野すみれ
   
第二歌集



(1〜100)

五月晴れ平和な日々を送りつつ 激しき戦火のあの日を思う

重たげに緑ささえる葉桜の 下に名もなき草花咲けり

野薊の山田の畦に生い茂り ピンクに咲くも美しきかな

野良犬は尾を振りつつも会釈して 相手もしない我に寄り来る

草深く過疎化の進む古里の 萱葺き屋根に木苺熟す

遠ち方に啼くや初音の時鳥 微かに聞くは尚悲しかるに

銀色の機体音なく紺碧の 空に真白き航跡を引く

濁り田の水澄み渡り月映る 悪あらたむる者のごとくに

聳り立つ竜房山に掛たる 赤き夕陽の美しきかな

何者と思いて居るか巣作りの 山雀吾のセーターをむしる

恐れ気もなく山雀は吾の着る セーターをむしり巣作りおるか

道の辺に今朝も人待つ様子にて 不安気に居る捨て犬らしき

山裾に闇の溜まり青白き 光放ちて蛍飛び交う

盆栽の五葉の松葉に宿るつゆ玉針のごと朝陽に光る

遅雪を被る如くに真白なる 花ざかりなる椎の木の山

朝未だき冷たき風の戦ぎつつ 黒雲空を走り行くがに

闇の夜のガラス透かして見る外を 光するどく蛍のよぎる

年ごとに老いゆく事の寂しさよ 暮れゆく空の浮き雲を見る

生きる夜に悩みの尽きる時は来ぬ 此の生命の息吹く限りは

若杉の木立ちに煙る春雨に 濡れ渡るかな四方の山々

黄金の如く輝く朝月に 映え渡るかな広き黄金田

暖かき文届くなり知らざりし 人ではあれど同じ歌詠む

父母と異国の果に生き別れ 大人となりて尋ねさまよう

異国より尋ねし時に親はなく 墓石の前に蹲り泣く

中国の残留孤児の生い立ちの 記事読み終えて涙ぐみたり


戦争で犯した罪を負う如く 悲劇の渕を孤児はさまよう

唯独り尋ね来たるも母は亡く 墓前に孤児はうずくまり泣く

神様は次の世代に罪問うや 悲涙の渕に孤児を沈むる

肉親に会えて涙す人もあり 会えず涙す孤児哀れなり

槍刀消えて百年立つ日本 地球に戦の消ゆる日いつや

恐ろしき核の配備や外敵と 戦う武器の消ゆる日いつや

雑草が舗装路面吹き割りて 出ずる如くに吾も生きたし

遠く住む息子が病める夢に覚め 気のもみやまず夜は白みたり

美しき花咲くランの名を問えば 舌かむ如き名前なりけり

深々と湯舟に入りて目を閉じつ 今ある日々を幸福に思う

真白なる花と見疑う若杉の 梢に止まる白鷺のおり

恐竜の草食む如く川辺にて 砂掘るユンボ首振り上ぐる

避農なる身が農園の中に住み 療養の日々気の引けるかな

舗装路を貫き出ずる筍を 無残に車は敷き潰しゆく

運命の徒ならん舗装路に 芽吹きて来たる筍哀れ

苦瓜の盛んに伸びし蔓先が 支え求めて風に揺れおり

閃光と共にとどろく雷に 皆驚きて声を出したり

山際に叢雲涌きて梅雨明くる 暮れゆく空に星の煌めく

舗装路の端を貫き芽吹くる 夏草の力偉大なりけり

施せし善意も水の泡なりき 迷惑らしき意の思ほえり

巣立ちした小雀らしき植え込みで 親を尋ぬる鳴き声かなし

実りたる稲穂は深く首垂れて 吹き来る風に重たく揺るる

窓辺より遠く霞みて見ゆる山 寒川山の頂きなるや

逸物の盆木の姿作りつつ 緑に茂る米つつじかな

生垣を境に広い稲田なる 中に避農の吾の住みおり


実りたる稲穂騒がし風吹けば 黄金の触るる音にひびけり

心から善意の花も仇と咲き 憎まるる如き罪を負いにき

錦絵の如く焼けたる大空を 一機音なく雲引きてゆく

何時の日か乱れ咲く日を夢に見つ 緋ざくらの苗木庭に植え込む

豪力に物を言わせし若き日の 報いは来たり節々痛む

機械化の取入れ早し畦道に 白い籾袋山と積るる

終戦の日の来る度に思うかな セレベス沖の夜襲のことを

唸りつつ二台並びしコンバイン 広い黄金田刈り進みゆく

療養で唯日を送る吾なりき 生きる甲斐なき命なるかも

新聞に載りたる吾の歌読みて 懐かしき人より電話ありにき

還暦の年より急に意識せし 背筋の痛み今日は激しき

幾歳月経にきし物か八材杉 雲つく如く茂りさかゆる

一ツ瀬の流れの元訪ぬれば 心を洗う細流ぎを聞く

凍りつく寒夜もありし舗装路が 夏陽ざかりは焼けつく如し

職断ちて療養に暮るる幾年か 振動病の癒ゆる日遠し

唸り立て刈田を回るコンバイン 畦高く籾の俵積みゆく

牧山の民宿で子等と酒酌みし 盆の思い出忘れ難きに

久方に清しき朝の訪れぬ 四方山並に霞みだもなし

炎天の続き庭木の枯るるかな 露明けて後雨も降らざり

流れ星と見疑う如く南下する 静かな夜空を飛行機のゆく

定例の部落集いの道切りの 草払い機の音の響けり

幻の山魚釣らむと苔むせる 渓谷に深く踏み入りてゆく

太陽はオレンジ色に沈みゆく 今日のひと日も無事に終わりて

秋雨のタキロン屋根を打つ音の 冷たく響くを聞きつ歌詠む

濡れ縁に掛けて涼めば鳴く虫の 涼しき音色流れ来るがに


新しきピーマンハウス張られゆく 作付けの時季訪れたるか

妖怪の眼の如く冷やかな 望月のあり暮れゆく空に

寂しさの唯募るかな年古りて 自活の道も夕暮れゆけば

道を説く師に縁もなく歩みきぬ 此のうつし世のいばらの道を

衰えて路上に落ちる黄蝶を 枯葉の如く風運びゆく

夜の空流るる雲の切れ間から 明るく照らす真ん丸き月よ

殊更に高き声して裏山で 今日も啼くかよ彼の杜鵑

空しさの募りゆくかな老いのみに 振動病の癒ゆる日もなく

全治する望み薄しと主治医言う 背筋の痛を今日も治療す

雨足の激しく屋根に降り注ぐ 台風の徐々に近づき来るか

林道に無惨なるかな蟇蛙 肉片となりて雨に打たれる

久々に晴るる兆しか茜雲 映え渡るなり秋の夕暮れ

食卓に空席並ぶ夕餉時 一人寂しく酒を汲みにき

晩酌にほろ酔うごとに思うかな 近くに住む娘を大阪の娘を

揺れ匂う生駒ヶ原のコスモスに 冷たき秋の風戦ぐかな

遠く住む子にぞ心の引かれゆく 秋鳴く虫の声聞きおれば

激震の昭和史無事に生き延びて 戦に生きた日々語り継ぐ

事務的に受話器に響く子の声は 吾とぞ知りてやわらぎにけり

帝国の盾とぞなりて死守せし 将兵の遺骨映し出さるる

沈みゆく秋陽の道に影を引き 家路を急ぐ唯一人して

脱ぎ捨てし殻は垣根に絡ませて 本尊何処に冬眠せしや

老い先のことのみ思う日々となり 自活の道の寂しくなりぬ

尖る穂の鋭く並ぶ若杉の 尾根をかすめて鴨の越えゆく

仮病だとあざける誹ける言葉も耳に入る 振動病やむ日々辛かりき

聴力の薄れ再三問う故に 友らのこころ吾を離るる

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