いもじな日々

−作業記録と雑感−

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2001_09

2001-09-30
???よくわからん???

  1. 深夜TVで放映された「Cocco 孤高の歌姫の軌跡」という特番を見た。しかし、活動中止の理由は何だったのか、結局のところよく判らなかった。
     
  2. 士郎正宗『攻殻機動隊2』を読む。物語の最後の方は、キューブリックの「2001年」みたいに、話の展開に説明が追いついていないため、何が語られているのかいまいちよく解らない。直感的認識内容を論理的に整理しきれていないというか...。たとえば、獲得したばかりで分節されていない心象を言葉で表現しようとすると、初期の段階では詩的な表現に頼らざるを得ない場合がある。...ちょうどそんな感じに似ているかも。

2001-09-29
鋳造技術体験学習会

 午前中、八軒西小学校で行われた「鋳造技術体験学習会」の見学。この学習会は、総合的学習の一環としてこの小学校で実施されている「ななかまど講座」のなかの講座の一つ(「金属アート」)として行われたもので、今回が最初の試み。北海道YFE(日本鋳造工学会北海道支部の若手メンバーが構成)が全面的にバックアップした。

 学習会の参加者は10名。作業内容としては、子供たちが持参した小さなフィギュアやキーホルダーなどを紙粘土に押しつけて形を反転写して鋳型とし、これに低融点合金を鋳込んだ。その後、バリ取り、穴開けを行い最終的にキーホルダーに仕上げた。また、校章の形をしたホワイトメタル製のペーパーウェイトを生砂型を使って鋳造し、これもお土産とした。

 子供たちは、最初の鋳型作りの場面では多少とまどっていたが、金属の溶解・鋳造の場面では歓声を上げ、型から鋳物を取り出す場面では、ちゃんと形ができているのを見て本当に嬉しそうな顔をしていた。

 初めての試みで、しかも実質2時間という短い作業時間でこれだけのことをやったわけで、文句なしに大成功だったと思う。関係者の方々に拍手を送りたい。

 今回の見学で印象に残ったことや参考になった技術的な事項を以下にメモしておく。

  1. 鋳型として紙粘土を採用したことは、今回の時間的制約を考えるならば、最も現実的なアイデアだと思う。子供たちが持ってきた原型は、砂型では転写困難な形をした物がほとんどだったが、紙粘土の可塑性は逆テーパのような厄介な部分を持った物の型取りにも有効だった。
     
  2. 今回は、たまたま2種類の紙粘土が用意されていたが、紙粘土の種類によって鋳造直後の湯の挙動が大きく異なっていた。パルプ質が多く軽いタイプの紙粘土では問題は生じなかったが、重い紙粘土の場合は湯が泡だって飛沫が飛び散る程だった。湯の過熱が十分だったため最終的にできた鋳物には影響しなかったのが幸いだった。軽い紙粘土を使った場合の方がうまくいったのは、型の通気性が良かったためだと推測される。生砂型が水分を含んでいながら問題なく使用できるのと同じ原理だ。
     
  3. 今回使用された低融点合金は「Uアロイ124」という商品名の合金で、色は黒っぽく、また、やや脆かった。成分については確認できていないが、ビスマスが主成分かもしれない。名前の通り、溶融温度が124℃と、比較的低いものの、溶解時の過熱度を加算すると水の沸点を大幅に上回るため、鋳造時の湯の泡立ちの要因になったものと思われる。「Uアロイ」のシリーズには「Uアロイ70」など、もっと溶融温度の低いものがあるが、こちらの正体はおそらくウッドメタルで、鉛やカドミウムなど厄介な重金属を多く含んでおり、子供たちに扱わせるのには向いていないと思う。
     
  4. 個人的には、鋳造用金属としては純スズが最適だと思う。スズは身体にも無害だし、見た目も美しく、軟らかくて工作しやすい。ただし融点が231.9℃と、水の沸点を大幅に上回っているため、紙粘土の鋳型が使用できないかもしれない。原型がきちんとした抜け勾配を持ったものなら、エチルシリケートをバインダにした耐火石膏が使えるが、そのような原型の制作が2時間の時間的制約の中で可能かどうかが問題になる。
     
  5. あと、気付いたこととしては、鋳物のことを説明した印刷物を用意して、作業の説明に用いたり、講座後の自己学習の参考資料にするようにできたら、さらに良かったと思う。CD-Rに焼いたCAI教材があったら最高かも。

2001-09-27
ちゆ12歳

 久しぶりに「バーチャルネットアイドル・ちゆ12歳」に行ったら、URLが変わっていたので、またリンク+バナーの張り付け。

 バーチャルネットアイドル ちゆ12歳

2001-09-26
吉田良 『Astral Doll』

 書店に予約していた本を購入。

2001-09-16
士郎正宗 『攻殻機動隊2』

 途中まで読む。いや〜、濃い!

2001-09-15
無題

...こんな夢を見た。

深い闇の中で、何者かが赤い口を開けて笑っていた。
「あの者たちは、...」 隣で声がして、師の気配が現れた。
「至る所に死の種子を撒き散らし、憎しみの連鎖の中で流された人の血を啜って肥え太っていく。」
「あれらは、いま何処に巣くっている?」

その問いの答えに思い当たったとき、目が覚めた。

2001-09-08
『種村季弘のネオ・ラビリントス 1 怪物の世界』

 ウィークデーの疲れで、正午起きの上、本を読んだり、寝転がってうつらうつらしながら過ごしてしまった。
 唯一の収穫と言えば、この本が「当たり」だったことか。...まあ、何もしない時間というのも大切にしたいのだが。...本当に何もないと、これまた淋しいし。<−文明病だな、これは。

 種村季弘といえば、『悪魔礼拝』がとにかく衝撃的だった。これについては、いずれまた読み直して自分なりに整理したいと思っている。それにしても、これが「ネオ・ラビリントス」のシリーズに収録されていないのは、何故なのだろうか? 「ラビリントス」のシリーズにはあったようだが、今では文庫本ですら入手できないようだ。

 ところで、今回の「怪物の世界」。そのなかで最も印象に残ったのが、「怪物の解剖学」の「少女人形フランシーヌ」の章だ。この話は次のような文章から始まる。

 哲学者ルネ・デカルトには奇妙な噂がつきまとっていた。かれはつねづねフランシーヌという名の、見たところ五歳位の少女の人形をトランクに入れて肌身離さず持ち歩いており、クリスティーナ女王の招きに応じて海路スウェーデンに渡るときも、この人形を船室に持ち込んで、さながら生ける者を相手にするように話しかけたり身の回りの世話を焼いたりしていた、というのである。 (p.201)

 なんと見事な語りっぷりだろうか!そして、著者は、この少女人形の伝説を、いわば象徴として、「方法序説」の哲学者にして解析幾何学の始祖である「合理主義者」デカルトの実像に迫っていく。

少女人形フランシーヌ伝説がまことしやかに流布されたのは、世人の側のそういう呑み込みも与って力あったのであろう。しかしそれを裏づけるような事実があった。デカルトにはフランシーヌという名の娘がいて、五歳のときに死んでしまったのである。 (p.202)
フランシーヌは、デカルトが自家の女中ヘレナ・ヤンスに産ませた子供であった。デカルトは実子認知こそしていなかったが、フランシーヌを常時手元に置いて溺愛していた。 (p.203)
 死んだ少女フランシーヌが少女人形フランシーヌと混同されて、伝説が作られたのであろうか。彼の理論によれば、死んだ少女のある要部を修繕すれば、彼女はすくなくとも肉体的には甦るはずなのである。しかし、肉体は甦っても霊魂が伴っていなければ、これは人間ではない。『方法序説』の動物機械論はまだラ・メトリーの『人間機械論』ではないのである。 (p.203)

 そして、著者は、解析幾何学の原理を発見した日の夜にデカルトが見た不思議な夢のエピソードを紹介した後、次のように語る。

 昼のデカルトは「あらゆる真理は科学的探求を通じて発見されうる」という合理主義のスローガンを掲げた輝ける旗手だが、一転、夜に入ると、詩と想像力が上位に立つロマン派的熱狂を容認し、あまつさえ夢から神託を聴こうとする、非の打ちどころのない非合理主義者に変貌しているのである。 (p.207)
合理主義的二元論は、デカルト主義者にとってはともかく、デカルト自身にとっては、その明快の仮面の背後に恐ろしい不安の渦をとぐろ巻かせていたかのようだ。 (p.208)

 そして、我々は、著者の語りに耳を傾けていくうちに、デカルトの不安の根元が、(デカルトが一歳の時に早逝した)母の「不在」であることを知らされる。そして、デカルトの哲学がそこから発していることも。

幼児期に形成される母性とアナロジカルな身近な物質への感覚的親密は、あらかじめ彼には遮蔽されていた。記憶や感覚に対する彼の不信と違和がそこから生ずる。存在との一体感を、たぶんデカルトは生まれ落ちてから自覚的に体験したことが一度もなかった。それゆえに彼は、母が死ぬまでの盲目状態の一年間 −それは無に等しいが、完全になかったのではない− の隠された記憶を、ほとんど無きに等しい最小限の痕跡から数学的−論理的に再構成しようとする。 (p.210)
 デカルトが希求していたのは手づかみの直接性、自然との無媒介の一体感にほかならなかったのである。王女のようにそれが可能な人間は素直にそうなさるがよい。方法の迂回路をとらなくてはならないのは、もっぱらデカルトの個人的例外的な不運に過ぎないのだ。彼の普遍数学の構想は、彼の例外的な孤児性(捨て子状態)を普遍化するための方法ではなく、ふたたび普遍と合体するための例外者の道なのである。 (p.211)
だがその鍵言葉がどうしても見つからないのだ。なぜか? 目的に確実に辿り着くための「方法」をとぎすませばそれだけ、方法の王国が光輝を帯びて目的の影は薄くなり、たえず遠のいて行くように思えるからだ。 (p.211)

 デカルトの少女人形はスウェーデン行きの船の中で船長に見つけられ、折からの荒天の中で、海中に投げ捨てられてしまう。そして、到着した彼を待っていたのは、残酷な女王クリスチーナであった。著者は語る。

反母クリスチーナは、母の三対、すなわち温かさ、食べ物、眠り、をすべて恐ろしい不在の相において与え、最後にその総括として死を授けるのである。 (p.212)

 ...それにしても、ここで示されたデカルト像は衝撃的だ。そして、「近代」とは、デカルトの疎外が普遍化した時代なのだ。

 ところで、この本の213頁に、1880年頃に作られた「蓄音機と三つのレコード盤を内蔵した少女人形」の画像が載っている。ちょうどフランシーヌ人形がこうだったか、と思わせるような球体関節人形だ。

「蓄音機と三つのレコード盤を内蔵した少女人形」
「種村季弘のネオ・ラビリントス 1 怪物の世界」
(河出書房新社,1998), p.213.

 また、この本には、「少女人形フランシーヌ」の章の他にも、はっとするような文章がいくつもある。例えば、

ゼウスはヘーラーとの間に生まれた息子で鍛冶の神であるへーパイストスに命じて泥と水とから絶世の美女パンドラを造らせた。 (「怪物の作り方」 p.151)

...日曜鋳物師が球体関節人形に興味を持つのは、このギリシャ神話に起源があるとでも言うのか? (笑)

 この他、興味深いことにデュシャンの大ガラスに言及した箇所がいくつかある。現在支配的な「現代美術の祖」という視点からデュシャン像を解放するヒントがこの本に隠されているかもしれない。

2001-09-03
ブルガリアン・ヴォイス

 昨日購入したCD「ブルガリアン・ヴォイス」(2001 WOOD RECORDS WS-0025)を聴く。

 輸入盤のコーナーで見つけたのだが、れっきとした日本発売のもので、ちゃんとした日本語解説が付いている。この解説で判ったのだが、以前に日本コロムビアから発売された同名のCDのリマスター版らしい。 ...ここで、はたと気付いて、CD収納ケースを調べたら、見つかった。1987年の「ブルガリアン・ヴォイス」と1988年の「ブルガリアン・ヴォイス II」。この二枚のアルバム合わせて29曲から13曲を選んでリマスターしたのが今回のアルバムのようだ。... でも、損をした気はしない。

 私がはじめてブルガリアの合唱曲を聴いたのは、たしか、ちょうど今のような季節の頃、コインランドリーのテレビからだった。どんな番組だったか詳しくは判らないが、局はNHKだったと思う。美しい湿原の風景の映像とともに、それまで聴いたこともなかったような合唱音楽が流れてきた。... あの時のことは、おそらく一生忘れない。あの時、本当に魂が震えたのだ。... 日曜日を待ってすぐにレコード屋に行き、画面にテロップ表示されていた芸能山城組の「陽は沈む」という曲名の記憶を頼りにアルバムを探した。芸能山城組「地の響き」。当時"LP"と呼んでいた30cmのアナログ盤のレコード。まだCDが登場していなかった頃の話だ。

 今回のアルバムにもそのときの記憶を鮮やかに呼び覚ますような曲がいくつか入っている。1曲目の「夜の集会」とか、4曲目の「ロドペの恋歌」とか、12曲目の「トラキアの平原から」とか。

2001-09-02
「日曜鋳物師のページ」がYahoo! JAPANに掲載された。

 趣味とスポーツ>趣味と工芸 のカテゴリ。

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「歴史ロマンミステリー"東大寺・大仏誕生の5000日"」

 午後2時からテレビで放送された番組をビデオ録画して夜になってから見た。メインのテーマは、建造時の大仏の姿をデジタル映像で再現することなのだが、大仏の形状・寸法をレーザ計測法によって精密に測定するプロジェクトに密着取材したり、東大寺の建物を支えた柱の材木の輸送経路を追いかけたり、大仏の表面に塗られた金の産地を訪れて砂金採りをしたり、・・・と盛りだくさんの内容だった。ただ、あまりに多様な内容が脈絡もなく繰り出されて焦点が絞りきれなかったきらいがある。

 そんな盛りだくさんの内容のなかで特に興味深かったのは、当時の鋳造法を再現しながら、大仏を模した60cmくらいの仏像を鋳造してみせたところだ。当時使用された足踏み式のふいごを復元して、炭火で銅を溶解していた。ちなみに、このふいごを交代で踏む役目の者を「番子」と呼び、これが「かわりばんこ」という言葉の元になったのだという。 それにしても、当時あれだけの規模の鋳造を指揮し、成功に導いた国中公麻呂とはどのような人物だったのか? その過程で、どのようなドラマがあったのか? 今の時代、そんな人物を主人公にした歴史小説なりテレビ・ドラマがあっても良いと思うのだが。

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"IN THE COURT OF THE CRIMSON KING"/KING CRIMSON

 長いあいだ気になっていたキング・クリムゾンの「クリムゾン・キングの宮殿」を中古CDで購入。

 最初の曲、「21世紀の精神異常者」から、この世界の近い未来を予言しているような詩句を引用してみる。

死の種 無知なる者の強欲
詩人は飢え  子供達は血を流す
だが 欲しいものはなにひとつ得られない

 ...いや、これはこの世界の過去とそして現在の姿だ。

 しかし、このような未来を拒絶するための力と道具を既に我々は持っているはずなのだ。(言霊の力を信じてこのように書いておく)。


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2001年9月
日曜鋳物師のページ