第二歌集
 5


(401〜528)

夕立は光の如く舗装路に 飛沫を散らし降り注ぐなり

難聴の吾に静かな夜なるも 蛙が忙しと妻嘆きおり

オレンジに燃ゆる夕空鮮やかに 航跡を引く飛行機のあり

生活の獲物捕らえる罠になり 住まいともなる蜘蛛の巣作る

昼の間は人目引かざる三日月の 夜に入りて来て空に光れり

音もなく静かに闇の迫り来る 縁に腰掛け星空を見る

魚突く鑓の柄すげを子に教え 若かりし日を思い出しにき

葉煙草の収穫終わり煙草殻 枯れ木の如く残る寂しさ

振動病の障害程度否定する 冷水に浸す手指疼きぬ

残る世を悩み苦しみ続きぬる 障害を病む体となりし

衰えつ世に尚残るこの命 下弦の月を寂しく眺むる

民謡の師範を心に描く人 白波寄する荒磯に立つ

障害を患う吾の右腕に 時折り激し痺れ流るる

茂り立つ森のこぬれに白々と 朝日に光るは白鷺なるや

何れより迷い入りしかコンクリの 張られし庭で蚯蚓のたうつ

金属の削りし屑の如き月 西の稜線に今沈みゆく

桃の木のこぬれに花の咲く如く 赤き蝶止まり暫し動かず

街角で久しきに逢う歌の友 積る話にとき流れゆく

朝朝に裸になりて庭に立ち 乾布摩擦で五体を覚ます

山間の下り坂道滑るごと 樹に見え隠れバス近付きぬ

白みゆく東の空は朱にもえ 群れなす鷺の刈り田に降りる

蒸し暑く眠れぬ夜を徒に 激しき雷の鳴り騒ぐかな

熊鷹の杉の尖る穂打ち擦りつ 太き輪を描く秋晴れの朝

稲株は整然と並び朽ちてゆく 収穫の後の広田さびしき

時刻むひと月の流れ短きに 記憶薄らぐ幼き頃の


裏山で啼く小綬鶏の声高し 長雨降るも今日限りかも

ひよどりの嘆く声して啼きぬれば 家路につけと父は言いたり

幾度か死ぬる覚悟をした命 奇しくも残り余生を送る

秋風にサルビアの花かさかさと 音も寂しく色あせるかな

茅葉の光り放ちてそばえ降る 秋の兆しも濃くなりにけり

庭隅で茂るあえかな蔓草に 袋実つける風船蔓

七年の歳月経ちし譲り葉の 集中豪雨の傷あと癒えず

朝早く裏藪で鳴く霜呼びの 声聞きぬれば肌寒きかな

綾川に架かる高き橋渡り 清しき樹林に踏み入りてゆく

大阿蘇の噴煙なるや紅に 焼くる西空に黒雲浮かぶ

年古れば迎えたくない正月も 幼き頃は待ち焦がれたる

粛々と降る秋雨の溜まりいつ 静かに光る刈田寂しき

遅蒔きの風船蔓漸くに 袋実のつき風に揺らめく

秋雨の粛々と降る夕暮れの 刈田に鷺の餌を獲りおり

霧雨が樹々の葉面に溜りつつ 太き雨滴となりて地に落つる

若かりし日を時々に思いつる 年古りしゆく道の寂しき

洗濯もオートメーションの時代なり 機械操作に妻歎きおり

その時の務めの如く庭先の 彼岸桜は春秋に咲く

生け垣の梅のこぬれに下りたる 苦瓜戦ぐ風に揺らめく

生き辛い世を自らに去りなんと 心に思う日もあるなむに

朝の陽の軟らかく照り風立ちて 秋空高く澄み渡るかな

年古るも虹色の夢を追い求む 例えならざる物と言えども

南国へ渡らむ準備か燕等は 電線に集い羽づくろいする

裸木となりしもみじの盆栽を 紅葉散りし冬木楽しむ

寄り合いの帰る道辺に騒がしく 鳴きし秋虫今朝静かなり


朝早く慈鳥の群れの空渡る 昨夜の塒何処なりしや

歩み来し世は短くも長かりし 戦場も駆けて来たと思えば

爆弾で船は二つに裂けたるも 吾は修羅場に生き残りたる

南海に台風発生したと言う ニュースを聞けば進路気になる

庭先で日毎聞きにし鶯の 鳴き声消ゆる頃となりけり

笹鳴きつ近寄りて来る鶯の 姿撮らむと木蔭に忍ぶ

指揮棒の如く尾を振る妹背鳥 川辺の石を飛び渡りゆく

瀬の石にスイングする妹背鳥 指揮棒の如く尾羽振りつつ

満月の淡き光りの庭照らし 垣根に集く秋虫の声

そばえ降る秋雨の朝柴山に 鮮明に濃ゆく虹の立ちたり

二十二号の台風近づき庭植えの 木々の騒ぎて降り荒ぶ雨

台風の吹き去りゆきし芋の葉の 千々に裂かれて物寂しかり

尾鈴山の傾りを登る夕霧に 明日は晴れる兆しと思う

歯の痛む苦しみ知らず年老いて その苦しみを知る兆しあり

雨の夜青い光りを走らしつ 激しき雷の家を揺さぶる

息子らの夫婦が誘うドライブに 吾等夫婦も同伴をせり

照葉樹の葉のきらきらと輝きて 秋陽は次第に西に傾く

程近くマグマ滾れる地獄かと 賽の河原に踏み入りてゆく

雨風に幾百年を耐え来しか 都萬神社の太き楠木は

茄子草世に仇花の楽しさを 知らずに咲きて悲しからずや

道端に自生したるコスモスの 花咲き始め風の肌刺す

鈴生りに風船蔓実のつきて 朝吹く風に揺れ動くなり

空に星地に灯火の光りつつ 清しく晴れし秋の夕暮れ

万国旗空にはためく運動会 孫の出番に吾汗ばみし

夕暮れる空に鴉が群れて飛ぶ 西なる山が塒ならむか


韓国の赤松原に夕陽射す 朱けに染まりし松美しき

老いゆくは寂しきものか古鉄の 錆びつく如く身の疼きけり

耶馬溪の鹿鳴館の二階より 見る山々はもみじに染まる

滝下る清水は白き泡となり 真青い渕に広がりて消ゆ

唯一羽夜明けの空を飛ぶ鴉 朝霧深い山肌に消ゆ

全自動の洗濯機械並びたる 操作ボタンに吾は戸惑う

早乙女の髪の乱れを見る如く 風にほつれる尾花美しい

一輪のコスモス庭に咲きおるに 美しき蝶の来ては止まれり

酒好きの飲み友達と酌交わし 四方山話に花の咲くなり

全身を苔に覆われ石仏は 木漏れ日受けて微笑みており

秋の野に艶めくごとき尾花あり 色燃ゆる人の乱れ髪かも

道端に咲くコスモスの花を見つ 通院する日々秋の深まる

太き夢今更見るは遅かりし さりとて夢のなきにあらざる

干し草をリヤカーに積んだ農夫らが 夕暮れる道を語りつつ帰る

庭植えの黄楊の松葉を整えて 汗流して飲むビールの美味し

秋深き梅の疎林の寂しかな 今うぐいすの訪れもなし

幼春の花の色香も今はなく 梅の疎林の秋ぞ寂しき

敗戦の後無人島に流されて 生き延びて来た事は忘れじ

秋の陽のひと日当りし庭石の 日暮れて後も温もりさめず

北空に長く筋引く茜雲 夕暮れる秋の風の冷たし

鱗雲流るる空に一条の 航跡を引く物体何や

夕暮れて仄かに温かし 秋陽の熱を貯えいるや

腋余子取り入りゆく沢に野兎の 草食み荒らす跡の続けり

右腕の疼き激しく眠られず 無用な庭に立ち出ずるかな

秋深き庭先のつつじ狂い咲き 通る人らの目を引きており


山芋の蔓の葉ならむ裏山の 竹に絡みて夕陽にしるし

夕暮れる村に響けるサイレンの 消えぎえの音の何か寂しき

楠茂る神木の森に神々しく 宇佐の神宮は祭られており

山坂を回るリフトに腰掛けて 五百羅漢に妻と詣でる

牙のごと尖る岩立つ山肌を 紅葉で染める耶馬溪の峯

生きる道吾に示すかコンクリーの 裂け目にしげる杉菜逞し

紅サラサ匂い仄かに放ちつつ 鶴舞う形の花咲きにけり

山国の川の流れに映りつつ 青ノ洞門の岩山そびゆ

初霜の真白く降りしバス停に 朝陽を浴びて一人たたずむ

三代の御代に渡るか吾命 皆神々の加護と思いぬ

岩清水滴る如く納めたる 年金を糧に余生を送る

暖かき冬の日溜り名も知らぬ 小さき蝶の戯れており

美しき人の眉とも見ゆる月 晴れたる空に浮き出にけり

秋更けし梅の疎林の寂しけれ 春の色香の影すらもなし

全盛の頃思いつつ今更に 老い寂れゆく心の寒し

盆栽に作り実のつく藪柑子 渡り来し鳥に今朝は食わるる

うら若き乙女ら二人訪ね来て 聖書繙く小春日の午後

世を甚く悩めることも楽しかり 愚かでない者とぞ思い

風荒ぶえび野が原の赤松の 逞しき姿に暫し見とるる

現世を吾が世の如く歌いたる 時節も過ぎて老う身寂しき

耶馬溪の一目八景訪ぬれば 白き岩山にもみじ燃えおり

夕陽さす丘に漆の赤く映え 師走の風の身に滲みにけり

年老いて今更燃ゆる夢もなし 成りゆくままに世を送らむか

世を厭う心の悩みいや勝る 数多に忍ぶ事多かりし

現世を吾が世と躍る時も過ぎ 寂しからまし老いゆく命


庭先の梅の蕾も綻びて 吹き来る風に温もり覚ゆ

春風に咲く花々の散りぬるも 世を継がなむの実は結びゆく

国守るお召に命捧げたる 時の日思う生き残りいて

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