いもじな日々

−作業記録と雑感−

最新 Index  

2001_10

2001-10-25
『野坂昭如コレクション1』

 国書刊行会から『野坂昭如コレクション1』が届く。しばらく積読状態になるかもしれないが、「金もないから」などと後延ばしにしていて結局入手できず後悔したことが何度もあるので、この集成のように本当に価値のある本はとりあえず全巻揃えておく。...もちろん欲しくても諦める本の方が一桁多いけどね。(-_-)

 国書刊行会はeメールで直接注文すると、送料無料で届けてくれる。書店で注文すると、たまに、取次やら何やらを経由している間に傷ついた本が届くことがあって結構ムカつくのだが、今回のようにすればそういったことがなくて良いかも。

 それはそうと、本屋で本を乱暴に扱っている奴を見かけると、脛にでも蹴りを入れたくなるのは私だけだろうか?... 古くてくたくたになった本でも、大切に読まれてきた本はそれなりに良い相を持っているし、逆に新本でも雑に扱われて傷ついた本は、哀れで痛ましくて手にする気が起きない。

2001-10-21
ドライブ 兼 野外彫刻調査

 赤平市・歌志内市・奈井江町方面。あっちに行ったり、こっちに来たり。

2001-10-20
街に出て本を買った

 ついでに東急ハンズをうろうろ。スズの値段を確認したが、0.5kgのインゴットがたしか2250円位だった。激高い。 ...買ったのは、紙粘土と「型取りマン」という商品名の蒟蒻成分の型取り材。これらがスズの鋳造に使えるかどうかを確認する予定。

2001-10-17
萩原朔太郎 『青猫』

 春風書房より『青猫』の西暦一九二三年版復刻本届く。アンカット仕様で、古書にもかかわらず手付かずになっている。以前聞いたところによると、刊行元の日本近代文学館はこれらを原本通りに復刻するために紙などの素材探しから初めたそうだが、古書の値段から推測する限りでは、元が取れたとはとても思えない。

 実は、詩集の復刻本シリーズの発売当時、大手拓次の『藍色の蟇』 が欲しかったのだが、詩集のセットの中の1冊だったので、それだけを単独で買うことはできず、結局諦めた。...しかし、そんなことばっかり憶えているな。(-_-)

2001-10-15
ホビージャパン 「S.M.H.」

 「S.M.H.」のVol.1〜18全巻入手。これは、将来、知る人ぞ知る伝説のアート系フィギュア雑誌みたいな存在になるような予感がしている。 ...それにしても突然の休刊 (廃刊?)で、ポストホビーの店員すら、その事を知らなかった。

 Vol.1のページをぺらぺらとめくってみると、発行日は1995年9月1日。竹谷隆之のクローズアップ記事とともに「漁師の角度」の連載が開始され、安藤賢司や韮沢靖らの常連が登場している。驚いたのは、本誌でフューチャーされた14名のモデラー・イラストレーターの内、なんと6名が雨宮慶太(監督)の「ゼイラム」・「ゼイラム2」に関わっていたことだ。

2001-10-14
「青猫あるいはスフィンクス」 鋳放し材

 8月にロストワックス法で鋳造した「スフィンクス」の湯口や揚がりがとれたので、鋳放し材の写真を撮影した。

 底部には「青猫」の文字が刻まれているが、この部分を含めて研磨はこれから。「青猫」というのは、萩原朔太郎の第二詩集の名から借りた。

 造形にあたっては、「青猫」という名前自体がもつ「優雅な不吉さ」というイメージを、 象徴派のフランツ・フォン・シュトゥック( 1, 2)、 とフェルナン・クノップフ( 1, 2)、 そして、とりわけウィーン幻想派のエルンスト・フックス( 1, 2, 3) の絵画に登場するスフィンクスの図像的表現に重ねようと試みた。<格好良く言うとね。(笑)>

 それにしても、これ、蝋モデルを制作していたときは、蝋の色が黒っぽかったせいかあまり気にならなかったのだが、ピューター鋳物になった姿を見てみると、「はたして公開して良いものか?」というような作品になりそうな予感。(苦笑)

 というわけで、上述のような言い訳めいた「能書き」をさんざん書いた後で、写真はサムネイルのみアップ。(爆)

「石竹と青猫」  萩原朔太郎
 
みどりの石竹の花のかげに ひとつの幻の屍体は眠る
その黒髪は床にながれて
手足は力なく投げだされ 寝台の上にあふむいてゐる。
この密室の幕のかげを
ひそかに音もなくしのんでくる ひとつの青ざめたふしぎの情慾
そはむしかへす麝香になやみ
くるしく はづかしく なまめかしき思いのかぎりをしる。
ああいま春の夜の灯かげにちかく
うれしくも屍蝋のからだを嗅ぎてもてあそぶ
やさしいくちびるに油をぬりつけ すべすべとした白い肢体をもてあそぶ
そはひとつのさびしい青猫
君よ夢魔におびえて このかなしい戯れをとがめたまふな。

 
(萩原朔太郎 詩集『蝶を夢む』より)

2001-10-11
吉岡実詩集 『サフラン摘み』

 古書肆マルドロールより、吉岡実『サフラン摘み』届く。この詩集については、既に筑摩書房の『吉岡実全詩集』を持っているので、以前だったら購入することはなかったと思う。しかし、最近になって、この手の書物に対する考え方が少し変わってきた。

 これまでは、極端に言えば、「詩が文字のみによって構成されている限り、それを表示する媒体が何であろうと同じだ」と考えていた。しかし、今は、「一冊の書物として出版された詩集には、その書物固有の情報が濃密に含まれている」と考えている。造本、装丁、装画、挿絵、そして字体やレイアウト、さらには紙の手触りやにおいまで。その書物の個性の全体が、詩を読む際の雰囲気を構成する。そのような雰囲気は、多くの詩集を均一なレイアウトで並べた全集のようなものとは明らかに違うのではないかと思う。

 というわけで、本当に気に入った詩人の詩集については、できるだけ最初に出版された形で読みたいと思っている。...でも、ほとんどの詩人は文庫本で雪隠読書だけどね。(笑)

2001-10-08
粕谷栄市詩集

 冬に備えるために部屋の片付けを始めた。半年の間にストーブの周りに積み重なった書物だのがらくただのをなんとかしなければならない。大切な本は本棚へ、これから読む本はとりあえずダンボール箱へ。

 片付けの最中に、本棚の奥から懐かしい本を見つけた。『粕谷栄市詩集』。

 実は、この詩人がどういう人か、あまりよく知らない。鮮烈な詩が十数編、それで十分だと思っている。高校生の頃、眠りに就きながらたまたま聴いていたラジオの深夜番組で、この詩人の作品が朗読された。その1年後、札幌の本屋でこの本を見つけたとき、記憶の奥に刻み込んだその時の印象が甦った。そして、...喫茶店のコーヒーを諦めて、本屋のレジの前に立った。当時の定価で580円。フランス装の小さな詩集だ。

「水仙」  粕谷栄市
 
 私以外には、誰も知らない。遙かに、夥しい水仙の咲くところを、私は知っている。無数の水仙が、常に咲き乱れる、恐怖のようなところだ。
 湿原と呼ぶのであろう。暗く、寒く、絶えて人々はやって来ない。しかし、花々は、限りなく闇を彩る。微風が吹くと、絶叫のような美しさが、一齊に飜える。
 僅かに、偽りの暗示のように、白い月と断崖のみが、うっすらと見えるのだ。
 或いは、生まれる以前、私は、そこに立っていたのかも知れぬ。私の肉体は無能だったが、同じものを、何度か、私はどこかで見た記憶がある。病気のような高熱のなかで、私の知る全ての都市の窓に、そして、全ての人人の顔に、私は、それが映っていたと思うのだ。
 全ての葉は、天を指し、目を瞑ると、どの水仙も、私より巨大である。死と快楽が、同時に、ひとつの月であり、不安と歓喜が、同時に、一本の縄である事実を、そこにいると、私は感じるのだ。
 その煌めく露のようなものを、妻にだけ、私は、秘かに教えた。眠っている彼女を抱いて、私は、そこに行く。そこでは、私も妻も、そのまま水仙で、永遠に、無名の夜に所属できるのだ。
 
『現代詩文庫67 粕谷栄市詩集』,(思潮社,1976),14.

2001-10-07
"Dearest"/浜崎あゆみ

 久しぶりに「Viewsic」のカウントダウンを見た。浜崎あゆみの「Dearest」が良かった。彼女を取り巻き規制する「システム」に対する違和感と、彼女を支える一般のファンに対する親愛の情を表明した作品。


最新 Index  

2001年10月
日曜鋳物師のページ