おねがいだから、黙殺しないで。
| 99/10/13(水)am | なんだかよくわからないまま |
| 今、表向きの本業とは全く関係のない分野の勉強をして検定試験を2本抱えている。いくつかの顔を使い分けながら将来を模索することが重なるにつけ、大学受験の時のことを思い出さずにいられない。
あれもおもいっきり失敗して、最後の最後に趣味の延長のように小論を書いて今の大学に滑り込みセーフ。まあ今の自分の状況を考えると、一塁から間違えてホームに向かって滑り込んだんじゃないのオマエ、と言われるかもしれないが、アウトになっていたらチームの存続そのものが危ぶまれるという目を覆うばかりの惨状になっていただろう。だからあの時はそれはそれでよかったのにちがいない。 って、そんなことはどうでも良い。とにかく、結局私の大学入学に役立ったのは、英語と、文芸部だったせいで何となく続けていた駄文書きの習慣と、毎日夕飯の後に見ていたテレビの海外ドキュメンタリー。それだけ。3日で赤本の過去問4年分やって受かった。 1年半はまるで千手観音のように、文系受験生がするあらゆる種類の受験勉強をしたっていうのに、結局役立ったのは英語以外は全部趣味。小論の勉強なんてしていなくてとにかく思ったことを書いただけ。英語にしたって読んで要約するだけだし。3年の進学校ライフは水泡に帰した。あれは何だったの?と哀しかった。 なんだかよくわからない人生の節目であった。なんだかよくわかっていない間に合格して、なんだかよくわかっていない間に引っ越した。 以前そんなことがあったのを思うと、今こんな風になっているのも仕方ないのかもしれない。 小説で脇役が主役を抜いて人気投票1位になってしまうように、A面の曲よりカップリングの「KOI-GOKORO」のせいでセールスがのびてしまうB'zのシングル「ZERO」のように、はたと気づいたら趣味が本業を喰ってましたという事態の予兆はあの時からあったのだ。 私ってそんな奴なのかもしれないと思う反面、それってどうなんだろうと不安にもなる。本妻より愛人にのめり込んで本妻と別れても、その愛人と結婚したら結局愛人も本妻になってしまうのだ。そしたら、本妻になった元愛人(ややっこしいな)をまた捨ててしまうのだろうか。うーん、わけがわからなくなってきた。 対象をほんとに好きなのか、愛人という身分だから好きなのか、そこが問題なのか。要するに。でもそんなの、そいつをいちど本妻にしてみなきゃわからないよな…。 |
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| 99/10/11(月)am | 私はいったい何者だ |
| エゴグラムなるものをやってみた。あまり考えずに50問の問いに答えるとあらふしぎ、自分の性格診断ができるというものである。
ネット上のプロフィールに載せるのが一応流行りのようなのでやってみたのだが、いつも同じ結果になるので載せるのあきらめました。ご笑覧あれ。ちなみに()内は私のコメントです。 1.性格 2.恋愛・結婚 3.職業適性 4.対人関係 全体的に見て、「そんなの嫌だ!!!」という内容だった。 「常に自分のメリットになることだけを追い求める、計算高いタイプです。たくましく世を渡ります」と書かれてるといいなぁと思っていたのに逆。わたしゃ一体何者なんだい。1番嫌なのがやっぱり3の職業適性。これは最悪の一言。食い物ってあんた…。 以前大学の心理系の授業でもエゴグラムで同じタイプになったけど、ここまで大げさには書いていなかった気がする。とにかく診断結果が最悪だったのでプロフィールに載せることは断念した。こんなんプロフィールに書いたら、ネット上をうろつくオオカミに食われる。 他の人は、どういう診断結果が出るものなのだろうか。暇な方はやってみてください。 |
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| 99/10/10(日)am | コンビニのハシの数 |
| つい、「2ぜん入れてください」と言ってしまう……。
すさんだ学生さんならおわかりかと思うが(自炊している規則正しい学生さんならわからないと思うが)、最近セブンイレブンとローソンでハシやスプーンが弁当類から取り外された。確かに環境のためにはむやみやたらとハシやスプーンをつけるのが良くないことくらい私にもわかる。だからそのこと自体には反対するつもりはない。 だけどすさんだ私としては非常にゆゆしき事態になってしまったことも事実なのだ。何しろ、レジで「おはしはお入れしますか?」と聞かれちゃうのだから。 なぜこれがゆゆしいかというと、こんなことがゆゆしくなってしまうほど私がすさんだ生活をしていることがそもそもの原因なのである。だからそんなゆゆしくもすさんだ生活はやめてしまえばよい。というのがシンプルな解決法だが、そういうことができないのが私の生活なのである。それは私が連打屋である限り続くような気がする。笑う犬の生活ならぬ、すさんだ連打屋の生活。学校行くといつも「どうしたのこんな時間に」「こんな遅くにどうしたの」とか言われるのが快感なのだ(ウソつけ単に昼間は肩身狭いだけだろ)。 あ、そんなことはどうでもいいんだった。問題ははしだ。以上のように私の生活はすさんでいる。どのくらいかというと、スーパーが開いてる時間に買い物に行けないくらいすさんでいるのだ。 夕方部屋を出てバイト等に行くので夕方は買い物ができない。だから帰ってくる夜中、あるいはいったん家に帰ってHP更新してからの深夜が買い物タイムになる。 当然コンビニしか開いていない。仕方ないからコンビニに行く。とにかくお腹がすいているので弁当類を買う。でもこれが1食分ではない。翌日の朝食兼昼食も買わないと翌日のバイトで空腹で死ぬ。仕方がないから弁当をふたつ買う。飲み物も2食分いるので、2食分買う。そうするとこれが、ものすごい量になってしまう。しかも時刻は夜中の2時。 さすがの私もレジに行くのをためらう。私が男なら別に問題ないが、こんな時間にふらふら出歩くのが不適当な年齢の上大量にコンビニ弁当を買って帰るなんてみっともなさすぎる(だったら弁当をひとつ戻せばよいのだが翌日空腹なのは絶対嫌なので戻せない)。ばつの悪い思いで、とにかくそうっとレジに持っていく。 そこへ追い打ちをかけるように「おはしはおつけしますか」と聞かれるのだ。ああ。ここで「いりません」と言ったら「家に持って帰って自分で2食分一気に食べます!」「そうです、私の生活はすさんでいます!」と高らかに宣言するみたいで…。すさんだ生活をやめない自分がもとはといえば悪いのだが、それを声高らかに人に行って歩くシュミは私にはなく、どうにもこうにも居心地が悪い。 そんなとき私は、咄嗟に「2ぜん入れてください」と頼んでしまう。家にはしっかり自分のはしがあるし、いったい何を装いたくて自分がそう言うのか不明だが、とにかくそう言ってしまう。 そんなとき必ず、林真理子が「1人でレストランに入ったとき、「一緒に食べにくる彼氏も友達もいないさびしい女」と周りから思われるのが嫌で、懸命に「仕事のついで」を装ってしまう」と書いていたことが頭をよぎる。そうか私も同じだなぁとぼんやり思う。「そういえば昔「葡萄が目にしみる」を読んで心から共感したよなぁ。でも誰もあれをいいという人はいなかったっけ。私はきっと不幸体質に違いない」とまで思い始めるともう耳元で昭和枯れすすきだ。 大丈夫だ自分。林真理子と同じだからって心配するな。林真理子も今や既婚者だ。いくら神様が意地悪でも、一生ひとりということはあるまい。いざとなったら精子バンクにでも行って自己増殖すればよい。そういうことだ。 |
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| 99/10/9(土)pm | 長いな…… |
| 最近猛烈に眠い時間にしか更新していないので、はっきり言ってここ2、3日変な日記が続いた気がする(深々と反省)。たまには眠くない日記を書くべきだろうと思って今更新することにしたのでした。
というのも、すべてのきっかけは私の気持ちよい眠りを妨げる不届きものがいたからなのである。確かに私は常識からちょっとはずれた時間に寝こけているわけだから、ある意味「起こしてくれてありがとう」ってなもんだろうけど、起こされ方が重要だ。はっきり言って今でも腹立ちおさまらない。 その日連打屋は、清らかな天使の歌声で目が覚めた。…だったら「ありがとう。」だろう。でもそうじゃなくて、 その日連打屋は、猛烈な布団タタキの音で目が覚めた。 のである。 どかんがすん、がすんどしんばしん!! ばしん、どしん、ぼん、ぼすっ!! ばんばんばんばんっ! ……とにかく、その音は目覚める前から容赦なく私の夢に進入し、せっかく私は店員さんから前々から欲しかった化粧品のファンデーション色あわせをしてもらうところで、「すみません、これの試供品ってありますか?」「ええといま在庫を切らしてまして……よろしければ色合わせをなさいませんか?」「え、いいんですか? じゃあお願いします」どかんがすんばしん!!「じゃあそちらに……」ぼすっ、どしん、ばんばん! 暴力的な音がもううるさくてうるさくて。おかげで店員さんが色あわせを始める前に目が覚めてしまった。いい夢が嫌な音でかき消されるあの不快感。あのまま平和に夢が続いたらたぶん化粧品ひとそろいを買えただろう。現実じゃ買えないからせめて夢の中ででも買いたかったというに、邪魔しやがってどこのどいつだコノヤロウ、と思いながら醒めきらない頭を振る。 冷蔵庫からミネラルウォーターを出して飲む。布団タタキはまだ続いていた、もう間断なくずっと続いている。1時間くらいたたき続けているんじゃないかと思われた。こいつは「思いっきりテレビ」、あるいは「あるある大辞典」を見たことがないバカだろう。布団はたたくと綿が切れるから、布団干しの時はたたかずにきれいなほうきなどで表面のほこりをはらうようにするのが正しいお手入れ法なのだ。キミの布団綿はもう跡形もなくチリチリだ。バカめ(←不機嫌なので思考がとげとげしい)。 もうとにかくうるさい。きっと隣のフジタさんだろう。この長屋のように音が筒抜けるマンションに越してきてからはや5年、毎夜のうるさい音(というか声というか何というか)にさえ苦情を言いに行こうと思わなかった私が、初めて怒鳴りつけてやろうと思った。 河原の芋煮野郎たちから丸見えで外聞悪いしパジャマ姿だがもう何でもよい。ベランダだから声は届くはずだ。私は怒りに満ちた指で引き裂かんばかりにカーテンと窓を開け、裸足でベランダに出て隣をのぞき込んだ。 「あれ?」…隣のベランダには何もないし誰もいない。でもうるさい音は続いている。どうやらフジタさんじゃなかったらしい。そっかそうだよな。昨夜ミカちゃん来たし、まだ寝てるよなぁ。じゃあどこのどいつだ!? と見渡した先に、「なぬ!?」 いた! 3軒向こうのベランダに、布団を叩いている20代前半くらいの男! 確かにオマエだろう、綿がちぎれるという知識のなさも頷ける。ただひたすらに叩くその横顔は、毎日教授や助手にいじめ抜かれているストレス解消か。と思って少し哀れになり怒鳴るのをためらっていたら(なにしろフジタさんを起こしたくなかったし)、「ねぇやってみる?」と言ってその男が部屋の方を振り返った。「?」 なんと、部屋から女の子が出てきたではないか! 選手交代で今度はその女の子が布団をたたき始めた。奴はあろうことか、彼女つきであんなことをしていたのである。 私は部屋に入って窓を閉めた。あきれてものもいえない。よりによって彼女のほうも一緒にいながらあのバカ男に布団を1時間も叩かせておいたのだ。きっと彼女もバカに違いない。一緒になって叩くくらいだから同じように布団を叩くのはよくないと言うことがわかってないのだ。 もののわかった彼女なら男が布団をめいっぱい叩いたら近所迷惑だと言って止めるはずだし、布団の手入れも知っているだろう。私はなんだかむなしくなった。そんなこともわからない女を彼女にしてるようなやつに、私が苦情を言ったところで通じるはずはない。 でもやっぱりうるさいのでもう一度のぞくと、何とテニスラケットで布団を叩いていることが判明した。ああ、きっとお気楽なテニスサークルで知り合ったふたりなのだろう。でゆうべはお泊まりして、今日は彼氏がゴキゲンで布団を叩いた。そういうことだろう。とにかく朝ご飯でも食べよう。私がオバサンのようにふたりの美しい思い出にこの上ない醜さで割り込むのは嫌だ。 冷静になって冷蔵庫から朝食を出してレンジで温めながらテレビをつけても……やっぱりうるさい。どかんどかん響きわたっている。おまえたちはもう十分しあわせなはずだろう。なのにこの上周りの人を不快にまでさせたいのか。そのときなぜか、死ねとか地獄におちろとかいうことばが厳粛に静かに頭をよぎった。 これが人間の心の恐ろしさなのねと私は思った。だからしあわせな人ほど慎ましくしていないと呪われるのだ。ただ静かにしあわせを満喫しているだけだったら私はこんなことを考えないけれど、さすがに布団叩かれて自分の小さなしあわせ(彼らから見ればつまらないだろうが)を阻害されれば怒る。そういうことなのだ。 ちなみにその後も布団タタキは40分ほど続いた(これで彼らの布団が実は内部で大変なことになったであろうことは想像に難くない)。布団タタキの音が止んで1時間ほどしてから、隣のフジタさんちのカーテンの開く音がした。 私はといえば、不快感は残るもののとりあえずうるさくなくなったのでどうでもよくなった。ふたりがもう少し不幸な人への優しさと布団手入れの知識を身につけてくれることを願うのみ。今は「今日の午前中、ずっとうるさくなかった?」と、ミカちゃんに聞きたいような気分である。 |
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| 99/10/8(金)pm | 大ピンチ |
| 今日、電気屋に行った。やはり私の欲しいソフトは金がとてつもなくかかるという動かしがたい事実を目の前にして10分ほど絶句。絶句。絶句。ため息。絶句。
「えー、今入ってきたニュースをお伝えいたします。たった今、○○大学○学部棟の8Fから、女子学生が飛び降り自殺した模様です。現場にはソフトウェア会社アドビと家族・友人らに宛てた遺書が十数通見つかっており、それによりますと、死亡した女子学生はアドビ社のパソコン用グラフィックソフト「イラストレーター」「フォトショップ」「ゴーライブ」の3本のあまりの高価さを苦に自殺に及んだとのことです。この件に関し間もなく株式会社アドビ代表取締役の会見が始まる模様です。現場に羽田記者が行っています、羽田さん?」 「はい、こちら羽田です。会場では続々とマスコミが詰めかけており、今や遅しと会見が始まるのを待っています。事前に伝わっている情報によりますと、アドビはこの件を機にグラフィックソフトの大幅な値下げを断行する方針を取り決めた様子です。その対象商品と値下げされた価格がこの会見で発表されるようです」 「女子学生の自殺の原因に関して、遺書にはどのように書かれていたのでしょうか?」 「はい。警察の発表によりますと、女子学生はたかがCD-ROM一枚にローンを組まなければならないソフトの高価さを苦にし、そのつらさが原稿用紙5枚にわたり事細かに書いてあったということです。一節を引用しますと、『結局メジャーソフトウェア会社は貧乏学生などどうでも良いのである。金のないやつは死ね、そういうことだろう。くそっ。死んでやる。貧しさに負けた、ついでに世間に負けた……」 ああ無惨。いくら何でも20万(セット価格)で死なれちゃ親もたまらないにちがいない。死して抗議、なんてする前に何とかしなくては……ああ、神様!!! |
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| 99/10/7(木)pm | 海の向こうのともだち |
| 新しいマックに移ってから、付録CD-ROM目当てにマックファンインターネットなるものを初購入したのが数日前である。その日のうちに早速めぼしいソフトをインストールした。
とはいっても、さほどたくさんソフトをインストールしたわけではなく、Fetchとフリーの圧縮・解凍ソフトを入れただけ。これではあまりにもつまらないと思い、何かないかと収録ソフト集に目を通して、ボトルメールをインストールしてみた。 はっきり言ってあまり期待していなかった。でもある晩ヒマを持て余し仕方なくボトルメールを使ってみた。そうしたら、マック版のせいなのかバージョンアップしたせいなのか画面が非常にきれいで、音もよい。なにより絵に使える色や機能が少し増えて前よりずっと良くなっていた。 1番よかったのはリプライ機能。あるメールのリプライに「検定試験が近くて…」と勉強の絵を描いて送ったら、「じゃあささやかですけど差し入れ」って、お茶とカステラの絵が返ってきた。もちろんお返しには空っぽになった湯飲みとお皿を描いて、湯飲みにキンモクセイをさした絵を描いてリプライした。 小論の添削なぞやっていると、「出会いについて書きなさい」という課題の参考文に人との直接の出会いの良さをうたった文章が載せられていたりする。当然のごとく答案も直接会う出会い礼賛の文章ばかり。インターネット懐疑を真っ向から書いてくるのもあって嫌になる。なんでこんなに「どんな人との出会いでも私を成長させてくれるのです」的なきれい事が書けるのだろう。そんなわけないだろ。 確かに人と直接会うのはうれしいこともある。でも全体的にはうれしいこととうれしくないことが半々くらいじゃなかろうか(って、私だけか…?)。会いたくない人とむやみに直接会って痛くない腹のさぐり合いしたり、デリカシーのない相手の発言に傷つき怒ってすり減ったりするのが自分にとってプラスだとはとても思えない(お金ももらえないんだし。もしビジネスなら話は別だけど)。 それよりも、ボトルメールでヘタでも自分の描いた絵を交換しあう方がどれだけ感動的かしれない。ふつう絵なんてシュミででもない限り描かないものだ。自分がどんな絵を描くのかさえもうわからなくなっている。そのつたない絵を使ってコミュニケーションする。ヘンな話だけど面白い。 うーんボトルメール、侮れない。 |
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| 99/10/6(水) | 夢オチ |
| 実は私には、コドモがいる。
ええそう。コドモ。ドコモでもコモドドラゴンでもなくコドモ。とつきとおか経つとこの世にうまれいづるあれ。 上が今年5歳。下はまだ1歳で、おむつがとれていない。よちよち歩きである。ふたりとも男の子だ。 ある日、親子3人で電車に乗った。え? 父親? そんなものはどうでもよい。とにかく3人で電車に乗った。ふたりともとても大切なので、私はいつもふたりの息子を膝の上に抱きかかえ、ふたりの手をひとつずつしっかり握っている。 両腕でしっかり抱きかかえ、3人でひとつの小さな固まりのようになる。上の子はよく日焼けして抱きかかえると骨の感じがわかり、だんだん分別も出てきて、心も足も手ももう「小さい人間」になっている。一方下の子は、抱くと本当にまだ赤ちゃんで、ぷくぷくしている。 私はとにかく、ふたりをしっかりと抱きしめ、その上ふたりの手もしっかり握って、横座りの座席に座っていた。 すると急に、抱きかかえていたのに下の子の方がふっと消えてしまった。かき消すようにいなくなった。私は下の子を探した。電車中を一生懸命探し回った。上の子は物心ついてきているから、近くにいた人にあずけて。 ところが、全然見つからない。本当に見つからない。私はとにかく探す。必死になって探す。そのうち上の子が心配になる、けれど下の子は全く見つからない…… という、夢を見た。 子供なんているわけないじゃないですかぁ!! いたらいったいいくつの時の子だ? 上の子を産むのが18か。勘弁して。今年は子供の夢を見過ぎています。3回目くらいです。この間は娘(幼稚園児)。その前は赤ん坊。私はいったい…… わが子のかわいさだけはなんだかリアルに残ってるんですよね。目覚めてからも。とにかく子供がいなくなる夢って最悪です。子供が誘拐されたときの親御さんの気持ちがリアルにわかってしまう夢でした。 |
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| 99/10/5(火) | 大事なものをどうするか |
| もしあなたが、とても大切なものを持っているとして、あなたはそれをどうしますか?
大切なものは、何でもいいです。金貨でも宝石でも札束でも通帳でもなんでも(どうも私が考えると金品になるなぁ…)。物理的不可能性にこだわらず、大事なものに対して自分が1番やりたいことを考えてみてください。 いろいろな答えがあるんだろうなぁ。金庫に入れるとか、食べられる前に食べるとか、逃がすとか、そもそも大事なものなどないから大丈夫、とか。 ちなみに私は大事なものはできればポケットに入れて手の中に握っていたいが、ある友人いわくそれはおかしいとのことである。でも外に出すと絶対盗られてしまうので(やっぱり金品を想定しているらしい…)、できるだけ人目に触れさせぬためには仕方ないことなのである。さらに手を離すと落とすに決まっているので、さらに、落としたら絶対に盗られてしまうので、しっかり手でつかんでおかねば。 おかげで手提げ型のバッグはほとんど買わない。ひったくられそうで怖い。電車に乗ったときはかなり大きな荷物だとしても滅多に網棚に乗せることはない。そんなことしたら不安で眠れない。 みなさんはいかがでしたか。 |
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| 99/10/4(月) | 相性のいい人 |
| 私がずっと「持ってくれぇ〜」「持ってくれぇ〜」と言っていた友人が、とうとうPHSを持ってくれた。イッツグレイト。これで、私がケイタイを持って欲しい人のリストはあと1人になった。
これを活用し、今日は友人と2人で夕飯を食べに行った。お好み焼き。彼女の提案でデパートのてっぺんの店に行ったのだが、大当たり!! うまかった!(ちょっと高かったが、十分満足。) この友人とどこかに行くと、いつもだいたい楽しい結果になる。ふしぎなことに。 人と人との相性っていうのはいろんな基準があり得ると思う。でも私の場合、往々にして自分のせいで他人と会えなくなっているくせに、思い出すと急に誰かと会わずにいられなくなる、という厄介な性質がある。 だから会いたくなったときちょうど向こうもヒマ、という具合にタイミングが合うというのが「相性のいい人」の重要な基準なのである。こういう友人がほかにも何人かいてくれるので、とてもとてもありがたい。 |
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| 99/10/3(日) | 今日は妄想 |
| 昨日からなんだか、時々立ちくらみがするのである。なんで?
やりたいことがたくさんありすぎてもう!! おでんは食べたいし、シチューは食べたいし、手作りコロッケは食べたいし、ひやしる(郷土料理オブ山形)は食べたいし、芋煮(たぶん東北以外の人にはわからない料理。里芋をすき焼きにぶち込む山形風でも豚汁にぶちこむ仙台風でもどちらでも可)は食べたいし、大学芋は食べたいし、お好み焼きは食べたいし、たこ焼きは食べたいし、塩バターラーメンは食べたいし、あああ。 妄想は際限なく広がるのだ。 セロリ、そしてモロヘイヤをボールにてんこもりに食べる。わんこセロリ、あるいはわんこモロヘイヤならなおよし。しょうゆとマヨネーズはご自由に。時々煮干しと牛乳で口直し。 そして3日くらい電磁波を浴びず、トトロのおなかの上で寝る。ときどきトトロの腹を蹴ってみる。ぼすっ。「うが」トトロがひくく悲鳴をあげる。いい音だ…ヒーリング。 あれ? トトロ、なにこのポケット。え? 最近つけたんだ。あそう。いいねこれ。 そしてポケットをさぐると柿が。もちろん食べると甘い。「デザート」トトロが言う。 しゃりしゃりしゃりしゃり。食べる。芯はいいんだ。そこらにぽいっと捨てとけ。そしてまたトトロの腹の上に寝る。ステキ……なんとステキな話だろう! ファンタスティック!! 要するに、野菜不足で寝不足なわけか。妄想これ自己分析。 |
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| 99/10/2(土) | 初めてのマック更新 |
| マックに、一通りはページ更新できる環境がそろった。とりあえずマックにすべてのツールが移し替えられたので、マックで更新ができるようになった。めでたい。
画面の大きさにも慣れたし、ATOKは入ってるし、後はグラフィックソフトを入れて私自身で素材を作れるようになりたいけど、ソフトがない。焦りは禁物を心がけ、血の涙を流しながら金をためるのである。 -----以下、今日のはワケわかんないです。----- バイトで1晩30枚ほど論文添削してみたが、私にしては珍しく、途中で添削をしていてうんざりしてしまい気持ち悪くなった。あれほど同じような答案ばかりの添削も珍しかったのだ。 テーマは「出会いについてのべよ」だったんだけど、「出会いは偶然ではなく必然だ」とか「出会いで成長した」とか、本当に繰り返し同じようなのが10数枚も出てきて参った。 しかも書き方がやらしい。自分が本心から思ってることなんかじゃないくせに、「とりあえずキレイなコト書いて、読んでるやつの情にうったえて感動させてやりゃーOK?」と思いながら書いているのが見え見え。根拠もへったくれもあったもんじゃない。それが次から次へと続くのだ。さすがの私も、コメント欄にあんなに何度も何度も「論文とエッセイは違う」と書いたのは初めてだった。 本当は「思ってもないこと書くな」と書きたかったのだが、それはさすがに…… たぶん、普段いろんなことを深く考えたこともないようなコウコウセイに、いきなり「このテーマを自分なりに切れ」と言ってもムリなのだ。たぶん。自分の視点で切るってことがまずわからないんじゃなかろうか。だからありきたりのベタなネタに終始せざるを得なくて。 でも山積みになったベタ小論を見ているうちに、なんだか私もこのベタな奴らと同じなんじゃないかと思えて、急に哀しくなった。 やっぱりおもしろいやつとおもしろくないやつっていうのはあって、両方並んでいたら、当然採点者の目はおもしろいやつの方に行くに決まっている。それは仕方ないことなのかもしれないけど、せめて助言ぐらい欲しい。黙殺はしないで欲しい。 でも助言されたくらいで、ベタなやつはそこから抜け出すことができるのだろうか。クールなやつになることはできるのだろうか。もしかして一生ベタなままだったら、あるかなきかのように永遠のベタループの中で黙殺されても仕方ないのかもしれない。採点者の論理では、それは別に悪くないことなのだ。 される側にしてみればあまりにも馬鹿にした行動だって思う。でもやっぱりそれは、全面的にベタなやつの罪なんだろうか? |
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