私の文字風景September
思うこと、気づいたことなどを気ままに綴る落書き帳です。 


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 秋に向かいて…  - 9月19日 -
写真:夏の散歩道予約の医療機関へとバス停に着くと、到着時刻まで少し間がある。バスを待とうか…。一瞬迷い、夕方の涼風に背中を押され、歩くことに決めた。

夏草の生い茂る近道に入ると、真夏の早朝に見たマツヨイグサは緑の実を連ね、ヤマゴボウの実は黒く色付いていた。薄紫の花をつけたクズやススキなど新たな草花が加わり、自然は静かに秋へとに向かっているようだ。
雨が少なかった夏の猛暑にもめげず、細い道は一層茂り、雑草に覆われた道を縫うようにして通り抜ける。いつも散歩のお供をしてくれるウォークマンの音楽に耳を傾けながら、少し勇気が出てきた。「私は大丈夫かもしれない」。

春、友人と出かけた映画館で、突然激しい動悸と不安に襲われ、驚いた。それから体調をくずし、「なぜこんな感覚に陥るのか」「どうすれば回復に向かうのか」そんなことばかりを考えながら、遠出する勇気もなく悶々と過ごした夏だった。

「少しずつ、できることから始めて、自信をつけたらええやんか…」 主治医の言葉がよみがえる。
以前のように、音楽とデジカメを携え、歩くことから始めてみよう。これから秋へと移ろう散歩道は、きっと見えないストレスを和らげてくれるかもしれない。
 一周年  - 9月17日 -
写真:窓から見える風景『自他共に認める夢見る私。美しく奏でる楽器、流暢な外国の言葉、憧れの国への旅立ちなどなど。見果てぬ高望みは、努力も根気も伴わず、そのうちにシャボン玉のようにひとつまたひとつと消えてゆく。そんななか、新たな野心がまたも芽生えた。

PCの話の中で、「ホームページで自慢するの?」と言った人がいた。なるほど、そんな受け取り方もあるんだなと妙に納得させられる。情報発信に値する特技も課題も持ち合わせていない私。自慢するには程遠いが、気ままな自己満足の「自満」にはなれそうだ。もともと口下手なぶん、画像や文字での自己表現の場所にはちょうど良いかもしれない…。ということで、夢見る私の新たな挑戦が始まった。

不注意から足を骨折した今年の夏、予定していた旅は泣く泣くキャンセルとなり、缶詰め生活が功を奏して、ホームページ作りが課題となった。
HP作成ソフトに振り回され、タグだのセルだのフレームページにスタイルシート…。複数のマニュアル本を片手に古い頭をフル回転しても追いつかない。さしずめ夏休みの宿題は、子供時代と相も変わらず、予定の新学期には間に合わず、9月半ばにようやく完成したのだった。こんな未熟な私の夢が、ウェブの窓から新たな世界へ広がってくれたらとてもうれしい。(2003.秋)』 ---------- 


と記して一年が過ぎた。相変らず悪戦苦闘の日々。一周年を迎えた日の更新時に、大きなミスをしていたようだ。
ページの背景に、設定した記憶のない文字が画面いっぱいを乱しているではないか!果てはHP荒らしかなと思いきや、自ら荒らしてしまったらしい。更新後一週間も気づかなかったなんて…、これから更新後は一通りチェックすることを肝に銘じなければ…。
 ムカゴの思い出  - 9月11日 - 
今朝、仏壇のある部屋の窓下に、かぼそい彼岸花が一本、合わせた両手で包むように咲いていた。写真:ムカゴと彼岸花
秋の彼岸の頃に咲くことから、彼岸花というのだそうな。暑い夏がゆき涼風が吹き始める瞬間に、競うように咲く朱色の花に、私はいつも寂しさを感じてしまう。猛暑が去り、ほっとした心の隙間を通り過ぎる秋風のせいだろうか…。

傍らの、モミジの木に絡みついた山芋の蔓には、今年もムカゴが実った。毎年春になると芽を出し、暖かい風とともに蔓は瞬く間に伸びて、花が咲き、実を結ぶ。ちょうど今頃、蔓から落っこちそうなほどに膨らんだムカゴを収穫し、我が家の秋の味覚の「ムカゴご飯」が登場する。

「次の休みはハイキングに行こうで!」まだ健在だったころの義母の台詞だ。毎年春と秋には、決まって甥や姪を連れだって、家族総出で近くの山に出かけたのだった。その時に採ってきたムカゴがこうして実り、義母を思い出すことになる。

当時、私よりずっと元気だと思っていた義母が、何度目かの脳梗塞発作で半身マヒになった。もともと気丈で頑張りやだった義母は、マヒになった体を治そうと必死でリハビリに励んだ。義母はずっと、マヒした手足はいつか完全に回復するものだと思っていたようだ。

自宅近くに転院した義母のリハビリに、私は毎日付き添った。義母はベッドで身だしなみを整え、片方の手に杖を持ち、マヒ側の腕を私に預け、病室の廊下を一通り歩き、二階から一階への階段を下り、院外の周辺をほとんど毎日歩いた。
そのうちに看護に疲れ果てた私は、義母の居る病院に行くのが苦痛でたまらなくなった。彼女はきっと私が来るのを待ち望んでいる…。ベッドに腰掛け、こちらを向いて微笑む義母の姿が頭から離れなかった。行きたくない、でも行かなければと、どれだけ葛藤したことだろう。やがて余病を併発し、転院して3年余りの闘病を経て、冬のはじめに義母は逝った。

あれから10年目を迎える初秋です。
「おかあさん、今年も実ったムカゴが見えますか?小さかった孫たちは立派な大人になりましたよ。」

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厳冬の散歩時に、時おり訪れる冬晴れの、真っ青な空を見上げながら切なく想う。
義母を乗せた車椅子を押しながら歩いた、寒い冬の日のことを。闘病中の病室にいて、自力で青空を仰ぐことが難しい人々のことを…。
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