いけぇ! 年末の勢いに乗って落ちてしまえ!!

 

 

99/11/15(月)am 連打屋道成寺
私が愛したものは、すべて壊れてしまうらしい。正確に言えば、壊れてしまうか、元々壊れているか、どちらかである。

電化製品は大好きで良く買うが、家電以外のCDコンポやポータブルCDプレーヤー、パソコンといった私の愛が深いものは必ず1年でこわれる。何らかの形で必ず壊れる。

特にひどい使い方をしているつもりはなく、ただ普通に愛しているだけなのだが、壊れてしまう。うーん。安珍清姫じゃあるまいし、なぜ私ごときの愛に耐えられないのだ、精密機器たちよ。

そういえば安珍清姫ってのはひどい話だ。安珍はお坊さんなのだから、女ひとり救ってやるのも仏の道じゃないの? 喜んで一緒になってやればよかったのに。

怖ろしい形相で追いかけてきた清姫に、「そこまでというのならもう仕方がない。据え膳食わぬは男の恥。破戒して責任とります」と潔く鐘の下から出て来ちゃったりなんかしたら、「キャーかっこいい、安珍!」ってなもんである。ついでに鐘を持ち上げられるほど力もあることが判明するわけで、世の女性ファンを一気に虜にしただろう。

しかしお話では、安珍は結局女々しく鐘の下に隠れ続け、おかげで清姫は殺人にまで手を染めてしまう。この場合悪いのはどっち? 言うまでもなく男の方ではないか。

そうなのだ。そう。はたと私は気づく。

よいか。そこで息を潜めて私のタイプを0と1の信号に変えて忠実に再現しているリンゴよ。隠れてもムダじゃ。お前は私の愛を既にもう十分知ったはず。早く故障という鐘の下から姿を現し、私の思いにこたえなさい。

出てこないならその時は、蛇に変じても離れぬぞ。お前が死ぬか、私が死ぬか。楽しみじゃ。ははははは。

……どうも高笑いがうまくできないんで、今夜はこの辺で。

99/11/12(金)am ぐれてやる
今日はホントに、「しねぇぇえ〜〜〜!!」と叫び鉄パイプを振り回しながら改造バイクを乗り回したい気分だ。きっと人はこういう夜にモーニング娘。等を歌い乱舞するものなのであろう(一般化)。

とりあえず顔を洗い夕ご飯を食べて空腹を満たし、ミネラルウォーターを飲んでテレビで山崎まさよしの「セロリ」を聴いた。そうそう、私は毎年クーラーきかせて夏ごもりするほど夏がダメだし、セロリも軽くゆでたのをマヨネーズかけてボール2、3杯食べたいくらい好きだようんうん。そしたらだんだん落ち着いてきて、鉄パイプも免許もバイクも持っていないことに気づきバカバカしくなったのでやめにした。

全く。うちの両親たら教師などというけったいな職業をよくもまあ30年近く続けてるもんだと思う。そりゃあ実の子なんかどうでもよくなるよな。実の子は何もしなくても自分のこと好きなんだから、何かしないと振り向いてくれない他人の子の方が気になるのは仕方ないことだったのだろう。

ん? じゃあ私もとりあえずぐれてみれば良かったのか。やっぱり鉄パイプと改造バイク……でも今更そんな破壊行動に出たって親の目なんか遙か彼方だもんなー。意味ないじゃん。親不孝、したいときには親はなし(死んでないって)。

とある真面目な女生徒と「最近、授業に集中できないんです」「お悩みモード!?」「はい」「じゃあ何か気晴らしを考えないとね。旅に出るってのはどう? 松島とか塩釜とかいろいろあるよ」とか話してる場合じゃない。てめぇのストレスどうにかしろや。

でもこのストレスを解消するにはさしあたり相手を職員室に呼び1時間くらい話を聞いてみないと決着つかないような気がするし、それをやってもつかないような気がするから、根が深い。さらには職員室に呼ぶ、ということは物理的に不可能なので永久に根本的解消の道は閉ざされている。

もういい。もうこうなったら女生徒に言ったように私も旅に出る。ひとり旅だ。以前私をおいて旅に出た風来坊を捜しがてら。とりあえずプールか?(それでいいのか自分)

…いや、プールじゃダメだな。どうものんきに泳いでいるとは思えないし。海か? カラを破ったアオウミガメのように一目散に海に行ったような気がするな。やっぱ海だな。何らかの形で海だな。蒲生か深沼海岸か仙台港ゆきのバスに乗ろう。

もうこうなったら、最果を見つけに旅に出てやるのだ。あっその前にプリン食べなきゃ。

99/11/10(水)pm ウソ日記
では例によって以下創作(初めての方は最近まとめたウソ日記の中にある「Tが来る前に」をご覧ください)。

--------
「キャーーーッ!」

女の悲鳴が響きわたる。男が部屋の一角に彼女を追いつめ、今まさに襲いかかろうとしている。

「うー、こわ…何でこんなに怖いのばっか借りて来るんだ…」

私はそうつぶやきながら右手の赤ワインを飲む。うーん甘い。よしよし。こうでもしないとこの怖さに耐えられそうにない。

重たいほどの紙袋には、ワイン2本と、ビデオ4本が入っていた。ワインは両方とも甘いやつで、合格。でもビデオはほんとに、ひどかった。

やっぱりホラーを知らない奴に頼むんじゃなかったかも、と思っても後の祭りだ。私はさほど怖くない年代物幽霊映画のビデオとトワイライトゾーンを何本か借りてこい、って言ったのに。Tったら、私が注文したのがなかったんでとりあえず年代物のホラーを手当たり次第に借りてきたらしい。

「ローズマリーの赤ちゃん」に、「吸血鬼ノスフェラトゥ」、「死霊のはらわた」…そして、「ちょっと新しいのもいいかと思って」とTが最後に取り出したのは「ペットセメタリー」。

絶句。とりあえず、全部名前は聞いたことある。確かに年代物。有名。だけどどれも、シャレにならないほど怖いんじゃないの?これ。だから私、スプラッタはやだって言ったのに全然聞いてない。

まあでも2人で見るんだから平気か、と思ったのもつかの間、鍋を平らげてワインを半分あけたらTは猛烈な眠気をうったえて、あろう事か初めて来たヒトんちでタオルケット借りて寝込んでしまった。

まったく、こんな雨ん中2時間もチャリこぐからだよ、とぼやきつつも、1泊2日だっていうしもったいないからビデオを見始めた。それにしても寝ちゃうなんてひどすぎる。おかげで私はひとりでこの恐怖を耐えねばならない。

だけどもうほんとうにしょうがないから、ノスフェラトゥのスキンヘッド見ながら「こいつは織田無道だ。織田無道」と自分に言い聞かせ、死霊のはらわたで飛び出す内蔵も「ただのレバー。」と言い聞かせて、あとはワインで必死で耐える。もうこうなったら、グラスでなんて飲まない。マグカップで飲むのだ。ホットミルクのように飲んでいたら、だんだん世界が回ってきた。

Tはぐうぐう眠っていた。来たときにはぐしょぬれだったクリーム色の合羽もすっかり乾いて、乾燥したエアコンの風に退屈そうに揺れている。そして相変わらず、モノクロの画面からは「ギャー!」という悲鳴。

その取り合わせのおかしさに、私はぷっと吹きだしながら、空いたマグカップにワインをつぎ足した。

-------
以上、創作終わり! どうなんだろう…こんなカップルいるのかと疑問がわき起こらないでもないですが虚構なんで別にいいですよね。小生、世のカップルにはこれ以上に変な奴らが山ほどいると確信しております。

99/11/9(火)pm 永久に通じ合わないもの
時々思うけど、人によって見えている世界ってホントに違うんだと愕然とすることがある。

それは時々、「世間知らず」と言われたり「デリカシーがない」と言われたり「敏感すぎる」とか言われるような違いなのだろう。見えない人には永遠に見えない世界のほころびとか、光のかげりとか、そういうものが確かにある。逆に見える奴にはいくら目をつぶっても見えてしまうものなのかもしれない。鳥が魚に見えるやつもいるし、猫に見えるやつもきっといるのだ。

人との間に、時々むなしくなるほど断絶を感じることがある。それはきっと、見えている世界が全然違う人とコミュニケーションをとろうとするからなんだろう。

そういう場合、その人に対する自分の好意等を考慮に入れつつ、どうでも良かったらコミュニケーションをとるのをやめればよい。じゃないとアタマがおかしくなるんじゃなかろうか。

---------
そうそう。ラーメン。あれはおいしかった。あまりのうまさに涙が出た。ついでに日頃の自分の粗食を心から恥じた。

あ、でもこれって、「ハレとケ」ってこと?(何か違うような…)

99/11/8(月)pm 放牧
何もすることがない。

それもこれも資格試験(1次だけど)が終わったせいだが、何だか拍子抜けしたような、妙な感じである。資格試験の勉強は多少はきつかったが分野としては非常に好きな分野だったので、日々に張りがあったのだということに気づく。

学校でもそれはそれなりに自分の好きな分野なのだし張りが出そうなもんだが、これが何をどこまでやればよいのか、今のレベルがどのくらいなのか、計る基準がわからない。迷路にぽつねんとひとり取り残されたような気分になる。

最近は、「自分は歩けるはず」と思わず、「自分は歩けない」と考えながら進むようにしよう、と思い始めた。実際、私なんて満足に迷路の中を歩けるほど頭良くないのだ。「トルネコの不思議なダンジョン」だったら。目も見えないくせにダンジョンに入ってしまったようなものである。本来頼りにして進むべき手段を最初から持たないんだからしょうがない。

どうせ真っ暗だし、おなかもどんどんすいてくるし、マモノを殺すとかクリアするとかそういうことは考えず、とりあえず腐ったパンだけでも見つけられればよい。おなかを壊すが死ぬよりマシだ。

そういえば明日驚異のラーメンを友達と食べに行く。うれしい。いつもの中華料理屋さんに行くときは、私はあんかけやきそばしか食べないやつだと思われている。確かに好きなのだがたまにはラーメン食べたいと思うときもある。

明日のラーメンはそれはもう変わったラーメンだそうで、スープがどろどろなのだそうだ。何が溶けているんだ、という感じらしい。そしてさらに、体調も良くなるラーメンであるらしい。うーん、楽しみ。

99/11/7(日)pm あちこち痛い
試験が終わった。

前の日記の日付が4日前であることが許せない。この間の四日間なにがあったのだろうと思うが、めぼしいものは今日の1時間40分のテストしかなかったんじゃないの、という気がしてますます許せない。他にも何かあったのだろうがどうしても思い出せない。人間の忙しさなんてこの程度のものなのかもしれない。

とりあえず一眠りしてから夜のスクールに行こう、と思っていたのだが、目覚ましがなって目は覚めたものの体が重くて、動かない。「駄目だこりゃ」と思い再び睡眠。

起きたらもう6時近かった。起きて夕飯を食べるけど、なぜかあちこち痛いのである。まず腰が痛い。これはいつものことだからもうどうでもいいけど、1番びっくりしたのはご飯を食べるときに左あごが痛いことであった。

とうとう私も顎関節症なのだろうか。たぶんこれも腰の骨がずれているからであろう。あーあ。この調子で私は何歳まで普通に生きられるのだろう。ハードに仕事して自分の生活を立てていくなんてことができるんだろうか。

全身の痛みに耐えながら長生きするくらいなら飛行機事故でぽっくり逝ってしまう方がいいかも。クオリティ・オブ・ライフって、高校の英語で習ったときとても不思議な言葉に思えたけど、今なら実感を伴って使える。

-------
「この間バイト先で、ある生徒が途中の休み時間中に何も言わずふいと帰ってしまい今後どうしようか考えている」と言ったら友人から「あんたそれ、なめられてるよ」と言われた。「私としてはまず生徒の話を聞いてみるつもりなんだけど」と言ったら、「そんなことしたらふりまわされてることになって生徒の思うつぼじゃん」と言われた。

その生徒は最近特にやる気のない態度が多くなっていて、その理由はどうも生徒のレベルが授業レベルにあわなくなってきたからのようである(とても成績がよく、授業は基本的すぎてつまらないらしい)。だが、私の授業は基本を押さえるのが目的だし、その生徒が満足するレベルまで引き上げると大多数の生徒がついてこられなくなってしまう。その生徒のレベルに合わせることはできない。

「そいつ、頭いいんでしょ? だったら結局目上の立場のあんたを動揺させて優越感にひたるのが目的だよ」というのが友人の読みである。そして「『ちっ、このガキが』と思って無視すべきだよ」とアドバイスしてくれたのだが、私は何だか、そんな関係は悲しいような気がしてううーんと悩んでしまう。

私は、ふざけている生徒は注意されたくてふざけているんじゃないかと思っている。だからいつも、うるさい生徒や心ここにあらずな生徒には必ず声をかける。自分は見放されることや無視されることが何より嫌で、見ないふりするくらいならはっきり言えと思うタイプだし、基本的にそれを基準にして生徒への行動も決めているのだが、それが裏目に出てしまっているのかもしれない。

でも、私がその生徒にだけ何も言わなかったら、周りの生徒は「あいつだけえこひいき」と思うか、あるいは「とうとうあいつ見放されたぜ」と思うか、どちらかのような気がする。そうしたら結局、周りの生徒かその生徒、どちらかを傷つけてしまうだろう。

とにかく私はバイト講師にすぎないので、担当の先生にとりあえず事情を話した。本当は自分で生徒から話を聞きたいがそこまで立ち入るのはまずいだろう。個人的に職員室に呼ぶ、ということもできないんだし(できればそうしたい気分だが)。

無視するのなんて楽なことこの上ないが、どうなのだろう。無視することはその生徒にとってプラスになるのだろうか。それで私の考えていることに生徒は気づいてくれるだろうか。ただ断絶ができてしまうだけで、いい結果にはならない気がするのだが。

もしこのままの状況を放置すれば、その生徒にとっても、授業中の不真面目な態度は周りの友人にもひんしゅくを買うし、賢いやり方ではない。

単にレベルに合わず興味がわかないだけなら、私の授業は義務でもないし、他のクラスに移ることもできる。お互いにとって不幸な状況は避けたい…と私はこんなふうに考えているのだが、こんなことを生徒に言っていいのかどうかもわからないし、ひとしきり悩んでいる。

うーん。やっぱり友人が言ったみたいに、さっさと割り切って無視した方がいいのかなあ…。

99/11/3(水)pm 浮上したのはよかったものの
さすがに昨日の日記は変だった。ふかぶかと反省。迷惑をかけたすべての人(といってもうちのページに来てあれを見て不快感を覚えた人だからかなり限られるだろう…知ってる人にはこのくらいの感情の起伏は「ありがちなこと」で終わるはず)に心から謝罪。ホントは今日もハンパじゃなくテンションが高いけどいいのです。本日は我慢します。平静を保つぞ。

今日は朝からめざましテレビの星占いランキングハイパーで最下位にランクされ、その直後自転車をこいでいたらタクシーの運転手からものすごくむかついた顔でクラクションをならされるなど最悪の予感がした。が、その後はそんなプロローグがウソのように良い1日だった。

本当に良い1日だった。いいものをたくさん見た。私の好きなきれいで豪華なものを存分に見た。さらにバイトでは休日だというのに2年生のクラスで生徒の出席率100%の快挙。満足。

専任講師の先生が私の持っている3年生のクラスの出席率の低さ(20〜30%)を心配してくださったようだ。何しろ上司に「お、今日は多いじゃん」(50%)とイヤミを言われるくらいである。専任講師の先生は授業のカリキュラム等、丁寧に指導してくれた。感謝。この先生は非常に要領よく戦略的に授業を進められる先生なので私のようなのろまにはとても勉強になる。技を盗むため2、3質問。

あーあ。私ってこういうとこだときちんと技が盗めるのにな。何で肝心の場所じゃてんでダメなんだろう。軽く落ち込み。お、いい感じにテンションが下がってきた。

そういえば私は発育不良である。いやべつに身長とか足のサイズではなくて。一応場面ごとに自分のあるべきレベルを自分の中で設けて、それをクリアできているかどうかチェックしている。だけどどんな場面でも全然到達できておらず、唯一許せるとすればそれはバイトだけという有り様。本業じゃないじゃん。深く落ち込み。

うーん、とりあえずこのままだと今度は鬱状態にはいるな。今ちょうどプラスマイナスゼロなので、ここまでテンションを下げたところでそろそろ寝ます。お休みなさい。

99/11/3(水)am これがまた
いやー、寒くなってきたせいか最近ゾクゾクするようなことが多いですね! ね、どうよ自分? いや、私の状況はさむざむとしているだけなんだけど。 あそう。興味なし。(自分との対話1999晩秋)……ってなわけで自分は違うけど、他の人には近頃連続技でゾクゾクするような出来事が起こっているようですね。

というか、その人本人がゾクゾクしているのかどうかはわからないが、その人がその状況になっていることは端から見ている自分にしてみるとゾクゾクするくらいエキサイティングっていうか(長い)。とはいうものの今日は小ネタばっかりです。

レンアイっていいね。自分以外の人のレンアイって、なんてスリルとサスペンス、ついでにもひとつファンタスティック。運命の赤い意図(文字的にこのイトのほうがしっくりくる)は私をのけて走る赤外線ビームだ! 知らないどこかへとんでゆけ。大の苦手な赤い色した毛糸玉を転がしながら日々を過ごすシュミは私にはない。だって自分はイトから外れているんだから仕方ないでしょ? OK?

女のカンってのはあるんだなということが判明。私の場合トイレと公衆浴場に行ったときくらいしか意識されない哀れな性別だけど、でもなぜかカンだけはあるらしい。まさに無用の長物。

このカンったら、自分の利益には全く寄与してくれない。むしろ不利益にばかり寄与する困ったカンなのである。幸福を与えてくれるかもしれないモノにまで恐怖を感じて逃げるようなそんな使い方ばかりのカンなのである。悪霊も見えるけど守護霊にもおそれをなして逃げる霊感体質のようなもの。でもそんな希有な自分も結構好きだ(重症)。

はなざかりってのは世間が大騒ぎする真夏なんかよりむしろ、寒くなってきてからなのかもしれないと身軽な両手両肩で考えるに、じゃあ自分は何するかっていうと弁当持って花見しかないわけなのだ。花咲く木々のメンテができるのは花咲かぬ奴だけなのである。一生、木のお医者さんをやるのも悪くない。きっと身軽な人生だろう。走り屋よりも。

------
というわけで今日は何だか躁鬱の躁状態のような日記ですが図星です。最近暗かったのでたまにこういう日記もいいかもと思って存分にはじけてみました。まだはじけたりないけどそれは今後の課題ということで。きっと普段とは別人格が書いているに違いない。というか今週は何だか、疲れているようです。

99/11/1(月)am 小さすぎる足
昨日くつを買った。うれしい。一緒に来てくれた友達をさんざん引きずり回してやっと選ぶことができた。ずーっと欲しかったのだが、探すのがめんどくさくてついついいつも後回しになっていたのでよかった。

私はどうも足が小さすぎるらしい。1番小さなサイズでも、つま先とかかとに余裕ができてしまうのである。今度のくつもつま先に1センチくらい余裕があるのだが(でも少しは余裕があった方が良いらしいので、純粋には0.5センチくらいだろうけど)、でもこれでも少ないほうなのだ。普段の靴は22センチだがそれでも同じくらい余裕がある。靴ひもできつく締めて何とかなっているだけの話。

結局のところ、私の足のサイズは21.5〜22.0センチであるらしいことが判明した。靴下をはかないでうすいストッキングだったりすると完全に21.5であろう。

故郷の祖父は事あるごとに「お前の足は人形の足だから」と言うのだが、確かに浄瑠璃の大きな人形だったらこのくらいの足かもしれない。

既製のものに合わないサイズって言うのは本当に不便だ。はっきり言って普通の靴屋に私の足にあう靴はない。しょうがないからたまに子供靴を見に行く。でも子供靴も19センチくらいまではあるけど21.5っていうのはなかなかない。私のサイズは結局のところ大人用にも子供用にも品薄なサイズなのである。

しかも足が小さいと足腰を壊すらしい。言われなくてももう壊れてる。不便だ。何も良いことはないじゃないか。こうなったら、今度は死んでも子供靴を買ってやる。きっと少しは安いに違いない。

昔の中国に生まれていれば小さな足は美的資質だったよ。うーん。

 

 

back