第一歌集
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(101〜200)

一ツ瀬の白い城壁沈む陽に 谷張り渡すアーチ形して

貯木場の材の隙間に伸び上がり カンナは赤き花を咲かせり

血と土にまみれて逝きし戦友を 武人の誉れと涙せざりし

飢えに飢え南国の島に生き伸びて 母国に帰る日を待ちたりし

畑中に休む如くに寝る案山子 とうもろこしの収穫ありて

吾は今切れぬ包丁研いており 妻の旅行で自炊する故に

寒蘭の花芽ようやく出でにけり 愛し哺くむ甲斐ありていま

吹き山に薄れて沈む秋の陽の 一ツ瀬ダムに眩しく映ゆる

日盛りの舗装道路たどたどと 沼より出しいもり這いゆく

椎茸の厚き傘葉ほの白く 紛状の胞子風なきにまう

車掌なきワンマンカーのバスとなり 運転士への親しみ感ず

陽炎の立つ日盛りに妻駅の 赤錆さびつきし鉄路燃ゆる

梅雨晴れの陽に美しく映ゆるかな 若木に咲きし合歓の木の花は

夕立に打たれて落ちる梔子の 花一輪の香り漂う

美しくノウゼンカズラの咲きており 古き屋敷の庭の朽ち木に

薄月の光に濡れて立つ吾の 頭上を木菟飛び去りてゆく

木菟の淋しき啼き声聞こえくる 静かな夜の裏の森より

五月雨の降る渓谷に入りゆけば さも悲しげに鳴く河鹿かな

葛の花美しく咲く谷合に 巣づくる瑠璃の囀りやまず

大阪に離れて暮らす子の元に 文書きおれば顔浮かび来る

煌々と輝く星や今まさに 消えなむ星の空にあるかな

浮き雲の越えて消えゆく竜房の 高峯は早も秋景色かな

彷徨いて歩みし道の長かるに 吾が現世の短く思う

茜さす夕暮れ空を群れがらす 南の空を鳴き渡りゆく

名月のあかれる庭に影を引き 虫の鳴く音を独り聞きぬる


夕陽うけ色付き熟るる甘柿の はち切れる如く輝きており

月へ行く文明の世も夕張の 地底に埋もれし人の救えず

年老いて脆さ知りつつ負け惜しみ 口では強くうそぶきしかな

独り住み今幸福と電話する 幸薄く世を生きて来し姉

白水の岩砕きゆく渓谷の 淀める淵に山魚棲むらし

風もなき小春陽かすむ草原に もつれて登る白き蝶あり

木枯らしに研るる如く北空に 輝く星のひかり冷たし

人生の峠を越えて現世も 早瀬のごとく流るる如し

百獣の叫ぶ如くに燃え来たる 若き日思いて夕陽ながむる

芥子粒のかけらの如き土地なるも 境界線の杭打ちをする

新玉の朝日出で来ぬ竜房の 高峯に清き光りをはなち

風の吹くバス停に佇めば 一輪ひそと菜種の咲けり

淡雪を被り気高き竜房に 掛かる朝日のあざやかなりし

余命など惜しむ気もなき吾なりき 唯食む日々の命なりしば

将来の夢見る城のアパートで 自炊する子に吹雪日つづく

工事場の爆破でさけし石くれに 火薬の匂い漂いており

横谷の峠の茶屋に登り来て 五木の山の入り陽眺める

産声を只それだけの故郷に 幼な日語る思い出もなし

急ぎ来て横断歩道に着きたるに 人形の青の点滅始む

白銀の雲長く引き竜房の 峯より出ずるジェット機のあり

過疎地よりバス通院の日を重ね 癒えぬ病と闘いており

浮き雲が茜に染まり流れゆく 明日も雪風吹き荒ぶかな

盆栽のもみじの小枝摘み取れば 出でし樹液の夕陽に映ゆる

入院の子より電話の掛かり来る 張りある声で退院つぐる

田舎道そぞろき入れば木苺の 真白き花の綻びており


芦原に集い餌を食む群雀 鳴く声忙し冬の夕暮れ

友達と別れし後の淋しさよ 汽車待つ駅に雨の降りつつ

大寒に研ぎ澄まされし金星が 光り鋭く竜房に出ず

灌木の林に入れば此処かしこ 春を楽しみ小鳥さえずる

夕空に光りを放つ明星を 今眺めるは吾のみなるや

美しく雲ゆく空を映すかな 掻き田の濁り澄みし夕暮れ

自炊する息子の家に立ち寄りて 夕餉のために馬鈴薯を炊く

農耕の器械のうなる濁り田を つばめは低く飛び交いており

異国にて生き別れいた姉妹の 再会に強く抱き合いて泣く

湯布院の年金病棟の屋上に 朝な佇み由布富士を見る

静まる階下音なく病室の 患者見回る看護婦のあり

月晴れ葉裏かえして吹く風に 赤き実の見ゆ若ざくらかな

軽やかに狭露台より飛び立ちて ハングライダは五月の空を

天の川の星見る如く湯布町の 夜景を独り病窓で見る

電線に番で止まる燕らは 何を語らうか小首かしげる

故郷の方角さして沈みゆく 赤き夕日を病窓に見る

柿の木の若葉透かして白壁の 建て物見ゆる朝日に映えて

由布岳を染める西陽の薄らぎて 湯布の盆地に夕闇せまる

子等達のアパート次々泊まりいて 我が家に帰りほっと寛ぐ

荒霜の降りたる朝は風もなく 朝餉の煙り低く棚引く

青島の浦の岩場に佇めば 白き波間に千鳥飛び交う

掠り傷や軽い病を持つ吾も 病の為には入院もなし

静かなる夜の空気をゆるがして 夜汽車は遠く去りゆく如し

何事もなく一日が過ぎてゆく 子等達の住む町の夕暮れ

霧雨の降る夜の静寂を裂く如く 救急車ありサイレン聞こゆ


陽の登り明星の光り薄らげり 今朝はまぶしく輝きいしに

師走の夜家路に急ぐ星空を 天の都の夜景とも見る

寒風に湖面に揺らぐ水蒸気 野焼きに上る煙りの如し

師走風朝な湖面に立ち登る 水蒸気白し野焼きの如し

星屑の降り来る如き霜の夜 寒々と濡れし月出でにけり

緑濃い枝にたわわに色つきし 太い柚子の実手を触れて見る

行く年の僅かな時を惜しむごと 雪暮れどきに粛々と降る

現世は二度とは来ぬものなるを 早瀬の如く吾が世流るる

寒空に黒い浮き雲流れゆく 療養で暮らす吾が身の如く

古びたる柱時計の音さえも 初春の朝新たに聞こゆ

雲仙の山湯の里に降る雪が 初春の山をにしきに飾る

天草の五橋を行けば浮き島の 松の緑の目にしむ如し

年の心に願い言祝ぐに 高きが峯に雪の降りつむ

樫の木の古木に若芽出ずるがに 老いゆく者に何も出ずらじ

松たけの立つ初春に降る雪を 梅の花かと見まちがいにけり

木枯らしにとどろが渕の榎の葉 黄蝶の如く乱れ舞いきや

雲仙の地獄の白い湯煙りの 棚引く松に雪は降りつつ

幼き日過ごしただけの古郷を 五郎の峠に来ては眺める

冬の陽に太き鎖につながれて 門に寝そべる黒犬寂し

水温む沢入りゆけば此処かしこ 朽ち葉をかむり蕗の薹出ず

雪解ける小川の岸辺いたどりの 嬰児肌に若芽吹き出す

道の辺にあなたねの花散り咲きて 奥米良の里に春は来にけり

何処にか馬酔木花咲く道ゆくに 強き香りの漂いてきぬ

小雪舞う山田の里の葛の巻く 梅の古木に花こぼれ咲く

時ならぬ俄かの雨に水増して 小川の瀬瀬を落ち葉流るる

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