いもじな日々

−作業記録と雑感−

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2005_05

2005-05-30
詩集『死刑宣告』、萩原恭次郎(著)

 萩原恭次郎(1899-1938)は、萩原朔太郎と同郷(群馬県前橋市)の詩人。血の繋がりはないが、朔太郎を兄のように慕っていた。朔太郎もまた、彼の詩を高く評価した。
 『死刑宣告』(1925.10.18)は萩原恭次郎の第一詩集である。歯噛み、歯軋りするような詩句。既存の形式を否定し踏み越えようとする激烈な意志。
 彼は、1923年、壺井繁治、岡本潤、川崎長太郎と同人誌「赤と黒」を創刊し、前衛文学運動の尖端に立った。この雑誌名の”赤”と”黒”とはそれぞれ旗の色を表す。「赤と黒」は1924年6月をもって終刊。1925年10月、萩原恭次郎は極度の貧窮の中でこの第一詩集を刊行する。 ...だが、この年、普通選挙法と引き替えに治安維持法が公布される。ファシズムの時代が近づきつつあった。

2005-05-28
赤頭巾ちゃん

 Hugo Strikes Back!の2005.05.27付け記事で紹介されていたマクファーレンの「赤頭巾ちゃん」フィギュアの画像:"RED RIDING HOOD (McFARLANE’S MONSTERS SERIES 4: TWISTED FAIRY TALES)"。 情報元のページは以下の通り。

  SPAWN.COM >> TOYS >> HORROR/FANTASY >> MONSTERS 4 >> RED RIDING HOOD

 このフィギュアの全体画像に直リンクをかましてみた(グロが超苦手な人には勧めない)。 >>(1) (2)

[メモ]

2005-05-26
身体論

 鷲田清一 『ちぐはぐな身体 ファッションって何?』(ちくま文庫)から。

女性の場合、いったん獲得された<像>はくりかえし触知される身体現象と照らし合わされることを強いられる。思春期における身体の形状の劇的な変化、体内からの不意の出血とそれに対応する身体の状態のさまざまの周期的な変化、妊娠と出産、更年期障害と閉経・・・・・・。女性はこのように、じぶんの身体の深いところでまるで潮の満ち引きのようにうねりつつ起こる状態の変化を、あるいは身体の内部からじぶんを襲ってくる得体の知れないさまざまの出来事を、たえず受け容れ、なだめすかしつつ、みずからの身体イメージのうちに組み込んでいかねばならない。 (pp.106-106)
じぶんの身体というものはその全体をじかに経験できるものではなく、想像的な<像(イメージ)>としてしか可能ではないということ、そしてこの身体のイメージこそわれわれが着る最初の服だということをおもいだそう。身体とは断片的な知覚像を想像力をもちいて縫合したものにほかならず、したがってそういう<像>としての身体のシミュレーションという点では衣服と刺青に本質的な差異はない。 (pp.145-146)

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 日本の女性人形作家が球体関節人形を作り始めたのは、確固とした自己像を得るための<鏡>を必要としていたからだ、とは考えられないだろうか?
 その鏡は必ずしも自己の現在の姿を映す必要はない。もしかしたら有り得たかもしれないもう一人の自分。今の自分が無くしたものを持っていたもう一人の自分。

2005-05-25
大地母神メデューサ

 メデューサは古代アナトリア(現トルコ)で崇拝された豊穣の女神(大地母神)である。母系制であったアナトリア文明は1000年もの間戦争のない平和な社会を築いていたとされる。一般に大地母神信仰における蛇は、<生命の再生>、水(川や水脈)あるいは知恵の象徴であった。すなわち、メデューサの髪が蛇で表されたことは彼女の神性を意味している。トルコではメデューサ信仰の名残として、現在でも「メデューサの目」と呼ばれるガラスのお守りが邪眼(邪視:邪悪な眼差し)から身を守る魔除けとして用いられている。
 ギリシア神話でのメデューサは、目を向けた者を石化させる魔力を持った怪物であり、英雄ペルセウスに首を刎ねられる運命にある。しかし、元々の彼女は美しい髪を持った美少女であった。ところが、海神ポセイドンに言い寄られアテナの神殿で契りを交わしてしまったために、アテナによって怪物の姿に変えられ、さらには命を奪われる。父権的なギリシア神話で語られるこのエピソードは、図らずも、男性原理に立つ英雄崇拝の国ギリシアが古代アナトリアを侵略し、土着の大地母神信仰を征圧していった歴史を象徴している。

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[書籍]

2005-05-21
眼が痒い

 少し遅い花粉症の季節。

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[書籍]

2005-05-19
Betty Boop (ベティー・ブープ)

 大好きっす。

2005-05-18
澁澤的人形論の射程

 昨今の監禁事件の報道を聴くに付け、<「ゴス」好き少女たちによる澁澤的世界の「簒奪」>などという論調が如何に牧歌的であるかを、感じざるを得ない。澁澤龍彦のナルシシズム的人形愛論は、<欲望の対象を所有し支配する>ことを志向する男の自己愛を端的に論じた。彼の高踏的な表現スタイルに関わらず、彼の提示した概念は極めてリアルだ。それは、これが彼自身の実感をもとに語られたものだからだ。

2005-05-15
私の部屋の換気口に雀が巣を作っている。

 桜が咲き始めたようだが、まだ寒い。今年はどんな夏になるんだろ。

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[書籍]

2005-05-07
寒さが戻ってきた。今日は雨だし。

 倖田來未のCD+DVD。PVのエロ可愛さは良し。結構、巨乳?

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 Amazon.co.jpがアソシエイト・プログラムをリニューアルして、商品の画像が使えるようになったらしい。2005/03/30付けのCNET Japanの記事でも述べられているので、間違いないようだ。bk1は書籍だけなので、CDやDVD用にAmazonアソシエイトに登録してみようか。

2005-05-04
伽井丹彌人形展

 昨日から札幌市の「器のギャラリー」(中森花器店2F)で開催されている伽井丹彌の人形展( 5月3日(火)〜5月8日(日))。今までになくじっくりと作品を見ることができて、これまで掴みかねていた彼女の姿に触れることができたような気がする。その「姿」をごく簡単にスケッチすると、自身の体の中の潮騒に耳を澄すかのように静かに横たわる<”等身大”の女性>と、頬笑みながら世界を睥睨するメデューサ的<大地母神>とに分化した彼女自身だ。

 彼女の作品展開を大雑把に言えば、彼女の創作の力によって顕在化した2つの要素の力関係によって作品の性格が決定されてきたと考えることができる。今回の展示では、「まるいもの」、「鏡−髪−」は前者の要素が優勢な作品群に属し、一方、「ひかるもの」は後者の要素が顕れた典型例である。また今回展示された作品の中では最も初期の作である「人形譚−鎖骨−」はこの2要素を潜在的に等しく併せ持つ彼女の<分身>である。一方、最も新しい「傀」は彼女自身の身体の型取りから生まれた文字通りの分身だが、分化した2要素が再び統合されて混沌としたエネルギーと化しているような印象を受ける。

 ただし、いずれかの要素が優勢になることはあるにしても、常に2つの要素が一つの人形の中に共存することが彼女の作品の最大の魅力だと思う。たとえば、「まるいもの」では情事の後の甘やかな放心を思わせる表情のなかに、また、「鏡−髪−」では身体の緊張を解いて己の全てを他者に委ねきった姿勢のなかに、大地母神の神性が自らを開示する。一方、「ひかるもの」は一見禍々しい頬笑みの中にふと生身の女性の表情を見ることができる。(実は、凄い美人である。)

 都現美の「球体関節人形展」で見られたような精神的結界すら作り出すような彼女の空間支配力は、おそらくは、このような2つの要素の間に生まれる張力がもたらしているのではないかと思う。

2005-05-03
「スミレ17歳!!」

 正しくは「スミレ♥17歳!!」(特殊文字のハートが上手く表示されない場合があるらしい)。週刊少年マガジン掲載の読み切り漫画(作者:永吉たける)。週刊少年マガジンの17号に初登場して以降、19号、22・23合併号と、これまで3回掲載されたのだが、これがやけに面白い。

 高校に転校してきた四谷スミレは、いまどきの女子高生。...なのだが、あきらかに、正体不明の黒服のオヤジが操る等身大の腹話術人形なのだ。当然の反応として教室の同級生たちは、スミレを人形とみなし、オヤジを変態扱いする。しかし、或る転換点が訪れる。些細なことで男子生徒に絡まれボコられるスミレ(いや、殴られるのは専らオヤジ)。いくら殴られても、あくまでも黒子(くろこ)に徹し続けるオヤジを見て、まわりからオヤジコールが沸き起こる。しかし、ここで<スミレ>が叫ぶのだ。

ちょっ・・誰がおやじよ
超ムカツク!!
 
私はスミレ!!
17歳の高校生よ!!

 このセリフに大歓声の同級生たち。そして、この事件をきっかけに、同級生たちがスミレを受け入れていくわけだ。同級生たちは、構内ではスミレを普通の女子高生として扱うのだが、現実にはスミレが人形であり、スミレとの関係は或る種の「ごっこ遊び」であることを認識している。そして、学校の外ではこの「ごっこ遊び」が通用しないことも知っている訳で、この辺の認識のバランスと状況による転換が面白い。

 2回目の掲載では、人形であると分かっていてもスミレに恋をしてしまう男子生徒の苦悩が描かれる。話そのものは面白いのだが、ここまで来てしまうと、この漫画の設定が煮詰まってしまう方向に進むのではないかと危惧していた。しかし、3回目では、女子トイレに行こうとするスミレ(+オヤジ)に、これを阻止しようとする女子風紀委員が絡むことで 、<スミレ+オヤジ>という設定が生きてきた。

 作者は、「境界」的存在である人形の本質に着目し、さらに女子高生とオヤジという対立するイメージを組み合わせることによって、巧くギャグ漫画に仕立てている。したがって、この作品の成立はその設定の絶妙なバランスに依存している。今後、この水準の掲載が続くかどうか、作者の力量が問われるところだ。

 あ。...で、スミレちゃんの名字なんスけど、「四谷シモン先生リスペクト」ちゅうことですよね?
 (そう言えば、オヤジの顔の髭とか妙に共通点があるぞ!)

2005-05-02
夜更かしで寝不足

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[書籍]

2005-05-01
「Hot Stuff feat.KM-MARKIT」/倖田來未(Koda, Kumi)

 もう、本当に久しぶりにテレビで邦楽PVのカウントダウン番組を観た。相変わらずと言うか、どうでもいいようなのが多かったのだが、映像自体が独自の世界を持とうとしている作品が幾つか見られたことで若干救われた気分。

 記憶に残ったのが、「* 〜アスタリスク〜」/ORANGE RANGE (曲はともかく)、「ツバサ」/アンダーグラフ (出演の長澤まさみしか憶えていないのだが)、そしてこの「Hot Stuff feat.KM-MARKIT」/倖田來未。基本的にはよくあるAVEXの歌って踊るパターンなのだが、挿入された格闘のシーンが妙に彼女のキャラに合っている。
 倖田來未のCDはこれまでずっとCCCDだったので完全に視野外だったのだが、調べてみたらこの曲を収録したアルバム「secret」が正規のCDみたいだったので、思わず「secret」のspecial editionを注文してしまった。


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2005年5月
日曜鋳物師のページ