも、じっとしているのにも何か罪悪感を感じるようになっちゃって、たえず体を動かしている。クーラーの設定温度が22℃であることにも違和感を感じるようになってきた。 それにしても親子は似るのだろうか。父親(大沢たかお好き)なんだよね。クーラーが珍しいんだか何だか知らないが(実際、実家に設置されたのは今年だから珍しいんだけど)、設定温度22℃にして、さむーい部屋で冷風の直撃を受けるのを幸せそうにしているのも、車の中を異様に冷やすのも。あの新しもの好きは何とかならんもんか。 |
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