いもじな日々

−作業記録と雑感−

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2005_06

2005-06-16
"Da Cor do Pecado"/MARIA CREUZA

 CD (Som Livre, 1989)。邦題「砂の記憶」。
 80年代半ばのスランプ期を経て、ロベルト・メネスカルを音楽監督に迎えることによって復活したマリア・クレウザの秀作。

1. FAZ PARTE DO MEU SHOW (私のショーの一部)
2. COMO E GRANDE O MEU AMOR POR VOCE~NAO QUERO VER VOCE TRISTE ASSIM (想いはこんなにも深く〜悲しげなあなたは見たくない)
3. COMO UMA ONDA~UM CERTO ALGUEM (波のように〜誰か)
4. MARINA~NEM EU (マリーナ〜私さえも)
5. ROSA MORENA~FALSA BAIANA (ホーザ・モレーナ〜偽りのバイーア)
6. EU NAO EXISTO SEM VOCE~EU SEI QUE VOU TE AMAR~SE TODOS FOSSEM IGUAIS A VOCE (あなたがいなければ〜愛の予感〜みんながあなたのようなら)
7. SIMPLES CARINHO~POR CAUSA DE VOCE~TORTURA DE AMOR (シンプル・テンダネス〜ビコーズ・オブ・ユー〜切ない関係)
8. DA COR DO PECADO (罪の色にそまって)
9. FIM DE CASO~CASTIGO (ことの終わり〜パニッシュメント)
10. CAMISA AMARELA~FACEIRA (イエロー・シャツ〜コケティシュ・レディ)
11. GENTE HUMILDE~FOLHAS SECAS (素朴な人たち〜枯葉)

 お気に入りは、6曲目の"SE TODOS FOSSEM IGUAIS A VOCE"と11曲目の"GENTE HUMILDE"。前者はA. C. Jobin/Vinisius de Moraesの作。後者は、Garotoの曲にVinisius de MoraesとChico Buarque(シコ・ブアルキ)が詞を付けた。

 ところで、私の手元にあるCBS/SONY(発売)の日本版CDのジャケットにはマリアの顔が写っていないのだが、なんでだろ?

2005-06-14
"MEIA-NOITE"/MARIA CREUZA

 CD (Rca, 1976)。邦題「真夜中のマリア」。
 マリア・クレウザの全盛期を代表する名盤。夏の夜に聴きたくなるアルバム。オーケストラをバックに美しいサンバ・カンソンをしっとりと歌っている。

1. dom de iludir
2. onde anda voce
3. palavras cruzadas
4. outra vez bahia
5. castigo
6. fim de noite
7. otalia da bahia
8. tortura de amor
9. o amor em paz~brigas, nunca mais~voce e eu~o nosso amor
10. tete
11. distancia
12. meia-noite

 お気に入りは、12曲目"meia-noite"。<メイア・ノイチ>(午前0時)。これも、アントニオ・カルロス&ジョカフィの作。

2005-06-13
"VOCE ABUSOU"/MARIA CREUZA

 CD (Trova, 1972)。1971年9月、72年1月アルゼンチン録音。
 マリアは、1970年頃からVinicius de Moraes(ヴィニシウス・ヂ・モラエス)のアルゼンチン遠征にギターのToquinho(トッキーニョ)と共に女性ヴォーカルとして同行した。この際に、マリア・クレウザ単身名義で3枚のアルバムを残している。"VOCE ABUSOU"はその一枚である。

1. DE ONDE VENS
2. VOCE JA FOI A BAHIA?
3. EU E A BRISA
4. QUEIXAS
5. JOAO VALENTAO
6. MAS QUE DOIDICE
7. OSSAIN
8. FOI A NOITE
9. MORENA FLOR
10. CARINHOSO
11. INSENSATEZ
12. VOCE ABUSOU

 このうち、10〜12曲目が素晴らしい。特に、"INSENSATEZ"は心がとろけるほどだ。"INSENSATEZ"(1963): 作詞 Vinicius de Moraes/作曲 Antonio Carlos Jobim。英題が"HOW INSENSITIVE"、邦題が「お馬鹿さん」。ボサノヴァの古典である。

 ちなみに、このアルバムのジャケット写真。 ブニュエル&ダリの映画「アンダルシアの犬」の冒頭のシーンを想い出すような印象的な眼。

2005-06-12
「ベスト・コレクション」/マリア・クレウーザ

 CD (RCA, 1987) 発売元:RCV(株)。1973〜82年録音のアルバムの中から収録した日本での企画によるベスト版CD。

1. TODOS SE TRANSFORMOU (みんな変ってしまった)
2. ONDE ANDA VOCE (あなたは何処に)
3. OUTRA VES BAHIA (もう一度バイーアへ)
4. PARA FALAR A VERDADE (真実を話せたら)
5. DE CONVERSA EM COWVERSA (けんか話)
6. APERO (アペーロ)
7. MADRUGADA (夜明けのサンバ)
8. DIACHO DE DOR (恋の痛手)
9. CAFE DA MANHA (カフェ・ダ・マニャン)
10. FRENSI (フレネシ)
11. A NOITE DO MEU BEM (あの人が来る夜)
12. COM QUE ROUPA (踊りに行きましょう)
13. SONHO MEU (ソーニョ・メウ)
14. O POETA E O COBERTOR (詩人と毛布)
15. ESCRAVO DA ALEGRIA (喜びの奴隷)
16. LAMENTO (ラメント)
17. LUS NEGRA/O SOL NASCERA (暗闇の中の私〜日は昇る)
18. A FELICIDADE (フェリシダージ)

 どの曲も良いが、特に14曲目の「詩人と毛布」がこの上なく美しく、そして切ない。Webで検索してもほとんど引っ掛からないのが不思議なくらいだ。このCDのライナーから訳詞を引こう。

「詩人と毛布」 ANTONIO CARLOS e JOCAFI
 
とある詩人のすべての苦悩
かれは眠り 目を覚ます
魔法を解いてくれた乙女の前で
罪人であることを否定しながら
詩人と毛布のドラマ
 
欲望の回転木馬のうちに
解放者の腕にだかれて
不安もなくふるえていた
先祖たちの儀式の中で
彼女は勝ち誇って目を覚ました
 
王と女王 僧正 歩兵とこの王女の衛兵たち
われ鐘のような声をそろえて
吟遊詩人の死刑を叫んだ
 
王と女王 牢獄 どんなところにも失望が
でも彼女はおそれなかった
それだけの価値があったから
愛ゆえにやったことだから

 作詞作曲はANTONIO CARLOS & JOCAFI (アントニオ・カルロス&ジョカフィ)のコンビ。マリア・クレウーザは、1964年にアントニオ・カルロスと結婚している。この曲が何時作られたのかは確認できていないが、ANTONIO CARLOS & JOCAFIの"DEFINITIVAMENTE" (Rca, 1974)に収録されている。

 一方、このベスト・アルバムに収められた音源の録音は1980年。マリアの歌唱の切々とした雰囲気はただ事ではない。じつは、この年、詩人ヴィニシウス・ヂ・モラエスが死去している(彼はマリアと深い関係にあったとされている)。吟遊詩人という呼称は彼にこそ相応しい。そして、1981年頃、マリアとアントニオ・カルロスが離婚していることを考え合わせると、マリアはヴィニシウス・ヂ・モラエスを思い浮かべながらこの歌を唱ったのではないだろうか。 ...余談だが、マリアはこの後、長いスランプに陥ることになる。

 ところで、この歌詞の「詩人」や「王女」とは何の象徴だろうか? この詞の極度に隠喩的な表現の背景を理解するには、この頃のブラジルが軍事独裁政権の支配下にあったことを知る必要がある。1964年、アメリカ合衆国に後押しされた軍事クーデターによって、軍部が政権を樹立し、以後、軍事独裁政権は1985年まで21年間続いた。(*) 軍事政権は、高度経済成長を図る一方で、反政府的言論を徹底的に弾圧し、報道管制や検閲を行った。これに対抗するために、芸術家たちは抵抗の意志を巧妙な隠喩や象徴に隠して検閲をすり抜けたのだった。

 「詩人と毛布」の歌詞の具体的な内容は私には分からない。もしかすると、「吟遊詩人」とは、軍事政権に抵抗したカエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジルを指しているのかもしれない。そして、乙女(王女)とは、彼らがイギリスに亡命していたときも母国でトロピカリズモを担い続けたガル・コスタやマリア・ベターニア、それとも、裕福な家庭に生まれ育ち、後にクーデターに抗議し軍事政権を批判し続けた「ボサノヴァのミューズ」ナラ・レオンだろうか。他にもこの歌が隠喩するような出来事はいくつもあったことだろう。

(*)この時の、アメリカ政府高官(トマス・マン米州担当国務次官補)による「他国に合憲的政府を強制することは、かならずしも米国の安全保障にとって有益ではない」、「アメリカは、外交政策の面では、独裁政権と民主政府とを区別立てすることをやめなければならない」という声明(マン・ドクトリン)を忘れるべきではない。

2005-06-11
MARIA CREUZA Discography 暫定版 (list of album)

MARIA CREUZA個人名義のアルバムのみ。不明な点多し。不備がかなりあると思われる。以下も参考のこと。

[参考サイト]

2005-06-10
徹夜明け

 私の部屋の換気口に雀の巣が在るのだが、どうやら雛が孵ったようだ。朝方うるさいくらい啼いている。
 今、朝の6時。たぶん今日も徹夜っぽい。(-_-)

−−−

「哀史」 矢蔦 澪
 
うち捨てられた紡績工場に舞い降りる灰色の鳩の群。
 
入り口の階段に腰掛けた老人が、ぽつりぽつりと語ってくれた。
 
紡績機械に引きずり込まれ息絶えた若い女工の話。
 
その日から、一羽二羽と鳩がここに棲み着き、いつしか群となったこと。
 
工場が栄え、時と共に没落しても、鳩たちは変わらなかったこと。
 
老人は言うのだ。鳩の一羽はあの女工なのだと。
 
それがかつて彼の愛した少女なのだと。
 
交差する翼。風を裂く羽音。
 
工場の屋根に舞い降りた鳩たちが、再び空に舞い上がる。

2005-06-06
Christina Ricci (クリスティーナ・リッチ)

 「アダムス・ファミリー2」(1993)のウェンズデー役が初見。偽善臭プンプンの「健全な」サマーキャンプに放り込まれ、強制的に参加させられた「政治的に正しい」寸劇の本番で反乱を起こすウェンズデー。これには惚れました。(笑)
 でこが広くて目がギョロッとして「ブライスみてーだな」と呟きたくなる写真から、「結構美人じゃん!」と叫びたくなる写真まで、いろいろな顔ができる個性派女優。

2005-06-04
山田正紀 『神狩り』

 本屋で山田正紀の『神狩り』の続編(『神狩り 2 リッパー』)が平積みにされているのを見て、少し驚いた。「『神狩り』の続編かぁ。何年ぶりだろ?」という感じだった。

 初めて読んだ山田正紀の作品がこの彼の処女作で、1982年頃だったと思う。(ウィトゲンシュタインに興味を持ったのは、実にこの作品がきっかけだった。) ...それ以降、『弥勒戦争』、『神々の埋葬』、『崑崙遊撃隊』・・・と彼の初期作品を夢中で読んだ。

 正直なところ、これらの作品のSF小説としての完成度はそれほど高いとは思わない。しかし、それを補って余りある魅力があった。それは、癒えない傷を負い、虚無や悲しみを抱えた男たち女たちが絶望的な戦いに挑む様を描く作者の目線だったのだと思う。 ...しかし、いつしか彼の作品を読まなくなった。その相変わらず達者な語り口に、なにか惰性的な気配を感じだしたからだ。

 今回、『神狩り 2 リッパー』を手にとって、少し迷った。そして、結局買わずに本屋を出た。 まあ、もしかすると、そのうち読みたくなるかもしれないし、文庫本になったら即買いするかもしれないが。

 山田正紀著作リストを頼りに、昔読んだ作品をリストアップしてみた。(以下は、読んだ順番ではなく、著書として発表された年月順。) これを見ると、結構読んでたんだよな。

2005-06-03
寒い

 本当に6月とは思えんな。

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[メモ]


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2005年6月
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