いもじな日々

−作業記録と雑感−

最新 Index  

2005_11

2005-11-29
風邪引いた

 「ユリイカ 詩と批評」 の人形愛特集号をやっとこさ読み始めた。同意点と異論を腑分けして整理していくのって結構気力を使うんだよな。

2005-11-28
寒い

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「思想」 鹿取 狼

いつからこんな考えをするようになったかって?

それは、血の涙を流して願っても 得られないものは得られないんだってことを、思い知らされた時かな。

いやちがう、もっと前。それはガキの頃から自明だったんだよ。

夜更けの見知らぬ街を一人彷徨って、駆けて逃げ出したいけど、でもどっちに行けばいいのか判らない。

そんな感覚を何時知ったのか。

どっちにしろ、ここは俺の世界じゃないことは分かっていた。

だが、ここが本当にお前の世界だったのなら。だったら、まあ、それはそれでいいや。

少なくとも、ここの何処かにはお前が居るだろうから。決して出会うことはなくても。

2005-11-27
Led Zeppelin

2005-11-24
3D ALBUM COVER: LED ZEPPELIN "LED ZEPPELIN 1"

 McFarlaneからレッド・ツェッペリンの1stアルバムの“3Dジャケット”が発売されるとのこと。ツェッペリン1stのジャケット・アートのモチーフは有名なヒンデンブルク号の爆発事故だ。この事故の後、水素の怖さが盛んに喧伝されたが、最近の研究では気球本体の外皮の塗料の成分が主因だったという説が有力だ。この塗料はアルミニウム粉末と酸化鉄粉末の混合物、つまりテルミット剤と同じ成分を含んでいたという。テルミット反応では、テルミット剤の酸化還元反応によって一瞬のうちに膨大な化学反応熱が解放される。ヒンデンブルク号の事故の記録映像を見ると、確かに、気球内部の水素の燃焼と言うより、気球の表面が自発的に燃え拡がっている様子が確認できる。それにしても、当時のツェッペリン社の技術者がテルミット反応を知らなかったとは、ちょっと信じられない。この事故にナチが関与したのではないかという説もあるそうだが、あながちトンデモ説とは言えないかもしれない。ちなみに、ツェッペリン伯爵の後継者フーゴー・エッケナーは大のナチ嫌いだったとされている。

Photograph of explosion of the Hindenburg, May 6, 1937, at Lakehurst, New Jersey

2005-11-23
出張後の休日

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[メモ: ピンク映画の周辺9]

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 2005-11-09の補足。特に東洋においては、男性原理と女性原理の結合という視点から<男女交合>を宇宙の根元的原理に重ね合わせる思考が広範に伝播している。ところがフロイト的去勢概念には男性原理とその<欠如態>しか存在しない。

2005-11-18
「クリムゾン・キングの宮殿」 / キング・クリムゾン

(゚Д゚;)

2005-11-16
牡丹雪

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「無題」 鹿取 狼

淫靡な匂いを纏う両性具有の植物の性器。

それを舐め回し撫でさする発条の口唇と三対の肢を持つ者。

暗黒の海峡を隔てた異国にそれを連れ去る者。

凍て付いた虚空に棲み、それらを見下ろす青白い蟲の如き者。

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二重に捻曲げられた日本的伝統美のクリシェ。

2005-11-14
寒い

 2005-11-09を読み返しているうちに、P.K.ディックのSF小説『虚空の眼』のラスト近くに出てくる最凶の悪夢世界のことを思い出した。それは狂信的なピューリタンの精神の内部で、そこに転送されてしまった登場人物たちは男女とも性器が無くなってしまっているのだ。そのこと自体がストーリー上の重要なテーマだというわけではないが、狂信者の精神が支配する一見静謐でありながら奇妙に歪んだ世界のおぞましさを最初に示すシーンだ。

2005-11-13
King Crimson

−−−

 ちなみに、King Crimsonには理論派の熱狂的ファンが多く、第○期のクリムゾンは認めないなどといった「宗派的」対立が激しいらしい。(笑)

2005-11-11
今週末も休み無し

 しょぼ〜ん。

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[メモ]

 (1) 私は、感性的にはアニミズムの人であり、理性的には唯物論者である。唯物論と言っても色々あるだろうが、「自己の意識から独立して一定の秩序を持つ<世界>が存在する」と考えるという一点において唯物論である。

 (2) 私的唯物論によれば、関係性を持たない物質は存在しないし、物質から独立した関係性は単なる抽象である。どちらが先行するかなどという議論は無意味である。

 (3) 科学の成功の要因は、個人の認識実践を人類の社会的・歴史的認識実践に組み込むための方法論を打ち立てた点にある。

 (4) 科学において、全ての認識結果(理論)の妥当性(真理性)は常に限定的であり暫定的である。科学はこの事を自らの存在の前提としている。無謬を唱う「科学」など似非科学に他ならない。一方で、科学は「世界像は全て恣意的な解釈の結果である」とする立場はとらない。

 (5) 唯物論の本当の凄みとは、物質の具体像の構築を人類の歴史的な認識実践である科学に委ねている点にある。素粒子論や宇宙論の提示する驚くべき世界像を想起せよ。

 (6) ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』が1922年。クルト・ゲーデルの不完全性定理が1931年。主観的意識の内部から論理操作のみによって客観的世界に出ることは出来ない。(論理によって存在の根拠を明らかにすることは出来ない。) 一方、主観的意識内部の様態を意識内部の要素のみから説明することは出来ない。自己の意識と客観的世界をつなぐのは実践である。そして、我々が各自の実践を通じて意識内に構築した世界像は、人類の歴史的実践の結果を受け継いでいる。

2005-11-10
LIBERA

 LIBERA(リベラ)は作曲家ロバート・プライズマンが率いるイギリスの少年聖歌隊のユニット。1999年にロンドンで結成。メンバーはオーディションで選ばれた少年たち。

2005-11-09
雨から雪になった

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日本的セクシュアリティと身体的リアリティ

伊邪那岐命
「汝が身は如何にか成れる」
伊邪那美命
「吾が身は成り成りて合わざる處一處あり」
伊邪那岐命
「我が身は、成り成りて成り余れる處一處あり。故(かれ)、此の吾が身の成り余れる處を以て、汝が身の成り合はざる處に刺し塞ぎて、国土を生み成さむと以為(おも)ふ。生むこと奈何(如何)に」
伊邪那美命
「然善(しかえ)けむ」

 上記は、『古事記』に記されたイザナギとイザナミ(夫婦の契りを結ぶ兄妹神)による国生みの際の会話である。
 以前(2005-08-14)、「球体関節人形と身体的実感」と題して書いたように、思春期以降の男の身体的な自己イメージにおいて男性器の存在感が非常に大きな比重を占めている、と私は考えている。そして、少なくとも私は、そのような身体イメージの反転鏡像として女性的身体を捉えているように思う。すなわち、<吾が身の成り余れる處>によって刺し塞がれるべき處(成り成りて合わざる處)を備えた身体である。男性器を中心に沸き上がる「過剰感」を抱えた男にとって、それが納まるべき<成り成りて合わざる處>こそが女性的身体イメージのリアリティの基盤となる。したがって、少なくとも私にとっては、性器表現を省いた球体関節人形はその身体的リアリティの大半を失っているように思える。(女性作家にとっての性器表現とベルメールの影響に関しては、後日述べる予定。)

 さて、このような感覚を持つ私には、フロイトが提示した「去勢」や「去勢不安」、さらにはエディプスコンプレックスの概念がどうにも腑に落ちない。女性の股間を見てそれが去勢された姿だなどと思う日本の少年がどれだけいるだろうか? 元々遊牧民族であり、また割礼の習慣を持つユダヤ人にとって去勢や去勢不安は十分なリアリティを持っているかもしれないが、歴史的に去勢を知らなかった日本人にとってそれがどれ程のリアリティを持つのか? 文化が異なれば当然、家族関係や「性」に対するイメージも異なる。それを考慮せずに、近代西洋に生きたユダヤ人フロイトの概念をそのまま日本に持ち込むのはナンセンスだと私は思う。

2005-11-08
少し暖かいけど雨

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[メモ: アイドル・ブログ] 一部微妙。

2005-11-07
小雨

 月曜にして既に疲労困憊。

 

2005-11-06
新しいPCが欲しい

 ところで、Sex Pistols版「マイ・ウェイ」ってカラオケにあるんだろうか?

 

2005-11-05
ピンク四天王

 福間健二(編著) 『ピンク・ヌーヴェルヴァーグ 佐藤寿保、佐野和宏、サトウトシキ、瀬々敬久の挑戦』 読了。本書は副題に記された4人のピンク映画監督の作品論とインタビューとフィルモグラフィーから成っている。まだピンク映画を観始めたばかりだというのに、こんな本読んでどうするんだ、という気もしないわけではないが、まあ、もう他人の意見に無闇に引きずられる年齢ではないので。すぐに内容忘れるし。

 本書で取り上げられた4人の監督は、ピンク映画の「四天王」と呼ばれる。この呼び名は現在でこそ「優れたピンク映画監督」の意味で受け取られているが、当初は、作家性を重視したために難解でエロくない映画だとして客の不興を買った「札付き」の監督たちの意味で名付けられたそうだ。ここで「ピンクリボン|番外編〜ピンク映画とは〜」掲載の年表をもとに、ピンク映画の始まりから本書の出版された1996年までの歴史の中に彼らの動向を位置付けてみる。

 88年のにっかつロマンポルノの終焉は、80年代からのビデオの普及にともなう若年(消費者)層のAVへの移行が主因であるとされる。当然、ピンク映画もその影響をもろに受けることになる。四天王のデビュー時期はそのような低迷期に対応する。そして、結果的には彼らの活躍がピンク映画の新しい方向を提示することになるのだが、本書を読む限り、彼らがそのような大状況を見据えて自らの活動を行ったわけではなく、作りたいものを作るために種々の模索を行った結果として、一般の映画ファンから高く評価される質の作品を生み出すことができたものと思われる。ただ、本書が出版された時期は、熱狂的な支持と注目を集めた「新・日本作家主義烈伝」の後とは言え、業界によるパージの記憶がまだ生々しく残っている。そのために、著者による評論も彼らの芸術的側面に強い照明を当てて、一般の映画愛好家向けに擁護の論陣を張るような姿勢が強い。何と言っても、今から10年も前の本なのだ。

2005-11-04
また少し暖かくなった

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[音楽] レンタルCD

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[メモ: ピンク映画の周辺8] 周辺の周辺?  (2008.3リンク修正)

2005-11-03
「シリン・ネシャット展」

 9月30日、広島現代美術館にて。展覧会の概要は以下の通り。ちなみに、シリン・ネシャットについての予備知識は皆無だった。

 会場に入ると、通路の壁に写真作品がかかっている。イスラムの女性の写真の上にペンで書込みを行った作品だ。この時点で、作者シリン・ネシャットがイスラム系の国の女性でフェミニズム的背景をもっていることを知る。会場は各映像インスタレーションごとの部屋に分かれ、各部屋は自由に出入り出来るようになっている。

 最初の部屋は、「荒れ狂う」。これは本当に衝撃的な作品だった。部屋に入ると、左右の壁二面のスクリーンにビデオ映像が映し出されている。右側は、髭を生やした男性歌手と観客。歌手は何故か観客ではなくこちらに向かって歌を唱う。古典的な風俗歌をいかにも情感たっぷりに歌う凡庸な歌唱。歌い終わった後、観客からは拍手が湧く。...その間、左の女性歌手は目を伏せて静かに自分の出番を待っている。無人の劇場。彼女は歌い出す。しかし、これを歌と言って良いのか? それはまるで大地の響き、鳥の叫び声、木々のざわめき、それとも女の呻き、慟哭...。まさしく"Turbulent"というべき音声パフォーマンスだった。抑圧された女性の悲しさと苦しみ、そして大地に根付く者故の強靱な生命力。それらを吐き出すように歌いきった後、彼女の頬に涙が流れなかったか? この作品の構成は、たしかに少し間違えればステレオタイプな「フェミニズム」芸術になったかもしれない。しかし、この女性歌手の真に圧倒的なパフォーマンスが全てを決したと言って良い。

 「歓喜」では、海に孤立した城塞で行進、格闘、礼拝を行う男の集団と、荒れ果てた大地で彼らを見つめる女たちが左右のスクリーンに映し出される。やがて女たちは、祈りを捧げた後、木の船に乗って海に乗り出していく。この作品も男と女を左右に対比させる。政治を行い、戦争をし、宗教を牛耳る男たちと、大地に繋がりながら男たちの所行を見つめる女たち。海に出ていく女たちの姿は作者の未来への希望を象徴しているのだろうか。

 「マッハドックト」。オフェーリアのように池に浮かぶ女の死体。場面が変わり、黄色い毛糸の服を着た少年少女が野原を駆け回る。池の近くにいた少女が彼らに誘われて駆け出すが、はぐれてしまう。泣きながら彷徨う少女。少女はいつの間にか若い女になって、懸命に黄色い毛糸で服を編もうとしているが、遅々として進まない。焦りと絶望。それは池に浮かぶ女の記憶なのか。大人になれば結婚の相手を見つけ子供を産む。その世間の掟の圧力に押しつぶされた女の姿だと私は受け取った。

 「取り憑かれて」では狂気に陥った女が町の人々を混乱に陥れ、自らはすり抜けるように去っていく様が描かれる。肌が顕わになる薄地の白いブラウスを着て意味不明の言葉を呟きながら町を彷徨う美しい狂女。彼女の存在に気付いた群衆が彼女を取り巻き、そのうちある男が彼女に話しかけようとして、他の男に阻止され喧嘩が始まる。そのメカニズムの根底には一種性的な心の動きがある。女たちの肌を隠すように強制する制度とは、性的な好奇心と嫉妬心に根を持つ男同士の牽制ではないのかと、問いかけているように見える。

 「パッセージ」では幻想的な埋葬の儀式、「トゥーバ」では神話的なエピソードが描かれる。いずれも美しく詩的な映像作品だった。ただ、そのメッセージは他の作品ほど明瞭ではない。敢えて言えば、「生と死」だろうか。

 シリン・ネシャットは1957年生まれのイラン出身の女性映像作家。16歳の時、アメリカの学校に行くため出国したものの、イラン革命の勃発によって帰国できなくなってしまったという。したがって、彼女の芸術家としての自己形成はアメリカで行われたわけだ。彼女はイラン人としての出自とアメリカ的教養という二面を抱えている。この二重性が良くも悪くも彼女の立ち位置を規定していると言える。

 私は、現代の映像系の芸術の動向については、ほとんど何も知らなかったので、今回の展覧会では映像作品の豊かな表現力と可能性に深い感銘を受けた。それが最大の収穫だ。もしかすると、これがピンク映画への関心にも繋がっているのかもしれない。

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来年のことを考えている余裕など無いが

安めぐみ(2006年度カレンダー)

2006年はこれだ。「通」と呼んでくれ。

2005-11-02
落ち葉が舞い始めた

 明日は休む! そして仕事は持ち帰り。orz

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[書籍]

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[メモ: ピンク映画の周辺7]

 「良かれ悪しかれ」のイシハラシンゴ氏からメールをいただき、「ピンク映画の周辺4」(2005-10-12)でリンクした「MOJO`s Silly talk」(ナヲイタカトシ氏)の後継サイトを教えていただいた。ありがとうございます。


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2005年11月
日曜鋳物師のページ