第二歌集
 3


(201〜300)

荒波に逆らい生きて半世紀 吾が行く道も夕暮れるかな

漠然と独り心の悩むかな 雲に覆わるる高峯の如く

収穫の終わる広田の足跡に 溜まる雨水の光り寂しや

平和なる星の夜空を仰ぎ見つ 戦場を駆けた若き日思う

一群の小鷺杉の尖る穂を 掠める如く刈田に降りる

青澄みて怪奇漂う渕のあり 近寄り見れば背筋の寒し

大木の風格徐々に作りゆく 五葉松の盆栽を見る

今日も早オレンジ色に陽は燃えて 遠きに霞む稜線に沈む

徒に春吹く風のなかりしば 想いに悩む人あるまじに

今もまだ昔の匂い残る道 毘沙門様の参道筋に

毘沙門の参道行けば道筋に昔なつかし仏像のあり

舗装路の窪みに溜まる雨水に 晴れ渡りたる秋空映る

歩み来し道を事ごと歌に詠み 風流を娯しむ幸せ思う

風流の歌詠み交わす友のおり 何時しか絆深まりてゆく

文明の光届かぬ陰ありて 冷たき風も吹き荒ぶかな

秋空に白き浮き雲流れつつ 身に冷えびえと夕風立ちぬ

鹿の啼く声は谷間にこだまして 浮き雲高く空に流れる

浮き雲のの流るる下に熊鷹の 太き輪を描き高くなりゆく

心にぞ強く感ずる物故か 憂きことばかり多く思えり

栗の木を揺さぶる風に葉裏より 青毬実の見え隠れする

自衛隊機朝の静寂を掻き乱し 遠く微かに音も消えゆく

軟らかき秋の陽射しに山映ゆる 真白く浮きし雲流れつつ

散る術を知るや悲しき紫陽花の 色の褪せつつ朽ち果てるなり

生け垣に色香失う紫陽花に 今は蝶々の訪れもなし

軟らかき秋の朝陽の入る部屋に 柱時計の音の響けり


美しきハイビスカスの哀れさよ 朝の間香りて夕辺散りたる

避け難き宿命なるか老いゆくは 知りてはおるも何故か寂しき

我が家の庭木に止まるつくぼうし 声高らかに鳴いて飛び去る

年ごとに暮らし新たに変れども 老いゆくことは今も変らじ

忍び降る小雨は芋の葉に溜まり 銀色の玉となりて零るる

逝きませし母の御霊の顔見てと 義母に強請るる嫁の哀れき

父眠る墓所に独り額けば 時の姿の浮かびて消ゆる

夕闇の音なく吾が家包み来る 何か寂しき秋の夕暮れ

快く虜身に触れる秋の風 高峰は早も木の色付けり

遥かなる平野に車走りゆく 尾花の原に道のあるらし

風立ちて激しく降るか俄雨 留守居の部屋の廂打ちつつ

昨夜見る悪夢で心塞にし 良き事もあり気の晴るるかな

神山の白水滝に色付きし もみじ降るかな白泡の瀬に

青島の浜には鬼の忘れたる 洗濯岩あり波洗うかな

草間より鳴く鈴虫の曲流れ 上弦の月登り来にけり

網戸から蟋蟀の鳴く声聞きつ 秋の夜更けに物思いつる

大輪の花散る如く白鷺は 松の梢を飛び立ちにけり

瀬頭の石に佇む白鷺は 置き物の如く真白く光る

霧雨が芋の葉面に溜まり居て 水滴となり雫れて落つる

俄降る雨瀬古川の水増して 岸辺の葦を押し流しゆく

病床に寄りて言葉かけたくも 応答もなく友眠りゆく

障害を患う友は灯火の 消ゆる如くに世を去りにけり

蠅一匹座敷に落ちて悶死せり 幼児誘拐のテレビ見おれば

妻の留守玉葱刻み涙ぐむ 悲しくもなし寂しくもなし

新築の建売の家寂しげに 住む人もなく庭草の茂る


熱気なく光薄れて沈みゆく 太陽を老い吾が見送る

あん人がこくればいっちゃがおもしれが 牛掛部落の大運動会

夕食の小皿に並ぶ干しアジを 海に在りし日思いつつ食む

太陽の沈みし方に黒雲が 小山の如く湧き立ちにけり

北風の今朝肌寒く吹き荒び 垣根に揺るるサルビアの花

秋空を独り寂しく見上ぐるに 鴉一羽の飛び去りてゆく

冷やかな秋空高く銀色の光を放つ飛行機一機

山畑に淡雪の如く蕎麦の花 咲き秋風の吹きそよぐかな

和歌山の田辺の浜に帰りきぬ 南国の島に生きながらえて

白犬の魂は何処亡骸を 車行き交う道辺にさらし

灼熱に燃えて沈める太陽の 家の鎧戸赤く染めたり

西側の部屋のカーテン夕陽染め 今日も事無く暮れて行くがに

歩み来し思い出事を歌に詠み 吾が後の世の家にと残す

秋更けて黄昏沈む山見れば 老いゆく如く寂しかりけり

幼き日鉈でそぎし左手の 親指は蛇の頭に似たり

盆栽の欅色付き吹く風の 肌身にしみる今日の夕暮れ

障害の癒ゆる日もなく送る日の 身にも心も充実のなし

屋上のアンテナに二羽の雀居て 台風の過ぎし朝は囀る

夕暮れて家路急ぎつ見る空に 一羽の鴨の川下り飛ぶ

朝まだき外灯のみが鮮やかに 路上を照らし村は眠れり

夕映えの南西に浮く黒雲は 桜島山の噴煙ならむ

日向路の家の戸障子振るわして 桜島山遠吠ゆるかな

歯痛みの経験もなく還暦を過ぎてゆく吾幸福に思う

現世の残り少なき命にも夢見る日々の何か楽しい

火を噴きて怒り狂いし三原山 疲るるごとく静まりにけり


未来には大木とならむ五葉松 小さき鉢に植えて楽しむ

年頃の子に一言の過ぎたるを 謝り我も心安らぐ

冬枯れの野に一筋の獣道 畑を通りて小川に下りゆく

明星の輝く如く夕空を 流れて光る飛行機らしき

寄り合いを務め帰る寒空に 降り来る如く星の光れり

指先の震えて文字の書き辛し 気ばかり焦る振動病の吾は

辛酸な道歩み来し人なるか 剃刀の如く気骨鋭し

逞しき彼の老人の気骨から 若かりし日の鋭さを読む

極寒の地も凍てつきし夜の空に 目を刺す如く星の光れり

空席の並ぶ厨の片隅で 今宵は独り晩酌に酔う

吾が趣味の心の分かる友のおり 枯れ野の如き思いも和む

猟犬が獲物追まる啼き声が 谷に木霊し銃声響く

障害で強張る手指揉みながら 通院の朝にバス待ちており

秋空に浮きたる雲の消ゆるごと 吾が生命の終る日は何時

障害を患うことも宿命と 夜の星空独り眺める

冬枯れの長い季節の眠りから 樹々目覚めるか山青みくる

障害は体に潜み独り病む 傍目に診えぬ振動病辛し

亡き母の墓前に孤児は泣き崩れ 肩震わして帰国を告ぐる

孫等来て大騒ぎして帰りたる 後より雨の降り出しにけり

振動病で腕や手指の疼きくる 気の苛立ちて奥歯噛みしむ

北側の窓より朝日部屋に入る 早夏盛りか日の長くなり

思い出を語れば遠し諸塚の 奥畑の川で山魚釣りしよ

細き道嵐に吹かれ雨にぬれ 歩み来し跡振り返り見る

肌寒き風吹く路傍の石仏に 無心に祈る老婦人あり

今更に怯ゆる如く思うかな ブラの港の砲撃の夜を

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