貧乏人の前は素通りするミレニアム。

 

 

99/12/15(水)am ハングリー精神
最近検定が近いので、昼少し前にお昼を食べて、3時におやつを食べたら、あとは予習をしてそのままスクールに行ってしまう。

当然スクールから帰ってくるのは夜10時過ぎ。帰ってからはしばらく休まないと動けないし、そのあとも着替えたり顔を洗ったり家事をやったりするので結局11時近くになってやっと夕ご飯を食べることになる。

よく考えたら8時間近く空腹なのだが、慣れたので結構平気になってしまった。でもひとつ困るのは、空腹だと手先や足先が冷えて冷えて冷えることである。今はただでさえ寒いし、川沿いでさらに冷えるのに、その上空腹で冷えるのはたまらない。

スクールに行く前に夕飯を食べればよいのだが、予習でそれどころじゃないし、時間いっぱいに予習してスクールに向かうので時間ぎりぎり。当然向こうでも食べられない。まあ別にいいんだけど。慣れたから。

さすがにこれはまずいと思うので、なるべく野菜をとろうと心がける(心がけてもせいぜいラーメンにキャベツをたくさん入れるくらい)。でも数年の粗食生活で気づいたのだが、自分の体に足りないものは自然に食べたくなるものなのだ。ある時は青魚、ある時は豆、ある時は柑橘類。

最近食べたいのは、子持ちししゃものフライとレーズンバターのせのリッツなのだが、果たして今自分の体に足りない栄養素は何なのだろう。子持ちししゃもはわかるけど、レーズンバターって……食べ過ぎたら太るだけだよなぁ。

99/12/14(火)am 嫌悪感の基準
今日、友人に最近書いているウソ日記の内容を話したら、開口一番、

「うわ、なんか、気持ち悪い。怖いよ!」

と言われた。

そのあと40分ほど意見交換をしてみたのだが、全く同じ事柄に対して私はプラスの評価しかしておらず、友人はマイナスの評価しかしていないことがわかった。

私がプラスポイントの説得をしても彼女はそれに嫌悪感しか覚えられず、彼女がマイナスポイントをいくら力説しても私にはなぜそれがマイナスになるのか全くわからない。面白いように食い違うので最後に別の友人に意見を聞くことにして電話を切った。

同じことに対して評価が真っ向から食い違うのが面白くてならなかった。きっと嫌悪感を持つ基準が人によって大きく違うということなのだろう。一体何がそうさせるのか分析しきれずに終わったが、育った環境などにも影響されるのだろうか。

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最近の雅子さまご懐妊報道。よく、結婚以来子供のいない夫婦に対して、周りから向けられる「早く赤ちゃんを」的まなざしはものすごいストレスになると聞く。

奥さん側だけでなく、旦那さん側も結構プレッシャーがかかりそうだ。

皇族、特に跡継ぎを生む皇太子妃という立場ならある程度は仕方ないことかも知れないが、きわめてプライベートなことに踏み込まれて奥さんの側はずいぶん傷つくんじゃないだろうか。普通の夫婦なら旦那さんの方が烈火のごとく怒って奥さんを守るのだろうが、皇太子という立場上、旦那さんの側もあからさまに怒るということができないからますます気の毒だ。

皇族の人たちは常にエレガントかつおだやかで、怒った顔が想像もつかないのだが、皇居の中では激しい夫婦喧嘩をしたりテレビを見て大笑いしたりできるのだろうか。テレビなんか見られないのかな。

怒ってクッションを投げる雅子さまと、それを新聞で防ぎながら飼い犬に「しーっ。もうすぐ終わるからもう少しの辛抱だぞ、ハチ」と言っている皇太子殿下……なんて、ありえないよなあ。

99/12/13(月)am ウソ日記のセラピー効果
昨日のウソ日記で、Tに「ネットストーカー」という設定を与えてしまったのはよかったのか悪かったのか。

でも何となく、常に冷静さを保ち、レンタルビデオ屋でホラーを借りたりクリーム色の合羽上下を着込んでチャリをこいだりしながらも胸の内でなにやら悩むT、というイメージが浮かんできてしまったので仕方ない。

それにプラスしてこないだNATIVE DANCEのことを書いたりしたせいで、Tの悩みはケナゲな悩みだという発想しか浮かんでこなかった。なんて貧相なんだ、私の脳味噌。

でも書いていると少し気持ちが前向きになるので、ウソ日記にはセラピー効果があるらしい。

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今日の「笑う犬」で、ミル姉さんが数日前の私と全く同じこと(イブに仕事)に対して同じように憤慨していて笑えた。

広瀬香美の歌を絶叫してツノ飛ばしてモノを放るくらいには憤慨していいらしい。いやあよかったよかった。安心した。私だけじゃなくて。

99/12/12(日)am ウソ日記
ネタ切れしました。といったわけでウソ日記。これまでのウソ日記はこちら

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テレホーダイタイムも2時間過ぎればだいぶ軽くなってくる。それを見計らってT(仮名)は今日もインターネットにアクセスする。翌日も8時には家を出るのにこの時間に起きているやつは、同僚にもあまりいないだろう。だがここ3年というもの、自分にはそれが日課になっている。

とにかく毎日、チェックしているホームページがある。特にここ数ヶ月はこのページを見てタイミングをはかる毎日だったし、この上向こう1ヶ月はミスが許されないので絶対チェックしなくてはならない。

今年で28になる自分が、25の頃からずっとチェックし続けているページ。それは何を隠そう、自分の婚約者のページである。

もちろん相手は、自分が毎日チェックしていることなどはおろか、自分がそのページのURLを知っていることさえ知らずにいる。自分としても、今後そのことを相手に伝える気は一切ない。

今でこそ婚約者(お試し中ではあるものの)だが、始まりはネットストーカーだったと言っても過言ではない。害などは与えていないが、事実だ。もちろん相手はこのことを知らない。

そのころ会社から与えられたばかりだった自分用のパソコンで、昼休みに総務部の先輩の個人ホームページにアクセスするようになった。掲示板も見ていた。もちろん見るだけだったが、時々そこへ書き込んでいるメンバーのリンクをたどって、他のページも見るようになった。

あるページから、そこの管理者の知り合いらしき人物の個人ページへと、どれだけリンクをたどっただろう。気づいたらそのページにたどり着いていた。何となくブックマークして、何となく読むようになった。文章の類が気に入ったのだ。

毎日そこを訪れるようになってひと月経ったある日、課長の言いつけで広報部に書類を届けに行った。たまたま給湯室の前の廊下を通った。中で話している女子社員の声が、廊下まで漏れていた。

「あたしやっぱり思うんだよね。これって…」

聞こえてきたのは、覚えのある話だった。そして覚えのある口調。前にどこで聞いたんだっけと気になって、書類を見るふりをしてしばらくそこに立ち止まり、耳をすます。

(あっ、これ…)

5分も経たないうちに思い出した。それは昨夜、例のページで読んだ日記と全く同じ内容だった。

(もしかして、この声の主が)

そこから、自分の長い長い3年が始まったのだ。

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てなわけで、ウソ日記続く。まだまだ続きます、これ。一体どうなってしまうんでしょう。今回から急展開してしまいました。ネットストーカーだったのか、T! 妙にリアルで怖いかも…でもこれで行きます。Tはちょっとアブナイ28歳なのです。

99/12/11(土)am 思い出せない曲
ワンフレーズだけ思い出して、でも他のことが何も思い出せない曲はとてももどかしい。特に今ものすごく聴きたいものだったらなおさらに。

私にも今そういう曲がある。

ひとつは、「○○なんて、言えない」っていうフレーズがある曲。このフレーズだけが頭に浮かんで仕方ない。さらに、○○の部分はどうしても思い出せない。厳密には「なんて、言えない」のところしかメロディーも思い出せないのでもう絶望的。何だこれ!!

もうひとつは、「ひとりじゃないとうまく泣けない」っていうのが歌詞に入っている。しかしこれはこのフレーズ全部のメロディがきちんとわかったので、11時間後のたった今解決。天方直美の「‥‥tears」だった。

「なんて、言えない」の方は、どうもイメージから女性ボーカルのようだ。バラードではなくて、あまり高い声ではなくて、ちょっとハスキー。イメージ的にはtrf(小文字時代の感じ)。でもだったら曲名がぴんときてもいいはずなのだ。このフレーズはたぶんサビの直前だろう。

trfなら最近のもの以外は全部持っている。だから歌詞カードを見ればさがせる。と思ってさがしてみたが、全然見つからない。曲の展開だと「愛がもう少し欲しいよ」に似ているんだけど違う。うーん。

せめて「何が言えないのか」が思い出せれば別なんだけど。仕方ないからフレーズ的に近い「1度しか言えない」が入っているTM Networkの「ACCIDENT」を聴いて気持ちをおさめてみたり。

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それにしても、やっぱり小室哲哉の以前の曲はいい。「ACCIDENT」収録のアルバム「CHILDHOOD'S END」は1985年だけど、全然古くない。

むしろ今出してるシングルより、このアルバムの曲の方がクオリティが高い。同じメロディーで音を全部着替えさせて小室みつこに新しい歌詞書かせたらシングルカットしても十分売れる。今新しく曲書くより絶対こっちのほうがいい。名曲「8月の長い夜」は復活TM Networkでアレンジ変えてシングルカットしようよー。

うーん、いい曲だ。最近のコムロを聴くと「私の目はふしあなだったの!?」とか思ってしまうが、やっぱり私の目は確かだった。コムロが変わっただけなのだ。昔のはめちゃくちゃいい曲だ。

今のコムロの曲はそんなにいいとは思えない。TMの曲すらCDを買っていないほどだ。中身の薄い曲が多いし…。使ってる音はものすごくかっこいいんだけど、歌詞やメロディーに昔ほどドキドキしなくなった。

手持ちの技は練れていくが、もう新しい技は作り出せない。年をとるって、そういうことなんだろうか。だとしたらなんか、すごく哀しい……がんばれ、コムロ!

99/12/10(金)am ラストシーン
「笑う犬の冒険」をまた見始めた。

その中に、ナンチャンコーナーで「THE LAST SCENE」というのがある。「笑う犬」だと思うと似つかわしくないのだが、企画自体は面白い。名カメラマン木村大作を迎え、毎回ゲストの望むラストシーンを撮るのだ。この撮りあがった映像というのが何というか、ゲストは上島竜兵とか小堺一機なのに、妙にかっこいい。

小堺一機のがおもしろかった。外で雪が降りしきる中、縁側で小堺がその雪を見つめているシーンから始まる。実はそれは自分の葬式である。

すると霊になった小堺が、遺影を前に泣き崩れている参列者たちの首に次々と輪投げして輪をかける。すると輪のかかった人はみんな笑顔になって、そのうち参列者全員が楽しそうに笑いはじめる。それを見ながら小堺が去っていく、というラスト。

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水曜の夜なかなか寝付けなかったため、暇つぶしに「自分だったらどうだろう?」とふとんの中で考えていた。もし私が主人公で望みのラストシーンを撮ってもらえるとしたら、どんなのがいいだろう。短いけどストーリーは? バックに流れる音楽は? 共演には?

…などなど考え、かなり具体的にシーンが浮かんできたところで涙が止まらなくなり、明け方4時にふとんのなかで1時間あまりも鼻をかみつづけなくてはならなくなり、時間つぶしどころではなく大変なことになってしまった。空想で感動して泣くな。バカか自分。

結果としてひどいことになったものの、考えてるときは結構楽しかった。眠れない夜は是非どうぞ。いろんな人の「ラストシーン」を聞きたい。

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ちなみに私が考えたのは、冠二郎「バイキング」が流れる中、断崖絶壁で全身に強風と無数の矢を受け、雄叫びをあげながら立ち往生!というものである。

なんて、冗談です(これで1時間泣けたらすごいけど)。

99/12/8(水)am むだづかい
クリスマスが近づくこの時期、私はついついむだづかいをしがちだ。

どんなふうにむだづかいをするかというと、いつもパターンは同じで「自分へのクリスマス・プレゼント」と称してむだづかいするのである。とにかくクリスマス3週間前からは、欲しい、でもちょっと…と思うものがあるとすぐ「いやいや、自分へのクリスマス・プレゼントだと思って」と言い訳しては買ってしまう。

今月は、もう「自分へのクリスマス・プレゼント」を3品も買ってしまった。1品はローンまで組んで買ってしまった。全部、必要に迫られて買った。しかし家に持ち帰って冷静になって考えてみるに、

タムタムぬいぐるみ'99限定モデルまで「必要に迫られた」と言っていいのか?)

と思う次第である(確かに限定だからある意味そうだけど…)。

ユーミンによると大人になれば自分ちに本物のサンタがやってくるそうだ。つむじ風を追い越してプレゼントを抱えて歩いて来てくれるそうだ。便利だ。ここまでくるともう自分でプレゼントを買う必要はないらしい。

しかしながら、松任谷家のようにリッチでも有名でもないせいなのか、何か悪いことをしたせいか(そんなことした覚えはないが)、あるいはまだ私は子供ということなのか(これ有力)、私のところにはサンタは一向に来る気配がない。

じゃあどうするかというと、結局自分で買わなきゃいけないわけで、だからむだづかいもしょうがないのだ。仕方ないのだ。いいのだいいのだ。これでいいのだ。

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すっかりバカボンのパパになってしまった。でもある程度好きなようにお金を使えないと、私はストレスのあまり血を吐いて死んでしまうので(何者だお前)これは生命維持のために必要なことでもある。うん。

このように無理矢理正当化して、あと2週間あまり私のむだづかい期間は続く(でもさすがにちょっとセーブしようね、自分。命の次に大事な通信費がなくなるよ)。

次は、新発売のタムタムエプロンだ!(使わないくせに…)

99/12/6(月)am 鳴りかけの電話、ため息の留守電
ごくたまに、変な留守電や電話を受けることがある。

いたずらの類とはどこか違う。たとえば、1コール鳴りきらずに切れてしまう電話とか、ピーッと鳴ったあとに深いため息が入っている留守電などである。

「ため息じゃなくて、激しい呼吸じゃないのか」と言われたことがあるが、明らかに違う。ため息なのだ。私の留守電は設定を少し工夫していて、応答メッセージを言っている間も録音されるようにしている。もし激しい呼吸だった場合は、すでに応答メッセージの段階からはあはあ言っているはずである。しかしその間はしーんとしているのだから、それとは違う。

何も言わずに切れる留守電ならまだわかる。でもピーッと鳴ってからもすぐに切らずに、深いため息をついて切れる。これはもう気になる。今までで最も気になる留守電である。

「……ただいまぁ」とくたくたになって部屋に帰ってくる。とりあえず着替えながら点滅している留守電の再生ボタンを押す。

「留守、1件です。『ただいま出かけております。ピーッという発信音のあとに、お名前とご用件をお話し下さい』ピーッ。『……はーっ……プツッ。プーッ、プーッ、プーッ』ピー。」

これを聞いたとき、私は思わず電話のそばで脱ぎかけた上着片手に「はぁ?」と首を傾げてしまった。

「それは一体、どういうことだい?」…聞いたって電話が答えてくれるはずはないのだが。

間違い電話か?とも思ったが、間違ったのならすぐ切るはずだし、ため息をつく必要もあるまい。家族、というのも考えたが、うちの家族の場合、私に気に入らないところがあればそんな回りくどいことはせずに「アホ」なり「ボケ」なり言ってくれるはずだ。実際誰に聞いても電話していないと言うし、ウソをつくメリットもない。家族ではない。

だとすればあとは友人しかいないが、ため息をつくような必然性のある人が見あたらない。大体、どうしてため息なんぞ留守電に入れる必要がある?と考えると友人たちもはじかれてしまう。

それにしても、私は誰かに留守電でため息つかれるようなことをしてしまったのだろうか? 留守電にわざわざため息を入れるなんてよほどのことだ。誰かにそんなひどいことをした覚えはない。

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そんなこんなで、結局謎は解けないままである。でもとにかく気になるし、そんなことになった背景を知りたい。今からでも遅くないので、私の電話にため息を入れた人、名乗り出て下さい。とりあえず、うちのコードレスの充電が切れるまで、語り明かそう。

99/12/5(日)pm フィギュアスケート
「君はそんなに悪いことをしたかい?」と言われ「いや、してない…」と答えるに至り(ああ、やっぱ不幸だ、自分。)と呟いたりなんかしちゃって。

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最近、NHK杯(フィギュアスケート)をやっている。フィギュア大好きなので見てみる。でもやっぱりオリンピックほどレベルが高くないのであまり見ごたえがない。長野オリンピックはやっぱり面白かった。圧倒された。

スピン&ジャンプマシーンのような女の子が出てくるかと思えば、白鳥のようなすばらしい表現力の女の子、サタデー・ナイト・フィーバーで踊りかけるフランス男(銅メダリスト)。長野を最後に引退する彼が演じたプログラム「ダルタニアン」は、観客へのサービス精神たっぷり、今後誰かに受け継いで欲しいほど面白かった。

大好きなアイスダンスも、まるでスター・ウォーズのような衣装で情熱的に演じきるペアや、速い単純なテンポでも完璧なステップで目をくぎづけにするペア、とにかく見所たっぷりだった。世界で最も権威ある大会があんなに面白いとは思わなかった。もっと堅苦しいがりがりした世界だと思っていたが、フィギュアはやっぱり目に訴える部分も多いせいか全然違うらしい。

オリンピックでは、エッジが氷を削る音や着地の音が聞こえるほどすさまじいジャンプがあった。フィギュアのことを詳しくわかるわけではないが、きれいなジャンプは素人の私でもテレビで見ていて思わず拍手が出る。表現力も、トップレベルは見てわかる。

長野オリンピックで初めてぶっ通しでフィギュアを見てわかったのだが、普通のショートプログラムなどより、勝敗がすべて決まったあとに演じられるエキシビションの方がはるかに面白いと言うことだ。超ド級の勝負ジャンプなどはないものの、その分あんまりはらはらせずに見られる。今までの勝負ではジャンプマシーンにしか見えなかった選手が意外に幼い感じのプログラムを選んでいたりするのも面白い。

というわけで、NHK杯も残りエキシビションだけになり、オリンピックほどレベルは期待できないが、エキシビションの楽しさだけは味わおうとこれから見るつもりなのである。…といったところで、そろそろ始まる。ああ、見なきゃ。

99/12/4(土)am 私はギャルにはなれません
ギャルの人って、何であんなにまめなのだろうか。

ロンドンブーツ1号2号の「ガサ入れ」という番組を見ていると、浮気調査に入られる容疑者のギャルのみなさんが一様にまめなのでいつも驚いている。「へぇー。手帳って利用するもんなんだぁ。」という具合。

だってとにかくすごい。まず、めんどくさがらず、事細かに予定を書いている。二股三股かけようが、きちんとデートの時間と場所を書き込んでいて、その日誰とどこに行ったか、時には肉体関係を持ったかどうかまでしっかりわかる。シールは貼るし、1行日記を書いていたりもする。

こないだのガサ入れの時の容疑者(要するに女の子)は、人によって使うペンの色を変えて手帳に書いていた。パパは青、ママは黒、片方の彼氏はオレンジ、もう片方は紺、という具合。私にはもう尊敬の一言だった。

そういうのを面倒くさいと思わないのだろうか。私はもう考えただけで面倒くささに吐き気がする。とりあえず、彼女たちが手帳を使う様子を想像してみよう。

予定が決まるたび、よいしょ、と背中のカバンから何色かペンの入っているペンケースを出して、「えっと○○くんはこの色だから…」などとペンを出してファーストフード店のテーブルかどこかで、何時にどこそこで何をするかちまちま予定を書きこむ。

さらに「この日はちょうど○○のバースデー」とか言いながら、手帳のカバーに挟んであるシール類を取り出して、ちっちゃい月予定表の欄にぺたりと張り付ける。そして最後に、黒い普通のペンに持ち替えてその日にあったことを1行日記風に書き込む……

うう、めんどくさい! ただ遊んだとか誰かと会ったというだけのことなのに、わざわざ予定表に書き込んだり、シールを貼ったりすることがなぜそんなに大事なんだ。どんな意味があるんだ!

そうか。わかったぞ。私がギャルのみなさんの手帳の使い方に理解不能なのは、彼女たちがただ「やったことの記録」に血道をあげているからだ。私はただ「やったことの記録」を書いただけでは意味がないと思ってしまうから理解不能なんだろう、きっと。

誰かと遊んだとか、どこかに泊まったとか、そんなことを記録したって意味がないように思えてしまうのだ。流れ落ちていく自分の思考を書き留めておくのなら、あとで読み返したときとても役に立つとは思うが、ただの行動記録ではせいぜい「そうかそんなこともやったっけ」と思い出にひたることしかできない。

彼女たちがそんなにも記録したがるのは、毎日を記念日化したいからだろうか。思えば、彼氏とつきあい始めた日を何月何日と覚えていて、付き合って今日までで何ヶ月何日などと数えては思い出にひたる、という人もいる。そういう人にとっては、いついつ何をしたというのが大切な思い出のよすがになるのだろう。私の場合、そこまで細かいことをやって思い出にひたろうとは思わないけど。

そんな風に考えているせいか、私が手帳に書くことと言えばせいぜい忘れちゃいけないバイトや学校の義務的な用事だけだ。そういうことにしたって普段頻繁に手帳を見ないことがわかっているからあまり細かくは書かない。覚えるのが難しそうなことしか書かない。誰かと遊んだり会ったりということはまず書かない。

これが良いか悪いかは置くとして、私の場合たとえ浮気していくらガサ入れに入られたって浮気の証拠が出ないだろうということは言える。ギャルの人はまめすぎるのですぐに足がつくが、私はちょっと手強いぞ。そういえば最近全然手帳を開いてないし、おとといの夕飯も思い出せないんだから……

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やっぱりただのめんどくさがり?

99/12/3(金)pm あなたはどっち?
不思議なのだが、この世には同性に好かれるタイプと異性に好かれるタイプとがいるらしい。

私はもちろん(←こんな副詞をつけねばならないことがもう哀しいったら)、同性に好かれるタイプだ。あ、でも別に恋愛感情ではない。…と、思う。好かれるけど別に愛の告白はされたことないし。

こういう傾向は主に教育系バイトで顕著にあらわれる。どういう生徒が自分についてくるかで自分のタイプは判断できる気がする。で、結果、間違いなく自分が同性に好かれるタイプだということが判明した。

私がバイトで行っているとある高校はとにかく広い。だから私がバイトの時間を変更するとその連絡が生徒にほとんど行き渡らない。今日も先週にはきちんと連絡を頼んだはずなのにほとんど行き渡らず、「風の噂」化して伝わっていったらしい。

こんな時、それでもいつもの時間にいつもの場所にやってくるのは、真面目で私のことを一応信じている生徒たちであろう。

誰が来るかなあと思いながらバイトに向かった。教室に入った。「こんにちはー」…振り向いたのは、

見事に女の子ばかりだった。

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いや別に、嫌じゃないです。うれしいっす。おかげで今日はめちゃくちゃ授業がしやすかったし。そういえば、こないだの塾の家庭教師型指導形態の授業でも、私のに来たのは女の子だったっけ。

おかげで友人から「鞍替えすれば?」と言われる始末である。合理的ではあるが、ちょっとそれは…鞍替えって、そういう問題じゃなかろう。

こうなったら、もし教師になったら女子校にでも赴任した方がいいのかなあと思う次第である。確かに、男子校に行ったらはじめパニックになる気はするが…

99/12/2(木)am 場をわきまえろ
最近、「場をわきまえろよ」と思うことが多い。

この場で言える程度のことだと(私もわきまえてみた)、バイト先の塾の講師。

私と同じバイト講師が数人いるが、その中に学部2年生の男性講師が2名いる。この2人がもう何というか、授業が終わった控えのエリアで軽薄さむき出しなのである。特に、高校3年の女の子にだらだらに甘えられて普通のそこらのニーチャン化しているのには呆れを通り越して腹立たしさすら覚える(あれ、普通は順序逆ですか?)。

そりゃあ君らの本性は軽薄短小なただのガキでしょう。コケティッシュな女の子に興味はつきないでしょう。それはよくわかる。たかがハタチだし、私より高校生の方と年齢の近い君らのことだ、メイクした18歳にだらだらに甘えられれば教師から鼻の下のばしたバカ大学生に戻りたくなるのはよくわかるよ。いい気分だろうから。

でも君らの本性が何だったとしても、たかがバイトだったとしても、高校生にものを教える場所ではしっかりした真面目な先生を演じて欲しいのだ。演技でいいから。自分が選んでなった立場である以上、ひととおりは求められる振る舞いや言動を全うするのがプライドってもんじゃねぇのかよ。

似合わない青いアイシャドーの目蓋で、鼻にかかった甘ったれ声で「パパがねぇ、今PTA会長やってんのー」だの「せんせーたちはぁ、ギャル好きー?」とかほざいて30分も40分もいる生徒も生徒だが。こういう奴が大学教授のムスメで模試で判定良かったりするから確かに世の中どうかしてるんだろう。

でもやっぱりこの場合、教師の方がある程度距離を測って自分の本性をむき出しにしないのはエチケットだと思う。フレンドリーなら何でもいいかっていったらそうじゃないだろう。程度があるだろ。フレンドリーになっていい場とそうあるべきでない場があるだろ。何でそんなこともわかんないのキミタチ? 「ギャルは好きだよ」なんて答えんなこのバカが。

こういうふやけた男をみていると、そしてたぶんこのふやけ野郎どもの方が将来高給取りになって、一方私は女だと言うだけでこの先ハンデを負うのかと思うと、マシンガンをぶっ放してすべてを蜂の巣にしたいほど不愉快になる。

あーもう!! こんなやつらなんかより私の方がずーーーーっとプライドあるし男気ある! なのになんで私は男に生まれなかったんだ! 女に生まれたのを呪ったことは数限りなくあるが、良かったなんて思ったことは一生のうち一度もない!!!

ちくしょう、神のバカ!

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こうなったら、出家でもするか…(←自己矛盾)

99/12/1(水)am 嫌な予感
何だかとても、嫌な予感がするのだ。「もう時間の問題」という言葉が頭をよぎる。

というわけで、練習してみる。

「あれ、読んじゃいました?」表情が硬い。「あれ、読んじゃいました?」そう、もっと自然に。「あれ、読んじゃいました?」おや、涙がにじんできたぞ。

いいか覚悟だ。大事なのは覚悟だぞ自分。腹くくれ。どうせそんなに責任取れないことを書いてるわけでもないんだから。がーんばれー、まけーんなー、ちーからーの、かぎーり…

 

 

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