いもじな日々

−作業記録と雑感−

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2003_01

2003-01-26
蔵書票

 日本書票協会(編著)『書物愛 蔵書票の世界』(平凡社新書, 2002.1.23)を読む。アルフォンス・井上に関する情報目当てで購入したのだが、結構面白かった。 好きな画家に蔵書票を制作してもらうというのは、夢だよな。

2003-01-25
大規模ネット障害

 現在、21時25分。断続的にインターネットにつながり難くなっている。大規模な攻撃が行われているらしい。

 韓国では15時頃から全土でネット接続が麻痺状態になり、未だ回復していないようだ。

 なんでも、これはMicrosoft SQL Serverを攻撃対象としたワームかウィルスの仕業だそうだ。

 ...またMSかよ。

2003-01-17
アニミズム

 安田嘉憲『森を守る文明・支配する文明』(PHP新書, 1997.10.3)読む。アニミズムについて、自分なりに考えてきたことにかなり近い考えが書かれていて驚いた(この本の方が何年も早いわけだが)。

 さらに感心したのは、著者が提唱する「森の文明」論(アニミズム論を含む)が、著者の専門である「環境考古学」の研究で得られた具体的なデータによって、きっちりと裏打ちされていることだ。

 そういったことを含めて、全体的にとても有意義な本だと思う。

 しかし、納得できない部分もある。とりあえずは、二点。

(1) ドルイド教への評価

 著者のアニミズム観は、次の文章から知ることができる。

 万物の中に霊性があることをひそやかに感じ、その生命を畏敬する。それは動植物のみではなく山にも川にも海にも及ぶ。その自然への畏敬の念の根底にあるものは、人間の命も巨木の命も同等の価値を持つという平等主義である。この平等主義こそが自然と共に生き、異なる宗教、異なる文化を持った民族が共に生きるための共存の思想の原点なのである。    (p.199)

 私は、このようなアニミズムの本質を「全てのものが固有の尊厳を有することを認める世界観」と呼びたい。

 このような考えからするならば、いわゆる「呪術」は、己の利益のために世界に働きかけ、それによって所期の結果を得ようとするという点で、一種の「テクノロジー」と呼ぶべきものであり、本来のアニミズムから逸脱するベクトルを有していると言える。この方向を押し進めれば、自己の利益に基づいて霊を分類し、次第に自分にとって都合の良い霊を信奉するようになっていくだろう。

 このようなことから、私は、アニミズムと呪術とを混同すべきではないと考える。

 しかし、著者は、本書で、ドルイド教における聖なる木(オーク)への生贄や、オークの木の樹皮を多く剥いだ者に対する残虐な刑罰等について記しながら、次のように述べている。

 こうした厳しい刑罰は野蛮な行為と思われてきた。しかし、私たちはそこにもう一つ重要な価値を見つけなければいけない。それは、彼らはこのオークの木一本の生命と、人間の生命が同じであると考えていたということである。木の生命と人間の生命が等しい価値を持っている。古代ヨーロッパの人々はそういう哲学を持っていた。    (p.154)

 私は、ここで、思わず耳を(目を)疑った。ドルイド教において、「ドルイド」とは「オークを知る者」を意味する。ドルイドは神官であり特権階級である。そしてこのような階級分化に照応して、神々に対する信仰も体系化されていた。ケルト人は、とりわけオークの木に生えた宿り木を、神の化身した聖なるものとして信仰していた。「木の生命と人間の生命が等しい価値を持っている」ということでは、決してなかったのである。

(2) 天才史観(=英雄史観)

 次の文章は、著者の天才史観を端的に示している。

 日本が危機に直面した時、目標を失い、ヴィジョンが不鮮明になった時、日本人に活力を与え、元気を取り戻させたのは、いつも日本の森の文化だった。日本が危機に直面した時、森の神々の化身として天才たちが登場し、日本の危機を救ってきた。   (p.6)

 それが元々どのような論点の下で生まれたものであっても、このような天才史観は個人崇拝に直結する。...と私は思う。そして、個人崇拝が歴史的にどれほどおぞましい結果を生んできたか、我々はよく知っているし、現に今も思い知らされているのではないか。


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2003年1月
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