いもじな日々

−作業記録と雑感−

最新 Index  

2007_06

2007-06-27
というわけで、怒濤の半徹

 こういう時に限って収穫がある。

2007-06-26
明日から怒濤の3日間

ということにして、今日はもう寝る。眠。

2007-06-25
晴れたり曇ったり雨だったり

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[メモ: ポルトガル紀行]

[音楽] ポルトガル

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[メモ]

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[音楽] Sybarite

 2004-08-13でも紹介したが、Sybariteのアルバム"Nonument"の9曲目に"Unica Zurn"というタイトルの曲がある。

2007-06-21
雑用雑用雑用で日が暮れる

 雑用雑用雑用で疲れ果てる。俺たちがジワジワ温度の高くなる釜の中に入れられている事に気付いている奴は他にいないのか? そのうち茹で殺されるぞ。

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[映画]

2007-06-18
花粉症最盛期

 白樺よりも稲科の雑草の方がきついな。

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[音楽] "It's a Fine Day"/Jane

 "It's a fine day"はJane And Bartonという男女二人組のグループが1983年に英国のCherry Redレーベルから出した歌で、このオリジナル曲はJaneによるアカペラである。1992年にはOpus IIIというグループがダンス曲としてリメークし、全英No.1のヒットとなった。ヴォーカルを担当したKirsty Hawkshawは現在ソロで活躍している。
 その後、Miss Janeというアーティスト名でリメークが出されているが、Miss Janeは個人ではなくイタリア人のプロデューサーDavid CarlottiとCarmine Sorrentinoによるプロジェクトであり、"It's a Fine Day"のリメークのために1998年に結成された。

 "It's a Fine Day"の歌詞は以下の通り。人々の静謐で幸福な暮らしを描いているように見えるが、そのことが逆に現実における「不在」を暗示しているところが凄い。

"It's a Fine Day"
 
It's a fine day
People open windows
They leave their houses
Just for a short while
They walk by the grass
And they look at the grass
They look at the sky
It's going to be a fine night tonight
It's going to be a fine day tomorrow
 
Sitting in this field
I remember how we were going to
Sit in this field but never quite did
Rain or appointments or something
 
Sitting in this field
I remember how we were going to
Sit in this field but never quite did
Rain or appointments or something
 
Rain or appointments
 
It's a fine day
People open windows
They leave their houses
Just for a short while
They walk by the grass
And they look at the grass
They look at the sky
It's going to be a fine night tonight
It's going to be a fine day tomorrow
 
We will have salad

2007-06-17
我が部屋は夜も30℃

 午前中、札幌芸術の森美術館の「モディリアーニと妻ジャンヌの物語展」を見に行く。高校生の頃、一番好きな画家がモディリアニだった。高校を卒業して札幌に来たとき、モディリアニの画集だけは荷物に入れていたほどだ。
 今回の展覧会では、タイトルの通りジャンヌの伝記的情報や作品を多くとりあげていた。当然、初見。ただ、モディリアニとジャンヌの悲劇的な物語を抜きにこの展覧会は成立しなかっただろう。要するに、そういうことだ。
 ただ、今回、モディリアニのデッサンとタブローを直に見て感じたことは、「彼は彫刻家の目で絵画を描いたのだ」ということだった。収穫はそんなところか。

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[音楽] 芸能山城組

・ CD 「地の響〜東ヨーロッパを歌う」/ 芸能山城組 (HMVAmazon.co.jp
 CD (1994/10/21)、記番VICL-23085。1976年に発売されたアナログ盤(ビクタ− SF-10064)を原盤の構成に忠実にCD化したもの。したがって、収録曲数は12である。

地の響〜東ヨーロッパを歌う/芸能山城組 (VICL-23085)
 
1. 陽は沈む
2. カライ・モーメ(さあ行きましょう、娘さん)
3. スリコ
4. 夕暮れのヤナ
5. 今年起こったこと
6. 果てもなき荒野原
7. わたしの亜麻畑
8. そそりたつ岩
9. お前は何の花
10. 踊り上手なペトルンコ
11. ハッサンベッグの歌
12. トドラは夢みる

 HMVやAmazon.co.jpを初めとして、ほとんどのサイトで誤った情報を掲載しているが、この混乱の原因は、1988年版のCD「地の響」/芸能山城組(VDR-1493)の情報と混同しているためである。主タイトルもジャケットアートも同じなのだが、この旧版のCDは全くの別物と考えた方が良い。

地の響/芸能山城組 (VDR-1493)
 
1. 陽は沈む
2. 花束によせて
3. お前は何の花
4. モリナニ,想いはままならず
5. ラーダよ 〈パート2 サカルトベロの奇蹟〉
6. そそりたつ岩
7. ハッサンベッグの歌
8. スリコ 〈パート3 ロシア大地の歌〉
9. わたしの亜麻畑
10. 今年起こったこと
11. 果てもなき荒野原 〈パート4 再びブルガリアのひびき〉
12. かめさんとはりねずみ
13. 夕暮れのヤナ
14. 都から来たシタヤン
15. 小鳥のたより
16. カライ・モーメ
17. 踊り上手なペトルンコ
18. トドラは夢みる

 VDR-1493では、1976年のオリジナル版に1981年のLP「ビザンチンの響き シルクロード幻唱U」(VIH-28041)収録の数曲が追加され、構成が大幅に変えられた。
 「地の響」のCD化を楽しみにしていた当時の私にとって痛恨だったのは、1曲目の「陽は沈む」が「ビザンチンの響き」のものに代えられてしまったことだ。確かに、切れの良さやコピーの精度という観点からは、新しい録音の方が優れていると言えるだろう。しかし、最初の「陽は沈む」によって衝撃を受けて芸能山城組やブルガリアの合唱に関心を持った者としては、この変更は致命的であると感じられた。そして、本場の「ブルガリアン・ヴォイス」を当たり前のように聴くことの出来る現在の視点から見ても、その評価は変わらない。
 1976年の「陽は沈む」には、先駆的業績に付き物の過渡的性格が見られる。それは、ブルガリアの合唱の再現を意図しつつも否応なく入り込んでくる日本的な感性の存在である。この音楽によって現出する風景には湿度が感じられる。そして、この湿度には、沈みゆく太陽に対するアニミズム的な祈りのような情感が伴っている。
 いま、日本のアーティストが本場の「ブルガリアン・ヴォイス」をコピーしたとして、その事にどれ程の意味があるだろうか? 今求められているのは日本的な感性によって解釈された独自の「ブルガリアン・ヴォイス」だろう。そして、初期の芸能山城組はそれを図らずも実現していたのだ。今回、偶然に新版CDの内容を知ったのだが、これとて13年も前の発売だ。手遅れ(品切れ)になる前で良かった。

・ CD 「シルクロード幻唱」/ 芸能山城組 (HMVAmazon.co.jp
 CD (1994/10/21)、記番VICL-23089。1981年に発売されたアナログ盤の「シルクロード幻唱 」(VIH-28028)と「ビザンチンの響き シルクロード幻唱U」(VIH-28041)を収録。(1〜10曲目が前者から、11〜20曲目が後者から)。個人的な聴き所は、4曲目の「糸を紡いでいた時」だ。アンリ・トマジの「12のコルシカの歌」の冒頭の曲。芸能山城組の歌い方は、かつてのガブリエル・フォーレ少女合唱団の合唱にかなり近いように思われるが、さすがに少女の声質まで再現することは出来なかったようだ。

シルクロード幻唱/芸能山城組 (VICL-23089)
 
1. 暁染王(あかつきりょうおう)(日本中世歌謡)
2. 先祖の神に祈る(台湾,高砂族)
3. 舟こぎ競争の唄(インド・ベンガル地方)
4. 糸を紡いでいた時(コルシカ島)
5. 老人(グルジア)
6. アフィ讃~終焉(守護仏スルングマのための抱擁)(ラダック密教の声明)
7. チャー(パキスタン,カラーシュ族)
8. イントロイト~マニト(カドモヨ旋法によるミサ)(シリア正教会)
9. ジクル(トリコ,イスラム教神秘主義派メブレピ教団の祈祷)
10. ディミャニンカの水鏡(ブルガリア)
11. モリニナ,想いはままならず
12. かめさんとはりねずみ
13. 夕暮れのヤナ
14. 陽は沈む
15. ラーダよ
16. 花束によせて
17. 小鳥のたより
18. カライ・モーメ(さあ行きましょう,娘さん)
19. 都から来たシタヤン
20. お前は何の花

 ちなみに、こちらも1988年の旧版CD(VDR-1495)では、大幅な変更が加えられて全くの別物になっていた。

シルクロード幻唱/芸能山城組 (VDR-1495)
 
1. チャー
2. ディミャニンカの水鏡
3. エホバ我の力よ、我切に汝を愛しむ
4. 糸を紡いでいた時
5. 老人
6. 馬乗りの歌
7. アフィ讃
8. ジクル
9. イントロイト〜マニト
10. チンギス・ハン讃歌
11. 舟こぎ競争の唄
12. 先祖の神に祈る
13. 暁染王
14. エピローグ 白薄様

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[メモ]

2007-06-16
魚々子ワークショップ4回目

 湯口を切断し、研磨。3時間ぶっ続けで作業してようやく完成品のイメージが固まってきた。気が早いがタイトルは「たなごころ(掌)」。
 とは言え、いつ研磨が終わるか見当も付かない。

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[書籍]

2007-06-10
一気に初夏

 ここ数日、北大のカラスは気が立っている。営巣期の上、北大祭で騒がしいからだ。土曜日の出勤途中、久々に攻撃された。

 魚々子ワークショップ。
 先週(6/3)、もう一方の面の型取り。昨日(6/9)、鋳造。以降、研きに入る。
 昨日の作業後、初めて魚々子で買い物をした。はじめは、以前から気になっていたブロンズのペーパーウェイトを購入するつもりだったのだが、それを出して貰っている間に店内で見つけた作品が気に入ってしまって、そちらの方を購入することにした。ブロンズの鋳造オブジェ春藤聡子 作)。作品名は「おやま」。横から見ると丸みを帯びた三角形をしているので、「お山」ということなのだろう。これに小さな脚が3本と尻尾のようなもの(雲...かな?)がついていて可愛らしい。何よりも決め手になったのは、掌で持ったときの感触の良さだった。金属作品というのは、なんとなく硬くて冷たい印象を持たれることが多いのだが、作り手によってはあたたかくも成るものなのだ。

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[書籍]

 黒沢義輝氏は、シュルレアリスムと山中散生の研究者。『コレクション 日本のシュールレアリスム 6 山中散生・1930年代のオルガナイザー』(1999)や『山中散生書誌年譜』(2005)等の編著がある。山中その人よりも山中の生きた時代状況や都市への関心から研究を開始したらしい*。1995年のことだから研究歴は10年以上になる。これまでの基礎資料の収集・編集の成果の上に立って、いよいよ山中その人の研究に入っていくようだ。 (ただ、私が不思議に思っているのは、上記2著書とも件の「転向宣告」問題について触れていない点だ。何故なのだろう)
 *マン・レイ・コレクターの日記 2003年5月 山中散生 『シンプル・ビーズ&カルチャー・ビーズ』展

 山田諭氏は現在、名古屋市美術館学芸主査。『コレクション 日本のシュールレアリスム 14 瑛九、下郷羊雄・レンズのアヴァンギャルド』(2001)の編者。Webで調べた範囲では、戦前の前衛芸術に関する多くの論考がある。そして山中の地元名古屋の美術館に勤めているので、山中に対する関心も高いわけだ。

 この二人の文章において共通して指摘されていることは、戦前の前衛芸術シーンで山中が重要な役割を果たしたにもかかわらず、その存在が不当に軽視されてきたという事実だ。
 私がWebサイトで「日本におけるベルメールの最初の紹介者は山中散生であると言えます。」と指摘した頃(2002年)は、ベルメールと言えば専ら澁澤龍彦の名が挙げられ、他にはせいぜい瀧口修造が言及されるくらいで、山中散生の名は全く出てこなかった。ベルメールの紹介者としての山中の重要性を初めて明確に指摘したのは、実は私なのではないだろうか? (と、自慢したくなる。)

2007-06-06
疲れが

ドッーと表面化した模様。

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[音楽] Madredeus (マドレデウス)

2007-06-01
6月

もうコートは要らないな。

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[メモ]


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2007年6月
日曜鋳物師のページ