いもじな日々

−作業記録と雑感−

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2000_11

2000-11-26
LightWave本

 由水桂『LightWave 3D スーパーテクニック』購入。なんだか、ver.5.6対応の解説書が書店から姿を消しつつあるようで、ちょっと焦った。

2000-11-25
モーニング娘。

 「I WISH」なんかを聴いていると、なんだか、最近、「おニャン子クラブ」みたいになってきたような気がするのだが...。

 女性ヴォーカルグループとしての音楽性という観点から見ると、「Memory 青春の光」の頃がピークだったんじゃないだろうか? この曲を改めて聴くと非常に精緻に構成されていて、これに較べると現在の曲作りがなんとも粗雑に思えてしまう。

 まあ、もともと、「ドキュメンタリー方式」とでも呼ぶべきプロデュースの新しい方法論を体現した存在だったわけで、ある意味、常に変化することが宿命付けられているとも言えるのだが、今のようにもっぱらメンバーのキャラクターの多様性に頼っている状態というのは、以前とは少し様相が異なるような気がする。

 これは、たぶん、すでに売れっ子「アイドル」となった彼女らに対して、従来のドキュメンタリー的手法をそのままの形で適用することが難しくなってきたということによるものなのだろう。しかし、この大量消費社会の中で「アイドル」であり続けるためには、常に注目され話題を提供しなければならない。この問題に対する現時点での解答が、(もともとは外的な力によってドラマを生じさせる手段として用いられてきた)メンバーの新陳代謝と大人数化をさらに推し進めるということなのだろう(*)。ただ、この手法は、ダイヤモンドの原石を磨くのではなく、それを燃焼させてしまうことによって光輝かせる方向に傾きかねない危うさを持っている。...それにしても、彼女らの中から、はたして何人が本当の意味で巣立っていけるのだろうか?

(注)

(*) もちろん、「アサヤン」というオーディション番組の側の都合も、主な動因の一つなんだろうけどね。 ...それにしても、「おニャン子クラブ」の方法論というのは強力だよな。当時は軽視していて、リアルタイムではほとんど見なかったのだが...。 だけど、「セーラー服を脱がさないで」とか「およしになってねTeacher」とかの歌詞を見てみると、もうテレビなんかじゃぜってー唄えないよな。

2000-11-23
キャンディ入れ

 「雪の結晶のキャンディ入れ」鋳造。完璧とは言えないものの、なんとか形はできた。しかし、滅茶苦茶きつい作業だった。...というか、鋳型を予熱していたら煙がモクモク出てきて、ヤバイ!と思って、煙が収まるまで空冷していたらかなり温度が下がってしまって、仕方なくそのまま鋳造...みたいなてんやわんやだったのです。(フゥ〜)...またこれからが大変。(-_-;

2000-11-22
デュシャン

 ちょっとした思い付き。

 「階段を降りる裸体」以降、「泉」そして「遺作」に至るまで、常にデュシャンの脳裏にあった問題意識の一つを、カルチュラル・スタディーズの「エンコーディング/デコーディング」という概念を用いて整理してみたらどうだろうか?...この方向で考えを進めてみるとおもしろい話が書けるかもしれない。

 じつは、もう題名を決めてある。...「エロティック・デュシャン」だ。(笑)

 以下は、まだ想像にしかすぎないのだが、

 (1) 画家デュシャンにとって強烈なトラウマとなったアンデパンダン展展示拒否事件の原因となり、その後、アメリカでデュシャンを一躍有名人にした「階段を降りる裸体No.2」。「この作品の何があのような反響を引き起こしたのか?」という問題意識が彼の脳裏に定着されたと仮定する。 おそらく、あの反響は、人体の緩やかな動きを実感させる表現方法に「階段を降りる裸体」という題名が加わることによって、その絵が当時の人々に極めてエロティックな内容としてデコードされた結果と言えるだろう。

 (2) そして、「泉」の事件とは、「階段を降りる裸体No.2」を巡る二つの事件が融合した形で反復されたものであるとは考えられないだろうか? 用いられたオブジェが男性用小便器であること(この意味は、フロイトを持ち出すまでもなく自明だろう)、そしてその題名が「泉」であること。この題名は、アングルの有名な絵画(裸婦と、裸婦の持つ瓶から流れ落ちる水)を想起させる。デュシャンは、この両者のイメージの重なり合いが、「階段を降りる裸体No.2」の場合と同様の反応を引き起こす可能性を(明確に意識したのではないにしても)ねらって、あの「泉」をエンコードしたとは考えられないだろうか?...(結局、「泉」が展示されることはなかったが。)

 (3) そして、「遺作」ではこの「エンコーディング/デコーディング」の関係が弁証法的に重層化されることでさらに徹底される。「作品」と「題名」とのイメージの重ね合わせに換えて(/加えて(*))、鑑賞に「覗き見る」という行為を組み込むことによって、鑑賞者を否応なくエロティックな想念の場に引きずり込むからくり。...驚くべき事に、この作品では、デコードする者が予めエンコードされているのだ。

 (*) ここで、あえて「加えて」と書き加えたことには注釈が必要かもしれない。 遺作には「(1)落ちる水(2)照明用ガスが与えられたとせよ」という、妙な題名が付けられている。この題名では、この作品の「中心」は(意図的に)言及されていない。このことは、逆に、「彼女」の正体が我々の周知の存在であることを暗示している。つまり、彼女こそ「花嫁」なのだ。...では、「彼女の独身者達」は何処にいるのか?...鑑賞者は(おそらく後から気付いて)愕然とすることだろう。自分こそが「独身者」だったのだと。そして、自分は一種のレディ・メイドとしてデュシャンの作った作品世界に組み込まれていたのだと。
 ...これこそレディ・メイドの完成態ではないのか?そういうことなら、先日(2000-11-11)引用したデュシャンの言葉(「デュシャンは語る」 93-94頁)が理解できる。たしかに、このレディ・メイドの《外見》は大した問題ではない。(笑)

 ...それにしても、迷路みたいだな。半端な知識では道に迷ってしまう。少しくらい勉強しないとな...。

2000-11-18
本格的な積雪。

 ヤフオクで、LW3Dver.5.6入手。昨日登録手続き完了。

2000-11-14
マンガが「日本文化」としてお上のお墨付きをもらったそうな。

 どうでもいいけど、その貴重な日本文化を支えるアニメ業界の労働環境がどんな状態なのか、きちんと調査しているのかな? ...あ、違うか。我が国は「文化」には金をかけない主義だったか。ということで、放置決定?

2000-11-11
「創造への嘲笑」?

 本日付けの読売新聞(夕刊)の文化欄に、赤瀬川原平によるデュシャンの記事が掲載されていた。「わが20世紀人」という連載の一環で、「創造への嘲笑」と題されており、レディメイドが主な話題の一つとなっていた。

で、ちょっぴり気になる記述があったので引用しておく。

 デュシャンのビン乾燥器などのレディメイドのオブジェは、それまでの手わざのオリジナリティに粘着していた芸術感をいきなり壊すものだった。男子便器を横倒しにして「泉」と名付けただけの作品には、芸術作品の創造という気配はなくて、まずは破壊の力だけが露出している。上から紐をはらりと落として、床に落ちた形をそのまま定規にした作品などには、むしろ創造することへの嘲笑があるみたいだ。
 そうやって芸術の形を破壊したおこないが、逆にじつは新しい芸術のスタイルの創造となっていったわけで、科学での相転移という言葉にふさわしい緊張のみなぎりがある。世の芸術のすべてが一瞬その一点に結晶したような力があったわけで、やはりこれは現代芸術の父だと思う。

また、デュシャンに関する解説としてこの記事の別枠に書かれたコラムには、次のような説明があった。

 ”事件”が起きたのは1917年。ニューヨークのアンデパンダン展に持ち込まれた「泉」は、量産品の男性便器を横倒しにし、側面にサインをしただけの作品。無審査出品を原則としていた同展の委員会は、芸術の冒とくなどを理由に展示を拒否した。この”作品”はレディメイドと呼ばれ、手技による制作の特権性を嘲笑する一方、産業社会における美術の意味を問題にした。後の美術に及ぼした影響は計り知れない。

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                    ノ-_-)ノ ~┻━┻

          ノ-_-)ノ ~┻━┻

ノ-_-)ノ ~┻━┻

 それにしても、「レディ・メイド」批判をやろうと思った矢先に、こんな記事に出くわすとは...。なんとなく「シンクロニシティ」なんて言葉を思い浮かべてしまう。レディ・メイドに対する評価は正反対なのだが...。

 ...という訳で、とりあえず4点メモっておく。

 (1) 今、特に問題にしたいのは、<「レディ・メイド」として芸術家が選択したオブジェ=彼の作品>という未だに根強く残っている図式が、デュシャンの本来の意図であったのかということ。

 (2) 「レディ・メイド」を芸術家の作品とみなす考え方は、二重の意味で「ものづくり」を軽視している。第一は、自らの手でものを作らず、単に「選ぶ」だけという芸術家の行為自体、そして第二は、「レディ・メイド」が他人の手によって創り出された物であることを無視しているという点だ。

 たとえば「ビンかけ」(ビン乾燥器)のような日用品について考えてみる。それが持つフォルムは、それの本来の機能を追求する過程で生まれてきたものだ。それは、例えば地を駆ける肉食獣や空を飛ぶ鳥、水中を泳ぐイルカのように、生命が生存のための機能を追求する過程で獲得したフォルムと同様の美しさを持ち得る。いや、正確に言うと、人間はそのようなフォルムに何かを感じるようにプログラムされているのだ。

 従って、もし芸術家がレディ・メイドのフォルムに美が存在すると主張するなら、その「作品」の真の作者は、それを創り出した者、すなわちそのデザイナーであり製作者となる。そして、それを「選んだ」芸術家は、美術の領域で、その美を「発見」したのだ。その行為は、創作ではなく批評と言うべきものだ。ところが「レディ・メイド」の場合、芸術家がそれを自分の作品と主張することによって、真の作者の姿が隠蔽されてしまう。まるで彼(芸術家)にとっては、巷の職人や労働者は問題にするに値しないかのように。

 一方、逆に、もし芸術家がレディ・メイドのフォルム自体には美はないと主張するなら、極めて厄介な論理的な問題を抱えることになる。この点は、おいおい明らかにして行きたい。

 (3) デュシャンは、少なくとも「泉」の事件の際には、レディ・メイドを芸術家の作品とする解釈を生むような主張をしている。しかし、どうもその後、微妙な軌道修正をしたように見える。デュシャンの晩年に行われた対談で、彼は次のような発言をしている。

実を言えば、私は芸術家の創造的機能などというものは信じません。ほかの人たちと同じような人間、それだけのことです。あるものを作ること、それが彼の仕事です。でも、ビジネスマンだって何かあるものをつくっています。そうでしょう。反対に、《芸術》という言葉には、とても興味を惹かれます。もし私が聞いた通り、それがサンスクリットから来たものなら、この言葉は《つくる》という意味です。ところで、誰でも何かをつくっています。そしてカンヴァスに向かって、額付きの何かをつくっている人が、芸術家と呼ばれるのです。かつては、彼らは私のもっと好きな言葉で呼ばれていました−職人です。われわれはみんな職人です。

(マルセル・デュシャン、ピエール・カバンヌ (岩佐鉄男、小林康夫訳): 『デュシャンは語る』、筑摩書房、1999年、18頁)

 じつは、ここでデュシャンは重大なことをほのめかしている。「われわれはみんな職人です。」と彼が言うとき、当時彼が密かに製作していた「遺作」の事が念頭にあったに違いない。彼は、自分を職人になぞらえていたのだ。このとき、対談の相手が鋭い聞き手なら、「我々はみんな職人ですか。なるほど。ところであなたは今、何か作っておられるのですか?」と聞けたかもしれない。
 いずれにしても、このような「ものづくり」指向と言うべき考え方(受け容れがたい部分もあるが)と、レディ・メイドという手法とは、はたして両立できるものなのだろうか?

デュシャンは、「レディ・メイドの選択では、何が決め手となったのですか。」という質問に対して次のように答えている。

それはものによります。一般には、《外見》に惑わされないようにしなければなりません。あるオブジェを選ぶというのは、たいへんむずかしい。半月後にそれを好きなままでいるか、それとも嫌いになっているかわかりませんからね。美的な感動を何にも受けないような無関心の境地に達しなければいけません。レディ・メイドの選択は常に視覚的な無関心、そしてそれと同時に好悪をとわずあらゆる趣味の欠如に基づいています。

(『デュシャンは語る』、93-94頁)

 ここでは、彼がオブジェを選ぶ基準について聞かれているのに、明らかにそれをはぐらかしている。このほとんど意味をなさない回答は、逆にデュシャンが痛いところを突かれたことを示しているように思われる。晩年の彼は自分を職人になぞらえている。ところが彼は、かつて、他人が作った物を自分の作品として提出したのだ。もし、それを選ぶ基準が《外見》であったと答えてしまえば、そのオブジェが他人の作品であることを認めてしまうことになる!

 (4) 私は、「レディ・メイド」に何かしら意義があったとすれば、それは「美術という制度」の存在を浮き彫りにした広義のパフォーマンスとしてであると考えている。すくなくとも、あの「泉」事件がデュシャンの仕組んだパフォーマンスであることは明らかだ。とすれば、そこで「作品」とされた男性用小便器は、じつはそのパフォーマンスの小道具であったにすぎないことになる。

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 まあ、まだ本当の調査はこれからなので、上の4点は、言うなれば作業仮説なのだが...。というか、この内容は、もうとっくに検討されていることなのだろうか? もしそうなら、「創造することへの嘲笑」だの「手技による制作の特権性を嘲笑する」などという表現でレディ・メイドが称賛されるのは、どうも納得がいかない。

2000-11-04
課題

 これから少し時間をかけて、「ものづくりの復権」という立場からデュシャンの「レディ・メイド」を批判的に読み解いてみたいと思っている。

 恋月姫の『震える眼蓋』(人形作品集)を購入。これらの霊性の宿る人形達が、恋月姫という人形作家の手作りにより生みだされていること、...たとえばこのような事実が自分の作業の拠り所、いわば正当性の証だと思う。問題はそれをどう言語化するか、...いや、そもそもそれが可能かどうか...。

 ところで、以前(2000-01-10)、球体関節人形が静かなブームになっていることを書いたが、今や、その作品のレベルには目を見張るものがある。そして、作り手の主力はやはり女性のようだ。四谷シモンや吉田良一のような男性の作家もいることはいるが、天野可淡や恋月姫の作品のように一種の「実存」を込められたような人形は、やはり女性でなければなかなか作れないような気がする...(たしか、四谷シモンも傑出した女形の役者だったんだよな...)。しかし、たとえば、その作品を写真に撮らせたら、男性は優れたものを撮りそうだ。...

 いずれにしても、今、人形の手作りが、限られた専門家ではない一般の人々にまで静かに拡がりつつあることは、注目すべき事だ。「ものを作ること」、そしてその対象が人形であること、...人形作りを始めた人々は、「癒しとしてのものづくり」の側面を無意識のうちに感知し、求めているのかもしれない。

 また、このブームには、どうもインターネットが重要な役割を果たしているらしい。天野可淡の作品集『KATAN DOLL RETROSPECTIVE』がトレヴィルから出版されたのが1992年、そして、CD-ROMがシンフォレストから発売されたのが1995年。少なくともこの時点では、現在のような球体関節人形に関心を持つ人達の広範囲のネットワークは、できていなかったと思う...(私も、当時、ハンス・ベルメールが今のような形で注目されるとは全く予想していなかった。(*)

 しかし、願わくば、このブームが今のままの形で続いていってほしい。これまで、下手に大量消費社会の歯車に巻き込まれたがために、一瞬のうちに本来の輝きを奪い取られ、色褪せていったものが、どれほどあったことか。その意味では、インターネットに期待しているのだが。

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(*) 私の手元にあるハンス・ベルメールの『イマージュの解剖学』(1975年刊、初版?)は、1977年になけなしの金をはたいて買ったものだが、当時私はこの本がすぐに絶版になるものと確信していた...(だから無理してでも買おうと思った)。ところが、この本は今でも出版されているらしい... (しかし、帯に書かれたかなりヤバめの文章は今もそのままなのだろうか?)。とにかく、このこと自体、驚き以外の何物でもない。そして、さらに今では、球体関節人形を経由して多くの人がその存在を知っている。
 とはいえ、前にも書いたように、日本で一般に作られている球体関節人形とベルメールのそれとの間には大きな断絶が存在する。一般には、球体関節は人形に様々なポーズをとらせるための機構と見なされているが、ベルメールの場合、それは胴体手足をバラバラにして再構成するためのものだ。そして、ベルメールの「眼差し」は、あくまでも「操作される客体」としての人形に注がれている。ベルメールの人形写真を見たときの衝撃は、たとえば、恋月姫の作品を見たときに受ける衝撃とはまったく異質なものだ。...あきらかにベルメールは、人形に実際の人体のイメージを重ね合わせた上で、それを物として扱うことを指向している。これに対して、恋月姫の人形は、(そう言って良ければ)もはや物の次元を越えている。 ...そして、もし、どちらが好きかと問われたなら、私なら躊躇無く「恋月姫」と答える。

2000-11-03
ペーパーウェイトとペーパーナイフ

 「ペーパーウェイト」と「ペーパーナイフ」の鋳造(追加)。それにしても、鋳造の度ごとに鋳物の表面状態が変わる。湯の温度や鋳型の温度、気温などが影響すると思うのだが、特に湯の温度が高すぎると鋳物の表面が荒れてくるようだ。ピューターの塊が溶け落ちた直後に湯をかき混ぜて、できるだけ早く鋳造した場合に最もきれいな物ができたのだが、そうするとスラグが浮かないうちに鋳造することになってしまう。ちょっと頭が痛い問題だ。本当は、温度測定ができると良いのだが。...いずれにしても、屋外での鋳造作業は、今年は今日が最後かな。

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[書籍]

ちくま新書の『カルチュラル・スタディーズ入門』(*)読む。切れ味の鋭い論理とそれを支える明晰な文章。久々に読書の快感を味わった。

 (*) 上野俊哉・毛利嘉孝著,筑摩書房,2000.

2000-11-02
村上隆と荒木元太郎

 最近、現代美術の一部の動向を知るようになって、柄にもなく妙な苛立ちを感じていたのだが、その相手の正体が徐々に像を結びつつある。端的に言うならば、それは、美術エリート主義、「サブカルチャー」に対する植民地主義、そして、ものづくりの軽視だ。

 たとえば、村上隆の"Project Ko2"に対して様々な場所で表明された模型オタク達の反感は、まさにこのような臭いを敏感に感じ取ったことによるものではないだろうか?フィギュアという「サブカルチャー」の分野で既に評価を確立した造形作家に原型を作らせ、それをどこかの工房で等身大に拡大させ、そしてそれを自分の名前で美術界に発表する...おいおい、現代美術って、そんなモノなのか?と私も思う。多分にアーティザン的な傾向を持つ模型オタクなら尚更だろう。

 "Project Ko2"における村上隆の真の意図がどのようなものであるかは、プロジェクトが完結してからでなければ判らない。 −前にも書いたように大どんでん返しも有り得るからね。期待して待ってる(笑)。− しかし、現時点でこれを積極的に褒めそやす人たちは、いったいどんなことを考えているのだろうか?最近しきりに村上隆を持ち上げている「月刊モデルグラフィックス」の最新刊に、"Project Ko2"の「S.M.P.Ko2」(戦闘機に変身する美少女フィギュア)がアメリカの美術館に展示されたことを「どうだー」みたいな調子で報じた記事が載っていたが、これには苦笑させられた。

 ところで、今、これと対照的な存在として気になっているのが覆面フィギュア作家と呼ばれる荒木元太郎だ。「だからおたくはきらわれる A.M. 0006」のようなぶっ飛んだ作品を作ってしれっとしているように見えるところは、会田誠に似ていなくもない。無類の造形技術とオリジナルな作風を持つ彼は、しかし、それでも、「芸術」というものに対する「ぬぐいきれない劣等感」と憧れを表明する。

絵は、凄い。

描くことは、とてつもなく怖い。
巨大な油絵は、圧倒的に、何もかも飲み込んでゆく。
水彩の筆は鋭い刃となり、魂を切り開く。
そして
技術では太刀打ちできない時がやってくる。
描き手の深淵。
一瞬の共鳴。
しくじれば、絵に魂を食われる。

だから絵を描く時は、ぞくぞくするのだ。

(荒木元太郎 『COMP'・X』、オークラ出版、1999年)

 ここでは、彼がしばしば見せる韜晦的なポーズは無く、絵を描くことへの原初的な喜びと畏れとが吐露されている。そして、わたしが見たいのは、まさにそのようにして描かれた絵、あるいはそのような瞬間を垣間見せてくれるような絵だ。

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...ということは、この苛立ちは、「芸術」というものに対するロマン的な憧れの裏返しということになるのかな...。


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2000年11月
日曜鋳物師のページ