いもじな日々

−作業記録と雑感−

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2001_06

2001-06-30
ハンス・ベルメール画集

 角口書店より、『ハンス・ベルメール(骰子の7の目)−シュルレアリスムと画家叢書』届く。サラーヌ・アレクサンドリアン(著)/澁澤龍彦(訳)、(河出書房新社,1974)。 もう30年近く前の本なので、それなりに傷んでいるが、内容が凄い。 感想は、後ほど(じっくり見た後で)。

−−−
[作業記録]

 「雪の結晶のキャンディ入れ」をティーカップといっしょに写真撮影。この写真を「日曜日のピュータークラフト」(その6)に使う。今度は間違えずに、ジバンシーのティーカップっす。貰い物だけど。(^^;

2001-06-23
"Point of No Return"/CHEMISTRY

 普段は男の歌は聴かないんだが(笑)、たまたま、CHEMISTRYの"Point of No Return"を聴いたとき、「サマーナイトタウン」の頃のモーニング娘。が思い浮かんだ。 CHEMISTRYのコンビネーションがどことなく安倍・福田のそれに似ているような気がするんだよな。

2001-06-22
書籍

 ジャニス・ミンク:『マルセル・デュシャン』,(タッシェン・ジャパン,2001)購入。

2001-06-18
熊谷守一 その2

 読売新聞日曜版(6.17付)の連載記事「絵と人のものがたり」の「熊谷守一.4」から。

日々の生活に根を下ろし自分の経験したことだけを彼は描いた。熊谷守一にとって描くとは、心を通わせた世界にさわることだった。それ以外の意味はない。
 一見上手そうに見える絵はすぐ色あせる。無理に流行に合わせたような絵はすぐ底が割れる。そんなものばかり見せられた彼は研究生に言う。
 「自分を生かす自然な絵を描けばいいんです。下品な人は下品な絵を描きなさい。ばかな人はばかな絵を描きなさい。下手な人は下手な絵を描きなさい。」
彼は不出来な絵も決して破り捨てたりはしなかった。一度描いたということはすでに存在したということだ。どう処分しようが描いた事実を消すことはできない。すべて自分なのだ −
 ものごとは過不足なく正面から受けとめ、その大きさで受け入れればいい、と彼は多分考えていた。気の利いた言葉というのは必ずそこに誇張が含まれていて権力化する。彼は自分の大きさをはみ出すものを徹底して遠ざけ、大方の虚偽をやんわり暴いたのである。

 私は、といえば、「お前は熊谷守一のようになれるか?」と聞かれれば、首を傾げて沈黙するほかはない。私は、すでに十分俗にまみれているので。...ただ、この画家のような人物のモデルが心の中に住んでいるかどうかだけでも、大きな違いがあるだろう。この画家は、「王様は裸だ!」と叫ぶ子供なのだ。この人物の前では、うわべだけの小賢しいリクツなど一気に相対化される。 ...たぶんデュシャンも例外ではない。

2001-06-17
ひとまず完成 −雪の結晶のキャンディ入れ−

セット1 セット2

 一応仕上げ研磨が完了したので、「実際使う時にはどんな感じになるのかな?」 ということで、キャンディを入れて写真撮影。ついでに、お茶を入れたティーカップといっしょに撮った写真も掲載します。 (食器棚から適当に持ってきたので、カップがコーヒーカップで、しかも皿がまったく別物だったらしい...(-_-;

 これから一週間ほどじっくり眺めた後、最後の詰めを行います。

2001-06-16
作業記録

 ここのところ、気温の低い日が続いたが、今日は日中は暑いくらいだった(さすがに夜は涼しいけどね)。

 で、「雪の結晶のキャンディ入れ」の仕上げ研磨。

2001-06-15
MOD

 昨日今日と久々にMODを聴いている。3〜4年前、今は亡き "Hornet Archive" からDLしまくって、MOにストックしておいたものだ。ジャンルとかはよく分からないのだが、DEEやSciroccoのアルバムを聴くと、今でも結構新鮮に感じる。

 「MOD」というのは、元はAMIGA(伝説のパソコン...今でも在るみたいだが...の音楽フォーマットで、おおざっぱに言うとサンプリング音源データを内蔵したMIDIファイルのようなものだ。だから、ヴォーカルが入った曲も結構ある。MIDIと較べるとデータ容量は食うものの、音の自由度は遙かに高いわけで、日本でももっと普及しても良かったはずだと思うのだが、結局メジャーになれなかった。この原因は、MODがMEGADEMOと密接な関係を持っていたためだろうと思う。ほとんどのMEGADEMOはDOSで動くのだが、日本でDOSマシンといえばもっぱらNEC製だったわけで、欧米のMEGADEMOを見ようとすると、とにかくやたらと面倒くさかったのだ。私なんかは、結局MEGADEMO(らしきもの)をパソコン上で見たのは、Windows95用のベンチマーク・プログラムと化した"Final Reality"が初めてだった。・・・恥ずかしながら、"Final Reality"が、MEGADEMOの名作"2nd Reality"の続編だということを知ったのは、さらに後のことだ。・・・

2001-06-10
熊谷守一 (くまがいもりかず)

 読売新聞日曜版(6.10付)の連載記事「絵と人のものがたり」の「熊谷守一.3」から。

食うために農商務省樺太探検隊の写生係となって、アイヌ漁民の村を訪れる。彼らは、一日分の食糧の魚をとってしまうと仕事をやめる。獲物を浜に投げ出し、一列にひざ小僧をかかえて海の方を眺めている。その光景を熊谷がじっと眺めている。
 あるいは晩年の日々。庭にむしろを敷いてモンペ姿で寝そべり、熊谷はアリを眺めている。そこへ画商がやってくる。
 彼の気楽な様子を見て画商も同じように寝そべってみる。だが、よそ行きの格好ではどうにも具合が悪い。「ヤッパリダメデスネ」。
 近代の美術を人間の行動の側面から見れば、それは常に何かをし続け、血眼になり、人より前へ出ようとし、感覚的豊かさよりも権勢的欲望を満たそうとする戦闘の歴史でもあった。世俗の欲得や通念から解き放たれて精神の自由を得るはずの世界が、むしろ欲望や利害によって「虚偽」そのものになってきた一面がある。
 熊谷守一は、「何もしない」姿勢を貫くことで精神の自由を得た稀有の近代美術人だ。

 彼の晩年の境地がけっして「楽をして」得られたものではないことも、この連載記事は記している−(「熊谷守一.1」では「絵画」との格闘を、「熊谷守一.2」では生活における辛酸を)。そして、一貫して「感覚的豊かさよりも権勢的欲望を満たそうとする戦闘の歴史」の外に自分を置くことによって、はじめてこの境地が得られたものであることを、この記事は記している。

 この記事を読んで、ピュータークラフトの次の作品のイメージが固まった。こんどは、分厚い器。緩やかな凹凸を持った単純な外形。...そして、あたまの中が空っぽになるくらい、とにかく磨く。祈るように磨く。...せめて趣味だけは、「自由」でいたいよね。

2001-06-08
レディ・メイドと「泉」事件

 椹木野衣『増補 シミュレーショニズム』の「シミュレーション講義編」で著者はデュシャンのレディ・メイド、とりわけ「泉」事件について次のように述べている。

「 いまいちどここで、有名なデュシャンの逸話に戻ってみましょう。既成の小便器を作品として美術館に展示しようとし、断られたというあの伝説です。ときに誤解されているようですが、デュシャンは便器の造形が芸術的に見て美しいと考えたから、それを美術館に展示しようと考えたわけではありません。そうではなく、ある既成の便器が街で一万円で売っているとして、ひとたびそれが美術館の中で「芸術作品」として発表され、その価値を認められると、まったく同じ便器であるにもかかわらず、ときに数千万、数億円の価値を持つようになることがありうる。まったく同じ便器が、美術館の壁の外では一万円で、壁の内側では一億円であるとしたら、その違いはなんだろう。  <引用者による中略>  両者を隔てるのは、それが「芸術」として認められているか否かという「信用」以外にはありません。つまり、煎じ詰めれば、「芸術」とは信用の問題なのです。」 (p.054-055)
「それはすぐれて政治的な次元です。何を芸術とするかという言説の戦争に勝ち抜くことが価値を決めてしまうのですから。モダンアートの闘争はそれゆえ熾烈をきわめます。
 マルセル・デュシャンが一個の便器によって浮かび上がらせようとしたのは、近代芸術をめぐるそのようメカニズムでした。逆にいえば、そのようなメカニズムをまるで解剖学のようにはっきりさせるためには、操作の対象とされるものは、それ自体としてできるだけ価値のなさそうなもののほうが都合がよいのです。」 (p.055-056)

すばらしい。極めて明快な説明だ。

 デュシャン自身は、あの小便器を「(自分の)芸術作品」としては考えていなかった。しかし、近代美術という制度の中では、所定の手続きを踏むことによって、どのような物でも「芸術品」に仕立て上げることができる。あの小便器は、そのシステムを可視化するための実験の試料だったのだ。...そして、デュシャンは、(表面的には匿名を装いながら実は)自分の名声や人脈といった力をも総動員して、その「政治闘争」に勝利した。そして、晴れて、彼の便器は「芸術作品」としての地位を獲得することになった。しかし、デュシャン自身にとっては、あくまでそれは単なる小道具(実験試料)だった。実験が終われば、その試料は、適正に処分されなければならない。そう、「泉」=小便器の「紛失」は、必然的な結果だったのだ。

 「泉」事件の解釈としては、ひとまず、これを結論としたい。しかし、「レディ・メイド」の総体は、もっと込み入った問題を孕んでいる。まだまだ検討すべき事がある。

2001-06-07
シミュレーショニズム???

 椹木野衣(著)『増補 シミュレーショニズム』読了。これから再読に入る。

[暫定的な感想メモ]

(1) 情報源としては有用。特に、ハウスミュージックなどの音楽分野に関する記述は興味深かった。

(2) アメリカ資本主義にリンクした「現代美術」の表層的な動向に振り回されている。

 日曜鋳物師としては、画廊と結託して「新しい」コンセプトをでっち上げ、注目を集めることのみに腐心する「芸術家」に興味はない。自己や世界や時代を見据えて地道に制作に取り組んでいる作家を見いだすのが評論家の仕事だろう。

(3) ボードリヤールの理論は、単にこの「新しいコンセプト」のお飾りとして使われただけではないのか?

(4) ハウスミュージックの様態に潜む支配/被支配の関係に無批判なのは何故か?

「ハウスミュージックのリミックスは、ナイト・クラバーたちの身体にどれだけの快楽を起こせられるかによってその価値が決定される。ダンス・フロアで客がどれくらいリミックスに反応するか? それによって原曲は何度でもリミックスされ、その中でも最大のリアクションを獲得したミキシングがレコーディングされて市場に流れてゆく。」 (p.264-265)

 要するに、ここでは音響による刺激によって情動を操作・支配しようとする者(=DJ)と支配される(あるいは支配に身を任せる)者(=客)との一方向的関係が形成されている。そして、支配しようとする者の関心は、もっぱら支配のテクノロジーに移行していく。

「たとえば今野雄二によるウォズ(ノット・ウォズ)のインタヴューによれば、彼らはブラスター(ラジカセ)をかついでクラブにでかけ、客が最高にノッているときテレコを回し、まるで文化人類学者のようにどんなテイクがどんな連中を踊らせるかをフィールド・ワークして歩いたという。」 (p.265)
 美術の分野では、女性の「シミュレーショニズム」作家が多く輩出したという。一方、これは私の推測だが、ハウスミュージックのDJはもっぱら男だったのではないだろうか? 仮に私の推測が当たっているとしたら、この相違は結構重要な問題だと思うが...。

(5) 最終章最終節でアメリカ美術と中東情勢との関係を論じた部分は傑作だ。(笑)

「そしてこの原油価格の安定を不可欠な基礎としてこそ、抽象表現主義を擁するアメリカ美術の優位もありえたのである。事実、アメリカが中東の石油を安定的に確保してゆく過程と、アメリカ美術の世界的優位が形成されてゆく過程には、時間的な並行性があるし(石油メジャー七社による世界確認原油埋蔵量支配九十二パーセントが発表されたのが一九五三年)、その意味ではアメリカ美術の衰退と中東情勢との間には、偶然とはいえない要素が多く散見される。」 (p.392-393)
「 たとえば、一九七〇年代中期のアメリカ美術の停滞には、ヴェトナム戦争の後遺症のほかにも、こうした石油ショックによる社会不安からくる、ミニマリズム的絶対性への不信が明らかに感じ取られる。ポスト・ミニマリズム的あるいはプロセス・アートともいわれる不定形で流動的な形態へのアプローチは、そのような世界状況を反映していたのだといえようが、まさに今日、シミュレーショニズムの繁栄のあとを受けて、そのような美術が中東危機と並行するようにしてリヴァイヴァルしているのである。」  (p.393)

 あ? ボードリヤールは何処にいっちまったんだ?

 それから、余計なお節介かもしれないが、最後に次のような有名な言葉を掲げておいたら良かったと思う。

 「存在が意識を規定する」

2001-06-04
ここのところ、書籍ネタばっかし。

1.永井均 『これがニーチェだ』(講談社,1998)
2.小泉義之 『ドゥルーズの哲学』(講談社,2000)
購入。いずれも講談社現代新書。

やばいな。本の購入ペースが昔の状態に戻りつつある。

2001-06-03
花輪和一

 花輪和一の『月ノ光』と『朱雀門』を購入。『月ノ光』の方は初期の作品集(80年刊)の改訂版であり、『朱雀門』は86年刊の作品集の改訂版となっている。両作品の間には、作風というか、絵の雰囲気にかなりの相違が見られる。自分的には、『朱雀門』の方が好きだな。... それにしても、これらをレストランで大っぴらに開く根性は、さすがになかったな。

2001-06-02
SF漫画

 ハヤカワ文庫で出ている佐藤史生の『天界の城』を読む。しかし、これだけの作品を既に80年代に書いていたのだから、もっと知られていてもいいと思うのだが。


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2001年6月
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