いもじな日々

−作業記録と雑感−

最新 Index  

2006_06

2006-06-26
好天。

 しかし、松江出張の準備でバタバタ。

2006-06-24
曇り。

 休日出勤。

2006-06-22
昨夜、雷雨。今日ぐずぐずの天気。

−−−
[書籍]

 ありな書房は渋い本を出す貴重な出版社だが、この値段はきついなあ。買っちゃったけど。なお、表題の「ピュグマリオン効果」は教育心理学でいう「ピグマリオン効果」(教師の期待が子供を伸ばす)とは関係ないと思う。ちなみにピグマリオン効果の逆を「ゴーレム効果」と言うそうな。

2006-06-18
札幌芸術の森

 天気が良かったので、久しぶりに芸術の森に行く。

札幌札幌芸術の森、佐藤忠良

「メトロポリス」新旧比較

 「メトロポリス」の旧版を収録した"2 FILMS ON 1 DVD"の安価DVDを観て、先日の2001年版と比較してみた。感想を一言で言えば、「何だこれは」だ。画質は最悪。オケはオリジナルの曲ではなく、全く情景に合わない曲を使っている。理不尽な場面削除と字幕変更。私が感心したシーンも「見事」に切られている。
 モロダー版については未見なので何とも言えないが、旧版では「メトロポリス」をまともに評価できないことは明らかだ。
 ところで、「メトロポリス」の封切りは、1927年1月10日、ベルリンのウーファ・パラスト・アム・ツォーで行われたという。ハンス・ベルメールはこの映画を観ただろうか? あるいは少なくとも、この映画のことは知っていただろうか?

2006-06-17
フリッツ・ラング「メトロポリス」

 「メトロポリス」2001年修復版を見る。日本では未だにDVD化されていないし、アメリカ盤("Metropolis" Restored Authorized Edition)はリージョンコードが合わないので手が出なかったのだが、今回韓国盤を入手できた。それにしても、現時点までの努力の成果であるこのバージョンですらオリジナルには程遠いというのが現実とは、何と言えば良いのか。
 ただ、このDVDを見ただけでも、「メトロポリス」に対する高い評価は理解できる。原作・脚本のハルボウの思想的限界については、現在から見ればいろいろ指摘できるだろうが、その点はともかく、ラングによる映像表現は非常に興味深かった。例えば、マリアが科学者ロトワングに追いつめられる地下洞窟のシーンで、マリアの身体がロトワングのサーチライトのスポットに嬲られるところなど、見事という他はない。
 ところで、今、フリッツ・ラング監督作品の日本版DVDはほとんど絶滅状態だが、紀伊國屋書店からフリッツ・ラング コレクションというのが出るようだ。第一弾の「扉の影の秘密」(2006.4.22)はもう発売されているのだが、シリーズのラインナップが何故か公表されていない。「コレクション」と銘打っておいて、まさか「メトロポリス」も「M」も出ないわけはないと思うのだが。大体、2001年修復版が未だに出ていない事自体が恥ずかしいんだから。

[メモ: メトロポリス]

2006-06-16
室蘭日帰り。雨+激寒。

−−−
[メモ]

2006-06-15
雨降り。体調最悪。

−−−
[書籍]

 

2006-06-13
坂崎乙郎

[メモ]

2006-06-11
エゴン・シーレ

[映画]

 1912年のノイレングバッハ事件(未成年誘惑容疑で起訴され独房に24日間留置された。後、起訴は取り下げられたが、作品が猥褻であるという理由で3日間の禁固刑を受けた。)から、スペイン風邪によって28歳の生涯を終えるまでを、モデルのヴァリーとの出会いを含む様々な回想シーンを交えて描いた伝記的作品。このDVDは、かなり前の展覧会の会場で購入したまま、しまいこんでいたものだ。
 この映画の公開時に映画館で観た時には、主役の演技が自分の中のシーレのイメージと余りにかけ離れていて、期待を裏切られた感があった。(あんな低い声でぼそぼそ喋るなよ。) しかし、風景の美しさ(特に庭の向日葵)と、ヴァリー役のジェーン・バーキンの演技が心に残った。改めてDVDを観ると、この映画はエゴン・シーレの内面や制作の秘密には全く切り込んでいないものの、シーレ、ヴァリー、妻エディットの運命に思いを巡らせるきっかけとしては十分な内容であった。(観る際にはある程度の伝記的知識は必須)
 ところで、ノイレングバッハ事件に関わる少女タチアナ役のNina Fallenstein(Karina Fallenstein)が気になったので、ちょっと調べてみたのだが、1961年生まれということなので撮影当時18歳くらいか。彼女の佇まいは思春期特有の不安定さが良く現れていたと思う。
 エゴン・シーレについて書きたいことは多いが、まだ纏まらない。この画家に興味を持ったきっかけは、2001-07-08でも少し触れたが、18歳の時に読んだ坂崎乙郎の『イメ−ジの変革 絵画の眼と想像力』(1972)だった。この本に収録された「シーレ ――「芸術的苛酷性」をめぐって」(pp.63-83)の冒頭で、坂崎乙郎は、当時の人気日本画家(名指しはしていないが東山魁夷とはっきり分かる)を「なんというしたしなな画家なのだろうと感心した」と切って捨てながら、シーレの作品の思索に入っていく。(ちなみに「したしな」とは「下品」の事だろうと思う。「お上品」な日本画作品をシタシナと痛罵しながら、「猥褻」作品で有罪となったシーレを対置するとは何という皮肉。)
 坂崎乙郎は言う。

 シーレは作品《横たわる半裸の少女》(1911年)像における如く、徹底して一個の人間、私たちひとりびとりの生命の持続と消滅の、束の間への燃焼の、心情の刻々の変化と生成の、それに応ずる肉体の部分部分の起伏の、性愛がもたらすもっともダイナミックな衝動の、二人の人間が遭遇する際のきわめて瞬間的なおどろきとためらいの、三人の人間が会するときの明瞭に個性からパターンに移る過程の、創造者だったのである。 (p.81)
こんな評論家はもう出てこないだろうな。

エゴン・シーレ「横たわる半裸の少女」
エゴン・シーレ
「横たわる半裸の少女」

−−−

ベルメール画集

 ハンス・ベルメールの全体像を一望するのに最も適した画集がこの本であり、これが復刊されることを知ってとても楽しみにしていた。さらに、密かに期待していたのは、この復刊の機会に、1974年河出書房新社版において原版(Filipacchi版)から差し替えられていた「道徳小論」の部分を原版通りに戻すことだった。河出書房新社版では、無理な差し替えによって明らかにバランスを崩していたからである。

"HANS BELLMER -le troisieme de la collection la Septieme Face du De" (Editions Filipacchi, Paris, 1971)
vs. 「ハンス・ベルメール シュルレアリスムと画家叢書 骰子の7の目B」(河出書房新社, 1974)
page Filipacchi版 河出書房新社1974年版
54-55 閨房哲学
閨房哲学(La philosophie dans le boudoir)
「新ジュスティーヌ」のためのノート
「新ジュスティーヌ」のためのノート(Note pour la Nouvelle Justine)
56-57 ソドム百二十日/お嬢さん、鷲という鳥は
ソドム百二十日(Les cent vingt journees de Sodome)
お嬢さん、鷲という鳥は(L'Aigle Mademoiselle・・・)
アリーヌとヴァルクール
アリーヌとヴァルクール(Aline et Valcour)
アリーヌとヴァルクール(Aline et Valcour)[部分]
58-59 恋の罪/美徳の不幸
恋の罪(Les crimes de l'amour)
美徳の不幸(Les infortunes de la vertu)
お嬢さん、鷲という鳥は/美徳の不幸
お嬢さん、鷲という鳥は(L'Aigle Mademoiselle・・・)[部分]
美徳の不幸(Les infortunes de la vertu)

 Filipacchi版では「道徳小論」において最もベルメールらしい作品が選ばれている。さらに、p.56〜p.59までの4枚の作品の配列には或る意味がある。ベルメールは、「道徳小論」シリーズを2色重ね刷りで制作する際に、各色の図を複数の作品で共有することを思い付いた。例えば、見開きにあるp.56とp.57は少女の図を、またp.58とp.59は電灯(ランプ)の図を共有している。このことに気付いて、p.57とp.58を見較べてみると、やはり共通の図柄が在ることが分かる。
 しかし、1974年河出書房新社版では、当時の性表現の検閲コードを考慮して明らかな改悪が行われた。ちなみに、このシリーズの監修は瀧口修造、この本の訳は澁澤龍彦である。当時は今から見れば異常な規制が行われていたから、理解できないわけではない。しかし、現在、芸術作品における性表現については、一定の配慮がなされている。
 しかし、期待は裏切られた。2006年版では1974年版からさらに手が加えられ、「お嬢さん、鷲という鳥は」は完全に削除された。さらに、図版とキャプションが食い違っているという<おまけ>付きである。

河出書房新社2006年版における「道徳小論」の図版とキャプション
図版 キャプション
「新ジュスティーヌ」のためのノート
(Note pour la Nouvelle Justine)
アリーヌとヴァルクール
(Aline et Valcour)
美徳の不幸
(Les infortunes de la vertu)
美徳の不幸
(Les infortunes de la vertu)
恋の罪
(Les crimes de l'amour)
「新ジュスティーヌ」のためのノート
(Note pour la Nouvelle Justine)
閨房哲学
(La philosophie dans le boudoir)
恋の罪
(Les crimes de l'amour)
アリーヌとヴァルクール
(Aline et Valcour)
閨房哲学
(La philosophie dans le boudoir)

 画像の「部分」拡大図でしのいだ前版と異なり、1ページ1作品の体裁は確保できた。しかし、この変更の過程でどのような議論がなされたのか? その点が明らかにされない限り、私はこの腰の引け方に対して、心の中で「へたれ野郎」と罵倒し続けるつもりだ。

2006-06-10
「ロベルトは今夜」(モノドラマのための台本)

 「夜想」22号(特集・クロソウスキー)(ペヨトル工房, 1987.8.25)。

夜想22

 「ロベルトは今夜」公演の記事を確認するために、押し入れをひっくり返して探し出した。57-64頁に「ロベルトは今夜」の公演が紹介(予告?)されている。日時:1987.9.7,14,21,28日。会場:XIANG'S B。原作:クロソウスキー。脚色:山口椿。写真:郷司基晴。出演:田村連+山口椿+岡庭秀之。田村連がロベルト役で、モノドラマだから台詞は専ら彼だろう。山口椿はチェロをひいている。なお、台本の中身の掲載はさわりの部分だけである。全文紹介は、あるいは「LEGEND」が最初かもしれない。
 さて、ここでキリスト教神学に無縁の私の立場から敢えて放言するならば、山口椿版「ロベルトは今夜」こそ、クロソウスキーの作品から神学的思弁という夾雑物を取り除いて、高純度のポルノグラフィーを抽出した快挙である。性の深淵を描くのにキリスト教神学に囚われる必要は何処にもないのだ。

2006-06-08
おいおい、雨だよ

−−−
[音楽] 陰陽座。

2006-06-07
ようやく春

−−−
[メモ: Hans Bellmer]

2006-06-06
「LEGEND」 伝説になれなかった雑誌

 2004-03-10日付けの「いもじな日々」で、私が初めて山口椿を知った「LEGEND」という雑誌のことを書いたのだが、最近この雑誌を再入手して確認したところ、記憶違いがかなりあることが分かった。ということで、訂正を兼ねて、(半ばやけくそで)この雑誌の内容目次をデータ化してみた。

 雑誌「LEGEND」創刊号(WINTER 1989 VOL.1)の発行日は1989年1月1日である。出版社はミリオン出版。編集人は大八木八大である。表紙を見ると、

こだわり世代の高感度メンズマガジン
インドア・ライフの申し児たちへ 危い雑誌、発進準備。
といううたい文句が踊っている。

LEGEND創刊号表紙

 1989年は80年代バブルの最後の年に当たる。80年代中盤以降の文化的動向を見ると、ビデオデッキや、パソコン・ゲーム、家庭用TVゲーム機の普及などが目に付く。また、特に注目されるのは、人間類型としての「おたく」の登場である(1983年、中森明夫が「漫画ブリッコ」で連載した「「おたく」の研究」の中で「おたく」という用語が揶揄を込めて最初に用いられた)。さらに、澁澤龍彦や種村季弘の旧作の文庫化、「夜想」のような尖端(異端)カルチャー雑誌も見逃せない。「LEGEND」のコンセプトの構想段階で、このような動向が念頭にあったことは間違いないだろう。
 この雑誌のマニフェストである「密室の心理学」では、専ら室内に閉じこもってビデオやパソコン、ファミコンの世界に浸る「電脳密室から生まれたミュータント」の出現を称揚している。しかし、この雑誌には個々のゲームソフトに関する細部の記述は全く見あたらない。全体に「おたく」というよりむしろアンダーグラウンド文化のにおいの濃い内容となっている。
 下記の目次を見ても分かるように、今でも十分個性的であり魅力的なのだが、例えば、ソフトな水着グラビアがあると思えば、屍体写真があったりするなど、奇妙なほどにコンセプトが不統一である。今で言えばゲーム趣味系とゴス・アングラ系を「インドア・ライフ」というキーワードで無理矢理接続して、その上にミリオン出版得意のエロ味を少々加えた感じである。このような<不統一な多様さ>はある意味でインターネットの時代を先取りしていたとも言えるが、だとしたら、少し早過ぎたかもしれない。
 結局、3月に予定されていた次号の刊行はなかったようだ。その原因は分からないが、もしかすると当時進行していた東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(1988年〜1989年)が致命傷となったかもしれない。

 さて、山口椿の「改訂版・ロベルトは今夜」だが、前年(1988年)11月のシブヤ西武シードホールでの公演の台本とある。この公演は同ホールで開催された「クロソフスキー展」(11月10日〜23日)の関連イベントと思われる(詳細は不明)。ただし、この作品の初演は1987年で、それに関する記事が写真付きで「夜想」22(クロソウスキー特集号)(1987)にあったはず。ちなみにトレヴィルから『ロベルトは今夜』 が出版されたのが1989年12月。バブル崩壊の直前であった。

LEGEND創刊号「ロベルトは今夜」

LEGEND WINTER 1989 VOL.1
page タイトル 著者等 備考
3 巻頭言「密室の心理学」 箱崎総一  
6 グラビア「予感を紡ぐ女たち/由姫」 由姫(モデル)、長内昌利(写真)  
16 コラム「32ビットパソコン−いま買うべきか」 大庭俊介  
17 コラム「INNER FILM, INNER MEDIA」 北条誠人 映画・ビデオの動向。
18 コラム「BORN OF MEDIA ART」 竹本鉄二 現代美術の動向。
19 「電子小説のゆくえ」 鏡明 コンピューター・ゲームに関するエッセイ。
22 グラビア「ダイナピンクの美しき変貌/稲毛みずえ」 稲毛みずえ(モデル)、長内昌利(写真) 「戦闘美少女」的コスプレ。
28 「GAME MACHINE WARS」 麻生健司 8ビットパソコン、16ビットパソコン、家庭用TVゲーム機(ファミコン、PCエンジン、メガドライブ)。
31 「電子の夢は終わらない」 竹田青嗣 コンピューター・ゲームとエロス論。
35 「伝説の舞踏神/宮田佳」 宮田佳(モデル)、荒木経惟(写真)、黒木博(文)  
43 「IN PLASCE OF ROSES/秋元ともみ」 秋元ともみ(モデル)、稲村幸夫(写真)、岡田らくだ(文) 秋元ともみのモノクロヌード。
51 グラビア「AUTUMN GIRLS IN SWIMSUITS」 5人の水着モデル(小谷ゆみ、山崎真由美、高野真美、渡辺みちる、白鳥翔子) 水着モデルグラビア。
64 ヌードグラビア「SUPER DO・RE・MI・FA MOUNTAIN/小川さとみ」 小川さとみ(モデル)、稲村幸夫(写真)  
67 「紺色の迷宮」 原田宗典 セーラー服に関するエッセイと街撮した女子中高生の写真。
71 「RUBBER TOUR 1988」 山崎慎二(写真)、水谷友美(モデル) ラバー・ボンデージ写真。
78 「FORCE DE LA PHOTOGRAPHIE 写真の力」 飯沢耕太郎 写真論。屍体、フリークスの写真。『写真の力』(白水社)の刊行は1989年8月。
82 「乱れ髪のコスモロジー」 北原童夢 毛髪を巡るフェティシズム論。1989年7月刊行の『フェティシズムの修辞学』(青弓社)に収録。
90 「ハイヒールの媚薬」 沼正三 フェティシズム・エッセイ。
94 「改訂版・ロベルトは今夜」 山口椿 1988年11月のシブヤ西武シードホールで公演されたモノドラマのための台本。挿絵:兎森かのん。トレヴィルから『ロベルトは今夜』 が出版されたのは1989年12月。
104 「我が密室に於ける密かな楽しみ」 鍵谷幸信 フェティシズム論。カバーニ「愛の嵐」、パゾリーニ、ブニュエル、ヒッチコック、フェリーニ、サティ、トルイユ、マン・レイ、デュシャン、マグリットetc.
107 「LIFE OF DREAM」 中川このみ ユングの精神分析理論を援用した映画「ドリーム・ラバー」論。
111 「目覚めたらアドベンチャー・ゲーム」 鈴木壊人 TVゲームを題材にしたショートSFファンタジー
123 「蠱惑の項」 川西蘭 <聖少女についての断章>:「美少女は飼う生きものだ、とぼくは思っている。」と始まる原理主義的美少女論。少女写真:青岩有信(写真)、モデルは何故か名前のクレジットがない。
131 「花の向こう側の愛」 山川健一 短編ポルノ小説。
135 「URBAN HIP COLLECTION」   尻に関する古今東西の文章と街撮された女性の臀部の写真。
140 コラム「HIDE AND SEEK」 三田各 ロック論。「ロックはもはや”再現芸術”になったのだ。」
141 コラム「決めつけの悲劇」 林あまり 恋愛論。
142 「褐色の豊饒、再び永久的過渡的・ピカロ/吉田カツ」 大鷹俊一 吉田カツ絵画展"PICARO"の紹介。

 

2006-06-02
そういえば

今年になってから雀を全く見かけなくなった。部屋の換気口に巣作りをしていた雀もいない。ちょっと異常だ。凶兆でなければ良いが。

2006-06-01
なんでこんなに寒いん?

夜はマフラーが欠かせない。

−−−
[書籍]


最新 Index  

2006年6月
日曜鋳物師のページ