第二歌集
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(301〜400)

善意にて施す心悟られず 無に流れゆく真心悲し

絶え難き心を抑え望み断つ 吾の思いを知る人ぞなし

餌を漁る鶺鴒一羽夕暮るる 休耕の田を行きつ戻りつ

恐怖とスリル味わう綾川の 対岸結ぶ高き吊り橋

遠ち近ちの家に灯し火点りつつ 黄昏迫る山間の村

窓辺より遠く眺める白水の 崩れし山に草青みゆく

大阪から車で帰る息子より 今下関と電話のありぬ

春めくや三つ葉つつじの枝々に 付きし蕾の膨らみてくる

耳鳴りで気の苛立ちて眠られず 大声を出したき気持ちを抑ゆ

振動病で生きて行く道茨道 不安に暮れる泥濘み長し

耳鳴りで苛立つ憂さに一発の 太き屁をこき寝返りをうつ

粗大なる塵となりゆく命かも 療養のみで生きる身辛し

大木の差し交う谷に入り行けば 山鳥の打つホロの聞こゆる

人通り絶えざる町の道面に 落ちたる如くタンポポ咲けり

コンクリの割れ目に咲きし蒲公英を 哀れに思い土場に植えぬ

身体に障害潜み人知れぬ 振動病病む者の辛かり

生きてゆく甲斐なき命と思うとも 世を去りゆくは神の許さじ

年寄りて粗大の塵となりつつも 吾が意のままに捨て難きかな

障害を病みて心の空晴れず 今日も心に雨降り注ぐ

山桜散る絵を描いて国を出ず 生きて還らぬ覚悟の吾は

出征の決まりし彼の日忘れざり 山桜花の散る絵描きしも

働きし彼の日恋しく思うかな 療養の日々の心虚しき

一筋に歩みて来たる山師道 障害を負いて道断たれたり

吾が家の垣根境に彼方まで 稲田続くも吾は避農家

年金の受給届けの帰り道 記憶薄らぐ幼な日思う

鮮やかな銀の航跡引きながら 飛行機一機夕空をゆく

障害の身を夜通しになじるかな 音なき音の耳鳴り続く

道路を早駆けで来たる野兎が 薮ぎわに立ち振り返り見る

健康の見掛けのままに患えば 極道病かと他人の嘲る

三日月を拝みてありし亡き父の 面影浮かぶ三日月見れば

広大な白山水が釘穴に 集まりて見ゆる倉庫の壁に

諸塚の七つ山村訪ぬれば 三十年前の面影はなし

小丸川流れの上に白水の 瀑布とどろく原始林あり

吾が住まい稲田が原の中にあり 蛙啼く声枕辺に聞く

萌ゆる芽を鋏で摘めば切り口に 琥珀の樹液が溜りて零る

老い先を憂い思うも詮なしと 思うも憂う心消えざり

木の枝に下りし蜘蛛の流す糸 微風に揺らぎキラリと光る

旅行する妻の職場の厨にて 晩酌用に肴をつくる

窓辺より朝な眺める山肌の 秋の景色に彩いゆくかな

竹垣に蔓絡ませし豌豆の 真白き花の咲き乱るなり

旅空で不慮の死に合う兄の墓 吾が作る墓に迎えて祭る

朧にも兄の面影知らざりて 他国にありしその墓を掘る

儘ならぬ浮世と知るも憂き事の 波打ち寄せる現世の浜

朧にも兄の面影浮かばねど 父母眠らるる 墓所に迎ゆ

菅笠や赤いたすきの乙女らの 姿は何処田植え機うなる

軟鉄を遇う如く行き難し 大人となりし息子等故に

浮き草の流るる如く渡り来て 静かな村に住みて老いゆく

幼き日世を儚みし父の愚痴 幾たびか聞き育ち来し吾よ

山村に今も残りし茅葺きに 戦国の世の匂い漂う

神経の過敏な質の吾故に 些細な事も気に止どむかな


種殻を鳥帽子の如く被りつつ 南瓜が今朝は地上に芽吹く

電柱で奇声を放ち鴉啼く 人を嘲る声とも聞こゆ

深々と湯船に浸り目を閉じつ 今日あることの幸せに酔う

芦茂る川辺のユンボ這い上がる 草食竜の出で来る如し

漠然と愚かな歌を読み耽る 療養の日々空しきままに

親鳥に連れし子鳥笹薮で 悲しき声で啼きさけびおり

忍び降る雨はさやかに見えねども 池に波紋の立ち騒ぎ見ゆ

舗装路を貫き出ずる草草の 勢いの如く吾もありたし

大阪の都に暮らす娘らの 顔映れよと名月を見る

青春や昔語れば愚痴となり 寂しく揺れる枯れ尾花かな

俄雨降る山道に沢蟹の 鋏振り上げ吾を威嚇す

大輪の真白き花の散る如く 杉の穂先の白鷺飛べり

何処より蜜を求めて来る蜂か 庭木のつげの花に群がる

黄楊の花咲きて零るる空屋敷 蜜蜂数多群がりにけり

空き家の低き軒下に雨宿り 梅雨入る朝のバス待ちており

庭垣の黄楊に花粉を求め来る 蜜ばち何処に巣を営むや

雪舟の山水画像見る如し 木浦の奥の布水の滝

夕暮れてデシコシカッポと奇声上げ 庭木に止まる梟の啼けり

奥の間の窓辺から見る寒川の 山並は今日も薄く霞めり

吾を見て鴉慌てて飛び立ちぬ 羽根毛一本ヒラヒラと落つる

背の痛み腕関節の疼く夜 妻を起こして軟膏をぬりし

七十となりても今だ夢のあり 百世も千世も生きたく思う

盆栽に水呉るる吾の逝きたれば 数多の盆栽枯れていくかも

腑甲斐なく老い行きたれば息子らの 背中日増しに太く見ゆなり

悲しみもまた喜びも受け入るる 懐かしき筈の古里恋し


隼の輪を描く森の大空に 今宵も星の輝けるかな

空さして句茎の竹尖り立つ 鋭くも見えあえかにも見ゆ

夏山に踏み入り行けば此処かしこ 季節を詩う鳥の声かな

藪に入り鶯の声録音す 静かな音でテープは回る

大栂の枯るる木未れば風化して 岩肌に立つ象牙の如く

霧雨の音もなく降り軒垂れの 時々落つるしとしとピッチャン

山肌に瘡蓋の如く岩石が 露わに見ゆる奥米良の山

若葉萌ゆマッサンゲアナ一鉢を 父の日に贈る嫁のいじらし

生け垣の樹々の間に紫陽花が 玄関覗く形で咲けり

酔い覚めの水には非ず朝降りの 雨に打たるる心清しも

塗装した屋根の瓦が登りくる 名月に濡れて輝きにけり

美々川の河口の静かな木の下に 神武天皇の遺跡に詣でる

薄づきて行く高き空を鴉二羽 遠く飛びゆく塒は何処

瀬江川の流れも早に暮れなずみ 河鹿啼く声静かに聞こゆ

歴代の上の初代の足跡が 小丸の河口に政られてあり

初代なる神武天皇の憩われし 腰掛けの岩は柵に囲まる

朝まだき雨ごい鳥が珍しく 里山に来てしきりに鳴けり

海と空交わる果は霞みいる この海の果は国岸洗う

茅蜩の近くで啼くや難聴の 吾にも太き声にて聞こゆ

似我蜂に狙われし蜘蛛隠れるも 探し出されて止め刺さるる

青い田に稲穂早くも出てたるか 今朝吹く風に香り漂う

雨降りを見込みて苗のサルビアを 庭先の土に並べて植える

夕暮れに長雨上がり山間の 谷間に白き霧のかたまる

庭先の地盤に振動伝い来る 水嵩増した瀬江川の音

荒磯に勇者の如く尖り立つ 岩肌黒く夕陽に光る

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