第二歌集
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(101〜200)

雪舟の絵を見る如く布水の 滝美しく朝に映ゆるや

一ツ瀬の川面に白き蒸気立つ 今朝寒々と雪ちらつける

筆取れば激しく手指震いきぬ 振動病の吾文字書き辛し

鶏の時告ぐる声聞こえ来る 静かな沢に芹摘みおれば

栂株の朽ちしに生えし栂苗を 盆栽に仕立て逸品となる

儚さの暮らし幾年続くかな 寂しき日々の唯募りゆく

吾が歌は冥土の旅の置き土産 世に在りし日の証しなりけり

鶴の舞う形に似たる寒ランの 花優雅なる香り漂う

生命の器となりて生きる身の 唯辛かりき療養の日々

息子らの背中日増しに太く見ゆ 老いゆく吾のこころ寂しき

美しきハイビスカスの哀れさよ 朝香りしに夕べ散りたし

沈む陽に金銀の色に光りつつ 風に揺らめく蜘蛛の巣のあり

皓々と下界を照らす大空の 月黒雲の遮りてゆく

乱雑に絵筆走らす物のごと 暮れゆく空に茜雲引く

物音の聞こえぬ吾の耳底に 心臓の鼓動の響き伝わる

行く道に長き影引き帰るかな 夕焼けに映ゆる家路を独り

夜昼を問わず啼くかな時鳥 世の儚さを嘆くごとくに

粛然と新玉の朝明けにけり 大地に白き霜をおきつつ

赤金張らるる如く西空の 映え渡るかな秋の夕暮れ

白紙の暗き廊下に転びいる 不吉な夢に目の覚めにけり

仄暗い杉の木立に藪柑子 赤いつぶらな実を光らせり

行く年も僅かに残る夕空を 群れのからすの鳴き渡るかな

障害の給付で生活(くらし)を送る身の 世に長居など夢思わねど

友等とのコミュニケーション崩れゆく 障害を病みて難聴となり

夕食後半分のりんご妻くるる 何かの味かも甘酢ゆかりし


庭門でケチケチと鳴く秋虫の 姿見たしと寄れば鳴き止む

療養の徒然の日々歌を詠み 世の儚さを書き記しゆく

形のみ飾りの耳となりしかな 友らの語り聞き取り難し

色や香で人の心を惑わしつ 花の命は世に短かかり

双羽黒小錦関の戦いは 炎の如く今日も燃えたり

電線に居並び止まる群雀 胸白々と夕陽に映ゆる

怯むなど知らず歩みし若き日の 事のみ今は恋しかりけり

盆栽で古木化したる月けやき 木枯らしに葉の散りて寂しい

西都市の街も年毎新しく 今の流行りの店並びたり

金板の殺ぎ屑の如き三日月は 暮れゆく空に冷たく光る

吾が道に胸つく坂も幾度か 年老いてゆく者のさびしき

息子らの建築現場に踏み入りぬ 無職となりし老いの日の吾は

事故をして心に痛き傷を負う 無言の息子吾は怒れず

安全の運転で行く吾が横を 疾風のごとく若者抜けり

朝露に濡るるポストに吾が詠みし 短歌をそっと投げ入れてゆく

物悲しく聞こえ来るかな寒川の 山の高嶺に啼く鹿のこえ

我が家に二羽のジョウビタキ訪れて 今日も縄張り争いており

獣道白骨片を挟みたる 古いトラップ転がりており

極寒の浅瀬を渡る白さぎは この寒空に何狙いしか

散歩する吾を追い抜く自転車の 女性は甘き香り振りまく

睡眠の障害のあり枕辺の 目覚まし時計度々に見る

終戦の翌年の頃に妻町を 湯沸し捜した思い出もあり

芽吹きたる小さき苗木の時もあり 妻の神社の庭の大楠

利根川に那須の大八手植えと言う 雲つく如く八材杉あり

過ぎ去りし幼き頃を歌詠めば 昨日のごとく目浮かびきぬ


片目なる赤きだるまが棚に居て 疑うごとく人を見つめる

妻神社のあの大楠に蜜蜂は 吾がもの顔で巣を営むか

息子らの友が吾に贈りたる 薬酒を呑み今宵も休む

古里の村を独りで尋ぬるも 吾知る者も知る人もなし

幸を呼ぶ手相と言われ心にぞ 些細なれども楽しみの湧く

天の原朝降る雨の洗いしか 今宵の星は青く光れり

月さえも月々欠くる物故に 満ち続かぬも人の常かも

浮き雲の影次々に流れゆく 軟らかき冬の陽射しの山を

高千穂の民宿千穂の窓辺から 雪化粧する国見山見ゆ

白骨の如くなりたる枯れ松に 添う如く立つ赤松のあり

初雪の降る高千穂渓谷を 喘ぎて登るディーゼル揺るる

千仞の大谷跨ぐ鉄橋の 上に一時期ディーゼル止まる

幻の如く緋鯉の浮かびたる 悲恋の姫の身投げし池に

春風の吹く農村に音高く 耕運機うなる田にも畑にも

陽の落ちて闇迫りたる山里に 灯し火点る人家あるらし

国見山地図で知りしを民宿の 千穂の窓辺に今朝は眺める

神秘なる高千穂峡堀深く 青澄む水の無気味に見ゆる

雲海の高き橋より眺めたる 高千穂の原異郷の如し

夕暮れの濃くなる空に登る月 吾が立つ影の庭に映れり

尾峰に立つ楢の古木で時の鳥 今朝激しく啼き叫ぶかな

心から下りて道を歩めども 住み馴れぬ土地の風は冷たし

茂り立つ草も道に居る故に 通るひとごち踏みしだくかな

坂道を喘ぐ如くに歩みしを 神は試練を将下すかな

満月に欠くる習野ある如く 安らぎ続く事もなかりき

旅空で世を去りませし父君の 墓所を求め吾も老いたり


改めて是とぞ言える物もなく 生きゆく道で今日も悩みぬ

後ほどに吾も落ちゆく里なりと 思いつ父母の墓清めおり

文明の社会に医術暗かりき 吾が背の疼き治せざるとは

旅先の里に生まれし者故に 懐かしく思う故郷もなし

背椎の痛み治らず悩むまま 医療機を買い試しに使う

盆栽に止まる小さき青蛙 睨みておれば眼そらしぬ

桃の実の落ちて地を打つその音に 庭に佇む吾驚きぬ

濡れ縁に月の光を浴びながら 帰り来ぬ子を待ち侘びにけり

買い物に妻出し後静かにて 昼寝貪る独りとなりて

突如に不満爆発さす如く 裏竹薮の子綬鶏啼けり

粗大なる塵とも思う命かな 障害を病み療養の日々

長旅に備える為かつばくろは 電線に並び羽繕いしおり

台風の静かになりし夕空を 二羽の鴉が連れだちてゆく

峰々を嘆き渡るな時鳥 吾が行く末の尚思わるる

行く末の事思いつつ歌詠めば その成り行きの寂しからまし

遠くにて鳴く蜩の声聞こゆ 孫ら帰りし部屋静かにて

山並の薄くれないに霞みつつ 橙色の日も沈みゆく

歩み来し道細々と書き記す 吾が逝く後も語り継げよと

逝く後に何も残らぬ者故に 歩みし道を書き記しおく

難聴となり悉く支障あり 親愛の友も疎遠となりぬ

常緑の山に真白く立ち並ぶ 送電線の鉄塔見ゆる

乾き立つ盆栽に水を施せば 音響かせて鉢に浸み入る

渓谷の早瀬の如く流れゆく 高速道路を車の列が

白波の砕くる磯に釣りしつつ セレベス沖の夜襲を思う

人の言う言葉の意味も解き難く 難聴の吾に友ら遠のく

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