いもじな日々

−作業記録と雑感−

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2005_02

2005-02-23
Hans Bellmerの命日

 2月23日(または24日)が30年目の命日になる。日付には2説あってはっきりしない。実はUnicaの自殺した日も10月17日という説と19日という説がある。どうも、死亡した日と葬儀の日とが混同されているようなのだが良く判らない。

2005-02-21
キレそうになるくらい忙しい

−−−

「花咲ける大空に」 左川ちか
 
それはすべて人の眼である。
白くひびく言葉ではないか。
私は帽子をぬいでそれ等をいれよう。
空と海が無数の花瓣(はなびら)をかくしてゐるやうに。
やがていつの日か青い魚やばら色の小鳥が私の顔をつき破る。
失つたものは再びかへつてこないだらう。

2005-02-14
左川ちか

 「えこし会」という文芸グループが刊行しているフリーペーパー「えこし通信」の創刊準備6号(2004.3.14)が届いた。「天才詩人左川ちか小特集」と題して、座談会、評論、年譜、文献資料などが掲載されており、取り掛かりとしては最適の資料だと思う。

 なお、『左川ちか全詩集』(森開社)は一般のルートでは入手できないが、今なら古書肆マルドロールで購入できる。

「青い馬」 左川ちか
 
馬は山をかけ下りて発狂した。その日から彼女は青い食物をたべる。夏は女達の目や袖を青く染めると街の広場で楽しく廻転する。
テラスの客達はあんなにシガレツトを吸ふのでブリキのやうな空は貴婦人の頭髪の輪を落書きしてゐる。
悲しい記憶は手巾のやうに捨てようと思ふ。恋と悔恨とエナメルの靴を忘れることが出来たら!
私は二階から飛び降りずに済んだのだ。
海が天にあがる。

2005-02-11
夭折のモダニズム詩人

 左川ちかに興味を持った関係で、その周辺を少し調べてみようと思っている。

 左川ちか(さがわ ちか、1911-1936)。本名は川崎愛。愛は「ちか」と呼ぶ。通称では「あい」と名乗った。北海道余市町出身の女流詩人。20歳代半ばで世を去った。没後、『左川ちか詩集』(昭森社, 1936.11)が編まれた。他に『左川ちか全詩集』(森開社, 1983.11.27)がある。

 彼女の詩を二編引こう。(『左川ちか全詩集』より)

「錆びたナイフ」 左川ちか
 
青い夕ぐれが窓をよぢのぼる。
ランプが女の首のやうに空から吊り下がる。
どす黒い空気が部屋を充たす―― 一枚の毛布を拡げてゐる。
書物とインキと錆びたナイフは私から少しずつ生命を奪ひ去るやうに思はれる。
 
すべてのものが嘲笑してゐる時、
夜はすでに私の手の中にゐた。

     * * *

「緑」 左川ちか
 
朝のバルコンから 波のやうにおしよせ
そこらぢゆうあふれてしまふ
私は山のみちで溺れさうになり
息がつまつていく度もまへのめりになるのを支える
視力のなかの街は夢がまはるやうに開いたり閉ぢたりする
それらをめぐつて彼らはおそろしい勢で崩れかかる
私は人に捨てられた

 これまで、私は戦前のモダニズム詩にはほとんど興味を持っていなかった。北園克衛や春山行夫といった日本のモダニズム詩の代表的詩人は、正直なところ、性に合わない。
 だが、左川ちかは、モダニズム詩の流れに属しながら、実は彼らとは本質的に異なる資質を持った詩人だったのではないか、と私は思う。
 モダニズムの洗礼を受けた硬質の表現スタイルとそれを食い破るような情念との拮抗が、彼女の詩に強度を付与しその世界を生動させる。彼女のイマジネーションは、おそらく彼女の身体的実存に根ざしている。そして同時に、彼女はそれを一段高いレベルで詩的言語に統合し、ぎりぎりの間合いで制御する。それが彼女の詩の魅力だと思う。

[メモ: 左川ちか、女流詩人関連]

2005-02-05
Blossom Dearie

 ジャズヴォーカルとしては異色の"Cute"な声で歌うBlossom Dearieのアルバム。彼女のアルバムの中では、今のところこれが最も気に入っている。とにかくジャケ写が秀逸。眼鏡っ娘がメガネをはずしたときのような眼ってやつか?(笑) 彼女の声は、ウィスパー・ヴォイスとかロリータ・ヴォイスとか表現されるが、一番ぴったりくるのが「かまとと声」(笑)。そして、極めつけなネタは、彼女の名前が本名だって事だ。ブロッサム・ディアリー。 まあ、そんな周辺情報を除外しても、このアルバムは、小粋で可愛らしく、時に微妙な色気のある歌が揃っていて、ジャズヴォーカルの周縁に位置する名盤と言って良いと思う。

2005-02-01
SFの古典

 スペース・オペラの巨匠エドモンド・ハミルトンの短編集。日本での独自編集である。私自身は、スペ・オペはあまり趣味ではないので、ハミルトンと言えば、早川書房の世界SF全集第11巻(『ハミルトン/ラインスター』)に収録された「時果つるところ」を読んだくらいだった。また、彼の古典的名作である「フェッセンデンの宇宙」については興味は持ちつつも、これを収録した本書と同名の短編集も入手できない状態だったので、未読のままだった。

 さて、短篇「フェッセンデンの宇宙」。「箱庭」宇宙を創り出した科学者(創造者)による創造物への無慈悲で残酷な介入というテーマは、日本ではまさしくSFとして読まれるが、欧米にとっては単純ではない問題を孕んでいる。ハミルトンが単なるスペ・オペ作家ではないことを端的に示す作品だ。


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2005年2月
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