いもじな日々

−作業記録と雑感−

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2006_08

2006-08-28
疲れた

 人間ドック。

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[映画] 大魔神

 2006-07-29の「大魔神逆襲」に続いて第一作目と二作目を観た。

2006-08-25
今頃疲れが・・・

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[メモ]

2006-08-20
湿度高過ぎ

 盆が過ぎても涼しくならないなぁ。

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[メモ: ベルメール小論] The First Doll

 2006-08-15のベルメール論に関連して少し参考になりそうな文章を見つけたので、以下に引用する。ただし、この文章の内容そのものは丸山眞男がテーマであり、ベルメールとは無関係である。

 数多くの丸山論の中には――勝手に自分の枠組みの中に丸山をおしこめようとするものは論外として――ある時期の丸山を中心に捉え、その時期の性格から全体像を描き出すものが少なくない。 (引用者による中略) しかし、丸山思想の展開過程を中心に考えるならば、丸山自身が発表したものを時系列にしたがって内在的に理解し、その変化と連続性を捉える努力が必要である。
石田雄: 「『[増補版]現代政治の思想と行動』への想像上の「追記」」, 「未来」No.479, (未来社, 2006.8.1), pp.1-5.

 ここで、ベルメールの内在的な理解を心懸けながら、最初の人形の制作に着手する頃のベルメールの情況について考えてみる。

 この頃、ベルメールはだいたい28〜31歳である。彼と妻マルガレーテは互いに愛し合っていたが、マルガレーテの病状は思わしくなかった。この年頃の男の旺盛な性欲を彼はどのように処理していたのだろうか? そこにきて、女としての自意識を持ち始めた十代半ばの従妹が同じ屋根の下に住むようになる。澁澤龍彦らは、ベルメールがこの従妹を愛していたと述べているが、『人形』の序文に仄めかされている内容から推測する限り、必ずしもそうとは言えないように思われる。とはいえ、異性として気にならない訳がない。マグマのようにたぎる性的欲望とそれに付随する或る種の攻撃性。少なくとも私には、ベルメールが遊戯的なパノラマ機構を備えた等身大の少女人形を造ろうとした心理が良く分かる。その心理は、実在の女に向けることができなかった欲望の代理的投射という意味で、いわゆる「人形愛」に近いものであったように思われる。また、臍の穴から体内を覗きながら乳首のスイッチでパノラマのスライドを切りかえるという発想には、一種の羞恥遊戯のような支配欲と嗜虐性が感じられる。
 しかし、ベルメールが真に非凡であったのは、人形の制作過程で撮影した写真を芸術作品として提示しようとした点である。そして、その過程でベルメールは彼の芸術にとって重要な最初の発見をする。すなわち、「解体された人形」のイメージである。

 それにしても、この辺りのことを誰も指摘しようとしないのは何故なのだろうか?

2006-08-15
GUNDAM展

 札幌芸術の森美術館で開催中の「GUNDAM展」(「GUNDAM GENERATING FUTURES」)を観に行く。

陳腐なコンセプト。そのコンセプトの上っ面を撫でただけの作品群。期待していた会田誠は今回は全然駄目。ただザクの群像が戦っているだけの絵。図らずも現代美術の不毛をさらけ出した展覧会だった。

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[メモ: ハンス・ベルメール]

ポンピドーで開催されたベルメール展のレビューとして貴重。しかし、率直に言って、現在のベルメール批評が澁澤龍彦の水準からほとんど抜け出ていないことを明瞭に示すものであった。異論のある論点をいくつか以下に引用し、コメントを附す。

最初の小部屋には、幼い少女の肖像や、港や子供たちの遊び場を描いた素描群、それから、人形やビー玉といった玩具をモティーフとした作品が掲げられる。それらは、おそらくは画家の眼前に現在している情景の模倣というよりも、むしろ記憶のなかに固着した、いわば原光景のようなものであろう。

[コメント] ベルメールは優れたデッサン家であった。1930年、初めてベルメールは妻を伴ってカールスルーエの両親の元に滞在した。(カールスルーエはライン川に接する工業都市である。) 滞在中、ベルメールは近くの孤児院の少女たちをモデルにしたデッサンを描いている。カタログの該当箇所(pp.65-66)を参照して欲しい。制作年が1930年のデッサンが幾つか掲載されている。また、その後のベルメールの制作方法を見ても、例えば『眼球譚』の挿絵のために写真を撮ったり、『マダム・エドワルダ』の挿絵のために豚の頭を買ってきてデッサンするなど、ベルメールがカメラのような視覚記憶力を持つタイプの画家ではなかったことを示唆する伝記的記録が残っている。このことを考えれば、港の風景や人形や玩具等の精密なデッサンが実物(モデル)を前にして描かれたものではないなどということは、とても考えられない。とするなら、上記引用文の第二文の主張の根拠が問題となる。何らかの具体的な裏付けがあれば、そこから新たな討論が始まるだろう。

身体の各部位に、部分としての自立性と交換可能性を見出したベルメールは、一度その全体性を破壊した後に再び断片同士を繋ぎ合せることで、もうひとつの異なる全体性を提示してみせる。これは、身体に向けられた嗜虐的な破壊衝動というよりも、むしろその組み立てへと向けられた素朴な科学的探究心によるものだろう。それは、ひとつの統一体を構成する部分どうしの潜在的な交換可能性を暴きだす、外科医的な作業である。

[コメント] この考えは、澁澤の論点の一つである「子供の最初の形而上学」に近い(ただし、ボードレール的な<知的な探求心>という意味で)。しかし、この考えで、ベルメールが最初の人形にパノラマ機構を付けようとしたことを説明できるだろうか? また、最初の写真集『人形』の序文の内容を理解できるだろうか? さらに、「素朴な科学的探究心」なるものから、多くの鑑賞者がベルメール作品から感じ取るエロティシズムの発現機構を説明することができるだろうか?
 既に別のところで指摘したように、澁澤龍彦のベルメール論の問題点の一つとして、第1写真集『人形』、第2写真集『人形の遊戯』、論稿『イマージュの解剖学』へと続くベルメールの創作と思索のプロセスを無視した事が挙げられる。その一連のプロセスにおける或る特定の局面の考察から導いたアイデアが、仮にその局面に対して一定の妥当性を有していたとしても、これを無理矢理全プロセスに適用してしまえば、全体として誤った議論にしかならない。

 私はベルメールの理解に当たって、伊藤整の言う「仮面紳士」という人間類型の概念を転用できるのではないかと思っている。表面的には紳士だが内部にマグマのような欲望を抱えている男。いや、そのマグマの圧力を押さえ込むための強固な外殻がダンディズムなのかもしれない。人間は単純ではない。極めて理知的であったマルセル・デュシャンは、一方で、かつての恋人に自分の体液を混ぜた絵の具で描いた絵を贈るような男であった。表れ方こそ違え、ベルメールも同類ではないのか? 複雑な人間を理解するには、その複雑なままの全体像を捉える必要があるのではないのか。

2006-08-09
今日から短い夏休み

 しかし私の部屋は35℃。さすがに、PCが耐えられないっぽい。

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[映画]

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[音楽]

懐かしの野田幹子

 暑くなってきた頃、ふと野田幹子の涼やかな歌声が恋しくなった。「蒼空の一滴」などは今聴いても魅力的だ。

2006-08-06
温室

 私の部屋は西日で猛暑。

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[映画]

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[書籍]

 最新作の『MOUSA』には感心しなかったが、少なくともこれら『アビス』と『カオス』(の大半)ではモデルが生きている。CG処理ではなく銀塩写真のテクニックを駆使した作品というのは、宣伝戦略上の<売り>にはなるだろうが、美術作品の本質とは関係ない。重要なのはできあがったイメージの強度なのだ。前にも書いたように(2005-01-26)、『MOUSA』では後処理に気をとられたせいか、モデルとの対峙が疎かになり、絵が弛緩してしまった。技術に足を掬われた典型例だと思う。


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2006年8月
日曜鋳物師のページ