ああ、神様。

 

 

99/9/29(水) pm 命を守る暴走族
今日、初めて暴走族を見た。

仙台の街で最近暴走族の活動が活発になっているということはかねがね聞いていたので、怖ろしいからそーっと見ていた。ちょうど、大きな通りが2本交差する交差点のところで。

そしたら、暴走族は右側の緑矢印の出た赤信号でぞろぞろ交差点に侵入してきた。アリの連隊みたいだった。そしたら、先頭の2人乗りのおにぃちゃんの後ろの人が、頻りに腕を右の方に振って合図。それに合わせて、後ろのぞろぞろの人々も一斉に右折についていく。

でもある意味のろのろの暴走族だから、当然緑矢印が出ている間に右折しきれるはずもない。すぐに完全な赤信号になったんだけど、それでも容赦なく交差点に侵入してくる。

ありゃ、これじゃあ事故になっちゃうよ……と思っていたのだがなんと!! よく見たら交差点には、侵入してくる車両があるだろう車線のところにきちんと2人乗りバイク(もちろん族の人)が駐まって、クルマの流れを遮っている。

しかも、後ろのおにーちゃんはきちんと手に物干しざお(細身、青)を持って。ご丁寧に、その棒を踏み切りの遮断機みたいにして遮っていた。

なるほど、そうだったのか!! あの棒は、そういう使用法もあったのね。結構実用性があったのか。

それとももしかして、人を殴るために持ち始めた棒を、族の中のとあるおにーさんがある晩偶然車両を止めるために使い、その他のみなさんも「おぉ、こりゃ便利だ」とか思った瞬間があったのだろうか。期せずしてそれは慣習・文化になってゆく。まるで猿のイモ洗い行動伝播バナシみたいで結構感動的。

人を傷つけるためのはずの棒が、逆に族の人の命や、交差点に侵入してしまうかもしれないドライバーの命を守ることになるなんて。

よく考えれば、族のみなさんがバリバリブォンブォンならしているのは、「近づかないで、ボクタチあぶないから」って周りにきちんと知らせている分、ある意味そこらの無謀ドライバーよりマシかも知れない(当然騒音公害ではあるけど)。

ウインカーも出さず減速もせず一時停止もせずに交差点の真ん中に突っ込んで、同乗者や他のドライバーの命を危険にさらす奴の方が、よっぽどタチが悪いよね。

99/9/28(火) pm ボナールの画集
初めて、朝日新聞をとっていてよかったと思った。

なぜなら、紙面下部の書籍広告に、美術全集の画家の名前の最後に、ボナールの名前がほんの少し出ていたから。

私が大好きな画家なのです。私の乏しい美術経験では、西洋の画家のうち1番好き。

けれど、中学の頃から好きだったのに探しても探しても画集も出てないし、ネット検索してもひっかからないし、一体どこのどんな画家かもよくわからない。もしかして今も生きていたり……するわけないか。

フルネームはピエール・ボナールって言うらしいから……フランス人かなあ。生きてた時代も知らない。モネとかルノワールとかゴッホとか、ああいうメジャーな人の画集はよく出ているけど、ボナールのは探してもなかった。

ここ1〜2年、上野の西洋美術館に何度足を運んだことか。でもそのたび月曜日だったり美術館が改装工事をしていたりして試みは失敗に終わってました。

たった一枚の絵を目当てに行くのっておかしいだろうか。でも上野の西洋美術館はボナールの絵、宮城の県美術館は村山槐多の絵を目当てに行くから私にしてみれば普通(そう言えば、ボナールの絵も村山槐多の絵も小さいサイズの絵だっていうのが共通してます)。

ずーっと以前(3年前)に西洋美術館に行ったときは、ミュージアムショップで絵はがきを探しても、ボナールの絵の絵はがきは一枚もなかったんです。モネの「睡蓮」グッズは死ぬほどあるのに、ひどい!! 同じに美術館にある絵は全部絵はがきにすればいいのに。

画集が出たとあっては、ぜひ買わなくちゃ。こんな経緯なもんだから、中学校の美術の教科書と西洋美術館のボナールの絵しか見たことがないから。

早く画集で、他の絵も見てみたい。

99/9/27(月) pm ない! ない!
とうとうG4が来た。本当に今までお騒がせしました(でもたぶんこれからもお騒がせがしばらく続くんじゃないかと……)。

でもまだページ更新するにはツールが足りないので(FTPソフトがありません)、今日も変わらず膝の上に乗せられるコンパクトなB5ノートで更新しています。

それにしても、ポスペ入れるなんて言っておいていざとなったらポスペのCD-ROMはないわ、大きな画面に圧倒されてどぎまぎするわ、IEのお気に入りやOutlookのアドレス帳インポートのやり方はわからないわ、丸いマウスはやっぱり慣れないと使いづらそうだわで、前途多難です。

反面良かったのは、親切な友達が来てくれてセッティングを手伝ってくれたこと、コントロールキーがホームポジションに置いた左手小指の隣にあるというキーボード配列、そしてATOK辞書が無事移し替えられたこと。なによりファーストマシンがG4なんて、嬉しい限りです。

まだ頭空っぽだけど、後々はいろんなものを食ってデキルMacになってくれ、旦那よ。そのためにも私は頑張って整備しなくちゃ。

99/9/26(日) pm 徹夜でお掃除
私は掃除が…整理整頓というものが大の苦手です。

不思議と外では大丈夫なんです。掃除もやるし。どこに何をどう入れればいいか、収納がある程度システム化されて、どこにどうやってものをかたづけるか自分で考える必要がないから平気なんです。

でも家では違うから、もう頭が痛い。収納の仕方を考えなきゃいけないんですよね。この部屋のどこにどんな収納の工夫を凝らすか、っていうのを考えるのが本当に苦手で、たまに「知るか!」って叫びたくなる。私はそういうのがホントに苦手で、どうすればよくモノが収まるか見当もつかないんです。

最近、バイト先の事務の女の人(この人も整頓が苦手)とも話をしたことがあったのだが、たぶん育った環境のせいもあるよね、という結論に達した。

彼女も私も実家はど田舎の一軒家で、ある程度広さだけはあったから、モノなんて増えても庭の物置小屋に放り込んでおけば全部「なかったこと」にできてしまったのである。それこそ、極端な話、置き場所に困ったら庭先に放り出すことだってできた。

だから、「外に全く出さずに与えられたスペースにきっちり詰め込む」という練習……たとえばここはこうやって詰めればいいのか、っていうアイデアの蓄積がないんです。

部屋のスペースを測ってラックや本棚をどう置こうかと考えたり、この押し入れの中はどうやって効率よく収納しようかとか、考えようとするともう!!!頭が痛い。全くわからない。

昨夜なんてマックの置き場所を確保するために夜っぴて掃除。私の大大大大嫌いな家具の位置替えまでせざるを得ず、もう腰痛くて耐え難かったけど、大事な大事なマックのためなら嫌いなことでもやりました。マックが来たらこれから部屋がますます狭くなるわけですし。

やりたくないー!と思っていても、腰を据えてやれば結構やれるもんですね。何とか位置替えも成功、マックが来ても大丈夫なほどのスペースは確保できた(と思う…)。

大きな救いは、早めに妹に電話して手を打ったので、置けないし必要のなくなったものを今朝実家にクルマで持ち帰ってもらったこと。ありがとう妹よ。

結局、やってることの本質は昔と変わらないじゃないか……ああ、みつごの魂百まで。

99/9/24(金) pm んん?
おととい、メールチェックをしたら、ある大学の学生さんからアンケートメールが送られてきた(って私も学生だったっけ一応)。

「なぜネット上で日記を公開しているのですか」とか「ネットで日記を公開していてよかったと思うことは何ですか?」とかそういうアンケート。

自分ではたと考えてみて、大笑いしてしまったのは「ネットで日記を公開していて悪かったところはなんですか?」という質問だった。

私の答えは、

「日記を読めば私の近況がわかってしまうため友人たちが電話したり会ったりという直接の接触をあまりしてくれなくなったこと」

でした。

まさに私の存在はサイバースペースにしかない状態なんだなぁということにはたと気づいて大爆笑でした。宇宙刑事ギャバンやスケバン刑事以下じゃないか。

ギャバンは司令官とテレビ電話みたいなので話して指令を受けていたし、斉藤由貴は暗闇指令からビデオで指令を受け取っていたぞ。少なくとも顔や姿や声といった本人に直接つながる要素をひとつかふたつはもらってたじゃないの。

でも別に私はネットを否定してるわけじゃないです。便利さをよく知ってますし、ネット上の人間関係は楽しいと思います。

とおーくに住んでる人や、普段なら話す機会のないたくさんの人たちと話ができるツールなんて素晴らしい!!と日頃から強く思っております。地方・都会の格差もないし距離もないなんて…と涙にじむ思いさえするほどです。

加えて、会えなかったり電話できなかったりする原因は7割方自分のせいです(つかまらないらしいです、私)。それでもたまに「ああ、あの友人の肉声を聞いたのはいつが最後だったろうか」とか思い返したりすると「こんな自分っていかがなモノか」と思うこともある、という勝手な言い草なんですねこれ。

さびしいとか何とかは横においといて、こういう存在の仕方が普通にあり得るということは、

私がもしこの部屋で既に2ヶ月前に死んでいるのに、自身は死んでいると気づかず幽霊になって、

腐りゆく自分の肉体の前で、ひとりカタカタ毎日ページを更新したりメール書いたりネットサーフしてたりするのだとしても、

だれも気づかず私は「生きている」とされる、いうことも起こり得るんですよね。ネット上でしか確認できていないのに、「生きている」って断言できませんよね。魂だけなのか、肉体を伴っているのか、それは実際見てみなきゃわかんないんですし。

そうかインターネットってのは、人の死を無効化するメディアだったんか。

それとも、人の存在自体があやふやなもんなのか。んん? だんだんわからなくなってきたぞ…

あ、でもこれだけはいっときますけど、ちなみに私、生きてます(うーん、これじゃますます連絡とられなくなっちゃうなぁ)。

99/9/23(木) pm またウソ日記
ネタがないので、というかパソコンネタになってしまうんでもう聞きたくないひともいるだろうから、以下創作(初めて読む人は99/9/899/9/10の日記をお読み下さい)。

Tが年下という事実は、こうやって思い出さない限り忘れてしまう程度の小さいコト……ではないはずなのだ、私にとっちゃ。何たってずっと、結婚相手が年下なんて絶対ダメ!だと思っていたんだから。

理由なんて考えればすぐわかる。世の中には「わたしがーおばさんにーなーっても」っていう歌もあるくらいなのだ。ただオバサンになるだけでも世間じゃ大問題であるらしいのに、ましてや、相手がオジサンになるより早くさっさとオバサンになってしまうんだから大変。年下なんかと結婚したらさっさと捨てられるのが関の山ってことだ。

捨てる気持ちがわからないなら「捨てんな!!」って怒ることもできるし、「そんなことはあるわけないわ」って相手を信じきってしまうことだってできる。だけど私は違う。「捨ててもしょうがないよなぁ」って思えちゃうんだから。理解できてしまうのだ。新しいものが好きな気持ちは、私も新しもの好きだからよくわかる。

Tに結婚を申し込まれた日、夜寝る前にベッドの中でふとTが年下だったことを思い出し、「きっといつか捨てられるよなぁ」ってぼんやり考えた。もちろん私だって捨てられるのは好きじゃない。理解できるのと好き嫌いは別ものだ。だから、年下は絶対ダメって思っていたんだから。

なのに何でOKしたのかっていうと、それは私にもよくわからない。確実な保証は何もないクセに、まあいいかなと思っただけのことなのだ。

あの時はそんなことより、「将来は百万長者のウルトラマンになりたいです」くらいオカシナことを口走った目の前のこの変な男が、この先どんな人生を歩んでどんなふうに死んでいくのか、そのなれの果てまで見届けるのって悪くないということしか頭になくて。気づいたときには「いいよ」って口走っていた。

「なんて行きあたりばったりな結婚なんだ!」って友達には言われそうだけど(真相を話したらの話で、もちろん話しちゃいないけど)、でもこれが結構、私らしいやり方のような気がする。

ヘンだなぁ、こんなはずじゃなかったのになぁって首を傾げながらも年下の男と結婚するのって私らしい。むしろそうじゃなければハズカしくて、結婚なぞできやしないだろう。

以上、創作終わり。また続きました…いつになったらT君は来るんだろう。そもそもT君って一体、どんな人なんだ…。すいませんT君は今、レンタルビデオ屋にいますんで。

99/9/22(水) pm 消えちゃう消えちゃう
私は自転車に乗っているとよくいい考えが浮かぶ。

この日記のネタもよく自転車に乗りながら考えているのだが、これがまた自転車から降りると見事に忘れてしまう。

乗り物に乗っているときはどんな乗り物でも、よく考えが浮かぶ。だけど、バスでもクルマでも電車でも自転車でも、いったん降りると絶対にきれいさっぱり忘れてしまっているのだ。

「あ、降りちゃうと忘れるから覚えていよう」

と思って懸命に記憶しようとしても絶対忘れる。紙に書いていても、アイデアをメモしただけだともう二度とその時のテンションに戻れなくて、結局かたちにならない。乗り物の中で全部書き終えてしまえばまた別なんだろうけど。

私の脳の記憶のシステムがおかしいのだろうか。もしかすると他のみんなは忘れないものなのかな。プロの作家さんの中には新幹線の中や電車の中で書く人がいるみたいだけど、あれは忘れるせいなのだろうか。

部屋に戻って、「そういえばバスの中で良い考えが浮かんだはずなのに」って思い返すときものすごくもどかしい。ネタ帳を持ち歩いて書きとめるようにした方がいいかもしれない。

書きとめたのを部屋で改めて見てみたら、下らないものばっかりでぎょっとしたりしても、1回やってみる価値はありそうな。

99/9/20(月) pm 退化か進化か
ここ数ヶ月の間に、知らない人にものすごく興味を持つようになってしまった。まるで子供のようです。

今日もバイト先で一緒になった女の子に物怖じもせず話しかけてトーク。バイト先から駅までの歩きも仙石線もバス停までの移動も全部一緒の傘に入れてもらっちゃったラッキー!!っていう……。

前はもうちょっと人見知りだった気がするけど、最近同じ境遇の人とか隣に座った人とか目の前の人とかすれ違う人とか、興味があって仕方ない。この人はどんな風に暮らしてるのかなとかどんな仕事してるのかなとか。何だかものすごく、知らない人の話を聞きたいんです。

梶山師団に入った人が、「初対面の人に1日5人は会いなさい」といういいつけに従っているうちにどんどん磨かれていった……という、こないだの「驚きもものき20世紀」に感化されたのだろうか。

何になろう、何になろう、って思っているうちに、こうなって来ちゃったんですよね。私ったら、タダの変な人になってしまったのだろうか…

99/9/19(日) pm 年末までもう間がない
年末までもう本当に間がない。どうしよう。ものすごく焦る。

やってもやっても何も残っていかないような気がするのにやることはあとからあとから出てくるんですよね。

一体何がどうなっているんだろう。

ウサギ一匹捕まえられなかったらどうしようかと不安です。がんばって一匹は捕まえなきゃね。

99/9/18(土) pm はじめてのHTML
初めて、HTMLでページを書いてみた。

いやぁ初めてですよ、真っ白な画面見ながら文書打つなんてのは。

とりあえず、オリジナルページを作ったら、そのソースを解読しつつ 書けば何とかなるっていうことがわかりました。

ずっと難しそうで敬遠してたんですけど、 原理は簡単そのものだったのね。子供でもわかりそう。

問題はこれをどうやって全部頭に入れるかですが、ある程度は手が 覚えてくれるんじゃないかなぁなんて希望的観測をしてみたりします。

とりあえず今日は日記ページとリンクページのタグによる更新の 仕方を覚えますが、私のページは特に大変な技術は何も使って おりませんので、現行ページをHTML文書を直接打ち込んで更新するの なんて非常に簡単なんじゃないでしょうか。

とりあえず、ちょっと頭が良くなったような気がして嬉しいです。 すいません単純なんですよね。

とりあえず、がんばるぞ!

 

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