ホトケノザ
   
第三歌集



(1〜100)

遮断機のシグナル点滅する如く 老いてゆく身の月日流るる

陰惨な黄泉の掟を夢に見る 目覚めし吾は慄然とせり

年明くる四方の山々映えにけり 平成の世に相応しきかな

青味立つ杉の林を背に立てる 電柱白く陽に輝けり

朝寝して独り厨に食事する 何れ味わう寂しさならん

南郷の樫葉の山の原生林 幼な日のままに今も残れり

何事か求むる如く眼差しで 吾に寄り来る野良犬のあり

セレベスの沖の夜襲に生き延びて 子等に囲まれ年老いにけり

七重八重花の咲けども山吹に 荳に実を付けぬ定めなりしや

山国の川の流れのさ淀みに 錦の鯉の群れなしており

火の入れば今に燃えなん枯草も 今朝降る雨で静かに眠る

朝風に花の香りの流れくる 垣根に咲ける梅の花かも

鋭利なる刃物の如し夕空に 光り冷たき上弦の月は

快く匂い漂う梅の花 我が家の庭にて春を装う

一言も語ることなく暮るるかな 難聴の身の日々の寂しき

労災の補償の灯火風に揺れ 生きてゆく身に明るみのなし

深山の大木の如く苔むして この世に吾も生きたく思う

歌を詠み療養の日々暮るるかな することもなくひと日は立ちぬ

植え込みし数多の庭木地に馴染み 五年の月日はや過ぎにけり

荒磯に触るることなく白々と 沖で砕ける白波悲し

青く霞む葉山の肌に一筋の 山津波跡いたく身にしむ

春風の吹きて寂しき梅が枝に 気高き花の香りきにけり

待ち針を刺したる如く青苔に 今朝美しき花の咲きおり

余生と言う寂しき時の訪れて この現世の恋しくならぬ

杉安の榎の枝に茂りいる ヤドカリの青目に染みりきぬ



父の日に娘がくれし万歩計を ベルトに掛けて散歩楽しむ

朝未だき山肌つつと這い登る 谷合の霧雨上がるらし

夕暮れの南の空に銀色の航跡を引く飛行機のあり

和らかき風に綻ぶ梅の花 道辺に草も青味来にけり

獲物追う犬の啼き声谷に入り 銃声の響き吠え声とだゆ

警察の屋上に立つ日章旗 風なき今日は静かに垂れる

小丸川その川上の泉水には 原生林のブナ山のあり

大木の杉立ち茂る森深く 銀鏡神社の祀られてあり

食堂にて独り酒飲む幸せが いつまで続くこのうつし世に

大粒の雨は舗装路叩きつつ 花火の如く飛沫を上ぐる

孫ら帰り静かになりて裏藪の 鶯の声耳に入りくる

幼頃小魚釣りし渓谷に 息子の供し山女釣りゆく

再びは生まれて来れぬ命ゆえ 世にある限りを楽しまなむか

綾北のダムの湖水に鮒を釣る 秋空高く浮き雲白し

賑やかに人の出入の絶えざるに 宮崎神宮の森の静けし

人の世は短く思い長かりき 幼き頃は遠くかすめり

畦道の草の間に密と咲く 野菫の花風に揺らげり

春長けて道辺に茂る草々の 間に匂う野菫の花

井戸内の峠を過ぎて立ち茂る 原生林に舗装路続く

白水の原生林に踏み入れば 野鹿の足跡入り混じりおり

羽撃の音凄まじく飛び立ちし 背白山鳥谷下りゆく

幼き日病に臥した山小屋の 窓より見たる若葉忘れじ

歌を詠み盆栽娯しみ日を送る 平凡の日々何時まであるや

野兎が芦の茂みに棲むらしく 川辺の草を噛み切りており

怪猫の凄みし眼見る如く 黒雲の間に欠けし月出づ


草青む静かな沢に芹摘めば 身近き藪にウグイス鳴けり

若き日の意地など今は消えうせて 無理する度に足腰の疼く

この土地に幾百年を経て来しや 空覆い茂る宮の楠の木

原生林の谷に差し交う寒川の 渓に独りで山女釣りおり

葉桜の下に集いて酒酌むも 色香の失せし樹々の寂しき

羽ばたきの音凄まじく飛び立ちし 背白山鳥に吾は驚く

白水の滝落ちて来し激流で 渇ける喉を潤しにけり

七十年歩み来た道振り返る 数え切れない思い出のあり

年ごとに衰えてくるを身に覚ゆ 行く末を思い心寂しき

神山の原生林の頂は天の原までブナ林なり

神山の原生林の頂の 高峰は今日も雲に霞めり

長谷の山の傾りの木隠れに 色鮮やかなあけぼの咲けり

郡境う五郎峠に登り来て 白水の滝を遠く眺める

歯医者にて順番待ちている内に 昼のサイレンの遠く聞こゆる

時の鳥の初音を裏の山で聞く 去年鳴きたるホトトギスかも

修行の時涙流した技術こそ 生涯に残る宝なりけり

夏山の柿の若葉が風に揺れ 昇る朝日に輝いており

濃い青に杉茂りたる山肌に 真白く咲きし椎の花見ゆ

百年の歳月歩む事もなく 儚き者よ髪に霜降る

完全に親を離るる息子らの 新しき道切り開きゆく

美しく緋色に萌ゆる猩々の もみじの若芽に雨降り注ぐ

病院の吹き抜けの庭に茂りたる 楡の若木に淡き芽のふく

春長けし四方山並の緑萌ゆ 小川の水の流れ温もる

夜を通し忙しく蛙鳴きにけり 眠れぬままに夜の明けたりし

瀬江川の橋の袂に佇めば 河鹿啼きつつ夕暮るるかな


代筆の手紙を読みつ思うかな 姉の暮らしの不自由の日々を

徒然の心慰み歌詠みて 無用となりし命養う

建築の職業で生きる息子らの 作業場に今日も槌音響く

鉢植に吾の育てし白紫檀 今賑やかに花の咲きたり

命ある限り悩みも悲しみも 此の世一代繰り返すなり

迷信と人に問いなば笑えども 祈ればこころ安らぐ如し

安かれと子等の事のみ祈るかな 吾が身適わぬ時となるにも

南海で奇しくも残るこの命 今宵は子等と酒呑みて酔う

坂道も橋なき川も渡り来て 老いて身を病む日々の寂しき

年ごとに身の衰弱を覚えくる 吾が身運べぬ日々の来るかも

金色の月登り来て早苗田の 紅に映え日の暮れにけり

季節ごと衣装着替えるデパートの マネキン人形今日も微笑む

節榑し吾の拳も土となる 日も遠からず来る日々なりき

心から共に慰み語り合う 異性の友に心のひける

七年の歳月を経て村人の 心ようやく和みてきたり

歳月が三年経てば石の座も 温もり来るとことわざにあり

濁流が地盤揺るがせ伝いくる 瀬江川の流れ緩やかになる

何時の間に脱皮したのか生け垣に 白き色せし蛇の脱け殻は

太陽の光届かぬ渓谷で 水恋い鳥の鳴く声寂し

静かなる朝の空気を掻き乱し 我が家の上をジェット機のゆく

如何程の罪を背負うや時の鳥 夜昼もなく啼き渡りゆく

難聴の吾も組合の一員で 議論の席に座りて黙す

一ツ瀬の川辺に茂る芦原の 中の溜りに鴨渡りきぬ

幼頃父母と暮らした白水の 滝のとどろき今も変わらじ

人の世の短き事を愁うかな 早瀬の如く年老いにけり
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