私の文字風景November
思うこと、気づいたことなどを気ままに綴る落書き帳です。 


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  シイの実の思い出 - 11月27日 - 
写真:椎葉ダム(椎葉村)フライパンの中でプチッと音をたてて弾け、ひび割れた間から白い中身がのぞく。散歩の途中で拾った数粒の椎の実を炒ってみた。このコマの形をした薄茶色の椎の実は、たしかスダジイといったか…

故郷で過ごした子どもの頃、晩秋の冷え込んだ山に、よく椎の実拾いに行ったものだ。長ズボンに、足の甲中央にゴムの入ったズック靴を履いて、そうズックの親指あたりはたぶん穴が開きかけていたように思う。

うっそうと茂る林の中は薄暗く、足の冷たさが身に沁みた。落ち葉が積もり程好いクッションになっている斜面に、時おり足をとられそうになりながら、落ち葉をかき分け、真っ黒な椎の実を夢中で拾った。上下の服のポケットいっぱいになった椎の実の重量感を、今も覚えている。

五徳に乗せた鍋に薄く油を引き、椎の実をザァ〜ッと広げ、揺すりながら炒る。椎の実に油が回り艶やかな黒は美しかった。
しばらくするとプチプチと音がして実が弾け始める。芳しい香りが漂い、縦にひび割れた筋から真っ白な中身が覗くと食べごろだ。口に頬張り力加減しながら殻を割り中身を食べた。もっちりとした食感が空腹を満たしてくれたように思う。十一月のこの季節になるといつも思い出す懐かしい子ども時代の光景だ。

椎の実にまつわるもうひとつの思い出に、小学生の時に見た映画「しいのみ学園」がある。山の小学校で上映されたその映画は、養護施設で暮らす子どもたちの明るく力強い物語だったと思う。 ♪- ぼ・く・ら・は・し・い・の・み まぁ〜るい しぃ〜のみ … -♪ 明るい歌声とともに、不自由な体で一生懸命歩く少年たちの姿に、深い感動を覚えた小学生の私がいた。

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毎年この時期になると、もう一度この映画を観たいと切に思います。上映会などを知る手立てがあればうれしいのですが…
現在も福岡県井尻町に実在する しいのみ学園(園長f地三郎先生は99歳現役)、いつか機会があれば是非訪れたい希望があります。
  寒蘭 - 11月13日 - 
写真:寒蘭雨上がりの朝、ベランダの観葉植物に目をやり気がついた。大きな鉢の陰に隠れるように咲いた寒蘭の花。初めて見るその花に私の心は高鳴った。微かな香りを放つ萌黄色の花は、精いっぱいに花弁を伸ばし、臙脂の縞を描いている。

名札に「紅更紗」と記した、消えかけた父の文字がある。一昨年2月、宮崎を発つ朝に「持って行くか」と持たせてくれたものだ。故郷の山に自生する寒蘭を採取し、長年大事に育てた中の一鉢だった。気候風土の異なる地で果して育つだろうかと気になった。

その年の夏、株の付け根の小さな膨らみに気づいた。父に問うと「へぇ。それは花芽じゃが。そんうちに茎が伸びて11月ごろには花が咲くわい」と言われて喜んだ。ところが、茎は一向に伸びそうもなく、代わりに次々と新芽が伸びて三つの株が生まれた。居心地の悪い環境に疲れた株は、後継ぎを急いだのだろうか。

最初の冬は大事をとって室内に取り込んだのだった。山深い林の下に自生する寒蘭は、南国とはいえ真冬は霜が降り小雪も舞う厳しい環境だ。不自然な室内よりも、自然の寒さに耐える屋外のほうが良いのかもしれない。そう思った翌年は、寒風を避けたベランダの片隅で越冬した。

今夏の記録的な猛暑を乗り越え、静かに花芽を育てていたのだろう。いつの間にか花茎を伸ばし、二輪の花を咲かせていた。つましく並んだその花には、生涯を山で生きる父母の姿が重なる。

 ---- 萌黄色清しく香り寒蘭は 十一月に楚々と咲きたり (蟻んこ) ----

 【寒蘭の知識がありません。以前に父から、肥やしは、秋に落ちる樫の実を鍋でしばらく煮沸し(害虫駆除のため)、冷えた煮汁とともに鉢に与えるとよいと聞きました。株分けの仕方など、ご教示いただけましたら幸いです。】
  
  トラブル - 11月 8日 -
写真:交換部品大失敗してしまった。日曜日、いつものようにエアチェックしていたつもりだった。終了時間になって、さぁ、デッキから取り出そうとボタンを押すが出てこない。んん?? あ〜入っていない!なんと中は空っぽなのだ。

録音中、いつもと違って見えた気がしたデッキの表示、不安にかられ確認したがRECの赤ランプが点滅していることに良しとしていた。今思えばMDマークとその録音中を示す回転がなかったように思う。空のままデッキは回り、タイマーは正しく作動したのだろう。
もっとハイグレードなコンポなら「MDが挿入されていません」などと指示なりが出るのかもしれないが後の祭りだ。

トラブルは重なるものである。このところそのコンポのCD再生が不調で、あちこち音飛びするのだ。コンポのない生活が寂しくて様子を見ていたがやはり自然には直りそうにない。

翌日、ソニーのサービスセンターに連絡を取り修理を依頼した。「そろそろ寿命でしょうかねぇ」「まあ人間と同じですよ。時には調子が狂うこともあるでしょう」という事で入院することとなった。一週間から10日の有余をのところを、無理をお願いしできるだけ週末までに届けていただけることになった。

見積りによると、CD読み取りピックアップ部分とモーターの交換、出張料込みで、修理代はコンポの値段の四分の一弱になりそうだ。痛い出費だが、5年も付き合ってきた愛着のあるミニコンポはまだまだ手放せそうにない。次回はしっかりMDを挿入して録音待機したいものだ。

---- 無事に週末に戻ってきました。やれやれ…(写真は交換部品) ----